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25話 ルーナの過去

〈いつかの記憶〉




「ルーナ、大丈夫だよ。兄ちゃんがついてる」


 いつものようにルイ兄さまは私を慰めてくれました。

 私は10歳になるというのに毎日泣いてばかりです。

 今も他の兄弟にいじめられて泣いてしまった私を兄さまが励ましてくれています。


「ぐすんっ、ごめんなさい」

「なんでルーナが謝るんだよ。よしよし」


 大きな体で優しく抱きしめてくれました。

 とても暖かくてこうしてもらえると私は泣き止みます。


 ルイ兄さまは私と10歳も離れていて子供の中では一番年長さんです。私とは腹違いの兄妹なのですが、私のことを唯一可愛がってくれます。


 アストレシア家は実力が全てです。

 私ぐらいの年になるとみんな魔術を使えるようになったり、ユニークスキルが使えるようになってきます。


 そんな中私は全く戦闘センスがなく、家事やお勉強も苦手です。他の兄弟や大人の人たちにはいらない子と言われ続け、追放するという噂も耳にしたことがあります。ですが兄さまが猛反対して取り消してくれました。


 また、他の子たちは私を剣のお稽古代わりに叩いたり、魔法で攻撃したりしてくることもよくあります。そのたびに兄さまが守ってくれるのです。兄さまのおかげで嫌がらせも少しだけ減りました。


 そんな兄さまが私は大好きです。


 この家に味方は兄さましかいません。

 母さまは私が出来損ないだから父さまに捨てられたと言っていました。

 他の母さまたちからもいじめられたようです。

 毎日私を怒鳴ってぶってきます。


「なんで生まれてきたの」「死んじゃいなさい」「アンタなんていらない。他の子が欲しい」と言われました。


 ある日お部屋に戻ると裸の母さまが父さまに泣いて何かを頼み込んでました。

 その次の日から母さまの姿は見てません。



 12歳になりました。

 この年になるとアストレシア家ではとっくに冒険者として活動を始める時期です。上の人たちはみんな活躍しているみたいですし、弟や妹は私を置いてどんどん成長していきます。


 私は相変わらずユニークスキル未所持の無能です。

 剣も上手にならないし魔法だって使えません。

 ですが私のステータスは少し異常なようです。


 興味を持った研究班の人たちに体中をいじられました。午前中は検査をされて午後はお掃除など召使いさんたちと同じお仕事をします。それが終わると一人でお部屋にこもります。


 すると兄さまが遊びに来てくれるのです。

 ご本を読んでもらったり外の世界のことを聞いたりしました。私は生まれてからずっとお家のなかで過ごしていたのです。この時間は本当に楽しくて幸せでした。


 どうして私に優しくしてくれるのかと聞いたら妹だからだよと言われました。心があったかくなります。こんな気持ちになるのは兄さまといる時だけです。


 兄さまがいない時は一人で大人しくしています。お外に出て誰かに会うと止めてくれる人がいないので……。



 14歳になりました。

 兄さまは警護団体の団長さんになったみたいです。

 私も嬉しい気持ちになります。


 この頃は検査もなくなって暇な時間が増えました。

 誰も私に期待してないのでお稽古などもありません。

 お家では誰も相手してくれないのです。

 相手してくれる時はぶたれる時だけです……。


 兄さまは忙しいのに時間があれば私と遊んでくれます。私が毎日同じ服を着ていると可愛い服をプレゼントしてくれました。


 他の人に見られると怒られるので着るのはお部屋の中だけです。いつか兄さまとこの服を着てお外に行きたいと思いました。


 その夢は一度だけ実現して、二人でご飯を食べに行きました。見るもの全てが新鮮で今でもその時のことをよく思い出します。また来ようねと約束しました。


 しかしその日はまだ来てません……。



 そんな風に生きていたある日、事件は起こりました。

 夜はみんな寝ているので兄さまとこっそりお散歩していたのです。

 するとお散歩から帰る途中で一室から怪しい声が聞こえてきました。

 見ると明かりも薄っすらついています。


 そこは普段使われていないお部屋でした。

 私はお化けかもと思って少しテンションが上がりました。こういうワクワク感に憧れていたのです。兄さまの手を握ってこっそり中を覗いてみます。


「計画は順調か?」

「そんなに慌てなくても大丈夫よ。確実にいきましょう」

「失敗は許されないぞ。わかっているのか」

「わたくしを誰だと思ってるのよ。できないことなんてないわ」


 中には父さまと最近雇われたメイドの人がいました。

 秘密の相談でもしてるのでしょうか。

 兄さまに「しー」と人差し指を当てられたのでお口はチャックです。


「期待してるぞ。わしの野望のためにも、お前の欲望のためにもな」

「ふふっ、そうね。でもいいのかしら? この町の王であるジークともあろう人が魔王軍四天王の一人、このロヴェッタ様と手を組んで」


 四天王という言葉が出た瞬間兄さまの手が震えるのを感じました。

 こんなことは初めてです。


「気づかれぬよう上手くやるさ。お前も普段はジーク様と呼ぶんだぞ」


「魔王様以外に敬意を払うなんて癪だけど我慢するわ。ところで、わたくしからこの話を持ち掛けてなんだけどあなたは何が目的なのかしら?」


「わしは全部欲しいのだ。この町だけでは満足できん。隣国のセンテガンド、ロムリスもわしの手中に収めてやる。そのためには絶対的な力が必要だ。そこに善悪は関係ない。魔王軍だろうとわしの戦力になるなら使うまで」


「んふっ、嫌いじゃないわそういう人間の汚い心」


「汚くて結構。綺麗ごとじゃ欲しいものは手に入らないのだ」


 兄さまが私の手を握る力が強くなりました。

 痛いです。兄さまらしくありません。

 私は何のことを話しているのかさっぱりです。


「いくらわたくしの部下とはいえ他の二つの街を落とすのは簡単じゃないわよ。兵が足りないわ」


「なに、気にするな。すでにわしの可愛い子供たちを始め家の者には伝えておる。全員了承済みだ。はやくやりたくてうずうずしておったな。この街の冒険者たちもアストレシア家の恐怖で無理やり従わせる」


「てことはあの子も?」


「いや、ルーイにだけはまだ話していない。あいつは歴代最高傑作と言っていい実力を持っているが心が弱い。無能な出来損ないの妹の面倒ばかりみているのだ。こんな話をすれば反逆を起こすかもしれんな。だがこの計画には奴の戦力が必要不可欠だ」


「どうするつもりなの?」


「問題ない。あのゴミを今まで生かしておいたのはこのためだ。あいつを人質に取って言うことを聞かせる」


「まあ可哀想。よければわたくしに任せてくれないかしら。きっと上手くやるわよ」


「お前の実力を知るいい機会かもな。よし任せよう」


 無知な私にも恐ろしい話だということはわかりました。

 そしてこのままだと私のせいで兄さまが危険です。


「いたいです!」


 やってしまいました。

 私は声を上げてしまったのです。

 だって、あまりに兄さまが強く握るから。


「ごめんルーナ。逃げよう」


 兄さまは私の手を優しく握り直して引っ張ってくれました。

 ですがもう遅いです。


「誰だ!」


 父さまの焦る声が聞こえました。

 後ろで扉が開けられた音も聞こえます。


「ルーイか!? ちょうどいい。ロヴェッタ、みせてみろ!」

「わかってるわよ」


 兄さまは剣の達人です。

 ですが今は何も持ってません。

 対する魔王軍の人はフル装備です。

 あっという間に兄さまは拘束されてしまいました。


「兄さま!」


 私は叫びます。

 私を庇ったせいで捕まってしまったのです。


「ルーナ、逃げろ!」


 兄さまも叫びます。

 あんなに怖い顔を見たのは初めてです。


「頼む父さま、僕は言うとおりにする。だからルーナには手を出さないでくれ!」

「んふふっ。大丈夫よ、わたくしは兄妹愛も大好きなの。だからこれで許してあげる。≪逆転(リバース)≫」


 女の人がパチンと指を弾くと兄さまは一瞬雷に打たれたようにビクッとなりました。


「ジーク様。少し時間はかかりますがこれで目的は達成できますよ」

「そうか、よくやった」


 兄さまの拘束を解くと二人とも不気味に笑っていなくなりました。


「兄さま! 兄さま! お怪我はありませんか?」

「……ってて。ありがとルーナ、大丈夫だよ。さ、帰ろっか」


 私が駆け寄ると兄さまは何事もなかったように立ち上がりました。

 兄さまの様子がおかしくなったのは次の日からです。



 次の日。

 いつものように遊びに来てくれたのですが元気がありません。私が話しかけても反応が悪いのです。体長が悪いのでしょうか。




 一週間後。

 私の前で笑ってくれなくなりました。

 遊びにも連れてってくれません。





 一か月後。

 話しかけても無視されるようになりました。

 忙しいのでしょうか。






 三か月後。

 別人のようになってしまいました。

 触れようとすると手を払われたり突き飛ばされたりします。







 半年後。

 今日は15歳の誕生日です。

 兄さまは毎年こっそり祝ってくれます。

 一年で一番好きな日です…………でした。


「兄さま、今日は何の日か知ってますか?」


 最近忙しくて留守にしていた兄さまがこの日だけいらしたのです。きっとまだ私のこと祝ってくれるんじゃないかなと思いました。嬉しくなって駆け寄ります。


「今日は私の15歳──」


 バゴンッ!


「うえ゛……ッ!」


 思い切り蹴飛ばされました。

 今まで何度も蹴られてきましたが一番痛かったです。


「誰だお前。目障りなんだよ」


 私は何も喋れなくなりました。

 涙で前もよく見えません。


「今日は何の日か、だったな。お前がこの家を追放される日だ。二度と僕の前に現れるな」


 そう言って私の体を持ち上げました。

 最後に兄さまが私を抱えたのはこの時です。

 心も体も痛くて熱かったのを覚えています。

 気づくと私は捨てられて、追放されていました──




◇◆◇◆◇◆




「またこの夢……」


 目覚めるともう朝だった。

 寝た気はしない。


「今も昔もあんまり変わってないわね」


 雨水で顔を洗い、配給された小さなパンの欠片を口に入れる。

 変色してるしお腹も満たされない。


「待ってて兄さま。アタシが助けるから」


 兄さまがしてくれたように今度はアタシが助ける番。

 今から、アタシの長い長い一日が始まる。

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