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第2話 妻side 下編

――――――――――終戦から一年後。




彼との想い出が詰まった地元に戻ってきていた。仲が良かった友達、近所の人と助け合いながら子供と共に生きてきた。いつの日か彼が戻る事を信じて。彼との想い出が溢れたこの地なら、結婚式で祝福してくれた海が間近にあるこの地なら。きっと戻ってくると信じて…そう信じていた。あの時までは。


**************



「ごめんください。」



ある日、私の元を一人の男性が訪れた。足を少し引きずっているから、足が悪いのかもしれない。




「××君の奥様ですか?××君から託されました。彼をここに連れてこれず、申し訳ありません。」




俯きながらそう言うと、震える手で一枚の写真と手紙を渡された。写真は軍服を着た懐かしの夫。




「何故夫はいないのか?」そう思いつつも、口には出さず手紙を開いた。多少歪んではいたが、濡れた後もあったが…間違いなく夫の字で。




―――『国の為、家族の為、()()()特攻に志願する事にした。約束を守れなくてすまない。貴女と子供の幸せを遠い地より祈る。また来世で。 ××より』




たった数行の夫からの遺書(手紙)を読んだ瞬間、『夫が死んだ』という事実を目の当たりにし、膝から崩れ落ち、そして泣き叫んだ。




私も夫の死を覚悟していた。しかし、『もしかすると生きているかもしれない』という淡い希望を抱いていたのだ。しかし、それが遺書(てがみ)の中身を見た瞬間、その希望は砕け散った。……もう二度と彼は戻らないのだと。




『来世』ではなく、今会いたいのに。とにかく生きて帰ってきて欲しかったのに。なぜ分かってくれなかったの?



……そう泣きじゃくる私の声に、近くを通りかかった友人が駆け寄ってきた。始め泣きじゃくる私に何かあったのかと驚いていたが、その後遺書(手紙)を持ってきた男性から事情を聞いたのか、傍でずっと私の背中をさすり黙って傍にいてくれた。



夫からの遺書(手紙)を持ってきた男性は暫く呆然と立ち尽くしていたが、私が泣きじゃくっている間にいつの間にかいなくなっていた…




―――――――十数年後。




「母さん、このボロい人形何?」




「あぁ、これはあんたが赤ん坊の時にあんたの父親が作った人形だよ。あの人は手先が器用だったから。」




「そっか……じゃあ捨てれないね。」




「…そうだね。でも人形もそのままだと可哀想だからちょっと直してあげよう。」




「え、母さん、裁縫出来たっけ?」




「馬鹿にするんじゃないよ!貸しなさい。……ん?何か挟まってるね?」




『拝啓 愛しい坊やと妻へ。



こんな手紙で許して欲しい。坊やは父の事を覚えていないだろうね。



正直言ってこの戦争でこの国が勝つのは難しい。外国はこの国よりずっと凄いんだよ。でもそれを堂々と言うことは出来ない。



戦争に行っても行かなくても父はきっと死ぬだろう。行けば戦争で、行かなかったら非国民として罵られて。どの道死ぬなら、戦争に行って必ず坊やとお母さんを護るよ。死んでも必ず。



本当は行きたくない。本当は怖い。本当は死にたくない。でも大切な家族の為を護るためだったら喜んでいくよ。



どうかこの戦争が終わるまで坊やはお母さんを守っておくれ。父が帰らぬ人となっても。敬具 父 ××』




手紙は小さい紙片に、文字が敷き詰められていた。几帳面な夫らしい手紙。本当の気持ちが綴られた手紙。涙の跡があちこちに見られた。どんな想いでこの手紙を書いたのか。




「……あぁ………貴方……」




久しぶりの夫の言葉。分かっていた。あの遺書《手紙》が本・心・で・は・無・い・事なんて。『喜・ん・で・特攻に志願』した訳で無いことなんて……いや、真面目なあの人の事だから少しは思っていたかもしれないが。



下手な事を書いて検閲されて破棄され、家族を危険に晒す可能性もあったあの時代、『死にたくない』なんて本心は書けない。分かっていた。でも………




「……もっと分かりやすい所に隠して欲しかったねぇ。そしたら早く見つけられたのに。



私が鈍いの知ってただろう?



いや、私が貴方の想像を超えるくらい鈍かっただけなのかな?



………あんた、これ父さんからの手紙だったよ。」




「え?」




思い出すのが辛くて、子供にもあまり話さなかった貴方の話。



思い出すと昨日の事のように浮かぶ貴方の姿。



浮かんだ貴方の姿は、あの結婚式の時のような蒼天の下、はにかむ様な笑顔を私に向けていた……いつも私に見せていたあの笑顔を。



―――――――



ある一人の老婆が息子、息子の嫁、孫達、曾孫達に囲まれて寿命を終えた。その顔には優しげな笑みが浮かんでいた。




『私が死ぬ時はきっと迎えに来てくれると思っていたけど、迎えが遅くないかい?』




『すまない、待たせたね。でも俺の分まで長く生きて欲しかったんだよ。可愛い坊やにも早くお前を迎えに行くと悪いしね。』





老婆のお骨は老婆の夫の墓の中に入れられた。夫の遺骨は無いけれど、夫の写真と撮った結婚式の時の写真が入れられたその墓に。天国では、来世では一緒になれるようにと、家族皆に祈られて。


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