~イーフリート戦 準備~
~イーフリート戦 準備~
「アデル、まだこんな所にいたの?」
そう言って、すぱーんと勢いよく頭をはたいてきたのは茶色い髪を長く伸ばしているティセだ。
じいちゃんに言われた。何で世界が変わるかわからない。それともう一つ魔族には周期がある。弱っている時に人を襲ってエネルギーを補充する。つまり、今年の収穫祭前はイーフリートが弱っている時なのだ。
「ごめん、ごめん」
そう言ってティセを見る。次は絶対にティセを守るから。そう、この時はまだティセのレベルは3だったのだ。
だが、今のレベルは7だ。もうちょっと上がっていてもいいかと思ったがそれだけ俺が吸収したということなのだろうか。
確かにステータス自体は上がっている。だが、今回はスキルも上げたのだ。
「アデル、行くわよ」
そう言ってティセが耳をひっぱってくる。
「痛い、痛い」
ティセの笑顔が懐かしい。このかわいい顔も。少し猫みたいにつりあがった目がかわいい。大切にしたい。
「わかったよ。行くからさ」
もう、死なせはしない。それに今の俺はエキストラスキルもある。腰にあるプリズムソードは普通のロングソードに擬態させている。
ただし、他人が持つと重すぎて使えないのだ。そう、この剣には意思がある。主人と認めないと使えないのだ。じいちゃんが教えてくれなかったから本当に苦労をした。
街を見渡す。収穫祭の準備中だ。祭りの前の喧噪がある。にぎやかだ。俺が絶対に守りたいもの。
大丈夫。
イーフリートは敵ではない。けれど、俺だけが倒しても意味がない。実はパーティーを組むという事は一人のスキルだけで勝っても経験値は入るがスキルポイントが少なくなる。だから、今回は二人で攻撃をするのだ。
「ねえ、変なこと考えているでしょ」
ティセが俺の足を蹴ってくる。痛くはないけれど、痛いふりをしないと更に蹴ってくるので痛い振りをする。
「ああ、ティセにお願いがある。今日この後ティセの家に行きたいんだけれどいいかな?」
まずは確実に一緒にイーフリートを倒さないといけない。特にアイスロッドは必須だ。ティセのレベル差を埋めるには必要なアイテムだ。ティセがなぜか顔を赤くしている。
「何よ、いきなり。改まってそんなこと言わなくても。隣なんだし。来たければ来ればいいじゃない」
よくわからないけれど理由が居るのだろうか。
「ちょっと、ティセだけじゃなくおばあちゃんにもちゃんと話しておきたいんだ。この手伝い終わったら行くからよろしくね」
「・・・わかった。準備しとく」
俯きながらそう言って走って去って行った。何だったんだろう。
「お~い、アデル。そっちを持ってくれ」
「はい、わかりました」
とりあえず、今は収穫祭の準備だ。結局誘ったティセはいなくなったが二人分頑張った。まぁ、基礎体力もスピードも上がっているから問題はない。こういう数値は上がらないと今まで思っていたのだ。気が付いたら少し早く終わったくらいだ。
「アデル、なんか今日気合い入ってんな。これからどっか行くのか?」
村の若い男性に声をかけられた。この人の名前何だったかな?思い出せないや。
「いや、この後ティセのところに行くくらいですよ」
「そっか、頑張んな。後は問題ないからな。へへへ」
なんかにやにやと笑われた。何だろう。とりあえず、父親にこれからティセの家に行くことを話した。
今日はこの後イーフリートを倒しに行く。一旦倉庫に戻って準備をする。
首に火のクリスタルをかけ、白いマントを羽織る。そして、額にサークレットをつける。マントは魔法防御特化。それに普通に防水、防塵タイプなので出かける時に最適だ。そして、このサークレットはHPをゆっくりだが回復してくれる。腕にはブレスレット。これは前の時につけていたヤツだ。アクセサリーである剣もつけている。
装備は整った。鎧は重くなるから苦手だ。魔素で編み込まれた服がある。白を基調として赤のラインが入っている。結構かっこいいから気に入っているのだ。
白だから汚れやすいから選ばなかったのだけれど、色んな物をはじくので泥の中に入ったとしても汚れないのだ。
しかも、そこらの鎧より防御力が高い。今まで気にしていなかった装備品だ。見た目もかっこいいので戦うのならこの装備が良いと思った。
そして、リチャードのスキルがあるから盾も考えたが、俺は二刀流を選んだ。やっぱりずっと愛用していた剣を使いたい。その思いで左手に持つようにしたのだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ」
ようやく勝てるようになったペリドットさんに挨拶をする。その横には紫の装いのアメジストさんがいる。
はじめはペリドットさんの色違いかと思ったがむちゃくちゃこの人も強い。未だに勝てないのだ。じいちゃんの周りには不思議なことが多い。そしてじいちゃんは魔王を一度倒したからこそ言うのだ。
「魔王を無理に倒す必要はない。それよりこの世界を救うことのほうが大切じゃ」
魔族やモンスターに苦しめられている世界をどうにかしたい。俺はそう思って勇者になったんだ。ようやく初陣。俺の名前を轟かせる始まりの日だ。
勢いよく家を出たがティセに今怒られている。しかも鬼のような形相でだ。
俺の悪い癖だ。とりあえず体当たり、出たとこ勝負。よくじいちゃんにも怒られる。昨日アメジストさんにも怒られたばかりだ。
「ちょっと、アデルそこに座って」
「もう、座ってます。小さくまとまってます」
なんだか怒られている。ティセの家に行ったらいつも着ない服を来て、緋色の髪飾りなんかもつけていた。「似合っているね」と言ったら喜んでくれていたのだ。
そこまではよかったんだ。
んで、アイスロッドについてばあちゃんに聞いたあたりから雲行きがおかしかったんだ。
ほら、今日って普通に天気が怪しいし、魔素の乱れが半端ないからイーフリートがそろそろ動く気配があったから、ティセもそれに気が付いていると思っていたんだよね。
そうしたらティセが「イーフリートがどうしたんですって?」と怒り出して、そこから何を言っても怒っていて今に至る。
「ちょっと、今日のアデルはおかしかったじゃない」
「はい」
魔素が高いし、気分が昂っていました。反省しています。
「まあ、私もちょっとは勘違いしたのはわるいけれど、だけれど、まさか初デートがイーフリートの退治なんて思わないじゃない。そんな普段着ないかっこしてきてさ」
「いえ、ティセさんのかっこも普段と違って、その似合っています」
言葉を間違えたら殺される。アメジストさんより今のティセは怖い。おばあちゃんがそっと手に渡したのがアイスロッドだから本当に洒落にならない。
あれでダイアモンドダストとか唱えられたら凍ってしまう。いや、このマントがあるから大丈夫か。
「だからさ、アデルは何をしたいの?」
アイスロッドでほっぺたをぺチペチ叩かれる。怖い。
「いや、今日イーフリートと倒さないと危ないんです。で、ティセと一緒に倒しに行けたらいいなって」
「はい?」
「いえ、ティセと一緒に居たいから付いてきてほしいんです!ティセが必要なんです」
大きな声を出してしまった。殴られる。そう思った。闘気を纏えば痛くない。
当たる瞬間にピンポイントでやればばれないはず。怖がらずに目を見る。その目で判断するんだ。ペリドットさんも言っていた。
目で攻撃箇所を見ないこと、筋肉の動きで読まれないこと。
集中するんだ。
できるはずだ。
自分にいいきかせる。
だが、ティセの怒りが収まっていく。何が決め手だったのかわからない。ほっとした。ティセが目線を外してこう言ってきた。
「まあ、そこまで言われたら行ってあげなくもないわよ。この天才氷魔法使いのティセがね」
そう、ティセのレベルが今7だ。前より4つも高い。
そして、多分今日イーフリートを倒して更に上がるはずだ。ティセは氷と水魔法に特化すればかなりいい感じになるはずだ。
だが、それはこれから先イリーナが魔法を開発して、魔法局に提出をしてからになる。新魔法の提出は正直お金になるのだ。
勇者の旅といってもお金はかかる。しかも国が変われば通貨価値も変わる。だから色々なものを手に入れは売りさばいてきた。価値のあるものはお金にする。旅をする上で必要なことだ。
1回目の冒険で最初に出会ったのはマリーだ。
だが、今1回目の動きはトレースしていない。各々出身はわかっている。行けば出会えるはずだ。そう信じていた。考えていたら頭をアイスロッドで叩かれた。
「何呆けているの。んで、いつ行くの?どうやって行くの?」
失敗した。今のはかなり痛かった。
相手の目を見てなかった。筋肉の動きもだ。
終わったと思ったその時が、勝利したと思った時が一番気が抜けるんだ。気をつけなきゃ。
「今からでかけてもいいんだけれど、もうちょっと遅くなってからがいいかな。フライで飛んで行くから。落ちないようにしっかり支えるから」
そう言いながら目を見る。殴りに来るか。そう思っていたら「わかった」とだけ言われた。
「じゃあ、このまま今日は晩御飯こっちで食べて行きなさいよ」
「良いわよ。こんなこともあろうかと今日の晩御飯は私が作ったんだからね」
そう言われて思い出した。ティセの料理の腕前を。なんというか独創的なんだ。食べたことがない味がある。横でおばあちゃんが笑っている。
「私が作ったものもあるからいっぱい食べるといいよ」
「はい」
だが、それはかなわぬ願いだった。ティセの家族から一心に期待を背負ってしまったからだ。見たことがない青紫色したシチューを食べた。
「それは薬草を煮立てたスープよ。ちょっと色はあれだけれど、栄養いっぱいだからね」
何を煮立てたのか怖くて聞けない。
「そこに入っているのは高麗人参、ヒキガエル、トウガラシ、ヒノキダケがスープの素になってるよ」
解答はもとめてないからね。それに具材なんてなんだかもっと怖い。何の肉なのか食べてもわからないくらいだ。
ちなみに、食べ物にそこまで執着はない。味はおいしいとかを別にしたら食べられる味だ。魔界で魔族を食べていた時に比べればおいしいものだ。
「おいしいでしょう」
「うん、気持ちが伝わってくる。料理ってやっぱり一番は気持ちだと思うんだ」
魔界での出来事を思い出していた。料理はイリーナとマリーが作っていた。お互い好きな相手に少しでもおいしく食べて欲しいと言う思いで頑張っていたのだ。
転生して、スキルだけでなく記憶も一部受け取れている。その思いにこたえないといけない。絶対にもう一度パーティーを組もう。俺はそう信じている。
「じゃあ、この後行くんだよね。パーティー登録しようよ」
ティセにそう言われて思った。呪いの指輪はパーティー登録の解除ができない。俺はティセに向き合ってこう言った。
「ティセ。パーティー登録をするということは俺に全てを預けるということだ。それでもいいか?」
ティセの目をまっすぐ見る。殴られないように。
少しの気配も見落とさない。まっすぐに見つめる。頬が赤くなる。目が泳ぎだした。
「今決めなきゃだめ?」
「ああ、これは単なるおでかけじゃない。これから人生が大きく変わる。本当にいいならこの手を合わせてくれ」
そう言って俺は右手の甲を差し出した。パーティー人数に制限はない。ティセも一緒に連れて行けばいいんだ。目線は外さない。
「わかった」
俯きながらティセは右手の甲を合わせてきた。パーティー登録をする。
「じゃあ、これから行こうか。おじさんたちありがとうございます。ちょっとイーフリートを倒してきます」
そう伝えたら頭をはたかれた。しまった目線を外してしまった。この時を待っていたのか。
「卑怯よ。なんでよ。まあ、いいわ。ちゃんと私をエスコートしなさい。ちゃんとしなかったら覚悟することね」
絶対にティセは死なせない。いや、誰も死なせたくないんだ。
「もちろんだよ。安心して」
まっすぐ目を見て言った。次は殴られることはなかった。
「じゃあ、行ってきます」
家の外に出て、ティセの腰に手を回す。「きゃっ」と言われたかれど、気にせず「フライ」を唱える。二人して空を飛ぶ。
今日は星がきれいだ。しばらく進むと眼下にイーフリートの居城が見えてくる。
城の四隅には煙突があり火が燃え上がっている。本来ならば近づくだけで暑くて汗が流れるが、すでに風の精霊の加護を身にまとっている。
「思ったより暑くないね」
ティセが不思議そうにそう言ってきた。
「ああ、風の精霊の加護を今受けているから。身の回りに風が吹いているから暑さだけじゃなく、弓矢などの簡単な遠距離攻撃は防げるよ。大がかりなのは無理だけどね」
そう言いながらイーフリート城の上空で静止する。
「それで、どうするの?」
ティセが言う。前はメテオで攻撃をしたのだ。だが、今回は倒すだけで終わらせない。
ちゃんとここに有る魔界とつながる道をふさぐのだ。だが、完璧にふさいでしまうと火の加護が得られなくなってしまう。
違う。暴発してしまうのだ。だから、ちゃんと魔力が流れるけれど、魔族がやってこないようにしないといけない。
その準備はもう済んでいる。ティセを見る。腰を抱いているから顔がすごく近い。猫のようにくるんとした瞳をしている。
「何よ」
そう言ってティセがお腹あたりをつねってきた。地味に痛い。でも、ティセは生きている。絶対に守りきるから。
「そうだね。アイスロッドを取り出して構えてくれないかな?」
そう言って抱きしめていたティセの腰からゆっくり手を放す。変わりに右手でティセを左手をつなぎ、ティセに「フライ」をかける。
移動はこつがいるけれど上空で静止することなら問題はない。
「びっくりした。落とされるのかと思った」
上空に留まっていることにティセはびっくりしている。
「いいでしょ。空を飛ぶというのも。慣れたら上空を飛べるようになるけれど、今はこの場所にいるだけだから」
そう言いながらティセがアイスロッドを右手に取った。その手に左手を合わせる。
「何?何?何?」
ティセがあわてている。アイスロッドをイーフリート城に向け手を伸ばす。反対の手はティセと体を近づけるため、腰を抱きしめるような形となった。
「今からティセに魔力を流す。一緒に魔法を発動させるから。魔力を受け入れて」
そう、ティセだけではこの魔法は発動させることはできない。けれど、俺の力を使えば発動できる。俺一人でもこの魔法は発動させることはできるけれど、ティセに経験を積ませるためだ。
「何よ、このアイスロッドの固有技であるダイアモンドダストなら使えるわよ」
ティセは顔を赤らめながら、でも離れようとはせずにそう言う。ほっぺたが少し膨らんでいる。
「ダイアモンドダストじゃないよ。もうちょっとレベルの高い技さ。というか、相手を閉じ込めるような魔法だからね。ほら、もう少ししたら魔法のイメージが伝わるはず」
そう、魔力とともにイメージを伝える。魔素をどう使うのか、どうやって自然にある力をうまく使うのか、そのイメージとともに魔法をイメージさせる。
イリーナがよく教えてくれたのだ。この魔法はイリーナが使ったことがあったから知っていた。
「じゃあ、いくよ」
「うん、わかった」
俺らは息を吸い込み魔法を発動させた。
「氷結牢獄」
イーフリート城を囲むように立方体の氷が出現する。そして、その立方体は徐々に小さくなっていく。
氷結牢獄の中に閉じ込められたものはすべて、強烈な冷気に分子活動を停止させられ、迫りくる氷の壁にすべてが押しつぶされるのだ。えげつない魔法である。
「イメージが流れて来たけれど、こんな複雑な演算を早くできたの?私には無理だわ」
それがレベルの差とスキルの差だ。特に俺はスキルについて今まで気にしていなかった。氷結牢獄がゆっくり狭まっていく。それに合わせて地面に近づいていく。
「やったね」
ティセが喜んでいるが、手に力を入れる。
「違うんだ。これからが本当の戦いだから」
そう、イーフリート城をきれいに破壊したのはこの地下に行く用事があるからだ。氷結牢獄が無くなると地面には大きな穴が開いていた。
「降りるよ。ここからは戦いだから。気を付けて」
この下にいるのはイーフリートの本体の一部だ。前の世界で倒したイーフリートなんか比較にならない強さをしている。
すでにティセのレベルが上がっている。イーフリート城にいた雑魚を一掃したからだ。おかげで俺の基本ステータスも少しだけだがあがった。
これで届くだろうか。穴の奥は炎ですでに明るくなっていた。大きな広場に降り立つ。目の前にさっきの城くらい大きな扉がある。この奥にイーフリートがいる。
「行くよ」
俺は扉に向かって魔力をぶつけた。ゆっくりと扉は奥に向かって開いて行った。