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33話 再起動

 俺とフェンリィはルーナの後を追った。

 さっきまでは遠くの空が黒い程度にしか思えなかったが、今ではうじゃうじゃ動いているのが俺の目にもわかる。


 おそらくこの町が襲われるまであと数十分もかからない。

 他の任務にあたっている冒険者たちも異変を察知しただろうが、指揮官もなく現状も把握できていないため対応が遅れるだろう。


「フェンリィ、頼めるか?」


 こちらの戦力が整うまでフェンリィに任せることにした。

 多少町にも戦える奴がいるはずだ。

 フェンリィがいればあの数相手でも被害は大きく減らせるだろう。


「かしこまりました。ではリクト様、ルーナを頼みますね」

「任せとけ。お前も無理はするなよ」

「心配には及びません。ミンチにします」

「……そうか。はぁ……頼もしいな」


 フェンリィの方がステータスが高いため、俺の全力にフェンリィが合わせて走ってくれている状況だ。

 俺は少し息を切らしている。


「リクト様に何か異変がありましたらすぐに駆け付けます」

「俺のことは気にするな。不安か?」

「いえ、失礼いたしました。リクト様なら心配ありません」


 まあ今の俺を見たら多少心配にもなるか。

 最近の戦闘はフェンリィとルーナに頼りっきりになってたし……。


「気にかけてくれてありがとな。フェンリィはできるだけ被害を抑えてくれ。それからできるだけたくさん人を助けろ。可能な範囲でいい」

「できるだけ、ですね。承知しました」

「じゃあ頼む。何かあったら連絡してくれ」


 こうして俺はフェンリィと別れ、ルーナの元へ急いだ。




◇◆◇◆◇◆




「ここがルーナの家か。デカいな」


 外からもわかるが中に入るとより大きさを実感できた。

 だがじっくり観察して遊んでる暇はない。


 広いせいなのか人がいないせいなのかわからないが物凄く静かだ。

 ルーナはここに向かったはずだがどこにいるのかわからない。

 手あたり次第探すしかないか、あいつ小さいしな。

 などと考えていると、



 ドゴーーーーーン!!!



 遠くの一室から爆音が聞こえた。

 何かが崩れたか壊れた音だ。

 俺は音のした方へ向かう。


 すると”王室”と書かれた部屋があった。

 中に入り、まず目に浮かんだのは正面にできていた大きな穴。

 突き当りの壁が大きくくり抜かれていてそこから外が見える。


 さっきの爆音はきっとこれができた時に発生したものだ。

 そして次に目に移ったもの。


 それは一人の倒れた男。

 どうやら足を怪我したようだ。多分まだ息はある。

 そいつに近づこうとして歩き始めると何かに躓いた。


「うわっあぶね。なん……だ──」


 俺は言葉を失った。

 目に映ったのは赤い髪の少女。

 その少女は部屋の入口にごてっと転がっていたのだ。


「ルーナ! 大丈夫か、しっかりしろ! おい、聞こえるか!!!」


 俺は腕で小さな頭を支え、必死に呼びかけた。

 体を揺するが反応が無い。


「ルーナ! 起きてくれ!!」


 だがやはり反応はない。

 体は冷たく人形のようだ。


「くそ、どうして……」


 俺がちゃんと見ていようと思っていたのにこのざまだ。

 ルーナはこんなになるまで一人で戦っていたのに俺は何もしてやれなかった。


「ごめん。ごめんルーナ……」


 俺はただ謝ることしかできない。

 手元にはもうポーションなどない。

 回復できるアイテムはここにない。

 俺には魔力もない。


 そうか──俺は無能なんだ。


 思い出した。

 俺は普通の人間なんだ。特別なのはこの能力であって俺じゃない。

 それなのに俺ならなんとかできると思い上がっていた。

 全部思い通りにできると思っていた。

 こんなの自分を強いと思い込んでるクズ共と何ら変わらない。

 勝手に救った気になってただけだ。

 まだ何も救えていない。救えなかった。


 もう手遅れなのか?


 いや違う。落ち着け。

 前もそうだっただろ。まずは冷静に確認だ。

 まだ終わったと決まったわけじゃない。

 後悔は後だ。


 手首に手を当てると脈が動いていた。

 呼吸もある、心臓も動いている。


「よかった。まだ生きてる」


 だが全く安心はできない。

 放っておけばじきに死んでしまう。

 今こうしている間にも刻一刻とルーナは弱っている。

 俺はそれを眺めることしかできない。


「なにがよかっただ……」


 結果は何も変わらない。

 数分もたたないうちにルーナは死ぬ。

 この戦場の中で治療してくれる人を探している暇はない。

 完全に詰みだ。


「くそ!!!」


 拳を振り下ろすと手が切れて血が滲んだ。

 だが痛みは全く感じない。

 ルーナの痛みはもっともっと……。


「ごめん……」


 こんなことをしてルーナが戻ってくるわけでもない。

 ただ少しでも自分を正当化したいだけの自己満だ。


「……ルーナ」


 そっと手に触れると脈が弱くなっていた。

 この子は俺のせいで死ぬ。

 助けるって約束したのに、この子は俺を信じてくれたのに。

 俺はそれを裏切ることになる。


「ごめん。せめてお前が一人にならないように俺も……」


 ルーナの額に一粒の雫が落ちた。

 俺は現実から逃げるように目を瞑り、ルーナを抱きかかえる。



「……あれ? ここは……」



 全てを諦めた瞬間、天使のような声が耳に響いた。

 こんなファンタジーなことがあるのだろうか。

 俺は祈るように勢いよく顔を上げ、その顔を見る。

 その願いは叶っていた。


「ルーナ、俺だ。わかるか?」


 俺は目を擦り、少女に呼びかける。


「リ……クト?」


 小さな口を動かして確かにそう発音した。


「ああ、そうだ。よかった本当に」


 脈も正常に戻り、呼吸も整いつつある。

 何が起きたのかはわからない。

 わかるのは今現在、この女の子が生きているということ。

 この事実だけはひっくり返すことなどできない。


「……あ! そうだ兄さまは!?」


 俺の心配をよそにバッと勢いよく体を起こした。

 痛そうに顔をしかめたので寝ているように促す。


「落ち着け、そんなに怪我してるんだからまだ休んでろ」


 ルーナが確認するように服をめくると斬られた跡があった。

 俺はそれを見て疑問を抱く。


 同じ人間が付けた傷には見えない。

 体に与えられた打撲や痣には躊躇が見られない。

 だがこの切り傷は見た目よりずっと浅く、致命傷にはなっていない。


 複数の人間にやられたのか?

 ルーナがギリギリで避けた?

 それはないな。敵は一方的に殴れるほどけた違いに強い。


 じゃあ殺すのが目的ではないのか?

 でも俺が来なければじきに死んでいたはず。

 瞬殺できるのにそうしなかったのはなぜだ……?

 いや、そんなのどうだっていいか。

 今はルーナが無事だったことを喜ぼう。


 ルーナの傷は徐々に癒えてきた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()回復に向かっている。



「アタシ、またダメだった……」


 だいぶ楽になったようだが、心まで弱ってしまったのか吐息のような声を漏らした。

 俺は吐き出される言葉を黙って受け止める。


「やっぱりアタシは弱かったみたい……。


 何も変えられなかったの。

 兄さまはね、アタシのこと嫌いだって、殺したいって、そう言ったの。


 私に向かって剣を抜いたんだよ。それでね、私を斬ったの。

 痛かったよ。怖かったよ。苦しかったよ。

 なんでこんな思いしなくちゃいけないの。


 私はただ、兄さまとお話したいだけなの。

 手を繋いでほしいだけなの。

 抱きしめて欲しいだけなの」


 感情ごと全部吐き出すように必死に言葉を紡ぐルーナ。

 一度も目をそらさず俺の顔を見て言い終えた。

 綺麗な顔は大粒の涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。

 俺もそれを見て、聴いて、目頭が熱くなる。



「ねえリクト、私は、アタシはこれからどうしたらいいの?」


 そう言って俺の手を握ってきた。


 ……ルーナ。俺も痛いよ。苦しいんだ。

 こんなに小さな女の子に苦しい思いをさせてしまったこと。

 しっかり見ておくと言ったのに痛い思いをさせてしまったこと。


 だからごめん。

 もう二度とそんな顔はさせない。


「ルーナ。前にも聞いたよな。お前の目的はなんだ? 何をしてほしいんだ?」


 俺もルーナの目をじっと見つめ、手を優しく包んで聞き返す。

 以前は答えてくれなかった質問の答えだ。




「……ぐすんっ。……(アタシ)を、助けて」




 俺が聞きたかった答え。

 ようやく口にして教えてくれた。


「わかった」


 ぐしゃぐしゃになってしまった顔を綺麗に整える。

 そして小さな体をゆっくりと抱き上げ、そっと地面に足をつかせた。

 手を握ってしっかりと支える。

 やっぱりとっても小さな手だ。


「ありがと」


 目をこすりながら呟いた。

 少しずつ声にも光が戻りつつある。


「まだ早いだろ」

「ううんいいの。何回でも言うから」


 泣き止んだルーナの顔が覗き込んだ。

 泣いた跡はあるがそれはもう過去のものになっている。


「ちゃんと(アタシ)を救ってくれてありがとね。全部吐き出したら楽になったわ」

「約束したからな」


 そう、約束。

 守ることができて本当に良かった。


「うん。でもほんとに助かった」


 俺の人差し指を握ってそう呟く。

 するとうっすら笑みを浮かべて見上げてきた。


「よし、それじゃあ行こうか。全部壊しに」


 手を引いて歩き出そうと思い、その動作を行う。

 だが俺の手は虚空を掴んだ。

 その位置にはルーナの手がなかったのだ。

 俺が振り返るのと同時に目の覚めるような音が響く。



 バチン!



 見るとルーナがほっぺたに二つの大きな赤もみじを作っていた。

 自分で自分のほっぺたを叩いたのだ。

 涙目になる程思いっきりやったらしい。


「ふぅー。もう大丈夫。これで全部吹っ切れたから心配しないで。(アタシ)が力づくで兄さまに言うこと聞かせるわ」


 真っ赤に腫れた目には闘志が宿っている。

 これは強がりでもハッタリでもない。

 覚悟が決まった顔だ。


 俺の仲間は本当に強いな。

 俺は倒れてしまわないように陰ながら支えていよう。


「わかった。無理は……いや、心配ないか。兄妹喧嘩に口出しはできんな」

「大丈夫。死んでも負けないから」


 そう言ってルーナは王室にでかでかと飾ってあった大鎌を手に取った。

 俺が使うにも少し大きいぐらいでルーナの倍以上はある。


「なんだそれ。よくそんなの持てるな」

「神器らしいわね。そんなことどうだっていいのよ。全部ぶっ壊してやるわ」

「頼もしいな。じゃあ行くか」


 町はすでに戦場と化し、魔王軍との大戦が始まっている。

 その戦場へ俺たちも舞い降りた。


「あ、そう言えばリクトさっき泣いてたよね?」

「泣いて……誰にも言うなよ」

「ふふっ、フェンリィも見たことないでしょ。やったね」


 そう言ってルーナは小悪魔みたいに悪戯っぽく笑った。

 俺もその笑顔につられてしまう。


「ほら、集中しろよ」

「わかってる。リクトこそ、(アタシ)に遅れるんじゃないわよ!」


 その小さな背中を負って俺も走り出す。

 これが、俺とルーナの再起動。




◇◆◇◆◇◆




 名称リクトのユニークスキル覚醒を確認。


───────────

【ユニークスキル】

 ≪反転≫

 ≪反転(リカバリー)≫ NEW!

 ≪反転(リフレクション)≫ NEW!

 ≪反転(リワインド)≫ NEW!

 ≪反転(グラビティ)≫ NEW!

 ≪反転(インヴァース)≫ NEW!

───────────


 ≪反転(リカバリー)≫の詳細。


 ”死へ向かっている状態を反転させ、負傷した体を回復させる”

 ※ただし死者への使用は不可

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