二十一話
「ういーっす」
隆二は片手をひらひらさせながら教室に入った
クラスの何人かは彼の方を見て手を振り返してくる
どれも見知った隆二の大切な仲間だ。彼は仲間と一緒に学園生活を送るのが何よりの楽しみなのだからだ
クラス内は生徒たちがそれぞれ己の副業にふけっている
早くも弁当を食い始めている者、グループでお喋りしている者、三人でジャンプを呼んでいる者、友人同士でPSPのモンハン通信対戦をやっている者。
校則で持ち込み禁止になっている筈のノートパソコンで動画サイトを見て一人でニヤニヤしてる者
皆が皆、始業時刻までの間、ゆったりと自らの時間を満喫していた
隆二はこの空気が好きだ
皆が皆。誰も彼もがどのような形であれ学校生活を楽しんでいる
こんなにも楽しい雰囲気の中で一緒に生活できる学園生活は一生の内でも輝く宝物になるだろう
だからこそ自分もあと一年と半年足らずしかない学園生活を楽しまなければならない
そのために仲間という存在は彼にとって不可欠だった
友達がいるから楽しめる、一緒に喜びや感動を分かち合える
実にシンプルで在り来たりな動機だ。まったくもって単純で少年漫画やドラマなんかでよく使われる古いフレーズじみた言葉だとも思う
だから良いのだ。在り来たりであるということは不変であるということだからこそ、人は安心できる
誰にでも理解でき共有できる喜びは昔から恒久に変わらないということだ。それは人類が二本の足で立った頃からも変わらない
不動且つ、万全な基盤の上に成り立っている。昔から変わらない法則
だからこそ人は在り来たりという言葉に退屈しながらも、一種の安心感を覚えるのではないか?
日常とはありきたりな毎日の連続だ。その流れの中に時折刺激や変化が生じるからこそ、人は退屈な日常に文句を垂れながらも在り来たりで時折刺激的な毎日に
寄りかかっているのではないか?
そう、劇的な事件や変化がさほど発生しなくても人が退屈な平穏を望むのはそこに理由が有るからなのかも知れない
自分は平穏が好きだ。ただ仲間と一緒に笑いあって、適当に生きて、適当に就職して、適当に結婚して、適当に子供を育てて畳の上で死ねればそれでいい
自分は平穏の中に寄りかかっていればそれで良いのだ
それ以上は望むことは無かった
そして今は将来のことなんか考えずに学園生活を楽しめればよかった。どうせ就活に励むにしろ大学を目指すにしろもう少ししてから考えればいい
今は未だ二年生の九月ごろなのだ、体育祭もあればその後に学園祭もある。今は学園祭の出し物のことに集中したい
今年こそはメイド喫茶とお化け屋敷を両立させた出し物がしたい。予算の許す限りだが思う存分取り組んでみたいと考えるのは当然だろう
自分は学園祭の予算係なのだ。ある程度の発言力はある、それに自分の使命に賛同する同士が十人も居るのだ。目論見の成功率は高い、、、、殆どが男子なのは残念だが、、、、、、
まあ、大丈夫だろう。某学会の事ではないが、組織票の力は強い
それに自分の理想に賛同するものは結構居るはずだ、説得行進すれば賛同者は更に十人、いや二十人くらい増えるはず
民主主義の世界では多数決にこそ正義がある。
隆二とその仲間たちの組織票を持ってすれば確実にメイド喫茶をクラスの出し物とするも事も可能だ
今だ!クラス男子の総力を挙げて学園総女子メイド喫茶化推進デモだ!
我々は文化祭の出し物にメイド喫茶を要求する!
彼は一人ニヤニヤほくそ笑む。
何もかも自分の掌の上だ
こんな状況でほほが緩まないほうがおかしいのだ
既に賛同者の数は両手の指の倍以上、よし早速呼びかけて今日の放課後早速ロビー活動を・・・・
「こら、隆二。何をにやけている?」
いつの間にか教室に入ってきた担任の大垣が彼に注意した
「あ、すいません。ちょっと文化祭のことを考えていて・・・」
「文化祭の事より自分の成績のことを心配したらどうなんだ?
ここ最近の不況のおかげで只でさえ高卒の就職率は低いんだぞ?」
隆二はどういうわけかへらへら笑いながら言った
「へへ、すいません」
大垣はお気楽な彼の態度に呆れたようだ
「遊ぶのもいいが、線引きはしっかりしろよ
お前は刀也や守子と比べると大分成績が劣るからな。俺が企業なり大学なりに推薦するときも苦労させるなよ」
「わかったッス」
担任はまたもや彼の態度に呆れたようだった
「どうでもいいが将来のことも考えろよ
お前の頭じゃ専門学校に通るすらも怪しいんだからな」
待ってました。といった感じで隆二は指を鳴らしガッツポーズを取った
パチン。と乾いた音が小さく響く
「それなら心配ないッス。親父の知り合いが美大の教師と親友なんで、裏口で楽勝ですよ」
「お前・・・裏口なんて専門学校ごときでするなよ
甘い事と言わずに勉強して有名大学なり、就職なりして親御さんに楽させてやれ、高校に入るまでお前を育ててきてくれただろう
親孝行は出来るときにやっとくものだ」
「うーん。まあ、、程々に考えておきます」
教師は溜息を吐き、黒板の真上に掛けられている時計を見上げた
「お前と話すと埒が明かない。近いうちに職員室に呼び出すから覚悟しておけ
では、気持ちを切り替えてホームルームを始める。では号令」
「あ、え?、呼び出しですか?
それはちょっと待っ――――」
「では起立」
「礼」
示し合わせたようなタイミングで委員長の声が響き、隆二の声は掻き消された
『おはようございまーす。』
生徒達の声が朝の朝礼に響いた
(はあ、ついてねえ)
隆二は憂鬱を吐息として吐き出した
一元目の授業は数学だった
担任教師は隆二に呼び出しを宣告した後、プリントを渡した後に文化祭の準備について必要な事を話した後さっさとホームルームを終え切り上げてしまったのだ
まるで隆二の追求から逃げようとするかのように
事実、隆二はあの後担任教師に自分に相談は必要ないと弁解するつもりだったのだが、担任は隆二と話す事を避けているようだった
まるで、言い訳は呼び出した後職員室で聞いてやる。といった感じに
壇上で女性教師のの佐々木が微分方程式の復習と称して、隆二には理解不可能な公式を速いペースで黒板に書き綴っている
このクラスの数学担当教師の柴田はどうやら休みらしい
佐々木は生徒に評判の良い教師だったが、隆二からすると佐々木のほうが柴田より昼寝がし易いという意味で有り難い存在だったが
他の生徒達は既にその程度の内容の復習は自宅で行っているらしく数学とは関係の無い英単語帳を開いたり、工学の教科書の重要な文にに線を引いたりして半数以上が別の課題
の復習をしていた
白いチョークで方程式の公式を書き綴っている佐々木教師は教え方はやや強引でスピードも早いがわかりやすい授業をする事で評判の良い教師だ
噂によると県内で有名な大学をかなりの好成績で卒業したらしい
しかし、毎回ノートを取っていた隆二は身の入った勉強をしたことが殆ど無く、数学の内容も二年で複雑な公式を用いたものが多く出た為、既に三年の授業内容はちんぷんかんぷん
で、彼にとっては理解の難しいものばかりだった
(俺には勉強なんてする必要がねえのに・・・)
お節介な担任が何故自分を呼び出す必要があるのかはわからないが、自分は美術の専門学校に行き何をするつもりだったのかも判らない
よくよく言えば自分は真剣に将来のことを考えた事があったのだろうか
隆二の記憶にある中ではあまり無い気がした。彼は自称刹那主義者だ
そのときそのときで楽しい方向で振舞っていればいいと思っていたが
(俺の夢か)
ふと、試しに開いているノートにMY DREAM.と書いてみた。相変わらず字は汚い
いまいち自覚が判らない
隆二は溜息をついた。やっぱり後先考えずに行動している自分の行き方もそろそろ見直す時期が来ているのかもしれない
しかし自分の周りで夢を持っている奴は大企業に就職するとか、モテたいだとか、スポーツカーを公道で想いっきり走りまわしてみたいだとか、欲望に則した者ばかりだ
持つならきっと誰も真似できないようなでっかい夢のほうが良いに決まっている
誰かに話してみようか、と思ったそんな時一番頼りにしたい奴は・・・?
(何でこんな時に刀也が居ないんだよ、、、)
隆二はまた溜息をついた
前から佐々木が一瞬自分を睨んできた気がする、とりあえずにこりと笑顔で返す。彼女は無視した
仕方の無いことだが、とりあえずは授業に集中しているふりでもしなければいけないのだろう
彼は自分のノートを見る、他の生徒とは違いあまり汚れていない綺麗なノートだった
当然だ。隆二は授業を真面目に受けていないどころか、しばしば教師が黒板に書いたところもを写しもしなかったから
せいぜいが教科書内の文章に緑色の蛍光ペンで適当に線が引かれているだけである。しかも彼自身線を引いたところのどこが重要なのかさっぱり理解していないのであった
(夢ねぇ・・・・)
夢といっても明確なビジョンが浮かばない
(まあ、刀也辺りに聞いてみるかね。あいつもそういうのには興味無さそうだけど)
隆二は密かに決意する。
今日の昼飯を餌に刀也に人生相談しよう。少なくとも担任に呼び出されて説教するよりは有意義な談義が出来そうだ
隆二は他の友人にも相談しようと考えた。しかし彼の友人の中で口の堅そうなのは雪久と刀也位しか思い浮かばず、雪久に至っては理系の有名大学を受験する事を決めていた
為に参考にならないと判断したからだ
そして、刀也は他の奴から言わせれば外見だけはいいのだが、そのほかの部分。たとえば愛想や人付き合いなどで暗い奴とされているものの隆二は彼の人の良さを知っていた
尤も、刀也があまり馴れ合う事を好まないために自分の事がもれる可能性が別のクラスで委員長を務めている雪久より低いと判断した打算も関係していたのだが
(しかし、今日あいつ見てないな
ひょっとしてサボりか?)
隆二は朝礼から一時間目の授業の間に未だ見当たらない友人の事を思った
そういえば、今日は彼の姿をまだ見ていなかった
(ま、早いうちに学校にう来るだろう)
以外と真面目な友人の遅刻は心配せずに、隆二は机に突っ伏した
昨日はゲームセンターで午前一時まで暇を潰していた寝不足故である。無論、彼は真面目に授業を受ける気など欠片も無かった