10話 フェンリィの戦い方
「新郎新婦がご起床されたぞ! 早く飯を用意しろ! 宴の準備だ!」
外に出ると朝っぱらからゲイルの奴が五月蠅かった。
「何かあったの?」
俺は寝ぼけ眼を擦りながらフェンリィに尋ねる。
「私たちの結婚パーティーですよっ」
「は!? いやいや何言ってるんだよ。いつそんな約束した」
「昨日の夜熱い誓いを交わしたじゃないですか~」
え、マジで? 俺なんも覚えてないぞ。
酒は飲んでない……はず。襲ってないよな?
「忘れてくれ。俺は何も知らない」
「もーしょうがないですねぇ。いいですよ、私の中だけにしまっておきますから」
するとフェンリィはてくてく駆けて行って宴を取りやめさせた。
良い子なんだけど不思議な子なんだよな。
「えーっとそれで、昨日の話に戻りましょうか。いつ頃からコボルトが暴れだしたんですか?」
朝食を頂きながら村長に事件の詳細を聞くことにした。
「三か月ほど前からです。この辺は魔物が少なく低級しかいないはずだったのですが突然このような事態に」
そうか……。
となるとやはりアイツの仕業か。早く止めないとな。
「もう全て倒したと思うので大丈夫だと思いますよ」
「そうですか! 本当に勇者様には感謝が尽きません」
「いいですよ。これは俺の役目ですから」
俺の役目。俺が魔王を倒す理由は三つある。
一つは俺にかけられた呪いを解除すること。
二つ目はこの突然変異現象だ。こんな芸当が出来るのは魔王と俺ぐらいしかいない。そう、『弱いモンスターを強くする』というのは俺の能力と非常に酷似している。俺が表立って活躍すれば俺が魔王なのではないかと疑いをかけてくる輩もいるかもしれない。そのため俺が陰から勝たせるためのパーティが必要だった。しかし追放されてしまった。
人間の態度や信頼は一瞬で反転してしまうから難しい。
だがあいつらの様子を見るに、俺の能力を突然変異現象と結びつけていなそうなのは僥倖だ。
そして三つ目は無能と言われ追放された者を救うことだ。最近は理不尽に追放される者が多い。世界に使えない者など存在しないと証明してやるのだ。
「さて、武器の方はどんな調子ですか?」
「もう二、三日でできそうじゃ」
ドワーフのガム爺という人は相当腕がいいらしい。これは楽しみだ。
「お願いします。じゃあ俺たちは少し出かけてきますね」
「お、さっそくデートですか? お熱いですね~」
「おい、ゲイル。稽古をつけてやろうか?」
「う、いえ滅相もございません。ありがたい申し出ですがオレはやることがりますので」
なんだ、みっちりしごいてやろうと思ったのに。まあいいか。
「行くよフェンリィ」
「はい!」
◇◆◇◆◇◆
「うー、やっぱり気味悪いですね」
「大丈夫だよ。俺がついてる」
俺たちは再び『死の洞窟』を訪れていた。
この洞窟は迷路のようになっているため適切なルートを辿らないと出口に辿りつくことはできない。俺たちは今、あえて外れたルートを進んでいる。
「フェンリィ。能力を使ってみてくれ」
ここにはフェンリィのリハビリと、出来ることを確認するという目的で来た。今からそれを実践する。
「はい。≪弱視≫ ≪弱聴≫ ≪弱嗅≫ ≪低知≫ ≪空認≫」
視力、聴覚、嗅覚を弱め、知能と空間認識力を低下させた。多分この組み合わせはかなり使える。
「きゃははっ! リクトしゃま! あちょぼ、あちょぼ! うわーお星さまだ! まてー!」
幼稚なフェンリィちゃんになった。
「うるさい。≪反転≫」
「も、申し訳ございません。取り乱しました」
大人なフェンリィさんになった。
「よし、どうだ?」
「そうですね。リクト様の予想通り、この階層のトラップやモンスターの所在などは全て把握できます」
「そうか。凄いぞフェンリィ」
「お褒め頂き光栄です。では参りましょうか」
この状態のフェンリィは節操をもって行動してくれるためやりやすい。俺が指示を出す前に行動を起こしてくれる。
でも少し調子狂うな。家の中で飼ってた猫が外に遊びに行ってしまう感覚だ。いや、いいんだけどね。
「そこ気をつけてください」
進んでいくと俺の服を引っ張り制止させた。
「お、ホントだ。気づかなかった」
俺はこういうトラップなどには対応できない。ちなみに元パーティではルキシアが担当していた。
その後もあらゆるトラップを掻い潜りながら奥へと進む。
索敵能力は完璧だな。頭も切れるし作戦なんかも考えてくれるだろう。あとは戦闘だけか。
「ダ……レダ。タチサ……レ」
突如、不気味な声が聞こえてきた。
「ひいっ! ご、ごめんなさい。許してください。私が悪かったです。食べないでください。美味しくないですぅぅぅぅ!」
その声を聞くなり、フェンリィは頭を抱えてその場にうずくまってしまった。キャンキャン言って、丸まっている。
「落ち着けフェンリィ、大丈夫だ」
「むむむむ無理です。お化けさん怖いです。泣いてしまいます」
「お化けじゃない。ゾンビだ」
「一緒ですよ! よく見ると変なのたくさんついてるし、悲鳴もたくさん聞こえてきます。あーもうやだ何も見たくないです。聞きたくないです。ぎゃーーーリクト様助けてくださいいいいいいいい!」
「おま、能力解いちゃダメだって。ほら、もう一回発動して」
俺はあくまで能力の効果を≪反転≫させているだけ。フェンリィが自分で解除すればいつものフェンリィに戻ってしまうのだ。
「り、リクト様は私の放尿シーンを見たいんですか!? 泣きながら赤面する姿を見たいんですかっ! 変態さんですね!」
「あ? 何言ってんだよ、これは練習だって」
「わーリクト様がいじめてくるー! 私のこと嫌いになっちゃったんだぁ! あ、でもそれって私のこと好きって事? でも今は喜べないいいいい!」
さっきからなに言ってんだこの子は。
俺能力のこと喋ったか?
「一回落ち着けって」
「はひっ」
俺は暴れるフェンリィを捕まえると、顔を両側から抑えるようにして俺しか見えないように拘束した。
「落ち着いたか?」
「いいえ、ドキドキします。そんなに見つめられたら余計好きになってしまいます」
「…………。いいか、お前には指一本触れさせない。すぐそばには俺がついてる。だから恐れるな」
「わかりました。やってみます」
「よし、頑張れ」
俺はポンポンと頭を撫でて拘束を解いた。
「≪低知≫ ≪弱視≫ ≪弱聴≫ ≪弱嗅≫ ≪空認≫」
「≪反転≫」
「大変ご迷惑をおかけしました」
「気にするな。もう慣れっこだ」
「行って参ります」
フェンリィは敵のゾンビ目掛けて正面から突っ込んでいった。
──────────
名称:ゲイザーゾンビ
体力:C
物攻:S
物防:B
魔攻:A
魔防:S
魔力:A
俊敏:A
──────────
ゾンビが100体集まって一つになったのがゲイザーゾンビだ。俺が≪反転≫をかければすぐに倒せるだろう。だが俺はそれをしない。
「し、…………ししシね」
ゲイザーゾンビが10体のゾンビに分裂すると一斉にフェンリィへ襲い掛かった。それぞれが意思をもってフェンリィへ迫っている。
「ゾンビィのくせに速いですね。ですが私には当たりませんよ」
四方八方から掴みに来る攻撃を危なげなく躱すフェンリィ。聴覚と空間認識力を強化したからこそできる芸当だ。これなら格上にも難なく対応できる。
通常のステータスを低下させてから≪反転≫で強化するという方法もあるが採用していない。ステータスに関するデバフはランクを二つ下げる程度らしい。例えばBランクならDランクに下げるという感じだ。Dランクを≪反転≫させてもBランクになるだけ。フェンリィは元から全てBランクなのでやる意味がない。
火力不足ではあるが問題ない。現段階で、俺はフェンリィに危険な前衛をやらせるつもりはないからだ。今は戦闘中にも冷静な分析ができるか、敵の攻撃をしっかり避けられるか、敵を前にしても恐れないか、というところを見ている。
「コ、ココ…………コロス」
「あら、あなただけ動きが変ですね。本体でしょうか」
襲い掛かるゾンビを踏み台にして宙を舞った。
銀色の髪が魔鉱石の明かりに照らされて幻想的に見える。その姿はまさに可憐で思わず見惚れるほどだった。
「ゾンビィは頭が弱点なんですよね。それから火も苦手なんですか?」
弓を構えると矢の先端に触れ、指先に魔力を集中させた。
「私も初級魔術ぐらいは使えるんですよ。≪点火≫!」
ブワッ!
炎の弓矢が完成。
流れるような動作で照準を定め、敵をロックオン。
「さようなら」
プシュンッ!
「……リガ……ト」
炎を纏った矢が標的の頭を貫くと他の分裂したゾンビも消えてなくなった。
動体視力。状況分析。これがフェンリィの戦い方だ。俺の求めていたピースでもある。
「わあああ、リクト様! 受け止めてください!」
上からフェンリィが降ってきた。俺はお姫様抱っこで優しくキャッチ。
また勝手に能力解きやがったな。
「私一人でやっつけちゃいましたよ! ご褒美ください!」
「ご褒美? あーよくやったよ、えらいえらい。それから抱き着くなって」
「ち、が、い、ま、す♡」
「ん?」
唇に人差し指を当ててウインクしてきた。
「調子に乗るな。落とすぞ」
「やだやだ、ごめんなさい!」
今朝からなんだかアピールが増えた。
気をつけなければ。
「まあとにかくだ。よく頑張ったな、フェンリィ」
俺はそっとフェンリィを降ろすと手のひらを向ける。
「はい!」
小さな白い手と重なり、パチンと音を奏でた。





