41話 制裁
俺はフェンリィと共に南へ向かった。
フェンリィが言うには南には低ランクの冒険者、北には高ランクの冒険者を集めたらしい。
巨大ロヴェッタを倒すためには俺たち四人の力だけでは不可能だ。
そのため二手に分かれて冒険者に協力を求め、指示を出して一緒に戦おうとしている。
この協力さえうまくいけばロヴェッタを倒せると言っていた。
そんなに難しいのだろうか。町がこんな状態なら協力しない奴などいないと思うが。
「思った以上に集まってくれてますね」
俺が考えを巡らせているとすぐに目的地に到着した。
見ると既に100人ほどの冒険者が集まっていた。
避難所も近くにあって一般人もたくさんいる。
ざわざわとしていて騒がしい。
「ああ、もう俺たちダメなのかな」
「あんな奴僕たちに勝てるわけない」
雰囲気は絶望に包まれていて諦めている者がほとんどだ。
無理もない。ここにいる低級冒険者たちはほとんど何もできず魔王軍の恐怖を嫌というほど味わっただろう。
「みなさん、聞いてください。私が皆さんをここに集めたフェンリィです」
100人を前にして物怖じせずに堂々と話し始めた。
交渉は任せてくれと言われたから俺は黙って横で見ている。
「フェンリィだぁ?」
誰かが言った。
すると一瞬静寂に包まれ、全員がフェンリィの方を向いた。
「今はご存じの通り四天王が暴れています。どうか皆さんの手を貸していただけませんか?」
丁寧な物言いですぐに本題に入る。
あとは作戦を伝えるだけだな。
「あ? お前が俺たちを集めたのか? はっ、バカにすんのも大概にしろよ。お前ごときがあのモンスターの大群を蹴散らしたってのか? 笑わせんな!」
冒険者の一人がそう言って紙を見せてきた。
フェンリィが弾と一緒に撃ったやつだ。
そこにはこう書かれていた。
【私はこの戦いを終焉へと導く者。この地のモンスターは全て滅ぼしました。上級冒険者は北へ、そうでない者は南へ集まりなさい。天啓を授けます】
俺は黙ってフェンリィを見つめる。
「ちょっとカッコいいかな~って……こんなことになるとは思っていませんでした」
だいぶ痛いことをしたもんだ。
悩みがあるなら今度相談に乗ってやろう。
「どんな凄い奴が来るかと思ったら冷やかしかよ。帰れ!」
「そうだそうだ! こっちは命がかかってんだよ!」
冒険者たちは次々に不満やストレスをぶつけ始めた。
この惨状も全てフェンリィのせいにしているかのようだ。
そう言えばフェンリィもこの町でルーナほどではないが酷い仕打ちを受けていた。
「皆さん、落ち着いてください。争ってる暇はありません。協力すればすぐに片付きます」
冷静に対処するフェンリィ。
だが火に油を注ぐだけだった。
「誰がお前の指示なんかに従うか! この無能の出来損ないが!」
「調子乗ってんじゃねえよゴミクズが!」
「お前まさか魔王軍と手組んでるんじゃねえか? じゃなきゃお前が生き残るわけねえだろ!」
フェンリィを必要以上に罵倒する声。
その主はギルドで痛い目に合わせたフェンリィの元パーティメンバーだ。
まだ懲りずにフェンリィを恨んでいるらしい。あの日の謝罪は何だったのか。
今は冒険者資格を剥奪されているため市民に交じってヤジを飛ばしている。
「魔王軍と手を? 本当か!?」
「確かにあの子、あのロボットがいる方から来たわよね」
「え、じゃあ本当に裏切り者なのか?」
嘘はやがて真実として認知される。
誰かが言いだせばそれに乗って信じる者が増えていくのだ。
「死ね裏切り者!」
「キモいんだよ化け物が!」
敵はロヴェッタからフェンリィへと移り変わる。
誰もが現実から目を背け、やり場のない怒りをフェンリィにぶつけ始めた。
中には石を投げる者もいる。
「くそ、コイツら……」
俺が全員黙らせてやろうかと前に出る。
しかしフェンリィに止められた。
「ダメです」
「どうして?」
「ちゃんと私の言葉で伝えます」
その瞳を見て俺は一歩下がった。
フェンリィは一度大きく息を吸って吐く。
「よし」と小さく呟くと大きく口を開け──叫んだ。
「皆さんは死にたいんですか! ただ黙って見て誰かに責任を擦り付けるだけですか! 私はそんなの御免です!」
さっきまでの冷静沈着なセリフとは違い感情に任せた叫び声だ。
「ああ? なんだてめえ! 俺たちだってやれるならやりてえよ!」
それを聞いた冒険者が反発する。
負けずにフェンリィも、
「口だけじゃないですか! なにか行動しようとしましたか? 実際私がここに来るまで誰一人武器を持って立ち向かおうとしてなかったじゃないですか!」
「うっせえ! そんなもん綺麗ごとだろ!」
そう言って誰かが石を投げつけた。
それがフェンリィの体に当たる。
「っ……それでいいじゃないですか! 私は知っての通り無能のポンコツです! ですが皆さんと違って諦めません! 皆さんは私以下です!」
超アウェーの中一人叫ぶ少女。
そんな状況下でもその声は確かに誰かの元へ届く。
一人健気に戦うその姿に心を打たれる者がいるはずだ。
「た、確かにその通りかもな」
「ああ、まだ俺たちは何もやってねえ」
一人、二人とフェンリィの意見に耳を傾ける者が現れた。
石を投げる者もいなくなり、場の雰囲気が変わっていく。
小さな火種さえできればあとはそれを広げるだけ。
もう一息──
「おいフェンリィ! なんだその態度は!」
「みんな騙されるな! コイツは魔王軍の手先だ!」
「そうだ、調子乗んな!」
フェンリィの元パーティメンバーがそれを阻止した。
なぜそんなことをするのか理解不能。
とりあえずフェンリィのことを認められないのだろう。
誹謗中傷の言葉を浴びせている。
そんな雑音をかき消すように──
バンバンバン!
発砲音が鳴り響いた。
なんと、フェンリィが三度引き金を引いたのだ。
「「「ひ、ひい!」」」
ゴミ共はそれを見て腰を抜かす。
「確かに綺麗事だけじゃ済みそうにないですね。やっぱり私は甘いです。ですがあなたたちは勘違いをしてます」
俺はこの時、初めてフェンリィも怒るんだなと思った。
そしてカッコイイとも思った。
「いつまで私を喋る人形と勘違いしてるんですか! 次は当てますよ!」
そう言って銃口を向ける。
「こ、こいつ撃ちやがった!」
「み、みんな見たろ!? これがこいつの本性だ!」
フェンリィが発砲したことで再びざわつき始めた。
確かに少しやり過ぎたかもしれない。
「さすがにやべえだろ」「あれはないわ」「人撃つとか最低」「やっぱついてけねえよ」
伝染するようにその不満は一瞬にして巨大な世論という名の怪物に成り果てる。
フェンリィを擁護する者などいない。
それでも彼女は構わず叫ぶ。
「私はこの町が大っ嫌いです! 正直皆さんが死んでも何とも思いません! ですがこのまま黙って死んでほしくはないです! 大勢が助かるなら一人や二人撃ち殺します! その代わり全部終わったら私も死んであげます! それぐらいの覚悟が私にはあります!」
反論する者はいなかった。
いや、この子が何を言っているのか誰も理解できなかった。
なぜこんなに一人で叫んでいるのか。
死ぬとか覚悟とか殺すとか、この場の全員がついていけなかった。
ずっとどこか他人事で自分がそんな風になるとは思っていなかったのだ。
時が止まったように誰も動かない。
「ボク、このおねえちゃんに助けてもらったよ!」
「かっこよかったよね! ばーんって!」
「あたしも見た!」
「オレも!」
静寂を破ったのは戦いとは無縁の小さな子供たち。
フェンリィの元へ駆け出して感謝を伝え出した。
それを見た情けない大人たちの時も再び動き出す。
「じ、実は俺も助けてもらったな」
冒険者の一人が手を上げる。
「言い出せなかったけどウチも。ウチはこの子についていきたい」
場の空気というのは一瞬にして反転する。
これで流れが完全に変わった。
一度定着した雰囲気は簡単には変わらない。
誰も死んでいないし血も流れていない。
ただフェンリィの行ってきた結果と想いが形になっただけ。
「おいみんな、やってやろうぜ! フェンリィ、何をすればいいんだ?」
「そうだな、底辺の維持見せてやろうぜ!」
「すまんフェンリィ、オレたちが間違ってた。全部終わったら罰してくれ!」
自分で自分をぶん殴る者、土下座をする者。
次々と拳を突き上げ、フェンリィを支持し出した。
フェンリィコールが起こるほどだ。
「皆さん……、ありがとうございます!」
フェンリィは目にうっすら涙を浮かべている。
俺の方をぱっと向くと、
「リクト様、やりましたよ。私は初めて自分の力のみで成し遂げました」
そう言って嬉しそうに涙を拭う。
しかし俺はこう帰す。
「違うよ」
「え?」
首を傾げてキョトンとした。
俺は続ける。
「初めてじゃない。前に村でコボルトの集団を倒したことあったろ? あの時俺は子供を見捨てようとした。そんな俺の心を動かしたのは何の能力も持たない普通の女の子──フェンリィだったんだから」
それは誰にも真似できない特別な能力だ。
「ふふっ、そうでしたね」
「フェンリィは凄いんだって。俺が何回も言ってきたろ」
「はい」
やはりこの子は素敵な笑顔を見せるな。
この笑顔も特別な能力だ。人を動かす力がある。
「じゃあもうひと頑張りしてきますねっ。妻の勇姿を見ててください!」
「そういうのはいいんだよ。早く行ってこい」
そんな軽口をたたき合うとてけてけと駆けて行ってもう一度人前に立った。
俺は文字通り見ているだけだ。
「それでは作戦を伝えます」
集中モードに入ったフェンリィが作戦の概要を伝え始める。
すると、
「「「俺たちは認めねえぞ!」」」
三馬鹿が懲りずに悪態をついた。
さっきから何がしたいのかわからない。
命が欲しくないのだろうか。
それともフェンリィの邪魔をしたいだけなのか?
「っせえなぶっ殺すぞ!」
「そうだ! フェンリィさんに盾突くんじゃねえ!」
フェンリィはすっかり味方をつけたようだ。
100人の仲間が三人を取り囲む。
するとフェンリィは子供みたいな無邪気な声で言った。
「みなさーん、私からの最初のお願いです。ゴミはゴミ箱に捨てましょう♡」
フェンリィがエンジェルスマイル──否、デビルスマイルを浮かべると冒険者たちは一斉に三人の馬鹿共に襲い掛かった。
「いやだ! やめてくれええええええ!」
「悪かった! 今度こそ反省する!!!」
「ごめんなさい! 許してください!!」
悲鳴だけが聞こえてきた。
人が多くて何が起きているかよく見えない。
俺はこの瞬間をもって二度とあいつらの顔を見ることはなかった。
「いい連携ですね皆さん。それでは作戦を伝えます。私たちは逃げ遅れた人を助けながらあの大型ロボットを撹乱します」
こんなに清清しい表情のフェンリィを見たのは初めてだ。
とっくに切り替えて話を進めた。
「で、でも大丈夫なんですか? 俺たち弱いですよ」
当然の反応だな。だが問題ない。
「大丈夫です! 私たちにはリクト様がついてますから!」
誰だそれはという声が聞こえてくる。これも当然の反応だ。
「お、おい待て。あいつ……いや、あの方は昨日ギルドで暴れてた人じゃないか?」
「ほ、本当だ! あのゴミ共をボッコボコにしてた最強の勇者様か!」
急激に俺の株が上がっているのを感じる。
どうやらここにいる低級冒険者たちはフェンリィの元パーティメンバーのことが嫌いだったらしい。
こき使われた者も多いとか……。
それで俺をここまで崇めるようになったのだ。
「皆さんもうわかりましたね。このリクト様がいる限り私たちは負けません。思いっきり暴れましょう!」
「おおおおおお!!!」
「リクト様バンザイ! フェンリィ様バンザイ!」
よくわからないがボルテージは最高値まで達したようだ。
こいつらの手のひら返しが凄いが気分は悪くない。
さっさと全部終わらせよう。
こうして南エリアの戦力は万全を期した。
巨大ロヴェッタに誰かが乗り込み、この町を蹂躙し始めたのはすぐのこと──





