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八話

「何を言っているんだ?あんたは…」


刀也は半ば理解出来ないといった風に女性に反論した


言っている事があまりにも現実離れしている。まるで漫画の世界だ


いくら美人だとは言え、常識を著しく欠いているであろう頭の可笑しい女の話について行けない


暗殺者?戦え?どういう意味だ?


全く訳がわからない


「まだ実感が湧いてこないようだけど。君、大丈夫?

そんなに呆けてるとすぐに死ぬわよ。『機関』の連中にバラバラにされてね」


大丈夫なのかと問いたいのはこちらの方だ


そして、いきなりの事だった。女性は言葉の後に、何かに向かい合図を送るかの如く白くて細い繊手を掲げた時


彼は背後から殺気が自分に向けられていることを動物的勘から一瞬の内に察した


その鋭すぎる気配はまさに何者かのモノ、それは視線にあらず人を殺すための線―――――殺気


殺気を感じたのと同時に刹那の思考すらせず反射的に殺気の発信源と自分の頭部を繋ぐ空間上の線を手に持ったビニール袋で遮断する。

それと同時に袋が微かにささくれるような乾いた音と共に銀色に光る何かがアスファルト上に落ちて澄んだ音を立てた


「針?」


刀也がレジ袋で弾き飛ばした物は殺気の方から彼に向かって投げつけられた針らしい


幸いにして投げつけられた針の速度はそれほど無かったらしく石油製の脆いポリ袋で防げるほどのものだったが


しかしこれを一体誰が投げたのか?


目の前の女性は針が飛来してきた方向とは全く正反対の位置に居る


ならば女性の協力者であろう第三者が彼女の言葉が脅しでないことを示す証明なのかもしれない


とどのところ、ただの威嚇。つまりこの結界の中にはもう一人居るのだ


(こいつ以外にも近くで妙な事をやってる連中が居るらしい)


情報が少なく女性の話の裏を取る手段も無いので、多分の確率でこいつの協力者なのだろうか


気配を探ってみてもさっきのような鋭さを持つ気配はすでに近くに存在しない


恐らく針を投げた直後に現場を離れたのだろう


笑わせる、何が脅しになっているのだろうか?


「・・・・・・」


女性は刀也を値踏みするかのように無言で微笑んでいた


刀也に対する謝罪どころか一辺の邪気も見えない顔で


常人には真意を全く計りえない仮面じみた笑顔を刀也に向けながら


それは誰の目から見ても決して不快になるような物では無かった


事情を全く知らない一般人がみたら一瞬で骨抜きにされてしまいそうな女性らしい柔らかな笑顔だ


しかし先刻の出来事がこの女の指図で行われた事を考えると、それは甘い香りで虫を誘い込む食虫植物を髣髴させる人を油断させるための笑みに他ならないだろうが


「何が目的なんだ?」


彼は問うた。相手が自分に危害を加える為に目の前に居る存在だという事は先の一件で証明されている


しかしそれが相手に何の利をもたらすのか?また、何を目的として行っている事なのかは解らないままでいた


突然の出来事――――あまりの非日常な状況に対し思考が追い付かず理解が出来ない


だから多少攻撃的ながらも、状況の説明を得体の知れない存在である彼女に求めたのかもしれなかった


そして、無言なれどもこの場の雰囲気を仕切っていたのは完全に目の前の女性だった


自分は最早、あらゆる異常に対し後手に回るしかないという現実を刀也は見失っているのかもしれない


やっかい事、それも命を狙われる位に


しかし、自分は命を奪われるような恨みを買った覚えがあるのは五年前のあの事件意外位しか心当たりがない


極力、必要以上に他人と関わることを是としなかった彼はそれと同様、自発的に他人に対し危害を加えようとしたこともほぼ皆無だった


あの事件以外は


(五年前のあの出来事。もしかしたら関係あるのか?)


そこまで思考が至ると共に待っていたかのように女性が口を開いた


まるで台本通りに演技をこなす女優のように


「そうね。自分のしたことに関係がある事実にやっと気づいたようね」


「…」


一体この女はどこまで自分の秘密を知っているのだ?


薄気味悪さと共に形容し難い不快感に襲われた


あの事件は何故か警察沙汰にはなっていない、マスコミですら取り上げて居ない


どんな手を使ったのかは図りかねたが世間の目に触れたことはまずなかった筈である



それを、女性は知っていた

だとすると今日初めて会ったばかりのこの得体の知れない人物は、少なくとも自分の過去を五年前の出来事から知り尽くしている羽目になる


正直に言えば不気味以上に不快感があった。自分の経歴が第三者の監視を受け続けていたことは


「こっちは刀也君の事を大抵知っているわ

貴方に、あの事件の真相。そして真実を知る気があるのなら命がけでこの“テスト”に挑みなさい」


言われた直後に彼の中に沸きあがってきた感情は怒り


ふざけるな


どこの馬の骨とも知れない余所者に自分が言いように扱われていると言われただけで吐き気がするし、何よりも気に喰わなかったのが


脅しに失敗したくせに自分より格下の相手にここまで侮辱された。その一点に尽きる


年月を経て、汚泥の底に溜まった空気が水面に浮き出てくるかのように噴出する


自分でも信じられない。ここまで負の感情を特定の他人に向けたのは恐らくこれが初めてなのではないか?


そして。何故、どのような基準で彼女を“格下”と見たのかは刀也にも解らなかった


(殺そう)


失敗したとはいえ、相手が自分の挑発し侮辱された報復にしては物騒にも程が有り過ぎる考えが彼の脳内を埋め尽くす


そう思うことによって、女性が自分の目の前に現れた際の恐怖などは薄れ、両腕に下げた買い物袋を乱暴に地面に投げ捨て、量の拳を前方に突き出すようにして構える


夕飯など知ったことか、今はこいつをぶちのめせればそれでいい


アクションがとれるように体勢を前屈みにし、いつでも前方に飛びかかれるように腰を低く落とす


正面にいる敵を睨みつけ、両の拳に力を込める


指を手の中に硬くねじ込むかのようにして握力を全力で込める


(こいつは恐らく簡単に殺れる)


確証は無かったが、何故かそう感じられた。そのような思考を抱いたことに彼は疑問を抱かなかった


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