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短編(初期)

拾い物

ちょいグロホラー短編『探し物』(http://ncode.syosetu.com/n9791g/)の続編です。

ホラー苦手……という方にも、そっち読んでもらった方が、より落差が楽しんでいただけるのではないかと思います。(ホラーといっても、描写は一反木綿並に薄っぺらいです)

 私の名前は、佐藤一子です。

 今日は愛娘と、隣町のショッピングセンターへ買い物にやってきました。


「お母さーん!」


 真っ白いワンピースの少女が、私の手を取り、腰にすがりつき、体の周りをぐるぐるとはしゃぎながら駆け回っています。

 小さな顔にぱっちりとした大きな瞳、白い肌、背中までのサラサラストレートな黒髪。

 童話のお姫様のように可愛いので『白雪』と名前をつけた、親バカな私です。


「こら、お母さんトイレ行きたいんだから、ふざけないのっ」

「はぁーい……」


 私が怒った途端にしょんぼりして、大きな瞳を潤ませながら見上げてくるので、私はしょうがないわねとすぐに許してしまいます。

 すると、えへへと無邪気に笑いながら、私におんぶをねだります。

 仕方なく腰をかがめてやると、私の背中にぴょこんと飛び乗って、細い腕を首に腕を回しながら「お母さん大好き」とささやくのです。


 もう12才だというのに、この子がこんなに甘えん坊なのは、生まれてからごく最近まで、ずいぶんと寂しい思いをさせてしまったせいでしょう……。

 そんな境遇にも関わらず、なぜかこんなに素直な良い子になりました。

 ただちょっと私のことが好き過ぎるみたいで、いつも私の行く先についてきてしまいます。


 早くボーイフレンドでも作って親離れしてねと言うのだけれど、お母さんと一緒がいいと聞きません。

 母一人子一人で、年もそれほど離れていなくて、いつも一緒。

 いわゆる流行の『友達親子』というやつに分類されてしまうのでしょう。


 あ、私は今年ちょうど30才です。

 そんなに大きな子どもが居るようには見えないと、良く言われます。


 本当に……。


 『見えない』と言われるのです……。


  * * *


 私が上京したのは、20才の春だった。

 『都会の森』というドラマのクールな女弁護士に憧れ、新品のスーツに身を包んで、期待に胸を膨らませながらこの町を飛び出した。


 その後10年暮らしてみたものの、都会の森ではどうしてもくつろぐことができず……結局、本物の森が溢れる生家へと戻ってくることになった。

 年老いた両親と一緒に住む弟からは『デモドリ小姑』と呼ばれている。


 3才年下の弟が結婚したのは、今年の初め。

 地元で高校教師をしている弟の見つけたお嫁さんは、ありがちな元生徒、しかもまだ20才。

 すぐに妊娠が発覚したので、結婚式は子どもが生まれてから内輪だけであげる予定だ。


 初孫をたいそう喜んだ親は、古かった家を二世帯住宅に改築して、楽しい同居ライフのスタート。

 年明けには子どもが生まれて……なんと親孝行なこと!

 まあ、そんなできた弟が居るせいで、私は多少好き勝手やってもいいかなと思っているのだ。


「アンタは、いつになったら結婚するのかしらねえ……」


 すっかり白髪の増えた母が、お茶をすすりつつぼやいても、都合の悪いことは上手にスルー。

 都会で10円ハゲができるくらいのストレスに晒されながら、ひたすら『見ざる言わざる聞かざる』の技術を磨いてきた私には、親のチクチクいやみ攻撃など蚊に刺された程度のダメージだ。


 ところが。

 今までそうやって、都合の悪いことに蓋をしつつ生きてきた私にも、現在1つだけスルーできないことがある。


 1人で冷静に考える場所が欲しかった私は、最近ちょうど良いスポットを見つけ、頻繁にそこへ通うようになった。

 わざわざ車を転がして余計な二酸化炭素を吐き出して、山を2つ越えた隣町にある大型ショッピングセンターの、小奇麗なおトイレ(個室3つの一番奥)へ……。


「お母さん、まだー?」


 個室の外から、心細げな少女の声がする。


「まーだだよー」


 私はズボンのベルトもはずさず便座に座ったまま、しゃあしゃあと答えた。


 どこにでもついてきてしまう少女も、どうしてもこの場所だけはついて来られない。

 なぜなら、少女にとってトイレの一番奥の個室は、とてもとても怖い場所だから。


  * * *


 私は、昔から良く拾い物をした。

 モノや動物が発する『捨てられたくないよー』というSOSを、なんとなく察知してしまうのだ。


 子どもの頃は、財布を拾っては交番に届ける良い子。

 犬や猫を拾っては、家に連れ帰って怒られる悪い子。

 粗大ゴミでまだ使える家具を拾って……それは自分でも悪い子だと思ったが。


 しかし、まさかこの年で、人の子を拾ってしまうことになるとは思わなかった。



 私が都会で疲れきって「今年のボーナスもらったら辞める」の呪文を何万回も唱えて、ようやく念願かなって自由になったのは、つい先日のこと。

 10年近く暮らしたアパートを引き払い、古くなった家具家電、くたびれた洋服、ストレス解消のためだけに出かけた旅行先のしょーもない土産(例:タペストリーコレクション)など、捨てられずにずっと溜め込んできた物は一掃してきた。


 スッキリしすぎたのが、いけなかったのだろうか?


『今の私、何か持てますよー。拾えますよー』


 そんなオーラでも出ていたのだろうか?

 うん年ぶりに帰ってきた故郷の、駅を降りて1秒後に、私は1人の少女を拾ってしまったのだ。


 正確に言えば、少女の、幽霊を――。


 便器の蓋に座り込みながら、ぼんやりとあの日のことを思い出していた私に、再び少女から「まだー?」と催促がかかる。

 私は感情のこもらない声で「まーだだよー」と答える。


 あまりにも長く個室を占領していると、普通の客にも「あそこ花子サンが居るんじゃ?」と、こちらが幽霊扱いされかねない。

 もしくは、定期的に『誰もいない』ドアの向こうに向かって「まーだだよー」と呟く、頭のイカレタ女と思われてしまう。


 この少女が、何をカンチガイしたのか、私のことを『自分の母親』と言い張り、ベタベタまとわりついてきてからというもの……私のキャラは『仕事のできるクールな才女』から『ちょっと頭のイタイ奇人変人』になってしまった。

 すでに、うっかり外で少女と会話してしまい、通りすがりの一般市民から冷たい視線を浴びること数知れず。


 試しに、近所の寺だか神社だかへ行って、なけなしの小遣いはたいて「どうか成仏してください」なんてお参りしたところで、少女は「お母さん信心深くてエライのね」とニコニコ笑うだけだ。


  * * *


 今ではこんな風に達観しているが、最初は……本当の本当に、チビりそうなくらい怖かった。

 少女に連れられて、駅の公衆トイレに入ったとき。

 少女を産んだ、本当の母親の記憶が、ハッキリと見えてしまったから。


 苦しみ、悲しみ、恐怖、無念、恨み……。


 人は、これほどまでに負の感情を抱けるのだということを、私は初めて知った。


 見も知らぬ女の感情とシンクロした私は、気付けば目から滝のような涙を流し、不衛生なこと極まりない公衆トイレの床に座り込んでしまっていた。


「大丈夫? お母さん……」


 腰が抜けた私を、少女は精一杯の力で、個室からずるずる引っ張り出してくれた。

 個室を出て、ようやく私はリアル母の記憶から解き放たれた。


 そして、汚い床に這いつくばったまま、不安げな表情の少女を見上げて言ったのだ。



「私、あなたの、お母さんじゃない……」



 なぜならば。



「私は……男と付き合ったことなんて、一度も無いんじゃー!」



 30才。

 殿方と手を繋いだのは、小学生時代のフォークダンスが最後。

 その後母親のワガママで、バスと電車を乗り継いで片道2時間もかかる、県内でも有名な『お嬢学校』へ短大卒業まで通わされた。


 地元議員の娘やら土建屋の社長令嬢やらに囲まれながら、ウフフオホホと作り笑いを浮かべ、アーメンラーメンとお祈りするだけの、平和でタイクツな暮らし。

 通学中に、1人本を読むことだけが、唯一の楽しみだった。


 うっかり本に熱中しすぎたせいか、通学電車でステキな男子と目が合うようなベタなイベントも特に発生せず。

 制服姿で外をうろつけば、遠目に見つめてくる男子はいたものの、私の磨き抜かれた作り笑いに圧倒されたのか、彼らはそそくさと逃げていき。

 結局、妙齢の男子とは1度も会話することなく卒業を迎えた。

 こうして、田舎育ちのエセお嬢が1人作られた。


 卒業後、思い切って東京へ出て就職したものの、待っていたのはオッサンオバチャンに扱き使われるだけの人生。

 若い殿方など、一切近づいてこなかった。


 いや、そうじゃない。

 いざ若い殿方を見ると、私の体は硬直し、お口にはチャックがされ、それが好みの顔だったりすると、なぜか毒舌が飛び出てしまうのだ。

 かろうじて放出されている女フェロモンにふらりと寄ってきた奇特な殿方も、あっという間に去ってしまった。


 すべては、一番免疫力をつけなきゃいけない時期に、男という善玉菌を排除させられたせい。

 ひいては、そんな純粋培養シャーレに放り込んだ母親のせいだ。


 そんなにブサイクでも無い……というか、ぶっちゃけキレイと言われる方だし、性格もそこそこで、趣味は料理なのに。

 とにかく男性を見ると、心臓がドキドキして毒舌吐いて逃げたくなってしまう、なんとも乙女な自分。

 唯一マトモに話せる男は、残念ながら血のつながった弟のみというテイタラクだ。


 昔から、拾い物をしては相談に乗ってくれた弟に、そのことを泣く泣く相談すると「姉ちゃん、もうこの際田舎帰ってきちゃえば?」と言ってきた。

 電話越しの声が優しかったので、うっかりそのプランに乗っかってしまうと「えー、本気にしたのかよー。デモドリ小姑じゃん。うちの嫁と子どもに嫉妬していじめるなよ?」と、血も涙も無いことを言った。


  * * *


「お母さーん……」


 考えを巡らせていた私の耳に、泣きそうな声が聞こえてきたので、私はそろそろ限界かと個室から出た。

 少女は嬉しそうに、ギュッと抱きついてきた。


 ああ、殿方のことを考えている場合じゃなかった。

 今の私が考えるべきは、この少女の事なのだ。


 どうやらこの子は、自分が捨てられたあの駅で、12年ほどうろうろしていたらしい。

 いくら「いいかげんにして! 私あなたのママじゃない!」と訴えても「だって私のこと見える人初めてだったんだもの……」と、子どもらしく甘えたことをぬかして、少女は私についてきやがった。


 この状況、世間的には『とりつかれた』というのだろう。


 しがみつく少女を引きずりながら、立派に生まれ変わった実家に帰った私は、すぐに弟を呼びつけた。

 もちろん、弟にも少女の姿は見えないのだが、このことを泣く泣く相談すると「姉ちゃん、もうこの際シングルマザーになっちゃえば?」と言ってきた。

 その声が優しかったので、うっかりそのプランに乗っかってしまうと、少女はことのほか喜び……弟を含めた家族はヘンタイとして私を扱った。


 まあ、10年ぶりに帰ってきた娘が、誰もいない空間をなでさすりながら「女の子1人連れてきちゃった。私のことお母さんって呼んで、離れてくれなくて」なんて言えば、そのリアクションも当然かもしれない。


「アンタ、昔から変な子だと思ってたけど、ついに……想像妊娠っ……?」


 手渡したばかりの土産『東京ばななマン』をボタリと落とし、失礼極まりない発言をする母。

 父は、ただ黙って日本酒を取り出し「飲め」と言った。

 弟はニヤニヤしながら見守り、義妹は弟の陰に隠れた。


「そうよ、アンタが幼稚園あがる前よ! 生ゴミ漁って“この子が食べて欲しがってたから”って腐りかけたバナナ食べちゃったときから、アタシはアンタのことしっかり教育しなきゃって……」


 涙ぐむ母が訴えるエピソードに、地味にダメージ食らいつつも、私は言った。


「ちょっとこれ見てって」

「ああ、そういえば隣町に良いお医者様がいるって、アンタの同級生の田中ミユちゃんのお母さんが」

「いいから見てよっ!」


 私は、頭にかぶっていたサファリ帽を『何も無い空間』に置いた。

 ふわふわと宙を漂う、ベージュの帽子。

 縁側に居た黒猫が立ち上がり、ニャアニャア鳴きながらその後を追いかける。

 私にだけ見える少女は「かわいい」と嬉しそうに呟いて、猫を抱き上げほお擦りした。

 家族全員が絶句する中、弟だけは1人涼しげな顔で「姉ちゃんの拾い物レベル、相当上がったな」と呟いた。


 少女は、モノや動物なら触ることができるし、人の言葉や感情を理解することもできた。

 その後、猫としばらく遊ばせて「動物が怖がってないんだから」と言ってみたり、簡単なお手伝いをさせたりすることで、害が無いことを証明してみせた。


 家族が、部屋の中で起こる便利なポルターガイストに慣れた頃には、少女が捨てられてしまった経緯も簡単に説明し……母と、義妹は「かわいそうに」と泣いた。

 少女は、少し膨らみかけた義妹のお腹に手を触れながら、ささやいた。


「泣かないで……赤ちゃんが“笑って欲しい”って言ってるよ?」


 その瞬間、義妹はヒュッと息を呑むと「今、赤ちゃんが動いた」と言った。

 私が少女の言葉を伝えると、マリカちゃんは「ありがとう」と泣き笑いを浮かべ、母はますます涙腺を緩めた。


 こんなやりとりの結果、少女は家族から『見えないけれど、いるんだよ』というポエムのような、温かい目で見守られるようになった。

 家族に認められて喜んだ少女は「お母さん大好き!」と、ますますベッタリ甘えん坊になり。

 私は少女に『白雪』という名前をつけ、この不毛なシングルマザーライフにどっぷりハマる羽目になった。

 元来凝り性な私は「どうせやるなら、キャラ設定して完璧にやったるわ!」と、友達親子なヤンママ演じてみたりしたものの……。


『――本当に、このままで良いのだろうか?』


 正直、そんな思いも心の片隅にあった。

 少女は、この世に留まるべきではない存在。

 あの古びた服やタペストリーのように、捨てたくなくても絶対捨てなければならないモノはあるのだ。


 買い物がてら毎日のようにショッピングセンターへ出かけては、おトイレ個室でどーしたらよいものかと思案したものの、解決策は見つからず……。

 いつしか私は、お風呂もトイレもベッドも、私が行くところ全部くっついてきて『好き好き光線』を放ってくる可愛い少女を、傍にいて当たり前の存在として受け入れてしまっていた。


 この関係が、思いもよらぬ方向に転がったのは、それから数ヶ月後のこと――。


  * * *


 その日、私は相変わらず家で1人、ゴロゴロしていた。

 手元には求人情報誌があるのだが、ぺらぺらとめくるだけで、本気で探してはいない。

 コタツは暖かく、みかんは甘く、テレビは愉快で、何一つ不満は無い。

 

 足元からのそりと這い出て来た黒猫が、クワッと大きな欠伸をした。

 私が高校生のときに拾ってしまった、タマ十郎だ。

 最初に拾ったオス猫『タマ』から始まり、タマ二郎、タマ三郎……と増え続けた最後の10匹目。


 彼は、人間ならもう還暦を過ぎたくらいのお年頃になる。

 あまり体調が良くないと親から聞かされていたが、私が帰ってきて嬉しかったのか、最近は餌もちゃんと食べるし良く遊ぶ。

 まあ、遊んであげているのは私じゃなく、白雪なのだけれど。


 何かを探すように、フンフンと鼻をひくつかせる彼の頭を撫でた私は、そういえば珍しくバーチャル娘……白雪が傍に居ないなと気付いた。


「白雪ー? 姫ちゃーん?」


 私が声をかけると、音も無く少女が現れた。

 冬でも健康的な、白いノースリーブワンピース。

 汚れることも無いので洗濯要らず、食事の用意も要らない、とにかく便利……ではなく、可愛い娘だ。


「お母さん、きて……」


 少女の白い肌が、より青白く病的なことに気付いた私は、彼女の震える手を握り締めた。


「なあに? どうしたの?」


 有無を言わさず手を引かれて、私は温かい楽園を出る。

 こんな風に強引な態度は、出会ったあの日以来ではないだろうか?

 なんだかんだこの子は、大人しくて、優しくて、素直な……とっても良い子なのだ。


 ぐいぐいとドテラの袖を引かれて、サンダルをつっかけて外へ出て……たどり着いたのは、お隣さん。

 つまり、弟の家だ。


 チャイムを押しても、誰も出てこない。

 大きな瞳に涙を浮かべながら、じっと私を見上げる少女。

 訳が分からぬままに、念のためと持っていた合鍵を使い、中に入った。


 そこで私が見たものは……。



「――マリカちゃん!」



 大きく膨れた腹を抱え、冷たい廊下に転がり微動だにしない義妹。

 マタニティワンピースの下半身が、どす黒い血で汚れている。

 まだ予定日まで2ヶ月もあるのに。


 うちの親は仕事だし、弟は学校だ。

 今、彼女と子どもを救えるのは、私しか居ないんだ……!


「きゅっ……救急車……」


 ぶるぶると震える手で、ドテラのポケットに入っていた携帯をまさぐる私に、少女は悲痛な表情で告げた。


「だめ、お母さん、間に合わないよ……赤ちゃん、死んじゃう……」


 私の目からは、あの日と同じ滝のような涙が溢れていた。

 体の力が抜けてくたりと廊下に座り込んだ私の首元に、ひんやりと冷たい肌が触れた。

 いつものように背中から抱きつき、首に腕を絡めながら、少女は……白雪は言った。



「お母さん、私……お母さんと一緒にいられて、本当に嬉しかった」



 小さな赤い唇が、私の頬に触れた。

 それは、ひらりと舞い降りた雪のように、一瞬で溶けて消える小さなカケラ。

 私は白雪を抱きしめ返そうと、とっさに手を伸ばしたけれど……冷えきった指先は、白いワンピースの裾を掠めて、ぽとりと床へ落ちた。


 ゆっくりと私から離れ、倒れたままの義妹に近づいていく白雪。

 その体が、徐々に透き通っていくように見えるのは、気のせいだろうか?

 溢れる涙で、白雪の顔が良く見えない。

 言葉を失った私は、ふるふると首を横に振っていた。



 嫌だ。

 行かないで。



「私、お母さんのこと、ずっとずっと、大好きだよ……」



 涙の向こうに、白雪の笑顔が見えた気がした。



『さよなら』



 白雪が、義妹のお腹に手を触れたとき、薄暗い廊下には光が溢れ……あまりの眩しさに私は目を閉じた。

 そして、目を開いたとき、白雪はもうどこにも居なかった。


 倒れていた義妹が苦しげにうめいたので、私は慌てて涙をぬぐうと、救急車を呼んだ。


  * * *


 流産しかけた義妹の子どもが助かったのは奇跡だったと、医者は言った。

 それからほどなくして、初雪が降る日の夜に産まれてきたのは、色白で小さな、可愛い女の子だった。

 私も親も、普段飄々としている弟ですら、その日は泣きながら抱き合って新しい命の誕生を喜んだ。


 その子の名前は……。



「白雪ちゃーん!」



 子どもの名前を『白雪』と決めたのは、もちろん私だ。

 弟は「俺とマリカの名前から1文字ずつ取ろうと思ってたのにー」と言ったが、そんなの関係ねえ。

 おぼろげながら、あのときのことを記憶していた義妹は「私も白雪がいいと思う」と、切なげに微笑みながら同意してくれた。


「姉ちゃん、また来たのかよー」


 現在短い冬休みを満喫中の弟が、チャイムも鳴らさず上がりこんできた私に文句をたれる。


「いいじゃない、減るもんじゃなし」


 ねー、白雪ちゃん? と、私はベビーベッドの天使に話しかけた。

 あぶあぶと声が聞こえる。


「うん。いいよー……だって。ほら、聞いたでしょ!」


 振り返って満面の笑みを浮かべる私に、弟は明らかに嫌そうな表情。

 義妹マリカちゃんが、カウンターキッチンの向こうから「私はお義姉さんに見てもらって、助かってますよ」と声をかけてくる。


「姉ちゃんのこと、そのうちお母さんとか呼び出したらどうするんだよ」

「ふふ、いいわねそれ! 一子お母さんって呼ばせちゃお!」


 私は白雪をそっと抱きあげ、やわらかい肌にほお擦りした。


「姉ちゃん、ホント早く結婚しろよ……」


 弟の嫌味なんて、蚊に刺されたようなもんだ。

 誰に何を言われようと、この子は私が全力で守るんだから。



 決意してうなずく私の腕の中で、小さな白雪は、嬉しそうに笑った。


ちょいグロホラー短編『探し物』(http://ncode.syosetu.com/n9791g/)の続編でした。


↓作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 『探し物』の後書きでも書いたんですが、この話はうっかりホラー短編など書いてしまった自分が、これじゃイメージダウン(?)になってまうーと焦った結果生まれた話です。短編をフォローするという意味では、それなりに体裁整ったように思いますが、これだけ読むとどーかな……。目指したのは「コメディ」&「キラキラファンタジー」です。描写薄いのは一緒ですが、短編だし甘く見ていただければ……。(長編でも描写薄いって一人ツッコミ……)


※2009年6月 このたび、ちょっと人目につく場所に取り上げていただくことになりましたので、微妙に修正させていただきました。(初期短編作品ですし、未熟な過去の遺産としてあまり変えずにおきます……)

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― 新着の感想 ―
[一言] さようならと白雪ちゃんが言う所で感動しました。あと生まれ変わってくるというのも良かったです。
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