二十三話
「おい、お前。どういうつもりだよ?」
「・・・・。」
風が吹く屋上
この学校は他の高校とは異なって屋上が開放されていた
二十年前に隣接する県で起きた飛び降り自殺の影響で、親達の間にも生徒達の安全を重視する声が高まり全国的に屋上の開放は禁止されていたが、
事件の風化と生徒会での決議によってこの学校ではいち早く屋上を生徒が、制限付だが自由に使っても良いとの決定がなされた
これは全国的に見ても生徒の自由度にかなり寛容である星雲高校ならでの事だった
この動きには生徒会に所属している菅原雪久に対して友人である隆二やその他多数の生徒による働きかけによるものが大きい
刀也もこの事に関しては承知してはいたが、彼は基本的に最低限の人間関係に関わらず、たまに隆二に誘われて食堂で購入したパンを食べるなどの時以外は
屋上という場所には行った事も、積極的に使おうという気も起きなかった
彼は基本的に最低限自分に関わる事意外は無関心だったからというのもある
そんな彼を、隆二は心配していたのもまた事実である
今日の刀也は何かおかしかった
何時もなら遅刻なんてしないはずの刀也が授業に遅れて、教師に殴りかかろうとする事などありえない話だ
だから彼自身もひどく驚いていた、自分が何故刀也を庇ってしまったのかを
「篠山にあそこまで言われて腹立つのは何でも・・殴ろうとするまではまずいだろ」
「・・・。」
刀也は何も答えを返さない
唇をかみ締めて何かに耐えている様子だった
恐らく昨日に加え陰険な侮辱を受けたのが気に食わなかったのだろう
詳しい事は隆二は解らなかったが、以前の彼ならばこんな暴挙に及ぶ事は無かったのかもしれない
実際、隆二自身も驚いていた刀也は彼の友人の中で一番暴力的な側面とは無関係の様に考えていたからだ
隆二は刀也の事が心配になった
何故、今日に限って篠山を刀也が殴ろうとしたのか?
昨日はそうでもなかったのに
「おい、お前今日はなんか変だぞ。昨日徹夜でもして寝坊してイライラしてんのか?」
「・・・」
刀也は隆二を無視しているかのようにフェンスの向こう側を睨んでいた
「お前の琴線にあの馬鹿が安易に触れてしまったってのは判る
それでお前は怒った訳だよな」
刀也は俯いて何も言わない
しかし、かすかに首を振り隆二の言葉を控えめに肯定する
「あんなに感情的になったお前は始めて見た
でも、今まではそんなに気にしなかったろ。」
「・・・そうらしい。俺でも良くわからないんだ・・何がなんだか
なんであいつの言ったことが解ったんだろうってな」
「・・何の事だ?」
刀也は違和感を覚えた篠山がぼやいた一言は隆二には聞こえないほど小さな声であったのか
確実に彼は刀也の家庭事情に対する侮蔑を口にしていた。しかしそれほど大きな声で篠山が愚痴っているとも思えなかった
確かに自分には聞こえたはずなのに
「いや、気にしないでくれ。遅刻して苛立っていただけだ」
刀也ははぐらかす事にした。他人には聞こえない声が自分だけ聞こえるなんて変な話だし、何よりも自分の内面に安易に他者を踏み込ませたくなかったからだ
「まあ、そのとおりだ。お前こそ気にすんな、あいつは殴られて当然のことしたんだからな」
隆二はまるで気にしていないように屈託の無い笑顔で笑った
誰からも好意を抱かせることの出来る、嫌味もなければ皮肉も無い裏表の無い隆二らしい笑顔だった
刀也は微かに胸が痛んだような錯覚を覚えた
「まあ、コレで暫くあの篠山も大人しくなるだろ
アイツにはみんな苛ついていたからな。授業が進まないって
それに、あいつがこのことを問題にしたとしてもだ、クラスの連中はみんなお前に味方するよ
ま、仮やばくなったとしてもだ、俺が付いているからな。心配するな」
「・・・少し不安だな。」
隆二はわざとずっこけるようなりアクションを取った。刀也は少し笑ってしまった
「おいおい・・当てにしろよ」
「解ったよ。いざとなったら頼りにさせてもらう」
「まあ、その・・なんだ」
隆二は口をもごもごさせていった。何か言いたいらしい
「いま何か悩み事があるんなら無理に話さなくてもいい
ただ、周りを心配させないようにな
篠山の事なんか気にしてたら陰険な性格が移っちまうぜ、来月ごろには文化祭もあるんだ就活は・・・まあ来年からすればいいだろ」
「・・わかった。心に留めておくよ
それよりお前は大丈夫なのか?この前のテストでは確か・・・」
途端に隆二は慌てた。何かまずい事にでも触れられたかのように
「わーっ!!!そこは言うな。俺は俺で何とかするから大丈夫だ」
やけに慌てていった隆二。
「お前は俺なんかと違って成績優秀だし、ルックスもいい
俺みたいなぼんくらは落ちこぼれても誰も気にしないが、お前の場合は母さんが帰ってきたときに息子が教師を殴りました。なんていったら卒倒するだろ
俺はイヤだぜ。クラスのみんなに迷惑が掛かるなんてな」
「お前、おせっかいだな」
「ウザイと思っている奴も居るかもしれないがそこが俺のいいところだ」
二人は顔を見合わせた。そしてお互いに笑った
その時、ちょうど授業終了のチャイムが鳴り響いた
澄んだ鐘の音はまだまだ肌寒い外に広く響く
りーん。と耳に残る音を響かせながら朝の空気の中に浸透していく
星雲高校のベルはスピーカーから流れる電子音声ではない、きちんと鐘を鳴らしているのだ
一部の生徒からは古臭いと評判の良く無い声も聞くそれだが、鐘の音は星雲高校の名物となっており。受験用のパンフレットにも記述がある
どうやら富豪だった前校長からの寄贈品であるという話らしい
なぜか、女子生徒には人気が有るらしいが、詳しい事は隆二にはわからなかった
「いつの間にか授業が終わったらしいな」
「そうだな」
「篠山は次は別学年の授業だし、教室には居ないだろ。早く戻るか」
「お前は大丈夫なのか?俺と一緒に教室を抜け出して」
「大丈夫だろう。多分
俺は担任にも呼び出されているから今更あいつに呼ばれても気にしねえよ
お前に関しては篠山ビビってるから大丈夫だろ」
「多分って・・・おい」
「安心しろ。あの爺にお前を呼び出してどやしつける程の根性はねえから
あいつ、お前が切れたときかなりビビッてたしな。顔を庇うくらい」
「マジか?」
「写真に撮って脅迫のネタにしたいくらいの顔芸だったぜ」
「それより早く戻ろう。次に遅れる」
「次は体育だ。球技で思う存分鬱憤を晴らそうぜ!」
「そうなのか?」
昨日とさっきの篠山での事ですっかりと次の時間の事が頭から抜けていた
そういえば、最近体育の授業が多い気もするが何かあるのだろうか?
「今日の試合は敵同士だな。お前がいくらガードを固めても絶対に突破してやるからな!期待してろよ!!」
「はいはい。解ったよ」
二人は屋上から教室に足を向けた
秋空は絶好の快晴。まさに体育日和だった