第1話 妻side 上編
私は昔、平凡だけど幸せな花嫁だった。
夫とは海辺の街で一緒に育った幼なじみ。お互い両親が流行病で他界していた私達。同じ境遇の私達が意気投合、恋人同士になるのもあっという間だったが、まさかその数年後、結婚を申し込まれるなんて思ってもみなかった。
蒼天の下行われた結婚式は地元の皆に祝福して貰った。見慣れた海もその日は私達夫婦を祝福するかのように真っ青に輝いていた。天国にいる互いの両親も祝福していたに違いない。
近年、戦争への機運が高まっていた事は知っていた。しかし、その時は私の人生の中で一番幸せな時だった。そんな幸せな一時が崩れ去るのはあっという間だった。
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結婚から約ニ年。奇しくもこの日は夫の誕生日だった。戦時中、物資が不足している中でもどうにかお祝いしようと、器用な夫が作った人形を器用に握りしめた赤ん坊を背負いつつ、近くのお店へ買い物に行っていた私を出迎えたのは、いつものおどけた顔をした貴方では無く、硬い笑顔の夫。
――――――「俺にも来たよ。国の為に戦える、名誉な事だよ。」
そう言って、呆然とする私の前で、召集令状を見せる貴方。その紙を持つ手が、微かに震えていたのは気のせいか。
その日は彼の出兵も祝う事になった。
「おめでとう。頑張ってね。」
私は笑顔だっただろうか?今でもそれは分からない。本当は、私は貴方の誕生日は祝えても、徴兵は心からは祝えなかった。この時だけ私は非国民だった。ただただ…………………彼には戦地なんぞに行って欲しくなかった。
翌日。
――――――「きっと帰るから。○○を頼む。………行ってくるよ。」
そう子供を私に託し、召集令状握りしめ、笑顔で旅立った貴方。私が夜中起きた時、隣で眠る貴方の目尻にあった涙の跡は何を想って流したものか…。
夫がいつか……いつの日か戻ってくると信じて。育てていた貴重な食料が盗まれた日も、空襲にあって炎渦巻く中逃げ惑い、焼け崩れた家の下敷きになって友が亡くなった日も…どんなに辛い日も。いつか貴方が帰る事を信じて。遥か海の向こうにいる貴方の無事をひたすら祈る。
――――――――――――終戦。
玉音放送を聞き、戦争が終わったのだとほっとした。そして、夫がもう帰って来るのだと信じていた。
そして、帰還者の群れの中、彼の姿を探した。毎日、毎日……雨の日も風の強い日も。
しかしどこにも夫の姿は無かった。