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十六話

先に動きを見せたのは長身の男の方だった


右手で得物を保持し左手を柄の頭に添えたナイフの持ち方は純粋に貫通力を高め、殺傷力を向上させるやり方だ


人体に深々とナイフが通れば刃先をねじ込むだけで相手に重傷を負わせることが可能である


最も、それも相手が普通の人間だった場合に限るが


しかしながら馬鹿正直で猪突猛進な突撃は素人相手ならともかく人外の存在、それも幾人も己よりも体格のある人間を赤子の手を捻るかのように遊びながら殺しをやってのける殺人鬼―――目の前の針金男に通用する保証は無い


それでも、10メートルもの距離をたった三歩で踏破するコート姿の男の突撃は燕の弾丸の如く素早く、そして見ているものを戦慄させる迫力があった


迫りくるその威容は、まるで生者の魂を刈り取らんと地を這い迫る這う黒い死神を連想させる


それは、ただの押し入り強盗、並みの殺人犯ならばこの場で委縮して逃げ出すか、警察に駆け込んでそのまま自首するかもしれない威容


しかしながら、目の前の針金男に戦意を失ったような様子は見られない。むしろ楽しそうにクルクルと柄に入ったままの古脇差を玩んでいた


その後すぐに、針金男はコンクリートを蹴り無音で後方に跳躍。男との間合いの調整を計りながら脇差しを目の前に翳す


(流石普通の人間よりは速い。ですが所詮は鍛錬を積んだだけの只の人間。畏れることは何も無いはずです)


針金男の考えはこうだった


敵は先手必勝を狙って無謀にも突撃してきた


だから当然。敵との間合いを完璧に計算した後で一気に接近しての刺突で一気に自分を仕留めにかかるつもりなのだろう


確かに敵の動きは早い。が、目で追える範囲内だ


彼も気付いているのだろう、自らが体力的に劣っているであろうことを

消耗戦になると勝ち目は薄いということを


だから一気に勝負を付けに来ている


(・・・だとしたら人間らしい浅はかな考えですね)


ならば話は簡単だ


こちらはひたすら間合いを調整して彼の攻撃範囲に入らず相手を疲弊させ、カウンターで反撃するなりして少しずつ消耗させてしまえばよい


彼がこれまでに出会ってきた中で強敵なのは判る。実力が伴っている人間は自然に冷静さと自信が態度に裏打ちされたそれは先ほど彼と対峙したことで解る


敵は強い。だからこそ自分も普通の『狩り』の時以上によりも慎重に立ち回らなければならなくなる


どうせ基本的なスタミナは確実に自分の方が上なのだ。人間がいくら鍛えても限界は知れている筈。


身体的な強さ。すなわちスペックは後付けで劇的に向上するものではない。鍛錬や薬物でどれだけ肉体を強化しようとも『人間』という枠の限界を超えることは出来ない


体格的に鼠が像に劣るのと同じ理屈、決して覆せるものではない。もともとの枠に加えて基本的な身体能力、限界値ですら自らは人間のそれを遙かに上回っているのだからこそ


道理としてパワー、スタミナのある方が最終的に有利なのだ


故に持久戦に持ち込めば必ず人を超えた存在である己が勝つ


それに、針金男にはもうひとつの強みがあった


それは彼が情報を求め自分を捕えようとするならばどうしても手加減を考慮して戦わざるを得なくなるということだ


先刻の会話の中の情報を整理すると男は自分と『仲間達』が複数で行動を起こしていることは知っているが、自分たちの目的や主人についての明確かつ確実な手がかりは有していないと言うことだ


仮に会話の内容にブラフが含まれていたり、情報を故意に隠蔽しているのであれば、

こういった荒事ドンパチを起こすことなど有り得ないし、さっさと自分を処理していただろう


組織のバックアップ無しで強引な方法にて情報を得るということはそれだけ彼らのバックが慌てている証拠でもある


そんな不安定な状態で人間ごときが我等『妖』を相手取れるとは思えない


(さて、どのようにいたぶって差し上げましょうか?)






彼は心中で舌なめずりした


人間なんて動けなくしてしまえば後はこちらのものだ


拷問して、爪を全て剥ぎ、眼球に砂を詰めるのもいい。生皮を削いでやる過程で男の飄々とした鉄仮面じみた無表情が苦痛の果てにどのように崩れていくのか見ていたい


『お仲間』に助けを求めるのだろうか?それともか弱い女性のようにか高い悲鳴を上げ、命乞いをするのだろうか?


彼が安易に屈するとは思えないが、とても楽しみだ



さらに、『隠し玉』もある。ここで発動させようとは全く思わないが



しかしながら、戦闘中にそういった妄想をするのは油断を招く。極限の緊張状態で油断をすれば注意が疎かになる。注意を削いでしまえば相手に隙を突かれてしまうのもまた事実


圧倒的な身体能力で戦場に臨んでも油断すれば死に直結するという事実を、非力な一般人を有利な条件下で襲い、負けを知らなかった彼は理解していなかったのかもしれない


そしてその事実はほんの数秒後に突きつけられることになる


敵は背後に飛んで距離を取った相手に対し両手持ちから左手にナイフを素早く持ち替え投擲


風を切って直進するナイフはいとも簡単に針金男の刃によって弾かれて宙を舞った


ナイフが落下するよりも早く颯斗は両手にいつの間にか現れたナイフを持って変わらず突っ込んでくる


殺意の塊 人の形を取った凶器


今此処にコートの男を一般人が評価としたら、間違い無く彼をそう評するだろう


それほどまでに男の放つ気配は気迫に満ちていた


距離を取ったにもかかわらずすぐに追い付いてくる敵の突進力に少し驚きながらも意外なまでの冷静さと判断力を持って針金男は彼を迎撃することに決めた


――――――――――所詮は人間。腕のなぎ払うだけで全身の骨が砕け、すぐに肉塊と化すか弱き存在


人間を超えるものを自称する彼にとって自らより能力の低い相手に頭を使って対処するまでも無い


迫ってくる相手に自分のとった間合いが瞬時に詰められたのが気に食わないのか、それとも戦闘中に気が昂ぶってきたのかどうかは定かではなかったが、戦闘前に彼を油断のならない相手からただの人間と同一視し最早一メートル以内という極至近距離にまで踏み込んできた敵に刃を振り下ろす


彼の脳内では颯斗の得物を砕き、彼自身の肉体にまで大きなダメージを与えられることを期待しての一撃だった


確かに針金男の斬激は技こそ伴っていなかったが、重く速度も十分に有る重たい一撃と化していた。人外の力で生み出された白刃の軌跡は並の人間の肉を切断するどころか骨を断ちきり、反対側の肉の層まで突き破って文字道り一刀両断する位のパワーを秘めている


目の前の男でもまともに食らえば戦闘どころではない傷を負うことは間違いない


そうなれば後は煮るやり焼くなり好きに料理できる。要は一撃当てればそれで勝利が確定する


どれだけ素早くても、どれだけ戦闘経験を積んでいようとも最終的にものを言うのは超人的なスタミナ、そしてパワーなのだ


その厳然たる事実をもこの男は解ろうとしないで突っ込んできた


いいだろう。思い知るべきだ。この自分の力を


そして畏れおののくがいい・・・


しかし半ば全力を込めて振り下ろされた一撃は


男に当てるどころか、掠らせることも出来ず、


ただ、空を切るだけに終わった


そして、代わりに視界が捉えたのは、土の付着した何かだった


「な・・・・?」


思考するに間もないままに顔面にそれが押し付けられる。


そして捻じ込まれる。痛い。右片方の眼球に砂が侵入した。戦闘を中断して瞼の中を穿って異物を取り除きたかったが我慢し、不快感を抑えつつ左目のみで眼前を見据えた


同時に着地音。宙を舞った男に一撃を避けられ蹴られたというより踏みつけられたことを理解した針金男の胸中に燃え上がる怒り


「人間ごときがッ!、、この私をオオオオオオオオオオオオッ!!!」


――――――許さない、絶対に殺す。


男に向けられたドス黒い負の感情は彼から正常な判断を奪い、無謀な突撃を敢行させた


片方の視界が封じ込まれたまま、我武者羅に脇差を振り回す剣先が当然、男の姿を捕える事は無かった


「遅い」


「、、、な!?」


背後に気配。


慌てて対応しようと、振り向こうとした刹那


「、、、、え?」


自分の腕が、


暗闇に一瞬煌いた銀光と共に


宙を舞っているのが見えた


ぼとり。と


腕が落下する生々しい音が小さく、聴こえた


「あ、れ、、?私の、私の右手が、、、」


固く脇差を握ったままの自分の右腕のさっきまで存在していた肩口から、蛇口が爆発したかのように血が溢れ出していた。


それを平然と見詰めながらも、黒い死神は依然として彼に冷たい視線を突き刺していた

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