~魔女との邂逅~
~魔女との邂逅~
世界最高峰の魔法使い。それは、人族でも魔族でもない、魔女という存在だ。
ただ、見た目は人と変わらない。いや、違っているとすれば背が低いことかもしれない。年齢不詳であることかもしれない。実際、イリーナは何歳なのかわからない。それくらい長く生きていると当人は言っていた。年齢も思い出せないくらいなのだ。
だが、魔女というのは孤独らしい。人でも魔でもない故、どちらとも距離を取られるという。そのイリーナに臆せず声をかけ、仲間にひっぱり、そして、告白した勇者がいる。それがリチャードだ。
だが、リチャードと出会うまでのイリーナの記憶は俺の中にもやがかかっている。ただ、何か大きな出来事があったことは確かだ。
誰かに裏切られ、善ではないものに助けられたと聞いている。詳細は不明だ。
だが、この街に今までイリーナが来たことはなかったし、ここまで我を忘れて魔法をぶっぱなすイリーナを見たこともない。
そもそも我を忘れているのか?それすらも疑問である。
「先制攻撃は重要」
そう言って親指を立てていたのを思い出した。とりあえず敵か味方かわらかない時はまず魔法を放つのがイリーナだ。
「街が、街が、燃えている」
ティセが狼狽している。そりゃそうだ。街が燃えていれば普通焦る。なんで俺が焦っていないかというと、この街が炎にやかれるのは初めてじゃないからだ。
そしてもう一つ、人が死んでいる気配、そして人が焦げて燃えるむせ返る独特の臭いがしないからだ。
だから、わかったのだ。街の人はどこかに避難をしている。いや、避難させるためにシズとアメジストが戦っているのかもしれない。
避難するとしたら王都に向かうか南の山脈を越えて「ラーナ」に向かったかだ。もしくは、思い当たった場所がある。倉庫だ。あの場所なら頑張れば街の人全員が避難することも可能だ。
「ティセ、安心して。街は燃えているけれど人がいない。避難した可能性もある。それに俺は確立は低いが復活魔法が使える。だから、安心して」
俺は勢いよく走り出そうとしたティセを抱きしめる。復活魔法を使うには魔方陣を書いてある程度の時間詠唱する必要がある。
そのため、戦場で復活させることはできない。戦場でできるのは、遺体が傷つかないようにする魔法「プリザベーション」をかける必要がある。
この「プリザベーション」という魔法は一言で言うと「現状維持」だ。細胞が腐敗しない、活動をしない、一言で言うと「停止」する魔法だ。マリーが一度だけ使ったことがある。リチャードが攻撃を受け切れずに死んだ時だ。
あの時もイリーナが暴れ狂ったのを覚えている。今がそれに違い状態だ。俺は上空を見る。理性を失ったかのようなイリーナがそこにいる。
腕の中で少しティセが落ち着いたのがわかる。ペリドットさんと目線をあわせる。
ペリドットさんが頷いて先に街に向かう。すでに戦いがはじまっているのがわかるからだ。しかもかなりの魔法攻撃の応戦なのもわかる。
そして、イリーナが優勢なのも。目を凝らすとイリーナの横に明らかに不審者のような服装の男性がいる。
まず、ピエロのような赤と白のとんがった帽子を被っている。しかもかなり細く高い。だが、体にはいびつにまがった時計が書かれたローブを来て、時計の針、先がとがっていて、反対側はまるいものが左肩上に3本突き出ている。3本とも長さは異なる。
顔全体は青白く、片目に眼帯をしているが、その眼帯には懐中時計が描かれている。そして、体は胡坐状態の座った状態のまま浮かんでいる。隠れていない目は赤く光っていた。
関わりたくない。だが、その眼帯の男からは恐ろしいほどの魔素が感じられる。隠そうともしていないその魔素量は恐怖でしかない。
俺はティセを勇気づけて走り出した。ティセはまだ俺の話しを全部信じていない。まあ、俺もひょっとしたら人のカケラすら何も残さず、殺されている可能性も考えてもいる。
そう、目の前にいるイリーナという魔法使いはそれだけ脅威なのだ。だが、それ以上にあの眼帯の男はおかしい。この世界にいていい存在ではないのがわかる。
街の入り口に入る。火が上がっているが不思議と家が燃えていない。家は魔法で覆われて守られている。こんな強大な魔法を使えるのはアメジストさんだ。というか、戦いながらこんなこともしているのか。
「何?あの人たち?すご過ぎる」
目の前にいるアメジストさんはいつもののっぺらぼうではなく人の顔をしている。紫の髪は長く、背中の真ん中くらいまである。
銀のサークレットをカチューシャのように使っている。あれってそういう使い方もできたんだと思った。
服は白を基調とした服だが中央が紫色にまっすぐ上下に染め上げられている服を着ている。普段と違う服だから魔法防御がある服なのだろう。
そして、胸には大きな紫水晶が付いている。あんなものは見たことがない。魔力を増大させているのがわかる。
ものすごく魔素が濃いからだ。イリーナの魔法を相殺させながら、街の中に数多くいるスライムを攻撃している。
ペリドットさんもスライムと戦っている。イリーナが錬金するスライムは属性攻撃以外効かない。そして、何に特化させているのかわからない。
しかも攻撃力も高い。こいつらは溶解液をぶちまけてくる。うかつに浴びると死ぬことだってある。それくらいこのスライムも強力だ。
「おやおや、更に人が増えたようですね。これもまた理ですかな。だが、結果は変わらない。確認済み。ふふふ。全ては私の望み通り。そう、ディスティニー」
眼帯をした男が両手を広げてそう言ってきた。テンションがおかしい。
「お前は何者だ?俺の街をどうして攻撃する?」
そう言って俺はソードスラッシュを眼帯の男に放った。だが、まるで何もなかったかのようにソードスラッシュはかき消された。
「マスターアデル。その攻撃は無意味」
いつの間にか俺の後ろにシズがいた。メイド服に白い剣を手に持っている。
「この人だれ?」
ティセが身構えている。
「仲間だよ。俺のじいちゃんの。この二人に街を守ってもらっていたんだ。こっちのメイド服を着ているのはシズ、紫の髪の人はアメジストさんだよ。シズ、街の住人は?」
そう言うとシズがたんたんとこう言った。
「面倒だから全員眠らせて倉庫に収納した。あの場所なら安全」
それを聞いてティセが安心して座り込む。
「よかった。みんな無事なのね」
だが、その様子をシズが見てこう言ってきた。
「この娘も邪魔。スリープ」
いきなり睡眠魔法でティセを眠らせる。次に「転移」と言うとティセの身体が消えた。
「弱いものは不要。守りきれない。邪魔。マスターアデル。あいつを先に倒す」
そう言ってティセは眼帯の男に突進をしていった。だが、どういう理屈かわからないが、眼帯の男はその動きの前に場所を移動している。そして、シズの放った攻撃をなかったかのように打ち消している。
「無駄、無駄、無駄。機械のあなたは学習もできないのですか。突進を繰り返すだけ。ポンコツ、できそこない、無から産み出された失敗作。後7回の突進であなたの魔素は切れる。私にはその未来が見えている。これもまた、運命。そう、ディスティー」
また両手を広げて叫んでいる。気持ち悪い。なんだろう。このどろっとした違和感。世界がまるで泥沼の中に無理やり押し込められたような気持ち悪さ。眼帯の男が俺を指差してきた。
「そこのアデルとかいうそのこの少年よ。君が何をしても結果は変わらない。変わらない。変わらないんだよ。諦めて、諦めて、諦めきって地に臥すがいい。己の運命を受け入れる、受け入れるがいいさ」
その言葉とともに、大きな衝撃を受けた。上から押さえつけられるこの攻撃。俺はこの攻撃が何かがわかる。
俺のエキストラスキル。「重力万倍」だ。どうしてこいつが使える。いや、このスキルを使える相手を一人だけ知っている。
眼帯の男を見る。知っている容貌とは異なるが身に着けている時計の多さが全てを物語っている。だが、ここまでテンションが高いやつではなかった。だが、疑う余地はない。
「クロノス。どうして世界に干渉する。お前が望んだ相手はもうこの世界にいないだろう」
俺は眼帯の男に言った。クロノス。時空魔法を操れる魔人。どんな攻撃も受けることはない。何度でもやり直しができるから。
だが、クロノスは一人の女性に執着をして、なんども世界をやり直し、失敗を繰り返していた。その終幕を俺たちが手伝ったのだ。
戦って勝てる相手ではない。クロノスの前ではどんなスキルも無意味だからだ。そのクロノスが顎に手を当て俺を見る。
「ほお、この私を知っていて、私の現状を知るものがいるとは。これは面白い。面白い。面白いではないか。私の知らない未来だ。私の知らない運命。運命。運命がそこにあるというのか。
ん?んん?んんん?そうか。そういうことか。なんだその指輪か。その指輪を身に着けたバカがいたのか。
お前も私の同じ時空の牢獄者か。ならばかかってくるがいい。運命を相手して、潰して、私が、私こそが運命であると証明しようではないか」
指輪を見てクロノスの動きがおかしくなった。早すぎる。気が付いたら俺の後ろに回り込んでいる。
いつの間にか手に時計の針を大きくしたものを持っている。そして、その針は俺に向かって突き進んでくる。
「危ない。エンジェルソニック」
アメジストさんが知らない魔法で俺ごと攻撃をしてきた。だが、その一瞬をイリーナが攻撃をする。
「サウザンドスピア」
1000の魔法の槍が降ってくる。街の防御壁をとっぱらいアメジストさんが防御にまわっている。
だが、その瞬間にあふれ出したスライムが街を破壊していく。どうにかしなくては。スライム、イリーナ、そしてクロノス。まず、スライムはすぐに対処できる。
俺はフライで空に飛び、プリズムソードに魔力を込める。火、水、風、土、光、闇、そして闘気。
「プリズム・バースト・ストリーム」
全属性の攻撃の連撃。それを地上に向けて放った。スライムは掃討できた。街は半壊しているが、すでにスライムに潰されていたのだ。
また、再建すればいい。それだけだ。まあ、街を潰してもいいならアメジストさんももっと早く対処できたかもしれない。
アメジストさんが俺を睨んでいるようにも見えるが気にしない。気にしないから俺は、イリーナに向きあった。
「イリーナ。どうしてこの街を襲う。この街は魔女に敵意を持っていない」
俺は両手を広げた。そう、リチャードが行ったように。だが、俺の前にクロノスがすでに立ちふさがっている。そして、そのクロノスにイリーナが抱きついている。
「私は彼女の望みをかなえる。彼女の望みは人族への復讐。それだけだ」
それはある意味絶望でしかない。イリーナの目はうつろで何も見ていないからだ。何が一体起きたというのだ。
俺は地上に降りた。アメジストさんに向かってこう聞いた。
「相手は俺の元仲間であり、多分この世界で最高峰だと俺が信じる魔法使いであり、魔女のイリーナだ。そして、その横にいるのは時を司る魔人クロノス。どうして戦闘になったのか教えてくれないか?」
俺がそう言うとすぐにペリドットさんとシズも近づいてきた。アメジストさんが手短にこう言ってきた。
「あれはいきなり襲ってきました。ちなみに、この街に来る前にラーナも滅ぼされています。そして、ラーナでは悪魔召喚が行われたのも確認済み」
ジグル老子が頭によぎった。ゴブリンロードが出現しないと思ったら違う場所で殺戮が起きていたというわけか。しかも、今回は倒せそうに思えない相手だ。
ペリドットさんが言う。
「時間を巻き戻す能力に結構な火力の魔女を相手にどうやって戦うつもりなのですか?戦術を教えてくれませんか?」
どういう状況でもペリドットさんのおっとりとした話し方は変わらない。
「戦術というか、これはかなり無茶な戦い方しかない。ただ、クロノスは自分に執着はない。唯一あるのはイリーナだ。
イリーナがやられそうなら身を挺して守るだろう。だが、それはクロノスが時間を巻き戻したとしても回避できない行動でないと無理だ。その攻撃は相手の想像外でないと意味がない。お願いできるだろうか?」
俺は二人にそう伝えた。そして、もう一つ。この戦いで一つだけエキストラスキルを使うことの承諾をもらった。
「諦める算段はついただろう。諦めろ。諦めるがいい。諦めたら楽になる。安楽が、安楽
を、君たちに、そう、君たちに与えよう。それが私の役目。そう、それが私。それが運命。運命的なすべて。運命。受け入れるがいい。全てのディスティニーを」
俺たちが話し合っていた間クロノスは攻撃をしてこなかった。かわりにイリーナを抱きしめてキスをしていた。
青い顔のクロノスが歓喜に満ちた表情をしていたが、イリーナの表情は何も変わらなかった。無表情のままだ。一体何があったというのだ。まるで、あれはイリーナの形をした抜け殻だ。
「俺たちは諦めない。そして、お前からイリーナを取り戻す」
俺はプリズムソードの剣先を宙に浮いているクロノスに向けた。まず、俺は「スピードスター」を唱えた。
この魔法は敏捷性を一気にあげてくれる。かわりにHPが削られる魔法だ。スピードを凌駕しないと予想を上回れない。
そして、同じ魔法をシズにもかけた。そう、特攻を繰り返しているように見せて違うことをする。まず、当たり前の戦術と奇抜な戦術が必要になる。イリーナが詠唱に入る。その瞬間冷や汗が出た。
「まずい、この攻撃は絶対に回避だ」
イリーナにはエキストラスキル以外にユニークスキルがある。個人特有のスキル。俺が継承できなかったスキルだ。
そして、この魔法もその一つ。
天がざわつく。星の動きが変わる。皆上空に退避する。だが、かまわずイリーナの詠唱を続け、囁くように言葉を発した。
「グランドクロス」
天空に十字の形で星が並んでいる。そして、そのまま星から光が注ぐ。大きな七色の光の塊。そう、俺がこのプリズムソードを使って実現できた全属性攻撃。それの広範囲版だ。十字の交差する場所が、一番攻撃力が高いがそれ以外もけた違いの攻撃だ。
「まずい」
アメジストさんがそう言って街に向かって突進していく。
十字が交差する場所に倉庫がある。街の皆がその下に退避している。アメジストさんは魔素を高出力してグランドクロスに突っ込んでいく。光がぶつかり衝撃波と共に周囲に拡散していく。アメジストさん。信じています。
この瞬間を作戦に使わせていただきます。俺は小声で魔法を一つ発動させてから「帯電」「パワーストレングス」を発動させた。
能力向上系の魔法を自分にかける。グランドクロスの問題は発動後に数秒体が硬直するのだ。
だから、イリーナがこの魔法を使う時俺たちは誰かがサポート役に回っていた。俺は上空に飛び上がり剣を振り上げる。この一撃はよける以外回避方法がないんだぜ。
「オーラブレイド」
プリズムソードで放つこの技は微弱だが闘気以外の属性も含んでくれる。そう威力が上がるんだ。
そして、この一撃をイリーナにぶちかます。クロノスなら絶対にこの攻撃を阻止する動きをするはずだ。
俺はオーラブレイドを放ちながら周りを見た。だが、クロノスが見当たらない。硬直をしているイリーナにオーラブレイドが当たる瞬間、俺は弾き飛ばされた。だが、それは想定内だ。
「今だ!」
俺の声が合図となって左からペリドットさんが「ウインドキャノン」を放っている。風の塊の攻撃。だが、これは暴風で動きを止めるだけ。地面から光が伸びる。
「乱れ切り」
シズさんの白いあの反則的な剣で繰り出される乱撃だ。だが、周囲が黒い球体に包まれる。重力操作。攻撃は重力に操作され放った相手に戻っていく。
そう、ここまでは想定内だ。俺は自分の頭上を見上げた。頼むぜ。そう、そっと唱えた魔法はエキストラスキルの「コピー」だ。
そして、俺の放ったコピーは上空でタイミングを見ている。重力操作が切れた瞬間に更なる上空から「オーラブレイド」を放つ。イリーナのギリギリ拘束時間内だ。
「行け!」
俺の叫び声とともにコピーのオーラ―ブレイドが重力場から解放された中心に放たれる。
だが、俺の真後ろから拍手が聞こえる。振り返るとそこにいたのはクロノスだ。腕の中にイリーナが居る。
「それで、それで、倒せると思ったのかい?思っちゃったよね。こっちも焦ったよ。でもね、時間を巻き戻せるんだ。何度でも、何度でも。君たちの頭脳戦なんて意味がないんだよ。さあ、見せてくれよ。絶望の表情を。それが、君たちのディスティニー」
そう言って左手でイリーナを抱きしめながら右手を広げた。この瞬間を待っていた。
「アイスロックキャノン」
ここに居るはずのないティセがクロノスの後ろにいる。そして、そこ近距離からアイルロックキャノンを放ったのだ。
「だ、誰だ?なぜ、なぜ、そんなところにいる?いるはずがない。お前は地下にいるはずだ、なぜだ?なぜだ?」
胸にぽっかり穴の開いたクロノスがいる。手を眼帯の時計の針に伸ばそうとしている。これを阻止しないといけない。俺は剣でクロノスの右手を切断する。時間は巻き戻させない。
「シズに戻してもらったんだよ。クロノスよ。お前からしたらティセなんて弱いし眼中にないだろう。だがな、意識の外にあるからこそ奇襲が成功するのだよ。じゃあな」
俺はそう言ってソードスラッシュをクロノスに放った。はずだった。だが、その場所にクロノスもイリーナもいなくなった。
何が起きたと言うのだ。この体中をまとわりつくどろっとした違和感。世界がまるで泥沼の中に無理やり押し込められたような気持ち悪さが急に強くなった。
「まさか、まさか、まさか。この私にこの、この能力まで使わせるとは。これは、今迄に無かった、無かったできごと。これは私が求めた運命ではない、だが、これこそが運命だと、運命だと言うのか。ならば答えよう。その運命に」
だが、そのセリフとともに地面に十字の影が見える。イリーナが詠唱に入っている。連続で使える魔法ではない。
これは「グランドクロス」だ。だが、地上を見る。倉庫は壊れているが、魔方陣は維持している。つまり無事だ。
だが、がれきの中心にアメジストさんが倒れ、血が流れているのが見える。時間が巻き戻ったわけじゃない。何が一体起きたと言うんだ。
対処法を考えろ。考えろ。あの場所にもう一度グランドクロスが着たらアメジストさんは厳しいかもしれない。
魔方陣だけでは防ぎきれないかもしれない。ならば出来ることは一つだけだ。今のイリーナに突進してグランドクロスの詠唱を阻止する。
俺はペリドットさんに向かってこう叫んだ。
「後は任せます。能力全開放でお願いします」
俺は自分にスピードスター、帯電、パワーストレングスの3つをかけた。そこで気が付いた。このバフが消えていないということに。時間は巻き戻っていない。だが、クロノスの右手は復活しているし、イリーナの魔力も復活している。二人だけの時間軸が1回目のグランドクロス発動前に戻ったみたいだ。
考えても仕方が無い。とりあえず、このグランドクロスだけは回避しないといけない。俺はフレアバーストで加速をつけてイリーナにぶつかりに行った。もちろん、ただ近づくだけではクロノスにやられるだけだ。だが、魔力の回復もしてない俺はこれ以上無理はできない。
「フラッシュ」
強烈な光をぶつける。おそらく目をつむって回避をしているだろう。だが、一瞬でいい。俺はもう一度だけフレアバーストを放って方向転換を行った。そう、下に回りこむ。
「シズさん。お願い」
俺はシズさんに向けてこっちに来るように手を振った。理解してくれたようだ。そのまま超加速で俺にぶつかる。
俺はその力を利用して加速しながら「ソードスラッシュ」を放った。だが、そこにすでにイリーナもクロノスも居なかった。
「いい、いい。そのあがきがいい。だが、今回の攻撃は違ったんだよな。そう、こうだろう」
クロノスは肩にある尖った時計の針をつかみ後ろに向けて突き刺した。そこには隠れひそませていたティセが居る。
「ウォーターガン」
だが、それでは防ぎきれない。ティセの胸に時計の針が突き刺さりそうだったが、その場所にペリドットさんが現れて、防ぐ。
「そううまく行きませんわよ。私もいますので」
だが、イリーナのグランドクロスが完成した。
「まずい、退避だ。この狙いは俺たちだ」
グランドクロス。それは超攻撃魔法である。だが、その攻撃先はあらかじめマーキングをして決める。1回目は倉庫だった。俺は2回目も倉庫だと思って突進した。だが、その十字が刻まれたのはそう、俺自身だった。
そして、グランドクロスはマーキングした相手はどれだけ逃げようと追尾してくる。俺は上空に向かって飛んだ。
両手を体の前でクロスさせ、闘気を全出力させる。行けるかもしれない。これなら。
「頑張るね。でも、君はここでゲームオーバーさ。それがディスティニー」
俺の後ろにクロノスが居た。そして、俺の背中から肩にあった時計の針で一刺しされた。闘気が薄れた俺はそのままグランドクロスを一身に浴びた。強烈な痛みが走る。
うぁぁぁぁ。
何か変な声が聞こえた。讃美歌か?違う。もっと忌々しい何かに感じる。そう思ったら光が見えた。
「元気な男の子ですね」
そう言った人の顔を見てびっくりした。
生まれ育った町にいた産婆。ラウ婆だ。だが、少し若い。そして目の前にまだ生きている父親がいた。そして俺の下には母親が。
俺は、また、転生してしまったのだ。




