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二人の出会い

コミカライズ始まりました。

今回は、フェンリィとルーナが出会った頃のお話です。

 これはまだ、私が無能と言われていた頃の話。

 その頃は毎日が最悪で、果ての無い真っ暗な世界を彷徨うような、孤独と絶望に押し潰される日々だった。


 というのも、私は≪無効(ユナバイラ)≫という自分の能力により、全ステータスが最低値になってしまったのだ。その代償に魔法を跳ね返す体質を手に入れたけど、これは全く役に立たず、むしろ絶望を加速させる呪いだった。身体能力が子ども以下という事は、()()()()仕事は出来るわけがない。


 だから、私は体質を生かして冒険者になる道を選んだ。

 しかし楽に生計を立てられるような単純な話でもなく、いくら魔法を跳ね返せると言ってもゴブリンやスライムどころか野良猫と戦っても勝てるかどうか。


 そんな私が『無能』のレッテルを張られるのは必然で、手を差し伸べてくれる人などいるわけもなく、今日の夜ご飯と寝床を確保するのに必死だった。


 ……思い出したくない記憶ばかりだけど、全てがそうだったわけではない。あの頃折れずに生きられたのは、一人の恩人であり親友の存在があったから。


 これは決して暗い話ではなく、むしろ逆。

 ちょっぴり恥ずかしい、私たちの世界が『反転』する前の、出会いの物語。




************




「無能はいらん。帰れ!」


 冒険者を始めたばかりの頃、私はパーティーをたらい回しにされていた。

 一銭も稼げない日も珍しくなく、その日もいつも通り孤独に耐える夜のはずだった。


 私の寝床は、ゴミ袋の山で溢れかえる路地裏。ゴミ袋の山と言っても中身は落葉や雑草で、ネズミはいないし腐臭もしない。プライドを捨てればふかふかのベッドと呼べなくもなさそうだ。


「もう、疲れました」


 私はごろんと仰向けになって月に手を伸ばした。

 身も心もボロボロなのに空腹で目が冴える。

 どうすればこの生活を抜け出せるのだろうと考えない夜は無かった。


「うっ……ぐすっ……」


 もう限界が近かった。明日への希望が私には無い。

 自分を騙していたけれど、身体は悲鳴を上げていた。

 私は……何のために生きて……。

 その先の考えが過った時、その子と出会った。


「アンタ、何してんの?」

「……! 誰、ですか?」


 防衛本能で起き上がり距離を取る。

 しかしすぐにその必要が無いと判断した。


 暗いことに加え、あまり視力の良くない私の目から見てもこの場に似合わない少女だった(客観的に見たら私もそうかもしれないけど)。熟れた苺のように赤い髪で、シルエットから判別するにツインテール頭。私より年下だと思う。


「怖がらせた? 何もしないわよ」


 月明かりに照らされる少女は幻想的で、世界に私と少女だけしかいないような錯覚に陥る。


「で? こんなとこで何してたの?」


 警戒する私に、両手を上げて無害をアピールする少女。それはこっちのセリフと言いたいけれど、この子も複雑な事情があるのだろう。見栄を張らず、私は正直に打ち明けた。


「えっと……寝てます」

「ここで?」

「はい……」


 笑われるだろうか。蔑まれるだろうか。

 そう思ったけど、少女は私の隣に躊躇なく座った。


「ふーん、アンタも大変なのね」

「え?」


 この子も私と同じなのだろうか。

 今まで同年代どころか誰とも対等に話をしたことは無い。

 だけど今初めて、同じ目線で世界を見ている人に出会った。


 この子にとってはなんてことない一言かもしれないけれど、私にとっては敵じゃないというだけで安心できる。ぶたれない、罵詈雑言を浴びせられない。誰かといるのに余計な不安に駆られる必要がないのも初めてだ。


「何よ、ジロジロ見て」

「い、いえ、……ごめんなさい」


 私は反射で謝る癖がついている。いつも相手の顔色を窺って、作り物の笑顔を被っているからだ。こうして警戒しなくてもいい相手を前に、どう振る舞えばいいか分からない。


 怒らせちゃったかなと心配していると、少女は手に持っていたパンを半分に千切った。


「しょうがないわね。ほら」

「ふぇ?」

「ちゃんと買ったものだから汚くないわよ」


 そんなに卑しい顔してた?

 あ、確かによだれが……。

 思えば朝から何も食べてなかった。


「い、いいですよ。申し訳ないです」


 少女は低身長というのを抜きにしてもかなりの瘦せ型だ。よく見ると身体がボロボロだし、少しでも体力を回復した方がいい。ましてや自分で買った貴重な食糧。私なんかが貰えるわけ──


 その時、ぎゅるるるぅ~と、情けない音が閑散とした路地に響いた。


「あうっ!」


 急いでお腹を押さえても、もう遅い。

 物凄く大きな音が鳴った。私は恥ずかしすぎて、ゴミ袋の山に頭を突っ込んで隠れようとする。人の……しかもこんなに小さな子の食べ物を欲しがるだなんて。


「ごめんなさい! 獲ったりしません!」

「ちょ、何やってんのよ! バカなの!?」


 私の奇行に、少女は呆然とする。口の中に草が入ったけど、まずかったから「ぺっ」てした。まだそこまで追い込まれてはいないのかもしれない。理性が残っているうちに、食べてもらおう。


「早く食べちゃってください! 気にしなくていいです!」

「気にするわ! 無自覚かもしれないけどさっきからアタシのパンばっかり見てたからね!? あげるって言ってるんだから遠慮せず食べなって!」


 私の足を掴んでぐいぐい引っ張ってくる少女。

 私はクロールをするようにゴミ袋を掻き分けて逃げようとする。


「お腹空いてません! あれは私のくしゃみです!」

「あーもう! アンタ面倒ね。無理やりでも食わせてやるわ!」

「そんな、こんな小っちゃい子から貰えませんよ!」

「なっ……。アンタ今小っちゃいって言ったでしょ! このぉ!」

「わああああああああ!」


 真っ暗だった視界が一瞬で反転する。まるでお芋を引っこ抜くように、私は無理やり引っ張り出されてしまったのだ。この子、見た目の割に力が強い。そのせいで上の方にあった袋が崩れて落ちてきた。


 眼前を覆い尽くす袋の数々。数秒後どうなるかは想像に難くない。

 私たちは身を寄せ合って、迫りくる流星(ゴミ袋の雨)を傍観することしかできなかった。


「きゃっ!」


 逃げ足の遅い私たちは顔面でそれらを受け止め、ゴミ袋の下敷きになってしまう。

 幸いなのは、ここが不燃ごみの山ではなくほとんどが落葉を集めた山だったこと。割れた皿なんかが突き刺さっていたら命があったか分からない。


「ぷはぁ! あの、ごめんなさい、生きてますか!?」


 袋を掻い潜って脱出する。

 少女は無事かな、流石に怒らせたかな。

 せっかくいい人だったのに、私が無能なばっかりに……。

 どうしようどうしようと、頭の中を不安が駆け巡る中、


「あっはは! 何今の、面白すぎでしょ」


 水面から顔を出すように少女も脱出した。

 三日月のように口の端を吊り上げ、満面の笑みを浮かべている。


「怒ってないんですか?」

「いや、半分はアタシのせいだし。ていうかなんでアンタそんな弱腰なのよ。もしかしてアタシ強そうに見える!?」


 少し嬉しそうなのはどうしてだろう。そういうお年頃なのかな? なんにせよ、不快に思っていないようで安心する。


 私が弱腰なのは、嫌われたくないから。変な事を言って不機嫌にさせてはいけないと、身体に刷り込まれているから。この子はそんなこと思わないかもしれないけど、まだ見えない壁を置いてしまう。


「強そうには見えないです」

「ふん、別に知ってるけど」

「でも優しい子です」

「……」


 急に、少女はぷいっと首を振って頬を染めた。

 褒められるのに慣れていないのかもしれない。


「そ、そうだ。パンも無事よ!」

「本当です! よく守りましたね!」


 少女は両手に持った半分ずつのパンを掲げる。

 そのうちの片方を私に差し出し、


「はい、半分あげる」

「……」


 私は真正面から善意を受けたことが無い。

 心の中ではどう思っているのか。

 本当は騙しているんじゃないか。

 そんな邪推をどうしてもしてしまう。


 だけどこの子なら、たとえ裏切られたとしても許せると思う。

 いや、違う……信じたい。


 打算とか保身とかそういうのを度外視して、この子と対等になりたい。私はこの子のように善人ではないかもしれないけれど、この真っ直ぐな瞳は裏切りたくない。だから、


「いただきます!」

「ん」


 私はパンを受け取り、かぶりついた。

 一口で食べてしまえる量のパン。

 だけど今は食欲ではない何かが満たされて、一口食べたらもっと『それ』が欲しくなってしまった。


「そういえば、アンタなんて言うの?」

「ふぇ?」


 少女が少しそっぽを向いて尋ねてくる。

 もじもじしていて、なんだか恥じらいを感じる。

 どうしたのかな?


「アタシは、ルーナだけど」


 どうやら、名前を聞かれていたらしい。

 私もこういうのは初めてだから察せなかった。


「ふぇ、フェンリィです」

「フェンリィね、よろしく」


 まだよそよそしいけれど、初めて同年代の女の子と名前を呼び合った。今までは名前を呼ばれると怒られる準備をしていたけれど、ルーナといる時だけはその心配もない。


 いつか友達になれたら……なんて、思う。


「よろしくです、ルーナ」

「うん!」


 夜の闇を照らすような声。

 ルーナは自分とは違って堂々としている印象だった。

 でも年相応に声を弾ませて、無邪気な一面も見せてくれた。

 それが嬉しくて、私も笑みがこぼれてしまう。仮面ではない、本物の笑顔。


「ふふ、ルーナって可愛いですね」

「はっ!? な、なによ急に! アタシに何か恨みでもあるわけ!?」


 ツインテールをぶんぶん振り回して攻撃してくるルーナ。

 何それ可愛いと思いながら、そんな様子を見て思う。


 こんなに良い子が、どうして私と同じ生活をしているのだろう。

 こんな境遇なのに、瞳に闘志を灯しているのはなぜだろう。

 いつか話してくれたら、もしもピンチになったら、私は絶対に助けになりたい。


「あー、叫んだら疲れた。アタシは寝るわ、おやすみ」


 ルーナが落葉のゴミ袋をベッドにして倒れ込む。

 私も少し離れた隣に寝転がって空を見上げた。


 月に手を伸ばし、なんとなく握ったり開いたりしてみる。

 星が輝いて見えるのはきっと気のせいじゃない。

 世界の解像度が、ほんの少しだけ上がったような予感がした。


「おやすみなさいです」


 今日はいい夢が見れそう。

 自然と口角が上がり、私は深い眠りについた。

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