1 プロローグ
プロローグ 始め
目が覚めると、
そこは真っ暗だった。
畳のにおいがする。
あの青臭いと表現される独特な匂いが。
どうやらここは和室のようだ。
「・・・ここはいったい?」
闇に目が慣れてきたのか、
辺りが確認できるようになってきた。
やはり全く知らない場所だ。
誘拐でもされたか?
それとも酒にでも酔って・・・って俺は未成年なんだが・・・。
頭の中で冷静に状況把握をしていると、
障子戸が開く。
「あっ、お目覚めになりましたか?」
開いた戸から、月明かりが入る。
月明かりに女性は照らされる。
俺はその姿に見とれた。
白い小袖に真紅の袴の彼女に。
彼女の幽玄さに思考がどこかに飛んだのか、
こんなことを思い出していた。
大きく広がる列を並んでいると、ふとこんな会話が聞こえてきた。
「ねえ、ここのご利益が桁違いって本当?」
「本当っ本当っ!
この前、先輩イケメンの彼氏手に入れたって言ってたっ!」
「えっ、まじっ!?」
・・・すんげえ、突っ込みどころ満載な会話していやがるな・・・。
つうか、この人すんげえ食いついた!
そこつっこみだろっ!
「しかも、ここに来て次の日に告白されたって。」
「じゃあ、ここなら本気で期待できんじゃん!
・・・私これまで合コン99連敗だから・・・。」
「・・・・・・。
・・・なんかごめん・・・。」
・・・悪い・・・そこまで切羽詰まってるとは・・・。
「うん、だからこれには賭けてるの!」
「おっ、燃えてるね!」
「あたぼうよっ!」
今の会話を聞いてもわかるように、
ここは恋愛関連の神社。
以前、知名度が非じゃないという資料を見たことがある。
しかも、そのうち神社とコンタクトでも取ろうかと、
某企業の議案に上がるほど、有名らしい。
・・・神様の加護がすげえんかな?
なんでもここでダメだったら、もう未来はないと言われるほどだとか・・・。
(・・・さっきの彼女に神のご加護があらんことを。)
それにここにカップルで来れば、一生結ばれる・・・というのもあったか・・・
・・・冗談のように思っていたが、あながちバカにはできない・・・
・・・というかしないほうがいいくらいの熱気が伝わってくる。
・・・特に女性の熱気が・・・。
入口の辺りで不用意なことを口走った男が周りの人に蹴られていたことを思い出す。
そんな中で暇だったからか、冗談でこんなことを思う。
・・・ここで馬鹿にして笑ったりしたら、どうなるんかな・・・
ビクッ!
考えただけで睨まれた気がした。
・・・誰かは知らんが・・・。
しかも近くからも視線を感じる・・・
って・・・ああ、雪か・・・。
不意に雪に手を握られる。
その瞬間、他の視線が外れたのがわかる。
?
・・・なんで急に見られてる気がしなくなったんだ?
というか、なんで手を?
・・・まあ、考えてもわからんことは諦めるに限る。
そして、そんな国内最高峰の神社に来ている俺には一つ悩みがあった。
それは・・・
・・・特にそれといった願いがなかったということ・・・。
・・・あえて言うなら、事業の成功?
「・・・・・。」
・・・恋愛の神社に来て、それはよくない・・・
・・・というか失礼だよな・・・さすがに・・・
・・・というか、高校生でそんな考えに至ってるって・・・何?
自分の異常さに戦慄する。
・・・普通・・・恋・・・恋愛・・・好きな相手に振り向いてほしいとか願うはずなんだよな・・・。
・・・もともとそういうところだし・・・。
もちろん雪も。
まあ、そのための付き添いなのだから当然だが・・・。
けれども残念ながら、俺にはそんな願いは一切ない。
というか懲りたっていう表現が近いか?
・・・そんな俺がここで願うことね・・・。
・・・さて・・・
・・・どうしたものか・・・。
「ふふふん、ふん、ふ~ん♪」
・・・一体何の鼻歌を歌ってるんだ・・・
・・・最初と全く違うだろうが・・・
先ほどまでの鼻歌が実は適当だったんじゃないか、
などといった考えがよぎるが、
今はそんなことを考えている時ではない。
下手なことをすると、
入口の下手人と同じ末路を辿ることになるかもしれない。
それにしても・・・まったく。
・・・なんで俺がこいつに付き合ってここに来る羽目になったんだか・・・。
考えても特にいい案が出なかったからか、
暇つぶしの一環も兼ねてか、
思い出してみることにした。
・・・・・先日のことを・・・・。
~~~~~~~
夕日が見える屋上、
俺はそこにいた。
何故かというと少しだが、また遡ることになる。
~~~~~~~
朝、昇降口にて
下駄箱を覗くと・・・・・
・・・ひどく少女趣味なかわいらしい便箋の手紙が入っていた。
俺としては、時代遅れの不幸の手紙か、
はたまた誰かが間違えて入れたんだろう・・・
などと思ったんだが、後ろに名前が書いてあった・・・。
・・・・春川雪と。
・・・これは・・・悪戯じゃないな・・・・・。
書いた本人がわかる悪戯なんて斬新すぎる。
そんなことをする理由なんてないだろう。
・・・あえて言うなら・・・怒られたい?
・・・いやいやいや・・・。
思わず頭を振る。
あまりにも唐突なことに思考が変な方に行ってしまった。
気を取り直そう。
・・・あいつの性格上こんないたずらは・・・
・・・というかいたずら自体しないよな。
ということは何か重要な要件か?
そう思った俺はここで手紙を開けるのも何なので、
教室に戻り、手紙を開けることにした。
手紙を開く。
そこには・・・・
「・・・放課後、屋上に来てください・・・
大切な話があります・・・か。」
案の定か・・・。
俺が1人納得していると、
「うん?どうしたの、仁?」
などと馬鹿から声を掛けられた。
俺は今自分にできる最高の感情表現をした。
「・・・なんだ、お前か?」
「まったくなんだとはずいぶんなご挨拶じゃないかな?」
苦笑をこぼす。
「挨拶になってるなら、これからはお前にはこう挨拶してやる。」
苦笑から一転、
軽く笑うと
「あはは。で?何があったの?」
「ああ、雪が話があるらしい。まあ・・・良くは知らんが・・・。」
「ま、まさか・・・この僕を差し置いて・・・ら。ラブ・「ああ、それはない。」
なんだよ・・・せめて最後まで言わせてくれたって・・・・。
で・・・なんでないんだい?」
「ああ、昔、『仁くんと結婚することは難しそうだね』・・・って言われたから・・・。」
「ぷっ。あははは。
それはご愁傷さま!あはははは。」
カチン!
「・・・おお、随分と楽しそうだな。
その顔歪ませてやろうか?」
不思議と軽くイラついていたので、すごい顔してたんじゃないだろうか?
まあ、こいつはそんなの気にしないみたいだが、
「ははは。あ~マジ悪かったって・・・・。
かんべんかんべん!」
なんて言っていやがるもんな・・・。
普段ならこれで朝の絡みは終わりなんだが、
馬鹿はここから離れない。
それどころかなにやら意味深なことを呟いている気がした。
「・・・おかしいな・・・・・・あの子がそんなこと言うなんて・・・。」
小さい声でなんか言ったのはわかったが、内容まではわからなかった。
「おい、また何か余計な事言ったか?」
「いやいやいや、そんなことは・・・。
まあ、仁に春が来るかもってことだよ・・・。」
バンバン(肩を叩く音)。
「おい、やめろっての。」
「はははっ。頑張れよっ。」
などと笑いながら席に戻っていくが、
なにやら納得がいかない様子だったことに若干の違和感を覚えた。
その違和感が邪魔をしたのか、
キ~ンコ~ン。カ~ンコ~ン。
鐘の音が鳴ってしまった。
ちっ。追いかけることもできやしねえ。
休み時間にでも取っ捕まえて・・・。
なんて考えていると、
ゴホン!
咳払いが聞こえてくる。
隣の席に視線を向ける。
どうやら先ほどの主は彼女のようだ。
こちらを見ろとばかりの咳払い。
その様子から考えるに、
俺の取るべき行動はこれだろう。
「・・・悪かったな。
うるさくして・・・。」
相手方は本に目を向けたまま、
「ええ、気にしてないわ。
あのアホがうるさいのはいつものことだもの。
こっちこそ悪いわね。」
などと返してくる。
・・・明らかに気にはしていただろう。
でもここでそんなことを言おうものなら、きっと手痛い返しをくらうことになるだろう。
なのでここではそんな無駄な言葉は費やさない。
このクールな女は如月月夜と言って、去年からの付き合いだ。
・・・さっきのアホこと御須篝の幼馴染らしい。
・・・・まったく、同情する・・・。
それなら、こちらに謝罪なんぞ求めないでほしい、
という心からの言葉を飲み込み、
内心思っている・・・ような気がする言葉を口から出す。
「・・・いいや・・・まあアホなだけあって裏表がないだけ楽だからな。」
我ながら適当な言葉?だ。
でも、彼女はそれに納得したらしい。
「そう・・・それはよかったわ。」
そう言って、本を閉じた。
「・・・で?さっき何の話をしていたの?」
「ん?」
さっき?
って、ああ・・・ん?
でも、さっきのにこいつの何か興味を引く部分なんてあったか・・・?
・・・まあいいか・・・どうせ考えてもわからん。
俺は朝のそれほど働かない脳の命令をすぐさま実行する。
「いや、ただ俺の下駄箱に手紙が入っていただけ、なんだが・・・。」
俺の話が聞こえたのだろう。
彼女は考えるような仕草をする。
考えるような仕草をした。
ということはもしかしたら・・・。
俺はそんな希望を抱く。
そうだよな・・・女の人にしかわからないそれなのかもしれないからな。
ふむ・・・でも下駄箱と手紙・・・くらいの情報だよな・・・。
それで何かわかるか?
俺がそんな疑問に頭を支配されていると、
彼女の声が聞こえてきた。
「・・・なるほど。」
近くにいないと聞こえないほどの掠れるような声が聞こえた。
俺は視線を向ける。
見ると、
みるみるうちに顔色が悪くなっていく。
「だ、大丈夫かっ!?」
「・・・ま、まあ平気ね。」
いやいやいやいやっ!
明らかにさっきまでとは表情が違うだろっ!
さっきまでのクールな感じはどこに行ったんだよ。
まさか今の話のせいか?
・・・いやでも意味わかんねえし・・・。
「・・・マジでどうした?
気分が悪いなら、保健室に連れていくくらいはしてやるぞ・・・。」
「・・・いいえ、問題ないわ。気にしないで・・・。」
俺はできるだけ優し気に、
病人を労わるがごとく声をかけ直すが、
彼女は頑なだった。
・・・全然大丈夫そうじゃねんだが・・・
・・・顔色まったく変わらんし・・・。
でもまあ・・・
これ以上は言っても無駄そうなんだよな。
去年からの経験上。
・・・問題はありそうだから、今日は注意して見ておくか・・・。
「・・・・続けて・・・。」
絞り出すような声が聞こえてくる。
ここで気が付く。
・・・これって俺の話聞いてってこと・・・だよな・・・。
って、ことは?
などと考えつつ、答える。
「ああ、それで、今日、屋上に呼び出され・・・って、おい!本当に大丈夫か?」
すごい汗だ。
・・・俺一体どうなっちゃうんだよ・・・。
雪は俺に何をするつもりなんだよ・・・。
・・・怖すぎる。
・・・もうわからん・・・。
「なあ、いい加減、保健室・・「必要ないわ。」・・・はあ・・・。」
・・・なんで頑なに保健室に行くの嫌がってるのだか・・・。
・・・とりあえず、汗はどうにかした方がいいよな・・・
・・・こんな状態じゃあ、風邪引くし。
・・・そういやあ・・・タオルが・・・・
月夜は自前のハンカチを取り出したところで、
タオルを差し出す。
「ほら、使え。」
「い、いいわよ・・・・・これで大丈夫だから・・・。」
・・・いやいや、そんなのじゃ、無理だろ・・・。
・・・普通、ハンカチって水分を大量に吸い取ったりしねえから・・・。
・・・世話の焼ける・・・。
「まったく・・・気にすんなって、
今日は体育があるから、一応、2枚ある。」
ほれ、
ともう一枚取り出して見せる。
「・・・そ、それなら・・・お言葉に甘えて・・・。」
彼女がポケットにハンカチをしまったのを見て安心した俺だったが、
彼女はそのまま体を拭き始める。
「っ!?」
・・・なにやってんだよっ!?
・・・普通隠して拭くとかあるだろう・・・。
俺は背を向けて、
彼女の席の前に立った。
「・・・まったく・・・。」
少しは人の目も気にしろっての・・・
・・・まあ、如月のお嬢様らしいから世間知らずなんだろうが・・・
って、調子が悪いのもあるかもしれんか・・・。
まあ、今回は俺が壁になれたんで良かったが・・・
・・・はあ・・・。
・・・少しは男というものに警戒心を抱いてほしいものだ。
「ええ、ありがとう。終わったわよ。」
「・・・そうかい、ならよかったよ。」
呆れつつそう返す。
「・・・タオル洗って返すわね。」
・・・なんでこんなに言いづらそうに・・・。
「ああ、いいよ・・・。」
・・・あっ!そうかっ!
「・・・やっぱり頼むわ。」
「さすがね。
・・・デリカシーってものがあるわ。」
あいつと違って・・・というのは聞かなかったことにしておこう。
・・・面倒な気がする。
「まあ、どうも・・・。
とはいえな・・・次、調子が悪そうだったら、担いででも保健室に運ぶからな。」
今はさっきより顔色がいいからな・・・
まあ、これくらい言っておけば、こいつなら自分で気を付けるか・・・。
「・・・ええ、わかったわ。
・・・・まあ、そんなあなただから心配なこともあるのだけど・・・。」
少し頬が赤いが風邪か?
・・・ああ、調子が悪いからか・・・
って貧血っぽいんじゃなかったっけか・・・?
・・・ああ、ないところに血は集まっていくからか・・・?
それに・・・心配?
なぜ?
まあ・・・
「・・・気にはなるが聞かない・・・。
なんかすごく不快なこと言われそうだからな・・・。」
「あらそう?」
残念ねとからかい気味に言う。
・・・なんかもう本調子に戻った気がするな・・・。
「まあ、それはそうと・・・さっさと話しなさい。
さっきの続きを・・・。」
さっきとは打って変わって今度はやけに元気・・・
・・・と言うか目が血走ってるな・・・なんか怖っ!
・・・これは・・・話さないわけにはいかないよな・・・。
そろそろホームルームなんだから、さっさと来いよ!
あの教師!
・・・さっき一瞬、先生のアホ毛が見えた。
・・・・あいつ・・・この殺気に逃げたな・・・
・・・・・・はあ、野生の勘・・・か・・・。
・・・・・・俺も欲しかったな・・・
そんな最高の才能があれば、こんな目に遭わなくて済んだのに・・・。
そうして俺はさっきの話を、巻きで彼女にすべて話した。
「で?
この手紙のこと仁はどう思ってるの?」
最後にこんなことを聞かれた。
意味は不明だったが、身の危険を感じたのでありのまま答えた。
「いや、普通になんか話があるだけだろ?」
そうすると、
「心配事はなくなったわ。
でも、屋上では春川さんに警戒するのよ。」
と言う助言をくれた。
意味が分からんが気を付けるとしよう。
かなり遅れたが、
先生が入ってきて、ホームルームと次の授業が始まった。
・・・・・先生よかったな・・・次が自分の授業で・・・。
・・・前、学校を迷って遅れたときは学年主任に怒られてたもんな・・・・。
・・・しかも当分学校の噂になってたっぽいし・・・。
・・・まあ・・・さっき逃げたことは許さんが・・・。