プロローグ
暗い。暗い。暗い。
ふわふわと浮かんでいた。だが、猛烈な勢いでひっぱられる。
痛い、痛い、痛い。
光が見えた。その瞬間に引っ張られた。
光に慣れないせいか視界が定まらない。音が聞こえる。だが、うまく聞き取れない。
まるで水の中にて、音がこだまして聞こえないみたいだ。手を伸ばす。
なんだ、この手。小さくてまるまるしている。まるで赤ん坊のようだ。
声を出せたと思ったら「おぎゃー」としか言えなかった。
「元気な男の子ですね」
そう言った人の顔を見てびっくりした。
生まれ育った町にいた産婆。ラウ婆だ。だが、少し若い。そして目の前にまだ生きている父親がいた。そして俺の下には母親が。
二人とも若い。そして、生きているのだ。
思い出せ。何があったのか。
俺は魔王を倒すために魔王がいる魔界に向かったはずだ。仲間もいた、はずだ。
3人いた。だが、顔が、名前が思い出せない。
白いローブに金色の髪の女性だ。これが最後の記憶。口が動いている。音は聞こえない。だが、何を言っているのかはわかった。
「生きて、あなたを愛している」
名前も思い出せない。顔も靄がかかっていてうまく見えない。
だが、これだけは思い出せた。
俺は魔王に負けたのだ。仲間を目の前で倒され、唯一残った、あの女性と二人になって、俺が逃げようとしたが、魔王から逃げられず、そして、少しだけ時間を稼いでもらったのだ。
転生の魔法を使うため、だった記憶がある。
「きゃー」
声が聞こえた。
「指輪をしている。呪われた指輪を」
そう言って自分の手を見た。産まれたばかりなのに、左の薬指に指輪がはまっている。それも黒と紫に光る指輪だ。呪いの指輪。
記憶にある。だが、この呪いの中身が思い出せない。ただ、その呪いを知った上で身に着けたのだけは覚えている。
「迷惑かけるな」
「いいよ、俺らのリーダーだろう。それに、その呪いが発動するときってないんじゃないのか?」
「だよな」
ふいに記憶が戻る。
黒い髪を短くかりあげている男性。銀色のフルプレートアーマーをきていた。だが、こいつも思い出せない。
そのまま、街の中央にある教会で祈りを捧げても指輪は取れなかった。そりゃそうだ。
世界最高峰だった勇者パーティーですら解除できない呪いのアイテムだ。街の神父で解除できるわけがない。
そう思っていたがうまく言葉を話すことができないのだ。
「おぎゃー」
としかいいようがない。仕方がないので最低限の時以外声を出さないようにしていた。
「この子は強い子だ。いずれ町一番の力持ちになるかもしれないな」
父親がそう言ってきた。
いや、町一番どころか世界で一番の勇者になるんですよ。でも、その姿を二人には見せることができなかったんだ。
いや、今回は見せることができるかも。あの魔族の襲撃はわかっている。回避すればいいんだ。
それに、もう一つ。
もう一度あのメンバーでパーティーを組みたい。次は魔王に負けないくらい強くなればいいのだ。
俺はまだこの時楽観していた。自らの境遇に。そして、この世界の境遇と、前回が幸運に包まれた人生だったということを。