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二十話

光が見える

暖かい木漏れ日。カーテンから漏れる柔らかな朝の光が柔らかく彼を包み込む


「う―――ん。」


高月刀也は目を覚ました

目を開け、部屋の周りの様子を見る

テレビは点いていない、電灯も点いていない

それなのに関わらずこんなに回りが明るいと言う事は・・・・


「まさかな。」


悪い予感しかしない


ぎこちない動作で首を捻る。

視界の先には時計が在った

そして時計の針の短針は数字の九の部分を指している

刀也の記憶があったのは確か昨日の八時前後だ、と言う事はそれから転寝でもして一時間経っただけなのかもしれないという。甘い期待に思考が傾く

だが、そんな事は有り得ないのだ

夕方過ぎから一時間経ったくらいで再び太陽が昇るはずも無い、暗くなったばかりなのにすぐに周りが明るくなるなんて事は有り得ないのだ

そう、これはつまり・・・・


「参った。遅刻かよ・・・」


流石に無遅刻無欠勤者であった彼はサボる訳にはいかないので鞄に教科書と筆記用具、それに昨日買った模型雑誌を積み込む

この時間帯から学校に着くとなればどんなに急いでも、二時限の授業に途中から入る事になる

そして二時限の授業を担当するのは社会科の篠山だった

陰険で知られる篠山はきっと遅刻した彼をさぞかし嬉しそうな表情で糾弾するだろう

下手をすると、単位にまで響くかもしれない


「・・・最悪。」


実際に篠山は生徒を何人か留学させた事が噂になっている。隣のクラス担当の若手教師は評判が良い

いっその事篠山が風邪にでもなって休んでくれたら・・・・・

サボって近くの公園で暇を潰そうかとも考えたが、その考えを振り払う

しかし、気が進まなくても学校には出なければならない

下らない理由で単位を落としたくないと言うのが理由の一つ、進学に影響を及ぼしたくないと言うのも理由の一つ、他の鬱陶しい連中に下手な噂を立てられないかと言うのも一つ

だが、一番の理由はこのまま何の問題も起こさずに行儀良く生活していく事で母が帰ってくるかもしれない――――――――


子供のまじないじみた、純粋な想いからだ


征服を羽織った刀也は鞄を背負い、玄関に向かいドアを開ける

ドアを閉める前にある事を思いついて立ち止まり一言呟く


「行って来ます。」


そしてドアを閉じ鍵も閉める

自分の帰ってくる場所は同時に母親である時雨の居場所だ

そんな想い、願いを込めて彼は学校へと足取りを向けた



































付け加えておくと、刀也は昨日の事はなるべく思い出さないように無意識のうちに記憶を封印した


あんな事はきっともう無いだろうしあの黒い刀の事なんて自分は知らない


あの感覚、世界の中に大氣に満ちる気を自在に使役した事さえも


彼は思い出そうとはしなかった


自分の根源。精神の奥深くに潜む何かが自分を乗っ取ってしまいそうで怖かった


昨日の人の形をしたものよりもずっと自分の中に潜む『魔物』の方が恐ろしい


あれは夢だ。そう、きっと夢。己の夢中に存在していただけの漫画じみた只の幻想なのだから


あんな事などある筈が無い。世の中に、世界にあってはならないのだから





















二時間前、某邸宅には怒鳴り声が響いていた


「・・また、お前か真那っ!」


「ごめんなさい。お父さん・・」


「また、教科書を捨てられたんだっけな。クラスメイトの同級生に」


「・・・」


肩まで伸びた長髪の少女真那まなと向かい合っている男性――――彼女の父親である行雄ゆきおは見せ付けるように溜息を吐いた

性格の悪そうな三白眼が娘を見据え、真那を捕らえる

真那は父親に対する恐怖と畏怖と申し訳なさで震えていた

おびえる子犬の様な少女を見据え、行雄は嗜虐をたっぷりと含めた口調で告げた


「お前はいつもそうだな

自分の殻に閉じこもってばかりで人と仲良くしようともしない

いったい私にこんな事を言わせるのも何回目かな?

何時もお前には同じ事ばかり注意しているような気もするよ。

姉の奈美なみを見習いなさい。お前より成績は下だがクラスの子達ともうまくやっているらしいな。お前なんかとは大きな違いだよ」


「ごめんなさい」


真那は謝った

実はと言うと事件が発覚したのは昨日の放課後だったのだが、自宅に帰ったら飲んだくれた父親がソファーに寝そべっていた

夜に仕事がある彼を機嫌の悪いときに起こしたくは無かったので、今朝になってようやく話したら結果がこれだった

彼は真那の作った朝食をひっくり返し、真那に掃除を命じた後に彼女を登校前なのにも関わらず引きとめ自己満足のための説教をしたのだった


「お前はッ!」


少女の長い髪を行雄が鷲掴みにした


「い、痛い、」


真那から苦悶の声が上がるのも無視して、行雄は言葉を続けた

心なしか彼の声が嗜虐的な喜びに染まっているのは気のせいだろうか


「お前はどうしてそう出来損ないなんだ

お前を生んだ忌まわしいあの女は出産したときに私に世話を頼みお前を世に産み落とすのと引き換えに死んだ!

あいつは病気だったのに、お前をどうしても産みたいと言ったんだ!そしてよりによってこの私に預けた

ふざけるなよ!あいつのお荷物なんて誰の引き受けたくも無いに決まっている!只、親戚や世間の目もある。だから仕方なくお前を養う事にしたんだよ

お前には私の血が半分入っているからな!

お前が来てから崇子たかこが、、妻が死んでしまったと言うのに、、この疫病神が!」


疫病神。それを聞いた真那から血の気が更に引く

整った蒼白の顔がまるで能面のように表情が無くなり、滑らかな長髪の隙間から上目遣いに自分の父親を見た

脅え切った視線を向けられた行雄は刃物の先端で自分を指し示されたかのように驚愕するが、怒りで自らの表情を覆いつくす

そして、自分の恐れを隠すかのように娘を威圧した


「何だ?、その目は!」


父が髪を握り締めたまま、彼女の体を揺らす


「きゃっ・・・」


ぶちぶち、と言う音と共に真那の頭皮から滑らかな髪が何本か抜け落ちた

父親は手に残った実の娘の頭髪を汚物でも見るような目つきで眺めた後、頭皮をまるで汚物を振り払うかのようのゴミ箱に押し付けた


「今度から鞄のお金は自分のバイト代から出しなさい」


「父さん。私にもうお金は・・


言葉が半分も終わらない内に父の拳が真那の顔面を殴り飛ばす

真那の口の端が切れ、唇の端から血が垂れる

彼女がハンカチで口元を拭っている間にも行雄の罵声は執拗に浴びせられた


「また。遊び呆けているのかお前は!帰りが遅いのはきっとそのせいだろう!

奈美のせいにするなんてこの前のような嘘はもう通じないからな

お前みたいな屑なんて学歴が下がればすぐにでも施設に預けてやるのに・・・」


「違います!あれは奈美姉さんが―――」


「五月蝿い!

何であろうとお前の口から出る言い訳なんて聞きたくない!

住まわせて学校にまで通わせてやっているだけ有り難いと思え!この疫病神がッ!」


行雄は必死に弁解しようとする真那に再び拳を振り下ろそうとする所で電話が鳴った

彼は真那を威嚇するように非と睨み後、ファックス付きの電話が置いてあるテレビ横の棚のほうへ歩いていった

テレビの画面内では超え太ったコメンテーターが下品かつ無責任に与党政府の政策を罵倒し、野党の党首が出した対案を無防備に絶賛している

真那は、テレビから漏れる音すらも、父親の怒鳴り声と同じように他人事のよう聞こえていた

それからすぐに電話の応対に出る行雄の声が聞こえてきた


「あ、はいはい

真那の担任の先生ですか

え、こんな朝から?いえいえ大丈夫ですよ

ああ、娘の進学校の事ですね?あ、はい。存じております

いえいえ、真那の事を誇りに思っていらっしゃるなんて、父親としても鼻が高い――――」


彼女は、先程と打って変わって上機嫌に電話越しに自分の担任と話す義理の父親の横顔を無表情で眺めていた

気のせいか父に向ける彼女の視線は無理矢理表情の見えない無機質を演じながらも、ある種の冷たさ、怒りを奥底に秘めているようにも見える

だが、彼女自身の感情を載せたその色もすぐに諦観と絶望で灰色に染まり。真那は独り言のように呟いた


「・・・・行って来ます」


か細い声で父に向かって告げると彼女は学校に行くために玄関に向かった

行雄は真那の声を無視したまま、何事なんて無かったかのように、上機嫌に受話器に向かって話し続けていた

もとより、父に聞こえるように挨拶なんてしていない。これは自分を保つための通過儀礼であるのだから


今朝の夢の事は思い出さなかった

遠い過去の思い出

自分にとって雄一不動のヒーロー

名前はあまり見ないような人だったがそこだけ靄がかかった様に思い出す事が出来ない

もしかしたら、あの夢は昔から周囲から排除されてきた自分の幻想なのかもしれない

現に今、自分を助けてくれるものは居ないではないか


彼女は自虐気味に笑った

捕らわれの自分を助けてくれる王子様なんて何処にも居ないのだ

自分は永遠に虐げられる存在だ。強者と強者に群がる弱者達に



――――――――もし、自分に絶対的な力が有れば、報復に脅える事も無く仕返しも出来るのに



ふと、彼女の中でマグマのように湧き上がる思い


(・・・ッ!)


真那は頭を振って一瞬湧き上がった自分の暴力的な思考に恐怖した


「・・・私は」


か細い声が弱い自分を象徴するかのように漏れた


「父さんや奈美さん達とは、違います、、、、。」


独り言は空気中に溶け、彼女以外の誰にも届かずに大気に掻き消され雲散霧消する

想いが他人に届かないように、誰も彼女の胸の内に気付いてくれない様に

いくら自分の内を誤魔化しても一瞬沸き起こった黒い怒りと詰めたい殺意の余韻は汚泥のように胸の内にこびり付いている

胸焼けを起こしたような感覚すら覚え、彼女は小さく震えた

外界にはもう夏の余韻はなく、冷たく風が吹いていた



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