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二十七話

差し伸べてきた手を見ると其処には隣のクラスの男子が自分に手を差し伸べていた

見覚えのある光景。まだ幸せをかみ締めていた無知な幼子の時代にも似たような出来事が起きていたのを彼女は思い出す

何故、今更そのような事を思い出したのかは全く解らない。只、自分の手を引いた感触、そして暖かさが『彼』にそっくりだったから


(なんで・・・)


疑問符が胸の中で形になりかけようとしたところにおいて、ようやく彼女は自分の置かれていた状況を察する


自分は間抜けな事に落ち葉の中に紛れていた小石に躓いて転んだのだ

少年が手を取らなければ足を擦っていたかもしれない


「大丈夫か?」


気だるそうな、生気に欠けた少年の声が彼女に安否を気遣っているものの少女は直ぐに顔を上げる気にはならなかった

確かに顔は似ていた。が、影を帯びた少年の表情は少しも『彼』とは似ても似つかないが声には微かに面影が存在するような気がする


数年前から自分の『家族』とクラスメイト、そのほかの人間のお陰で他人への不信感が根付いている

真那が心を開くことが出来るのは死んだ母と、その少年だけだった。二人とも、もう自分の知るところには居ない

その事実が彼女自身の人見知りな性格も災いして真那は少年とコミュニケーションをとる事を拒否していた。只の顔が似ただけの同一人物だということも有り得るのだ

彼女は真奈美達の虐めもあってあまり校内を歩き回らない、同じ制服を目の前の少年は着ていた。もしかしたら有ったことも有るのかも知れない

しかし、何故『彼』が此処に居るのか、そしてなんで今まで同じ学校に住んでいると気付きもしなかったのか?

だが、そんな些細な疑問を打ち消すほど彼は彼に似ていて――――――


「黙っていたら分からないだろう?どうした、具合でも悪いのか?」


「そうじゃない・・んですけど・・・」


しどろもどろに少女が答えるその声は必要以上に小さく、聞く者によっては苛立ちを催させるような卑屈さにも見えるかもしれない

動揺しているのは誰の目にも明らかだった。人にはそういう態度を嫌うものも居ることを彼女は知っていた

しかし、言葉が全く出てこない何故今頃になって彼の存在に気付くのか

目の前の彼は別段態度も変えずに真那を立ち上がらせ埃を払ってやる、その際に彼の襟に挟んである腕章が目に入る

色は黄色。一つ下の学年だった。三年生で友人の居ない真那二年の校舎に寄る事は殆ど無かった


「お前、とにかく大丈夫か?ふらついてて危なっかしかったが・・・」


すこし口調を強くして助け起こした少年が尋ねると少女は脅えたように身を竦ませる

一つ下、三年生の彼女に対してまるで同級生のように話しかけてくる。普通なら憤慨しても良い筈だ。しかし、気弱な気質の真那は些細な事を気にしていなかった


「ごめんなさい!あれは私が勝手に転んだんです。私がドンくさいから、みんなに鈍いって言われるから・・・・」


少年は明らかに怪訝な顔をした、彼女が自分に向かっていきなり謝罪などしたからだ。状況によっては当然なのかもしれない自分は転倒しそうになった彼女を助け起こしたのだから

少女の反応があまりにも脅えすげている。恐らく人とあまり話したことが無いか、極度に他人を恐れているか、そのどちらともが少女のこの態度の原因か

あまり関わらないほうがいいかもしれないとの思いが脳内を掠める中で放ってはては置けないとの思いも湧き上がる


さて、どうしたものだろうか。と彼は悩んだ


「すみません。つい、あんなところで転んでしまって・・・」


先の少女が再び謝った

少しの煩わしさと関わりたくないとの想いがない交ぜになりつつも少女が脅えたような表情をなかなか崩さないので彼は彼女を安心させる為にも声をかけるのは当然といえた


「別に・・・お前が俺に危害を加えたわけでも無いのに、どうしてそんなに卑屈なんだ?」


敬語を使わずに素の言葉遣いで話しかける。慣れない敬語を使うと必要以上に言葉が硬くなってしまい少女を脅えさせてしまうかもしれない

周囲の人間の視線など気にせず、刀也が彼女に尋ねた。元より面倒事は好かないたちの彼であった

彼の中でも物前の面倒臭い女なんか捨て置いて、憂さ晴らしにゲームセンターに赴こうとの思いもある

尤も本日はバイトが休みなのと月末の給料日が近いので多少なりとの贅沢は許されるのであろうが

どうしても用事を済ませたいのであれば面倒ごとに首を突っ込まなくてもいい筈なのだ、しかし今日の昼休みの事が頭によぎる


(そういえば、あいつも女だったんだっけ?)


今日は彼女に辛く当たりすぎたのを反省すべきかもしれない

いくら昨日の事でからかわれていたとはいえ、それに困っている人に優しくしろというのは母の言だ

男は如何なる時でも苦労している他人を見かけたら助けなければいけないらしい。もっともそれを実行していたのはあまり覚えが無いのだが


「・・・・おい」


黙りこくってしまった少女に対して彼は告げた


「なんかあったのかもしれないがあまり卑屈になるな。他人に付け込まれるからな」


「・・・そう見えますか?」


「そうだな」


彼は頷いた


「あまり暗いと他の連中に言いように扱われる。注意しとけ」


図星だ。事実彼女は家庭でも学校でも何処に居ようが立場は悪いままだった


「でも・・私は・・・」


少女は長い髪を微かに震わせながら告げた。まつげにかかる髪の奥の瞳は微かに潤んでいる


「こういうのが普通なんです。惨めでとろくて人にいいように扱われる。そんな人間なんです」


俯き加減に告げた。表情は暗い、もしかするとうつ病なのかもしれない。自分にどうこうできる問題ではないとも

しかし彼は目の前の少女を放って置けなかった。放置しておく事は出来たが何故かそんな選択肢は彼の頭の中には無い

少年はしばらく黙りこくって彼女を見つめていた

少女はなおも言葉を続ける


「なんで・・其処まで卑屈に・・・」


「そういうものなんですそんな風に出来てしまったんですこの世界はみんな別の人間なんです。私とは違うんですこの世界の人たちとは

私は何時も一人。周りの人たちはそれを見て笑っているんです。自分の幸福をかみ締めて決してをそれを、おこぼれに預かる事も出来ない

私はここの人間じゃない。本当の居場所はこの世界なんかじゃない」


刀也は駄々黙って耳を傾けている事しか出来なかった

少女の声は続く


「きっとみんなが穏やかで誰も傷つけあったりしない。そんな居場所が私の本来居るべき場所なんです

でも此処は違います、みんなが幸福で満たされている筈なのに、誰も彼もが強欲で他人の幸福を奪い去ろうとする

私にはそれが理解できない。只私はここに居たいだけなのにみんなが居場所を奪おうとするんです。何故かは解りませんけど・・・」


少女の訴えは理解できない事も無かった。刀也にもある程度想像がつくとはいえ。彼女の受ける痛みは自分には決して分かち合えないものだということも理解していた

彼女の言葉に薄っぺら委前向きの言葉をかけるのはそれこそ逆効果だろう

しかし、自分の中には彼女を元気づけるような言葉は用意できない。無責任な言葉で人を傷つけるのは卑怯者のすることだからだ


あまり関わらないほうが良いと内心彼は感じていた。しかしそれは出来そうにも無かった

しかし、彼女の言葉に共感する心もまた否定できない

『居場所』、それは刀也自身も欲しているものだからだ。自分には幼少期に事故に遭う以前の記憶が無い

だからこそ、母・時雨との思い出を大切にしていた。だが彼女はもう居ない。自分の過去を雄一知っていたであろう母の所在は誰にもわからない


そして、彼女を助け起こす前に嗅ぎ取ったあれは何なのだろうか?

彼女からはあの『氣』が一瞬だが漏れ出ているようにも思えた。何故自分が感知できたのかはわからない。それも、あの男よりも数倍強いその気配


しかし見知らぬ少女にこれ以上声をかける言葉も見つかるわけも無く、また隆二みたいに軟派な気質を持ち合わせていなかった彼は迂闊に声をかけることも出来ない

暫く見ていると、少女の体がふらついたので助け起こした。放っておいても良かったが車もたまに通る場所だ轢かれたら夢見心地も遭ったものではない


だから、もう助けたのだ。この少女の事は放っておいたほうが良いのだ。自分は平穏に生きたいのだ

全て忘れて、帰ればよかったが。彼女の様子が気になった。何かを諦め、それで居ながら内側に有る何かを抑えている用の表情

彼女と少し言葉を交わしたから、情が沸いてしまった事を否定しきれない自分が居る

ましてや、中学からの友人である守子に対して多少の罪悪感が芽生えていた。一日に二度も女子に冷たく当たるのはあまりにも薄情だろう


卑怯だと知りつつ自分の言葉ではなく他人の言葉を借りた


「自分が世界に価値を見出せれば。世界が良く見えるらしい」


「・・・え?」


唐突に刀也が告げる


「済まない。初対面の相手にこう言うのなんだが、俺が人に言われた言葉だ。俺もあまり信じていないけどな」


「誰にですか」


少女が聞き返す。眼は相変わらず潤んではいるが、おびえがかすかに消えたその表情を見て、刀也はある程度安心したのだが


「俺の友人だ。馬鹿で猪突猛進な奴だけど」


彼は続ける


「俺にも嘗て、似たように世界が空虚に見えていた時期があった。色彩を喪ったように全てのものが灰色に見えているような感覚すらあった。こんな下らない世界壊してやりたいとも

いや、もしかしたら今でも下らない事を考えているかもしれない」


そう、彼には元々世界に欠落を感じている

世界という名の箱庭を構成するパズルのピースが一つだけ欠けているかのように

自分は何かを意図的に欠けさせられている。自分を構成する大事な要素が故意的に取り除かれている

今の自分は剥きだしの刃だ、触れるもの全てを傷つける剥きだしの白刃

少女が世界に隔絶を覚えてしまうのならばこの世に対して欠落を抱えるのと同じ。自分もある意味似たもの同士かもしれないがと刀也は思う

自分が詭弁を語っているだけに過ぎないことは彼も自覚していた。初対面の人物に価値がどうのこうの語る資格など無いのだ

それに刀也がこの先少女を助けてやれると言う保証は無いのだ。詐欺師めいたことを欠落を抱えている人間がするべきではない

所詮彼は自分のやっていることが奇麗事を少女に無責任に吹聴していると想っている。茶番に過ぎないのかもしれない


「・・・」


彼女は黙って聞いていた

何故黙ってこの言葉を聞いているのかは分からない。そして誰に何とに言われようと自分の世界観は変わらない

彼女はこの世界に価値など見出しては居なかったのだから、自分を含めて無価値なもので構成されていると信じていたから

そう、全てにおいて大切なものなど無いのだ。世界は無慈悲と理不尽で溢れている。世界に絶望している彼女は価値を見出せるかどうかはわからない

出なければ現在の自分の境遇などあり得る筈も無いのだから。だから彼女は翼が欲しかった。開放の翼が

争わず、妬まず、皆が皆他者の意思を尊重し思い合える世界に飛び立てる翼が、穢れの無い純白の白い翼が欲しかった

それが夢だと知りつつも


では、何故自分は彼の言葉に耳を傾けるのだろうか

それは自分では全く分からなかったが


「そんなときは自分の周りに価値を見つける事から始めるんだ。そうして世界は変わっていく」


(私にそれが見つけられるんだろうか?)


少女は自分の周りに居る人物を思い浮かべて吟味した。彼が言うように彼女が価値を見出せそうな人物の心当たりは無かったが

これからも見つけ出せる事など無いのだろう

世界に不要な存在とされている自分にとっては全く意味の無い単語に聞こえた


自分に価値があるとは思えないが虚飾ばかりの灰色のこの世界に価値が在る物が認められるとは思えなかったが


それでも、彼の言葉は嬉しかった、自分を何とか元気付けようとしている心意気は伝わってくるのだから

他者から向けられる善意程、嬉しいものは無かった。愛情に飢えている自分としては

例え彼がでまかせを言っているとしても今胸の中に生まれたほのかな熱は決して偽者ではない。本当の暖かさだ

本当に目の前の少年は『彼』に似ていた。影を抱えた感じではあるのだが瓜二つだ


彼女は胸を押さえた。温もりを逃がさないように


「どうした?まだ気分が悪いのか」


彼が尋ねる。

彼を心配させないように返事を返す。これ以上迷惑はかけられない

彼には彼の事情が自分の事情がそれぞれ存在するのだ


「いいえ、大丈夫です」


「そうか。それだといいんだが」


自分はもう大丈夫だ。実はそうではないものの真那はこれ以上彼に迷惑をかけたくなかった

この人は『彼』に似すぎていると

これ以上この人から言葉を貰うと今度は自分がこの人に依存してしまうような気がした


自分のせいでまたやさしい人が傷ついてしまう


「もう私は大丈夫です。あなたは他に用事があるのでしょう?早く行って下さい」


彼は少し心配そうな表情になったが直ぐに無愛想な無表情を作る


「ああ、そうだった。済まないなこちらもお節介して」


「いいえ、私は大丈夫です。さっきは有り難うございます」


名前は気になったが聞かずに留めておいた。一抹の期待もあったがこの少年が『彼』であるとは限らないのだ


「そうか、じゃあな」


刀也は一度だけ振り返ると公園を後にした。その背中は微かに寂しそうに見えた


しばらくして真那も公園の門をくぐる。行雄も奈美も帰宅するのは遅いが夕食の準備を済ませ無ければ後々面倒な事になる

食事の支度はなるべく早いほうがいいのは確かだろう

憂鬱な現実が心に影を落とす中でふと湧き上がったものが意識を掠めた

昔にも似たようなことがあったのを自分は覚えている。それは彼女の本当の『母』が生きていたときの事

かすかな、思い出にもならない記憶の残滓。世界に見捨てられた自分にとっては遠い昔に胸の中に抱いていた欠片のような想い


その残光の中に映し出される影は先程の少年の面影を幾分か宿していて・・・・


(あの人、、、似てる、でも・・・・)


微かに漏らした呟きは風に溶け彼女自身の耳にも届かなかった

思えば遠い昔、虐めにあっていたとき自分より小さな男の子に同じように言葉をかけて貰った事を真那は今更ながら思い出す


それは最近おぼろげな夢の中で見る幻に酷似していた

在り得ないのだ、『彼』がこの場所に居る事自体が、なぜなら『彼』はあの後で・・・・


ふと、烏の鳴き声が耳に入り彼女は上を見上げた

夕方近く、微かに蒼い空の秋晴れが朱に染まっている、時刻はもう五時くらいだろうか?

彼女は本来の仕事を思い出し、帰宅の道を急いだ。


『彼』にかけられた言葉が胸の中でほんのりと熱を帯びてるように感じた

真那は心の中に残る熱を包むようにそっと胸に手を当てた

互いに名前も知らないままで終ってしまった。しかし彼は同じ青雲高校の制服を着ていた。遭遇する機会自体はあるのだろう、今日のように話せるかどうかは知らないが

真那は想う。また、彼に遭いたいとほのかに熱が残る胸に願いを秘めながら

お疲れ様です

とりあえずこの話で一部は終了です


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