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43話 粛清

「全員人質だ。お前の腐った性根を叩き直してやる」


 そう言ってエドガーは不敵に笑った。


「兄さんが俺たちにつくってんならこいつらは無傷で解放してやるぜ? おい冒険者共、抵抗したらどうなるかわかってるよな? 俺たちが誰か、よく考えた上で発言なり行動しろよ」


 アストレシア家の人間は十数人。

 対する冒険者たちは四十人ほどいる。

 それなのに誰も抵抗しようとしない。


 なぜならこの町はアストレシア家が絶対だから。

 みんな心の中では思っていても決して下手な真似をしようとしない。


「おい、さっき愚痴こぼしたやつはお前だよな?」

「ひ、ご、ごめんなさい。許してください」


 エドガーは捕えていた女の子を突き飛ばして一人の冒険者に詰め寄った。


「バレねえとでも思ったか? 丸わかりなんだよ!」

「がは……っ!」


 エドガーに蹴られた男はうずくまる。

 そう。逆らえばこうなるのだ。

 アストレシア家の人間はその辺の冒険者より何倍も強い。

 絶対的武力の前に成すすべがないのだ。


「おいエドガー! 僕が気に食わないんだろ? 他の人に当たるなよ!」

「ああ気に食わないさ。誰よりも才能のある兄さんがちゃんと力を使わないのはイライラする。でもな、こう見えて俺は兄さんを誰よりも尊敬してるんだぜ? ずーっとナンバー2として兄さんの背中を追っかけてたからな」


 石ころのようにもう一度男を蹴った。

 他の冒険者は黙ってそれを見る。


「力は人を守るために使うものだろ。お前のやってることは間違ってる」


 本当は今すぐにでも飛び出してエドガーを殴りたいはず。

 けど動けばみんな殺される。兄さまは今何もできない。


「はぁー、もういいや。だったらこうしよう」


 呆れたように言うと女の子の髪の毛を掴んで持ち上げた。


「いたい! はなして!」

「おらよ!」


 そのまま女の子を兄さまに投げた。

 兄さまは優しく受け止める。


「大丈夫? 怖かったね」

「うん、ありがとう」


 女の子が無事でよかった。

 兄さまの近くにいれば大丈夫。


 ──そんな観客のような気分で(アタシ)は今の光景を眺めていた。


 自分がどうなるかも知らずに。

 自分が兄さまを苦しませるとも知らずに。


「捕まえたっ。逃がさないわよ!」


 突如、持っていた武器が手から離れた。

 そして次の瞬間、

 背後から拘束されて喉に刃を突き付けられた。

 振り払おうとしたけど抜け出せない。


「んんんんん!」


 しかもなぜか声が出ない。

 そういう能力?


「ルーナ!!!」


 兄さまが叫んだ。

 (アタシ)も叫びたいけど黙って見ているしかない。


「ルイくん、この害虫がどうなってもいいの? お願いだから言うこと聞いて」


 (アタシ)を拘束した女が兄さまに忠告した。

 害虫が誰かは言うまでもない。


「頼む母様! 僕のお願いを聞いてくれ!」

「あら、たまにはママの言うことを聞いてもいいんじゃない? さあ、どっちを殺すか選んで頂戴」


 ルイ兄さまの手には小さな女の子。

 そして兄さまの母である王妃の手には(アタシ)

 何もできなくなった兄さまにエドガーが言う。



「そのガキを殺したらルーナを生かして人間として扱ってやる。その代わり俺たちの言う通りに動け」



「は……?」


 言ってる意味が分からない。

 (アタシ)も兄さまも事態を飲み込めずにいた。

 エドガーはさらに続ける。


「ルーナを殺したら人質は解放する。それに俺たちに従う必要もねえ。俺たちを止めたっていい」


 兄さまにとって選べるはずのない二択を突き付けた。

 つまりこれは(アタシ)一人を選ぶか、この戦いに関係のない大勢を選ぶか。

 正解のない問題だ。

 とりあえずエドガーは兄さまに人を殺させたいらしい。


「そんなの選べるわけないだろ!」

「選ばないなら全員殺すぞ。俺は真剣(マジ)だ。知ってるだろ、俺の能力」


 エドガーの能力は≪二者択一(オルタナティブ)≫。

 相手に選択肢を二つ与え、選ばせた方を()()()実現させる能力。

 今回だと(アタシ)を生かせば絶対にアストレシア家に従うことになる。

 逆に(アタシ)を殺せば絶対に人質は解放される。


 この能力の抜け道はどちらも選ばないことだ。

 けれど第三の選択肢──選ばなければ全員殺すという状況に持ち込まれた今、その技は必中になる。

 つまり、誰かしらは死ぬ。

 そしてエドガーは、兄さまが絶対に(アタシ)を殺せないことを知っている。


「くそ、卑怯だ……」

「それだけ俺たちは兄さんの力を高く見てるってことだ。ルーナをたった一人殺すだけだ、簡単だろ? そうすれば後は好きにしていい。兄さんなら一人でも俺たちを止められるんじゃないか?」


 兄さまは固まった。

 もしかしたら既に答えが出ているかもしれない。

 自意識過剰かもしれないけど、兄さまなら……。


「んんんんんんんん!!!」


 (アタシ)は声にならない音で感情を伝えた。

 そしてどうなりたいかを伝えた。

 その願いは──(アタシ)を殺して。


「うるさいわね! ルイくん、早く決めなさい!」

「んんんん!」


 今すぐには殺されないことをいいことに(アタシ)は必死に暴れた。

 殴られたけどもうこんなの痛くない。


「このペットを飼ってもいいって言ってあげてるのよ。それともやっぱり殺処分するの?」


 (アタシ)を締め付ける力が強くなった。

 当然だけどコイツらは冗談で言っていない。

 本当に躊躇なく全員殺せる。


「ちょっと黙ってろよ!!!」


 兄さまが叫んだ。

 こんなに取り乱しているところは初めて見た。

 あの勇ましかった瞳には絶望が映っている。


「そろそろ決めないと()っちまうぞー」


 おちょくるようにエドガーが言うと、アストレシア家の人間は全員剣を構えた。

 それを見て兄さまも観念したのか剣を抜く。その剣の向く先には……、


「やっぱりだめだ、僕には選べない。頼むエドガー、これじゃあ許してくれないかな?」


 兄さまは信じられない行動に──ううん、兄さまならこうするに決まってるか。

 兄さまは自分の心臓に剣先を向けた。


「おいおい興覚めだろ。そんなのだれも望んでねえんだよ」

「ルイくん、死んだらママ悲しいわ。いい子だから殺すならその子かこのゴミにしましょ」

「んんん!」


 首が熱い。

 液体が首から胸を伝い、お腹を伝った。


「ルーナ……」


 兄さまは(アタシ)を見つめると女の子を見た。


「こわいよお」


 女の子は泣き出す。

 だめ。それだけはやってはいけない。


「やーれ、やーれ、やーれ」


 手拍子と共にコールが起こった。

 その声はだんだん大きく、速くなっていく。


「ルイくん、このゴミの顔をよく見てみなさい。どう? 死にたくないよー助けてよーって顔してるでしょ。なら助けてあげなきゃ。お兄ちゃんでしょ」


「んんんんんん!!!」


 お願い伝わって。

 目を見ればわかってくれるよね?


「選べないならママが決めてあげる」


 選べない?

 そうか、兄さまが選べないなら(アタシ)が選べばいいんだ。

 簡単だよ。思いっきり首を振るだけだもん。

 多分すごく痛いけど我慢するのは得意だから……。


「さあ兄さん、早く!」

「ルイくん!」


 アストレシア家の人間は殺せコールを続け、本当にバカみたいに盛り上がっている。

 町民は怯えて沈黙し、冒険者は武器を捨てて降伏している。

 そんな誰もが絶望して硬直している中で、唯一動いた人間がいた。



「うっさいねえ」



 その人の立てるコツコツという足音はだんだん(アタシ)に近づいてきた。

 当然アストレシア家の人間はその人の存在に気づく。

 でも何もしなかった。いや、できなかったのかもしれない。


 まずこの町の人間が自分たちに抵抗するはずがない。

 まして命を握られたこの状況で自ら動こうとする奴はいない。

 たった一人の()()が反旗を翻す。そんなことは通常ありえないからだ。

 コールも静まり、その町民の行動に全員が注目する。


「誰あなた、自分が何してるかわかってるの? 何勝手に動いてるのよ」


 王妃は持っていたナイフを(アタシ)からその人に向けた。

 けれどその女の人は歩みを止めず、(アタシ)の前までやってきた。


「こ、殺されたいの? それ以上近づいたら──」



 バチン!!!



「う…………ッ!」


 この場の全員が目を疑った。

 ただの町民が王妃に平手打ちをかましたのだ。


「な、何すんのよ!」


 裏返った声で王妃はキレる。


「あんたそれでも人の親かい! 歯食いしばんな!!!」

「あ、あなた一体なんな──うわあああああああ!」


 顔面をぶん殴られた王妃は地面に転がる。

 化粧で塗り固められたその顔は鼻血や涙でぐしょぐしょになっていた。


 助けてくれたのは(アタシ)とフェンリィがよく知っている人だった。


「え、あなたはっ……!」


 その人に抱きしめられた。


「ごめんねルーナ。こんなに辛いってあたしは知らなかったよ。何もしてやれなかったあたしを許しておくれ」

「……おばちゃん?」


 (アタシ)を助けたのはいつもフェンリィと一緒にご飯を食べに行っていた料理店のおばちゃんだ。

 え、どういうこと?


「我慢できなくて勝手に体が動いてたよ。こんな老いぼれでもやれることはあるんだね」


 そう言っておばちゃんは(アタシ)の頭を撫でると大声で叫んだ。


「あんたら何突っ立って見てんだ! こんなに小さな子も戦ってるのに恥ずかしかしくないのかい? ビビってないでさっさと立ち上がんな! こんな老いぼれに後れを取るんじゃないよ!」


 アストレシア家の人間は何が起きているか理解が追い付かないのか動けずにいる。

 対する冒険者たちは、


「そ、そうか、俺たちはビビってたんだ」

「あんな一般人のおばちゃんがやってんだ、俺たち冒険者が負けてらんねえだろ!」

「こ、こいつらだってちょっと強いただの人間だ! 僕は何をそんなに恐れていたんだ」

「おし! やるぞお前ら!!!」

「「「「おおおおおおおおおおお!!!」」」」


 武器を取り、奮起した。


「くそ、何が起きてやがる。俺たちの有利は変わってねえだろ! おいお前たち! 全員殺せ!!!」


 エドガーが叫ぶ。

 けど、もう遅い。


「うわああああああああああああ!!!」


 エドガーが絶叫した。


「ち、血が出た! 痛い! 痛いよおおおおおお!」

「おいエドガー、覚悟はできてるか?」


 兄さまが剣を突き付ける。

 おばちゃんが作った隙をついて形勢逆転した。


「「「エドガー兄さん!」」」


 兄さまに斬りかかる三人の影。

 他の兄弟が助けに入ろうとしている。

 けれどその刃が兄さまに届くことはない。


「通さないわよ!」


 (アタシ)がそんなことさせないから。


「は? 痛い目にあいたいの?」

「雑魚が、ホントに殺すぜ?」

「図に乗んなゴミ!」


 正面、右、左。

 一斉に繰り出された攻撃を最小限の動作で躱す。

 その結果お互いがぶつかり(アタシ)は背後を取った。


「もうアンタたちなんて相手になんないわ。殺さないだけ感謝してよね」

「「「ぐあああああああ!!!」」」


 みねうちで三人の意識を刈り取る。

 全員泡を吹いて白目をむいた。



「くそ! 他の奴らはどうした!」


 絶体絶命に追い込まれたエドガーが見渡す景色は、


「ひいいいいいいい!」

「た、助けて兄さん!!!!!」


「オラオラどうしたその程度か!」

「ははっ、大したことなかったんだな!」


 四十人の冒険者が一方的に残りの兄弟たちをフルボッコにしていた。

 王妃たちは腰を抜かして必死に命乞いをしている。


「……ルイくん! どうしてこんなことするのよ!」


 兄さまの母が()いつくばって足にしがみつこうとした。

 涙声で兄さまに訴えかける。

 泥と血と涙でぐしょぐしょになっていて、王妃──否、母親の風格はどこにもない。


「失せろババア。黙ってろよ」


 それを兄さまは一蹴。

 完全に怒っている。


「わ、悪かったよ兄さん。俺たちが間違ってた! だから許してくれよ。な? 兄さんは人間に剣を向けないんだろ?」


 エドガーは泣きながら惨めに懇願した。


「そうだよ、人には向けない。けどお前は違うだろ?」

「え?」

「お前たちをこの町から追放する。追放されたら人間として扱わなくてもいいんだよな?」

「や、やだな兄さん、あんなの冗談に決まってるじゃないか。俺はこの通り反省してる。だからごめっ──ぎゃああああああああ!」


 戦場にエドガーの悲鳴が響く。


「虫けらが。てめえ誰の許可とって泣きわめいてんだよ。耳障りだ」


 ボゴッッッ!


「おうぇ……ッ!」


 鳩尾に拳をねじ込んでエドガーも白目をむいた。


「勘違いするな。お前なんて殺す価値もない」


 この場のアストレシア家は(アタシ)と兄さま以外全員倒れた。

 全員拘束して兄さまがもう一度みんなの前に立つ。


「みんな、見ての通りアストレシア家はこの町を裏切って魔王軍と手を組んでいた。残りの敵は王であるジークのみ。奴を倒せば本当に全部片が付く。僕もアストレシア家の人間だ、誰も信じてくれないだろう。けど今だけ力を貸してください。全部終わったら僕を追放してもいいし何でも言うこと聞きます。ですからお願いです、どうかみんなでこの町を救いましょう」


 兄さまは深々と頭を下げた。

 ダメもとでお願いしているのかもしれない。

 けれど反対者、否定意見は──ゼロ。

 逆に、


「っしゃあやってやろうぜ!」

「ルーイさん、あんたについてくぜ!」

「俺たちは何をすればいいんだ?」


 尊敬の眼差しがそこにはあった。


「どうして僕の言うことを……」


 その光景が信じられない兄さま。

 ホッとした気持ちと戸惑いが見て取れる。

 そんな兄さまへ(アタシ)は言ってあげた。


「決まってますよ、(アタシ)の兄さまですもん!」


 この言葉を聞いて兄さまの顔も緩む。


「ふふっ、ルーナが言うならそうなんだろうね。無事でよかった」


 そう言って私を抱きしめてくれた。

 とっても安心する。

 ああ、やっとこの暖かさを取り戻せたんだ。


「おばちゃんもありがとうございます。あなたがいなければ全員死んでました」

「やあね、あたしは何もしてないわよ」

「そんなことないです。返しきれないだけの恩があります」

「じゃあまた二人で食べに来て頂戴。あたしはこの笑顔が見たくて生きてるんだから」


 おばちゃんは(アタシ)と兄さまの頭を撫でて満面の笑みを浮かべた。

 (アタシ)たちもつられて笑う。


「兄さま、そろそろ時間が無いですよ」

「そうだね、じゃあ全部終わらせに行こうか」


 もう一度兄さまはみんなの前に立ち、宣言した。


「行くぞみんな! 最終決戦だ!!!」

「「「おおおおおおおお!!!」」」


 (アタシ)はその兄さまの横顔が本当に大好き。

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