39話 兄と妹
私はリクトと別行動して自分の戦いに向き合った。
目の前にはルイ兄さま。
私に剣を向けてビルの上から睨みつけてくる。
「おいルーナ。てめえなんで死んでないんだよ」
凍るような冷たい声。
さっきまでの私だったら動けなくなっていただろう。
でも今は大丈夫。
私が戦っているのは兄さまであって兄さまではないから。
私を斬った時、殺せたはずなのに殺さなかった。
きっと兄さまも戦っている。私は一人じゃない!
「ルイ兄さま、一言だけよろしいですか」
「あ?」
「私にも反抗期が来たみたいです。……だから」
もう私が助けるなんて綺麗ごとは言わない。
力ずくで取り戻す。
「一発ぶん殴って目覚まさせてやるわ!!!」
大鎌、【紅月】を握って地面を蹴る。
建物の残骸を足場にして兄さまに接近。
スピードを活かしてかく乱する作戦だ。
「でりゃああああああ!」
視覚を突いて大鎌を振るった。
もちろん刃の向きは逆にして──
「舐めてんのかお前。殺すぞ」
攻撃はギリギリ防がれた。
鍔迫り合いになって互いに武器を押し合う。
「兄さまはそんな弱くないでしょ! いつまで寝てんのよ!」
「は? 何わけわかんねえこと言ってんだ!」
私は押し負けて後方に飛ぶ。
わかってたけどやっぱり強い。
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名前:ルーイ
体力:S
物攻:S
物防:S
魔攻:S
魔防:S
魔力:S
俊敏:S
ユニークスキル:≪限界突破≫
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ルイ兄さまは人類で一番ステータスが高い。
人間の基本ステータスはどんなに鍛錬してもSランクが限界らしい。
だから私の攻撃力がSSなのは呪いだと言われ忌み嫌われていた。
これも追放された理由の一つだろう。
今の私はリクトのおかげで体力、物理攻撃、俊敏がSSランクに到達している。
それでもなぜか兄さまについてこられる。
これぐらいの差なら技術や経験で簡単に埋められるということだろうか。
「今度はこっちから行くぞ!」
兄さまが突っ込んできた。
私は防御力が低いから攻撃されたらまずい。
それなら、
「させないわ!」
やられる前に攻めまくった。
互いの武器が激しくぶつかり合って音を立てている。
一瞬でも油断すればその均衡は破られるだろう。
頬を伝う汗に集中を削がれる。それはどちらも同じ。
やがて、その時はやってきた──
「ぐおっ……!」
私の大鎌が兄さまを捉えた。
与えた痛みが手に伝わってくるような感触がある。
兄さまはその場にうずくまって苦しそうにした。
「どう? 痛いでしょ? 私もすっごく痛かったんだよ」
「……はぁ、くそ。甘いんだよ、殺す気でこいや」
息を切らしてゆっくり立ち上がった。
剣を杖のようにして体を支えている。
「お手本見せてやるよ。≪限界突破≫」
そう唱えて腰を落とすともう一度剣を構えた。
刹那──
ガチンッ!
金属音が耳に響く。
一瞬でも反応が遅れていたら首が飛んでいただろう。
さっきよりも数段速い攻撃。
そうか、兄さまのユニークスキルを忘れてた。
確か全ステータスを大幅に上昇させる能力だ。
「遊びは終わりだ。お前を殺す!」
さっきまでなんとか戦えていたけど形勢は一気に逆転した。
私は兄さまの猛攻を受けることで精一杯。
反撃の隙は全く無い。
「お前みたいに振り回してるだけじゃ勝てないんだよ。お前ごときが僕に勝てると思うな!」
「うっ……」
剣先が浅く頬をかすめて出血した。
口の中に入り鉄のような味が広がる。
やばい。
どうしよう。
勝てる気がしない。
意地なんか捨ててもう助けを呼ぼうかな……?
ううん、もうちょっとだけ待って。
まだ何かやれるはず。考えよう。
今の私が兄さまに勝ててるところはどこ?
そんなものない。まず場数が全然違う。
気持ちだけで戦力差が埋まるわけでもない。
こういう時フェンリィだったらどう考えるかな。
確か……自分にできることだけを考えろって言ってた。
私にできることって何だろう。
私にあるのはパワーとスピード。
これならギリ兄さまともやりあえる。
それで、今はなんのために戦ってるのか。
それは兄さまを取り戻すこと。
あとは…………全部ぶっ壊す……?
……あ、そうだ!
わかった。わかったよフェンリィ、リクト。
「待てやおい! 逃げんのか!!」
兄さまが叫んだ。
私は構わず背を向けて全力で走り出す。
この技は一度しか通用しない。
失敗したら負ける。でもやらなければ負ける。
なら、答えは決まってるでしょ。
足場の悪いビルの上では私にほんの少しだけ分がある。
そのため一旦距離を稼ぐことができた。
急停止してもう一度兄さまと向き合う。
「私は一度も逃げたことないわ」
ニヤリと笑みを浮かべ、再び一直線に兄さまへ突っ込んだ。
死に急いでいるように見えたかもしれない。
兄さまがカウンターの準備をしている。
でもそんなの意味ないよ。
だって、兄さまには攻撃しないから──
バゴオオオオオオオン!!!
兄さまの間合いギリギリで私は地面に向かって大鎌を振り下ろした。
建物の床は一瞬で瓦解し、私と兄さまは宙を舞う。
「な、なんだ!?」
どんなに強い人でも急激な環境変化には弱い。
来るとわかっていなければすぐには順応できないだろう。
「ごめんね兄さま、お休みなさい」
宙を舞う瓦礫を足場にして急接近。
この小さくて軽い体が初めて役に立ったかもしれない。
すかさず鎌の反対側でぶっ叩いて意識を刈り取った。
◇◆◇◆◇◆
「これで元に戻ってくれたのかな? どうしたらいいんだろ」
倒れた兄さまを見て呟いた。
呪いの解除条件がわからないのだ。
ロヴェッタを倒さなければダメなのかもしれない。
「ていうか死んでないよね!? 兄さま起きて、起きて!」
体を揺すってみるが起きてくれない。
眠ってる兄さまは私の知っている兄さまに見える。
なんだか懐かしいな。
そういえば兄さまの寝顔を見るのは初めてかもしれない。
ちょっとラッキーかも。なんて思ってみたりする。
──しかし、そんな感傷に浸ってる暇はなかった。
『いいもの見させてもらったわ。ルーイ君が負けちゃうのは予想外だったけど』
そいつは手を叩きながらコツコツと足音を立てて近づいてきた。
「ロヴェッタ!」
私はその姿を確認したと同時に切りかかる。
もちろん刃を向けて──
『落ち着いて頂戴』
「な……」
片手で受け止められた。
私は宙に浮く。
『今のわたくしはバックアップ用のデータで動いてるだけだからあんまり戦いたくないのよね。万が一があるかもしれないじゃない』
鎌ごと私を投げてそう言った。
「どういうことよ」
なんとか着地して聞き返す。
『今あなたの仲間が別の場所で戦ってるのが本体でわたくしは控えって事よ。あなたたち二人はいい玩具になってくれたから殺しはしないわ。大人しくしてて』
リクトとフェンリィね。
あの二人なら絶対大丈夫。
「そんなの聞くと思ってんの?」
ならここは私が少しでも時間を稼ごう。
あわよくば……。
『生かされてるってわかんないの? せっかくわたくしが…………ん? ……はぁー、また誤算ね。エラーはつきものって言うけどここまでとはね。しょうがない』
「え……?」
次の瞬間。私の手から武器が離れた。
そしていつの間にか上を向いた状態で地面に押さえつけられていた。
抵抗するがなぜか体は言うことを聞かない。
『ほんと、人間が調子乗ってんじゃないわよ。事情が変わったわ、向こうのわたくしがやられたみたい。あなたの仲間結構やるのね。まさかここまでする羽目になるとは思わなかったわ』
馬乗りになったロヴェッタが私を見下ろす。
「……ぐっ! 離せ!」
必死に抵抗しようともがいた。
だけど全然思うように動かない。
『これから忙しくなるから体に穴ぐらい空けとこうかしらね。邪魔されたら面倒だし。あ、そうだ。あなたは散々苦しんだから今度はルーイ君に苦しんでもらいましょう』
「な、なにすんの……」
ロヴェッタは腕を大砲に変形させて私に向けてきた。
『小さくて可愛い体ね。嫉妬しちゃうわ。右手か左手、それとも右足か左足。一番いらないのどぉれ?』
「へ……?」
質問の意味が分からない。
この恐怖は今までに感じた恐怖とはまた違う。
今までは痛いだけで済んだ。
でもそれだけじゃ済まない。
”死”という初めての恐怖が私を襲った。
『ルーイ君どんな顔するかしらね。ほら早く選んで頂戴。3、2、1……』
「あああ、足。足がいいです」
気づけばそう言っていた。
自分でも何を言ってるのかわからない。
口が勝手に喋った。
『そうなの? 歩けなくなっちゃうわよ?』
「ずずず、ずっと部屋の中に、いたから……」
手足が動かない。
口だけががくがくして歯の音がうるさい。
『そう、じゃあ始めるわね。あんまり騒がないでよ』
鉄の塊でできた顔に浮かぶ狂気に満ちた笑み。
ゆっくりと楽しむように私の足に照準を定めた。
『行くわよ。≪大虐殺砲≫』
私は目を瞑った。
もう今度こそお終いだと。
どれだけ私を痛めつければ気が済むんだろう。
私何も悪いことしてないよ。
なんで……。諦めかけたその時──
「ルーナを泣かせるな」
砲声とともに私の凍ったように動かない体を溶かす暖かい声が聞こえた。
足はまだついてる。
ロヴェッタは突き飛ばされたのか尻もちをついていた。
誰?
一体何が起こったの?
『どうして!? まだ呪いは解けてないはずでしょ!?』
ロヴェッタが叫んだ。
「知ったことか。人の体勝手に操りやがって。お前は僕の一番大切なものを傷付けた。絶対に許さない」
私の目の前にある大きな背中。
安心感のある偉大な背中。
何度も見てきた大好きな背中。
ああ、これが見たかったんだ。
「ルイ兄さま!!!!!」
いろんな感情がごったになって出た。
もう怖いのも辛いのも全部消し飛んだ。
「ごめんルーナ、あとでたくさん言いたいことがある。ちょっと待っててくれ、コイツを黙らせるから」
「はい!!!」
これは私の知ってるルイ兄さまだ。
やっと、やっと戻ってきてくれた!
『うっふっふっふっふ。いい! 凄くいい! 本当にあなたたちは素晴らしいわ! それでこそ本物の愛──』
≪疾風迅≫
「悪い、もう声も聴きたくないんだ」
ロヴェッタの首が落ちた。
私と戦った時より桁違いに強くて速い。
きっと兄さまも自分自身と戦ってたんだ。
『……こ、こんなところで終われない。もう全部終わらせる準備はできてるのに……。どうせ終わるなら最後にせめて……せめてあなただけでも道連れにしてあげる!』
超高密度のエネルギーが一斉に弾け飛んだ。
自分ごと周囲のものを全て吹き飛ばす大爆発。
≪超新星≫
そんな攻撃なのに、私には傷一つつかなかった。
『な、……ザザ。ザ……なんで、立ってられる、の……!? ……ザザザ』
「……決まってるじゃないか。兄の背中が見えないと妹が不安になるだろ」
そう言ってロヴェッタの核を破壊した。
それと同時に兄さまも頭からばたりと倒れた。
「……ぃさま?」
慌てて駆け寄る。
すると綺麗だった背中姿とは対照的に、体中が火傷を負ってボロボロになっている兄さまが目に映った。
「兄さま!!! しっかりしてください!!!」
「……ルー、ナ」
手を震わせながら私の手を握った。
いや、握ったというより添えた。
なんだか壊れてしまいそうなくらい脆い。
「ごめんな……ありがとう」
その目は私を見ているようで焦点が合っていない。
「やだ……。やだやだやだやだ」
「……ごめん」
「なんで! まだ全然足りないでしょ? もっと私にたくさん謝ってよ!!!」
私の涙が落ちて兄さまも泣いているように見える。
「……泣くなよ。俺を殴るんだろ? 今なら、殴り放題だぞ」
「何回でも殴ってやりたいです! だから……。だから、これ以上私を泣かせたらほんとに許しませんよ!!!」
「ははっ、ルーナも、強く、なったよな。これからが、楽しみ、だよ……」
呼吸と共に途切れ途切れに発する声。
今にも消えてしまいそう。
「そんな最後みたいなこと言わないでください。大丈夫です、すぐに助かりますから!」
私はすぐに通信機を繋いで叫んだ。
「助けて、兄さまが……。兄さまが死んじゃう!!!」





