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二十八話

少女と別れた後に寄ったゲームセンターでは結局三プレイ、三十分しか時間を潰さないまま帰路に着いた

隆二と遭ったが、昼間の気まずい出来事からか一言も話すことはなかった

その後、彼と同じ場所で単純にやる気が起きなかったというのも有るが、こんな事で暇を潰している事自体が馬鹿らしくなってきたようだ


妙な女に出会ったと思った。あの長い髪の暗い雰囲気を宿した少女に何故自分は話しかけたのか

解らなかったがもしかしたら彼女の長く艶やかな黒髪が時雨を連想させたのかもしれない。要するに寂しかったということだろうか?

刀也は自問する。雰囲気は全く似つかなかったが彼女の容姿は時雨に似ていたかもしれない

妙な事だと考えた、自分は知り合い以外の他人の用紙について長い間記憶に留めている事は少ない、要するに自分も不安定だったのだ

篠山の件と言い、食堂といい、あの少女の事といい今日の自分は何処と無く情緒不安定だ、もしかしたら昨日の夢が関係しているらしい


あの『昨日の夜』に見た夢から現実感がだんだんと薄れているような気がする。あれは夢だったのでは?今となってはそういう気持ちが心の中を占めている

何故だか解らないが其処から自分の周りが薄い乳白色の半透明な幕で覆われ現実感をすっぽりと覆い隠しているような気さえしているのだが、現実かも知れないと考える感情もある


まるで、白昼夢の出来事を現実と信じている夢遊病者のようなものだ


疲れているのだろうとは思う。昨日の夢もまさしくその類だろう、そう決め付ける事にした

多分そうストレスが原因なのだ。あの篠山とか言う教師に自分が嫌悪感を抱かれているのは承知していたのだが昨日今日のようにあからさまに嫌悪感を前面に押し出した行動を取られる

事は無かったし、自分があそこまで安易に激昂し感情をあらわにする事も無い事だった

少なくとも住み分けが出来ていたのだ。そう、昨日までは理性と激昂の区別が感情を抑制する術が

自分がもし篠山に怪我を負わせたとしてもそのときは自らも無事で住む保証は無い何らかの刑罰は与えられるだろう


感情の整理が付かなくなっている、動揺しやすくなっているのかもしれない

では、何時からか?そう問われたとしても今の刀也には説明できない。昔からそうだったのかもしれないし、最近の出来事による混乱か?


『あなたは人を恨んではいけない、恨めば誰かが悲しむから』


それはもう居なくなった時雨の言葉だ。しかし今となってはその言葉を何時言われたのか解らない

昔から時雨は自分に言い聞かせてきたような気がするし彼女が失踪する直前に言われたのかもしれない

そもそも昔の記憶が曖昧だ、時雨によれば自分は交通事故の後遺症で記憶に欠落したのだと言い聞かされてはいた

父のことは顔しか知らない。時雨が教えてくれなかったからだ。

しかしそれも写真で見たというだけ。それも自分とも似つかない顔だった、顔を知ったときは本当に血が繋がっているのかと思ったほどだ

よく考えると時雨と自分もあまり似ていなかったのかもしれない。性格的な所とか、容姿とか


しかし何故?少なくとも今まではそれを完璧とまでは言わないまでも制御する術を心得ていたはずだ、それに何故に今更あたりまえの事に疑問を持つのか?

時雨が居なくなって隠しきれない不安を誤魔化すのに一月の時間を費やしたのは覚えている。元々陽気な性格ではなかった自分だが周囲に不調を悟られない為に努力してきたのは労した

人と関わるのは苦痛だったが無理やり友人を作った。孤立を悟られない為に

自分の感情を押さえ込み周りの人間と合わせる努力をした。集団の中の排斥を免れる為に、なるべく高い成績を取るように努力したのも多少目立っても

教師達に疎まれないようにする為だった


しかし、今のこの自分の不安定さは何だ?


しかし昨日のあの夢見たいな出来事から確実に何かが変わってきている

自分の中の何かが、こうして部屋に蹲っていてもその原因が何なのか全くわからない


(支度をしないと・・・)


夕食の準備をしないと明日は午後まで空腹で過ごす事になる。食材で目ぼしい物は昨日の内に購入していたのが幸いか

少女との遭遇ですっかりそのことを忘れていた。そういえばあの人はどこかで目にした事が無かっただろうか?それもごく最近の内にトイレの入り口だったような気もするが・・・

あの少女は明らかに他と違って『浮いて』いた。彼女が美人と呼ばれる顔立ちをしていたのは事実だ、ならもっと堂々とすればいい

自分の容貌に自信を持つクラスメイトは皆そうしている。だが彼女はあまり存在感がないようにも思えたのだ

それに、一瞬だけ漏れ出した『氣』の存在。自分もあれを使って昨日の強盗(?)を追い出したのだが、何故に少女から・・・

考えれば考えるほどに昨日の強盗。そしてあの女性。さらにあの刀のことが現実味を帯びてくる


疲れるだけだ、今はどうでもいい。疲れることを考えるのはよそう


割り切って食事の支度を始める。立ち上がると微かに足もとがふらついた

軽い頭痛も覚える今日の不快の原因はこれなのかもしれない事実一日中気付かなかった事に驚く

支度をするにもめんどくささを感じ米を研ぐだけにした。ふとインスタントの味噌汁と納豆を買っていなかった事を思い出す


(最悪、ご飯だけになるが・・・)


それでも構わなかったが一応一人暮らしの男としてのプライドが阻害した、気分が悪いから料理に手を抜くというのは主夫として情け無い

昨日カレーを作るつもりだった食材を簡単なピラフに回す事を決めて米を研ぎ、玉葱、角切りベーコン、ニラを細かく切りボールに入れた


支度が一通り終わり米が水を吸うまでの時間を待つ間の暇潰しを兼ねてテレビを点けた


パチンと画面が音を発しスーツ姿の女性アナウンサーの顔がこちらを向く

学校に出たときからチャンネルは変えていなかった。昔に比べ見る番組が随分減ったと思いながら彼は画面に視線を投げた


『では、六時のニュースをお伝えします』


画面の中のアナウンサーが時刻を伝える、ゲームセンターからはかなり早く引き上げたが随分と時間は経っていたらしい

アナウンサーがニュースを読み上げる。先日から続いている行方不明者に関するものの続報だった

夏ごろなのに時間の経過が早く思える


(・・眠い)


新鮮味の無い出来事に呆れつつも彼は視界がぼやけているのを自覚した。

眠気に意識が翻弄されるのにも拘らず目の前の画面に映る女性は出来事を読み綴っていく、興味の沸かないスポーツニュースが殆どだ

政治のニュースも短い時間に報道されたが与党の議員が不正を追求されても辞任しないなどと言う最近ではありふれたものだった


(・・・・・眠いな)


瞼が少しづつ下がっていく

食事の支度が未だに中途半端に放置されている事は承知している、承知しているのだが・・・


(・・・・・・・・・眠い)


刀也はソファーに寝転がり次第に瞼を閉じていった

閉めるのを忘れたカーテンの向こう側の光景が夕焼けで赤く染まっていくのを眺めながら彼は意識を手放した

夏の日暮れは遅い。うっすらと今日最後の陽光の残滓が、窓越しに刀也の身体を照らしていた











目が覚めた後に時計を眺めると意外なことに針は殆ど動いていなかった

仮眠を取っていたのは、三十分ほど。実際に眠っていたのはたったそれだけの時間帯なのに大分疲れが取れてしまったかのように思える

あたりはすっかり暗くなっておりテレビ映像の光だけが周りを照らしていた

刀也は電灯を点けた


そしてすぐに米を浸し始めてちょうど良い時間に起きたのを思い出し、彼は炊飯器のスイッチを入れる

子気味良い、単純なメロディーが部屋の中で流れ炊飯の予約が終わった事を主人に伝えた

付けっ放しのテレビを見る。速報の時間は過ぎ、なにやらテレビの中ではコメンテーターが現在の政権の方針について議論を始めている場面らしかった

政治には全く関心が無かったのと、カメラが肥太ったコメンテーターの脂ぎった顔を写した為に気分を損ねた彼はテーブルにおいてあったリモコンでいくつかチャンネルを変える


次々に移り変わる数々の番組・・・・・

有名時代劇の再放送、複数の美少女が悪人を倒す幼児向けの単純なストーリーでの今ネットで流行っているらしいアニメ、更に老人向け英会話教室といった番組に切り替えていく。

が次々と画面の中で切り替わった。しかし、そのどれにも刀也のの関心を誘うようなものは無かった

惰性のままにテレビを点けていた刀也は電源を切った。

やることも無くなったので、また横になり目を閉じるが、一度仮眠を取ったせいかなかなか寝付ける事が出来ない


米が炊けるまでおおよそ一時間勉強しようにも授業の内容はテストに問題ない範囲で覚えてしまっている

成績は所詮、教師に対するステータスとその後の進路におけるアドバンテージでしかないと彼は考えていた。学校の授業にも特に興味をそそるものや自分の生き方を決定付けるもの

ではなく、只社会的に順応していくだけのシステムであるという認識は随分と前から変わっていない

自分は普通に生きて、普通の生活をして、生きて行ければそれで良かった

最大公約数の幸福さえ認められていればそれ以上は望むまい、高校二年生にしては老成しすぎだとも自負してはいるが特に問題に感じた事も無いのだ

自分が周囲から浮いている事も、感性すらも異なるのは理解している

だからこそ刀也は静かに生きて居たかった


何も映し出されていないブラウン管を眺める。空虚な画面はまるで今の自分のようだ

テレビの喧しい音声が消えた空間の中でただただ炊飯器のタイマー音だけが鳴っている

狭い空間のはずなのに今はここの居間がだだっ広い空間に感じられた


床の上にうっすらと埃が募っているのが見えた。部屋は少し散らかっているらしい


掃除しよう、と思った


そのときだ。視界に『あれ』が目に入ったのは

それは直視するまでは長い棒のような形をしているようにも見えた。だが、それは手にとって見ると棒というにはいささか装飾が過ぎるだろうモノだった


それは、黒い刀だった


「・・・あ」


刀也はそれを刀だと思い出した瞬間にそれを取り落とした

あれを、、、黒い刀を手に取った瞬間に肌が粟立ち氷に触れたときのような寒気と途轍もない不快感を彼に齎したからだ

体が脱力していく、そういえば昨日にも似たようなことがあった

彼は眼前の窓を見上げた、それは昨日の悪夢が夢ではなかったとしたら割れているはずだった

自分が人間のような何かからあれを奪い取り使い方もろくに知らない武器を用いて何かを窓から叩き出したのだから


黒い刃を持つ刀は実際に現実に存在する事を示すように電灯の光を鈍く反射しつつ、その場に自らの存在感を持っていた


(夢じゃなかったのか・・・?)


刀也は黒い刀の柄を手に持つ、柄の感触はまるで使い慣れた調理器具のように彼の手に収まる、それと同時に先程まで感じていた刀の重量が消失し

まるでこの刀自体が軽くなったかのような錯覚を彼に覚えさせた。刀は重いと聞いていたがこうも軽いものなのか?


試しに一度振ってみようかとも思ったが、粉々に割れた筈の戸のガラスを見て諦める

昨日、このガラスが割れた音で付近の住民が苦情を出さなかったか少し心配になったが、ガラスは割れてなど居なかった


(窓が直っている・・・?)


昨日から色々記憶が抜け落ちている。どうしてこんなことに今まで気付かなかったのだろうとも思う

夢の中の自分が覚えているのは何かの力に引き摺られるように刀を振るっていたと言うことだけ

ならば何故、夢の中の刀が今ここに存在しえるのか?


刀身を見つめる。夢のような脈動は感じられない、どういう訳か只の骨董品に成り下がったらしい。元からそうかもしれないが

そもそも物好きの時雨が勝手に何処と無く持ち込んだものかもしれない

黒い刃の表面には日本刀に見られる波紋は存在せず、複数の石英の結晶がキラキラと光るように電灯の明かりを刀身に反射させて様々な淡い色味を放っている

この時彼は、箪笥の中にほうり出しているであろう、使われていない白い雑巾を取り出す事などすっかり忘れてしまった


よくよく見ると刀身はただ単に黒いのではない、複数の深紫、濃紺、濃緑の不規則な形で収められた鉱物が、まるで宝石のように深く、淡く、虹の様に光の加減、見る角度によって輝き

様々な表情を彼に見せている。まるで縮小された宇宙を垣間見ているような感覚だと思った。金属の代わりに鉱物で製作したのだろうか?謎は尽きない

綺麗だった。宝石でもここまで深みを湛えた輝きは再現できないのだろうとも考えてしまう。この刀は人を斬る為に鍛えられたというよりも、

美術品として製作されたのではとの錯覚に陥ってしまう。普通に金属を鍛えて刀を打つのならこの刀の様にはならない筈だ、黒みがかった深紫色の結晶の輝きは金属を鍛えても

刀也の知る範囲内では獲得は出来ない


この刀は純粋に鉄を高温で鍛えて造られたものではない事ははっきりしたが、金持ちの道楽で作られた美術品と言う訳でもないらしい

それに、昨日の出来事が夢でないのならこの刀はれっきとした武器の役割をも兼ね揃えているのだ


(これは・・・何なんだろう?)


そして昨日の強盗を撃退したもの、黒い刀身を持つ異様の刀。強盗が盗もうとしていた時雨の私物を盗み出そうとしていたときに無我夢中で奪い返したものなのか

それとも強盗が盗むために宿主を脅す名目で使っていたのかは解らない


蘇るのはこの黒い刀で男の脇腹を抉った感触


「半鬼・・・氣・・・・。まったく解らない」


疑問を口に出してみても思い当たることなんて一つも無い

あの強盗の言っていた言葉が頭の中で再生される。この刀と関係が有るのかどうかは解らない、昼間あったあの女が言っていた暗殺者なのだろうか?

なら何故自分を狙う?あの女が言っていた『機関』とはなんだ?

今まで聴いたことの無いような謎のキーワードが彼の頭の中をぐるぐると回るだが『氣』

疑問が口をついて漏れるが彼自身にもそれは良くわからなかった。昨日の出来事はまるで白昼夢のようによく思い出せない。証拠らしきものと言えばこの刀と割れたガラスだけなのだ


もしかしたらあれは全て夢だったのでは?そう思えてしまうときも有る。今となってはそれを示すものはこの刀しかない

刀也はこの件に関して考えるのをやめた。夕食の準備もある。時間を無駄には出来なかった


ふと、再び柄を握ってみようとも考えたがそうする意味が解らないので止める。重みそこそこはある、素人目にも本物の刀なのかもしれない

刀身を鞘に収め、取りあえずソファの上にそれを投げ出す


カラン、と刀身と鞘が内部で触れ合う澄んだ音が聞こえたが

その後の彼の頭の中には刀など見ていなかったかのように、しばらく掃除していなかった自室と居間をどのように片付けるかで頭が一杯だった

二時間かけて部屋の固唾家がある程度済み、炊飯器の中に張った米がふやけてしまっていた事に彼が後悔するのは外がすっかり暗くなった頃に刀也はピラフのみを自炊する

おかずはインスタントのコーンポタージュだ。本来ならば、これも自炊したかったのだが時間が遅くなったために自重した

調理の時間は炊飯を除くと一時間と必要はなかった


「・・・いただきます」


広いテーブルにぽつんと一人。料理を並べる刀也

かつてはこの場所に母が居たのだ。高校生の息子が居る割りに若すぎる容姿を持ったあの母が


「そういえば、母さんが居なくなる前に色々調理のことを教えてくれたんだっけ」


二年前、時雨が失踪する前になぜか彼女はいきなり刀也に調理の方法を伝授し始めたのだ

もしかしたら母は何か感じていたのかもしれない、自分に何か起きるのを、刀也の知らない所でトラブルに巻き込まれるのを

しかし、その可能性を彼は考えたくも無かった。もし、それを信じてしまったら時雨が戻ってこないような気がしたからだ


あの時もそうだった、自分は高校入学祝のときに母が帰ってこないのに不安を覚えて、調理して料理を用意して彼女を待っていたのだ

しかし、母は帰らなかった。刀也は次の日も食事を二人分用意した、もちろん帰ってこない。次の日も食事の用意をした

それから、しばらくの間調理は控えた、コンビニやスーパーの惣菜で済ませたことも数え切れない

なら、何故今日に限って自分は調理したのだろう。寂しかったからだろう、と、刀也は認めたくなかった結論を下した


刀也が彼女の分の食事を作らなくなってもう幾日経つ

この空虚な日々に慣れてしまった自分を刀也は卑怯者だと感じた。自分は時雨から色々教えてもらった、なのに彼女には何も返してあげることが出来なかった


(もう帰ってこないなんて事・・・無いよな)


夜十時を回った遅い夕食を終え、再び眠りに着いた、一抹の不安を胸に掲げながら

悪夢より、非現実的な出来事なんかよりも母が帰ってこないのは何よりも辛かった、今日の少女に声をかけたのも寂しかったからに違いないのだろう

刀也は時雨が帰ってこないことに慣れた自分を嫌悪した。心身共に疲労しきった彼はすぐに眠りの世界に落ちていく


「・・・・お休みなさい、母さん」


明日こそ時雨が帰ってくるようにと、ささやかな願いを胸に秘めながら刀也は眼を閉じた

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