~説得~
~説得~
上空からだとこの辺りの地形が良くわかる。俺がいた街からは一本の街道が伸びている。そして、3人の冒険者か騎士団かわからない人たちが戦っている場所は南の山脈近く、言うならば麓であり、街道から離れている場所でもある。
どうして、あんな場所に立ち入ったのか。用事がない限りあそこまで街道から離れることはない。その奥に何があるのだろう。
視線を戦っている場所から更に先に延ばす。山脈の岩肌が見えるくらいだ。この南の山脈は木々が生い茂っている場所と岩肌しかない場所に別れている。岩肌部分は崖になっていて、人が登れるような道すらない。そうなるとその手前にある木々の奥に何かがあるのだろうか。
珍しい薬草、レアモンスター、隠れた集落。
考えてもわからない。おそらくあの戦っている3人はスライムを倒せないかもしれないが逃げ切れる可能性は高い。
それくらいのレベルではある。ただし、イリーナがあのスライムに命じているのが偵察であることが前提である。
捕食までを命じているとは思えない。捕食を命じているのであればあの大きさのスライムだとすぐに勝負が決まってしまうからだ。
まあ、どちらにしてもあの3人には後で話しを聞く必要があるのかもしれない。何が目的なのかを。どうしてあんな所にいたのかを。
では、始めるか。俺は息を大きく吸い込んだ。これから行うのは魔法というより魔力解放に近い。
「アクティブ・ソナー」
これは魔力を波状型に発することで、魔力を帯びたものから反射して戻ってくるまでの時間や強度から相手を探す魔法だ。
そして、この方法を編み出したのはイリーナだ。不可視魔法を身に着けたギュゲースという魔物と戦った時にこの方法で相手の場所を探り出したのだ。
これは相手が不可視魔法を使ってそこにいるということがわかっているからこそできる方法だ。そして、もう一つ問題がある。
こちらの場所も相手が把握できると言うことだ。だからすぐに相手を発見したら移動しないといけない。目を閉じて波紋のように広がる魔力に注意する。
岩肌の近くに感あり。不可視魔法で消えている。見つけた。俺はフライで移動を開始する。
だが、それ以上に相手がものすごい勢いでこちらに向かってくる。
波状に魔力をぶつけたからティセとペリドットさんの場所も相手に把握されている。向かってくる魔力体が一つだけ。そして、この魔力の大きさを、その色を、この波動を俺は知っている。
イリーナだ。俺は不可視魔法を解除した。もう無意味だからだ。
だが、相手は不可視魔法を解除していない。俺は両手を広げて敵意がないことをアピールする。この段階でクロノスがいたら終了だと思っていた。だが、イリーナだけだ。
両手を広げているのに、背中に強烈な一撃を受けた。そうだ。イリーナはそういうやつだった。
一応体中に魔力の膜を張っている。「オール・プロテクト」だ。この魔法もイリーナが編み出した魔法だ。魔法というより、さっきは魔力解放だが、これは体の表面にだけ魔力を解放するという制御が難しい魔法だ。
理屈は分かっても制御ができず誰も使えなかったものだ。そして、この「オール・プロテクト」は低位の攻撃ならどんな攻撃でも無効化できる。
実際一撃を受けたがノーダメージだ。というか、今の魔法攻撃は低位でもなかったはず。この「オール・プロテクト」は結構でたらめな魔法なのかもしれない。魔力消費もえげつないけれど。そう思っていたら、目の前の空間にひずみが入る。ノイズのようなものだ。
「なんで、私が編み出した魔法を使える?」
そりゃそうだろう。さっきの「アクティブ・ソナー」も「オール・プロテクト」も簡単な魔法じゃない。
というか、この時代ではこの魔法の概念すらつかめていないから誰も使えないものだ。俺は指輪を見せてこう言った。
「俺は未来を知っている。信じないかもしれないが、俺はこの先の未来でイリーナと同じパーティーを組んで戦ったんだ。だが、俺の行動から俺の知らない未来になってしまった。それで、お前は意識を乗っ取られる。絶対に勝てない魔人『クロノス』に」
信じてくれとは言わない。けれど、俺はまっすぐに話すことしかできない。そう思っていたら空間のひずみが更にひどくなった。その瞬間、俺はそのひずみの中に吸い込まれていった。
暗い中。
何も見えない。目を開けても閉じても世界が変わらない。それならば目を閉じて魔力を感じるか試す。小さい、けれど確かに魔力の端のようなものを感じる。
その魔力の端をたどっていく。紐のような。これはまるで永久牢獄のようだ。そのひもを引っ張りほどいていく。リボンをほどくようにするっとほどけた。
暗い世界がいきなり明るくなる。
目に入る明るさは、青色だ。どこにいるのか周りを見ると、俺は今大きなスライムの中に閉じ込められていたのがわかる。だが、このスライムに敵意はない。
体の自由が奪われているだけ。魔力で倒すことは可能だが目の前にイリーナが座って俺を見ている。おそらく俺が攻撃的な行動を取ったらすぐに攻撃してくるだろう。
俺はイリーナと戦いたいわけじゃない。対話がしたいんだ。なら、このままでも大丈夫だ。目の前に居るのなら念話で十分だ。
「俺に敵意はない。信じてほしい」
言葉を相手の脳に届ける。本来ならばパーティー登録が必要だが、この距離、そして、イリーナが生み出したスライムが媒体となるのなら可能なはず。そうだろう。この理論はイリーナが考えたことだ。
「・・・どうして、私が考えた魔法が使える?それにその指輪はこの世界にないはず。どうしてそれを持っている」
そう言われてびっくりした。イリーナがこの指輪のことを知っていたからだ。いや、確かに最初の世界でこの指輪を見つけた時、イリーナがこの指輪について語ったのを思い出した。あの時はイリーナが魔法でこの指輪のことを調べたからだと思っていた。
「信じないかもしれない。俺たちは魔界に行って魔王を倒そうとした。その途中でこの指輪を手に入れてパーティーのリーダーだった俺が身に着けた。もちろん、この指輪が呪われていることも知っている。ただ、誤算だったのは魔王が強すぎたということだ。それから俺は何回か世界をループしている」
そう言ったらイリーナが「あんたバカなの?」と言われた。だが、スライムからはじき出されたことで信じてもらえたことがわかった。
「ありがとう。信じてくれて」
俺はそう頭を下げた。するとイリーナからこう言われた。
「100%信じたわけじゃない。あんたの身体の中に小さいながらスライムを仕込ませてもらった。口から入ったスライムは今ごろ血液の一部となっているはず。そして、心臓に留まるわ。不信を感じたら一瞬であんたの心臓を爆発させる」
そう言われて俺は胸に手を当てた。微小だが確かに体の中から俺の物ではない魔力を感じる。
「なあ、これ今の俺の力だと消し去ることもできるぞ」
「でも、あんたはしないでしょう。それにどうせ失敗したとしてもあんたは何度もやり直せる。本当に不毛だわ。時空の牢獄者って最悪なヤツしかいないのかしら」
そう言われてクロノスにも時空の牢獄者と言われたのを思い出した。これは牢獄なのだろうか。
「どうしてそう言うんだ。『時空の牢獄者』って」
そう言ったらイリーナが不思議そうな顔で俺を見てきた。
「ねえ、あんた何回転生した?」
「6回だ」
イリーナがため息をついた。
「なんだ、まだたったの6回が。だからだよ。それが何百、何千となったらわかる。時空の牢獄者という意味がね。それにその指輪をつけている限り何をどうしたって転生をするんだ」
「大丈夫だ。魔王を倒すまで何度だってやり直せるんだから」
そのためなら何回だってチャレンジしてやる。だが、イリーナは「わかってない」という顔をしてこう言ってきた。
「何回か知らないけれど、魔王を倒せたとする。で、世界が平和になったとして、寿命で死んだとする。でも、あんたはまた転生を繰り返す。わかる。何度も何度もやり直すの。何があったとしても。だから時空の牢獄者よ」
言われて思った。正直なんどもやり直せてラッキーとしか思っていなかった。けれど、このやり直しには終わりがないということ。茫然としている俺にイリーナがこう言ってきた。
「その指輪は私の母親が付けていた指輪よ。そして、その指輪を作ったのがクロノス。同じく時空の牢獄者よ。そして、クロノスは私の父でもある。無限の時を生きるクロノス。そして、その血は私にも流れている。魔の父親と人の母親から生まれたのが私よ」
そう言ったイリーナの顔はものすごく悲しそうだった。
「そんな顔するなよ。少なくとも俺が知っているイリーナはいつだって笑っていた。楽しそうだった」
そう言いながら、笑顔だったイリーナを思い出した。その笑顔は俺ではなくリチャードに向けられていたが。
「ふ~ん、そういう未来があるのなら知ってみたいわね」
そう言っていたら緊急を知らせるのだろうアラート音が鳴り響いた。
「俺の仲間か?」
そう思ったが身近にペリドットさんの魔力を感じない。いや、感じるのだが、弱くて、つかめないのだ。近くにティセもいるのがわかる。
「違うわ。あなたの仲間は私の魔法で対応させていただいているわ」
「エキストラスキルのコピーをつかったのか?」
そう言った瞬間頭が痛くなった。何だ。これは。万力で締め付けられそうだ。まるで無理やり脳をこじ開けられたような感じがする。まさか、俺の脳を読み取ったのか。
「そういうこと。あなたは私のスキルの一部を身に着けているということね。最悪だわ」
頭痛を治すために魔力を込める。その瞬間にわかった。小さいスライムが脳にもいたことが。魔力を力強く込めたら倒せるがイリーナはそれを許さないだろう。心臓にもスライムがいるからだ。
「記憶を見たのならわかるだろう」
「最悪な気分。でも、私の錬金術は引き継げてないみたいね。まあ、これは魔法と言うより知識だからね。それに知識だけで錬金は出来ない。あなたの記憶を覗かせてもらったわ。私、そのリチャードという人に会ってみたいわ。連れてきたら話しを聞いてあげる。それと、これから来るあいつの相手を一緒にしてくれたらね」
そう言うと視界が一気に開けた。眼下に森が広がる。そして、目の前にその森を焼切るような炎の壁があった。
「なんだあれ?」
「面倒な相手よ。西の鬼才が作った災厄、あれがファストレアよ。この場所にいるキュロープスが邪魔なのか、私を西の国に連れて行きたいのか。とりあえず、人の限界を超えた化け物よ」
いや、イリーナだってそうだろうと言いそうになったが辞めた。それに魔力探知をしなくてもわかる。この炎の壁を生み出した相手の禍々しいほどの魔力が。
「これ、本当に人なのか?」
ありえない。レベルが検知できないのだ。たった一人の人間のようなものが歩いてこちらに向かっている。だが、おかしい。今までこんな出来事はなかった。
「そのファストレアって何者だ。俺は今まで出会っていないぞ」
「そりゃそうよ。だって、あれは人間でもあるけれど、兵器でもあるのだから。人の身体に魔族を組み込んだ。西の国、魔と闇の国『トロイア』の最高傑作であり、最悪の欠陥品よ。人と魔族を融合させようとして失敗した。お互いがお互いを飲み込もうとしながら魔素が上がり続ける。そう、狙いとはちがうけれど最悪の兵器が完成したのよ」
意味がわからない。
「イリーナは西の国トロイアとどう関係があるんだ?」
そう言うといきなり世界がモノクロに変わった。何だこれ。
「異空間召喚よ。このままこの世界で戦っていたらクロノスが来ちゃうから」
それは問題だ。クロノスには勝てる要素がどこにもない。
そう思った瞬間に世界がどろっと変わった。まるで筆で絵を描いた世界。ただ、景色は白黒だ。そして、目の前に二人いた。一人は紫色の全身鎧を着て、手に大きな斧を持っている。もう一人は紫のローブを被っているが、体の形をしていない。そう、ローブの中は炎のような形だ。
あれはヤバい。
「あれが、ファストレアよ。私とトロイアの関係って言ったよね。ファストレアは私のお母さんよ。お母さんは世界を変えるために自ら実験に協力した。クロノスは止めたかったができなかった。結果がわかっているのにね。そして、出来上がったのがあれよ。もうお母さんの自我なんてほとんど残っていない。けれど、私に会おうとだけしてくれる」
イリーナはさびしそうにそう言った。だが、おかしい。あんな規格外の戦力があるのなら世界はトロイアが支配してもおかしくないはずだ。
「ええ、そうよ。だから私はイヤだけれどお願いした。父さんに。クロノスに。クロノスはトロイアが他国に侵略しないよう人の意識を調整している」
って、俺が思ったことにイリーナは返事をした。もしかして。
「ええ、そうよ。あなたの意識は悪いけれどすべて共有させてもらっているわ。なるほど。前衛を増やすためにこの世界に召喚するわ」
イリーナがけだるそうにそう言うと目の前に大きな渦が出来た。そこからペリドットさんとティセが吐きだされた。
だが、すぐにティセは透明な水晶の中に閉じ込められる。水晶を叩いているが声も聞こえない。イリーナが言う。
「あれは戦力外過ぎる。一瞬で死ぬからクリスタルに閉じ込めておいたわ」
ありがたい。そう思っていたらペリドットさんがこっちに向かってきた。
「あらあら、出会いたかったイリーナさんとは出会えたみたいですけれど、すごいのが目の前に居ますね。それと、この閉じた世界をこっそり覗き見している方が何人か。それは問題ないのですか?」
ペリドットさんの言葉で俺は意識を集中させる。一人はクロノス。これはものすごく温かな感じだ。もう一つはジグル老だ。あいつは敵認定でいいのだろう。だが、もう一人がわからない。知らない気配だ。
「その気配はトロイアの鬼才と呼ばれるヤツよ。お母さんをあんな感じにした張本人。ただ、あの能力はお母さんが特別だったから産み出せたもの。紫の戦士くらいしかあいつはもう産み出せない。そう、成功してもなんどもクロノスが失敗に導くから」
いや、あの紫の戦士だっておかしい感じだ。体中から魔素が垂れ流れている。
「私がお母さんの相手をしているから、あの紫の戦士の相手をして。それで多分いい戦いが出来るはずだから」
なるほど。ここで負けたらクロノスが出てきてイリーナの意識が奪われるのか。ならば戦う一択だな。
「ペリドットさん。あいつのスキル読めますか?」
紫の戦士の能力は読めない。レベルもわからない。多分俺より強いのだろう。なんで転生したら俺より強いやつばかりと出会うのだ。おかしい。俺は前の世界では世界最高峰だったはずなのに。
「それ、自分で言って恥ずかしくないの?」
イリーナに突っ込まれた。そう言えば意識を読まれているのだった。
「ペリドットさん、制限はあり?なし?どっちでいけばいいですか?」
ペリドットさんを見たら、今まで見たことない表情になっていた。そう、脅えて震えているのだ。
「ペリドットさん、どうしたんですか?」
俺は近づいて肩に触れる。ペリドットさんが小さく消えそうな声でこう言った。
「あり得ないわ。なんであいつがあそこにいるの?あんなの倒せるわけない」
俺はペリドットさんのほっぺたを両手で挟み込んでこう言った。
「大丈夫ですよ。戦力が上でも戦い方で勝利はできます。イリーナ。教えてくれ。あの二人の能力を」
「わかったわ。でも、後10秒であいつら動くからね」
そういう事は早く言ってね。10秒後に世界はモノクロからカラーに変わった。ただ、筆で描いたような世界は変わっていない。
そして、動き出した二人は想像以上のスピードでこっちに向かってきた。




