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十二話

夕食を作る気などとうの昔に失せていた


今日起きた事件のことを考えると、とてもではないが調理をするどころか、食欲すらも沸いてこない


当然だ。目の前で殺人が行われてのうのうと日常を過ごしていける奴なんて単なる異常者か、シリアルキラーかよほど常人からかけ離れた感性を持つキチガイ馬鹿位なものだ


彼――――外の夕焼けが没していくに従って自分の周りが薄暗くなって行くにもかかわらず、自室で蹲っていた刀也はそんなどうでもいい思考を鬱々とした頭の中でループさせていた


窓の外の風景は既に太陽は地平に沈みつつあり、すっかりと暗くなった空は九割方が薄い闇に侵食されつつある


カーテンすら閉めていない刀也の部屋も少しずつ色彩が薄い黒に書き換わっていく、しかしながら彼は電灯すらも点けようとしない


それは単なる電気代の節約の為ではない、金ならば母が失踪した当時から一生普通に生きていく程度の貯蓄に困らない程あるからだ


床にだらしなく無気力に転がる刀也。彼は自分の中で独り問答を繰り返していた



・今日のアレは何だったのか?


・静と名乗る女性と颯斗と名乗る仲間らしき男


・暗殺者と言う自分を狙っているらしい謎の存在


・静が口にした『機関』という単語


全く理解できないキーワードばかりだ。自分も他人や外部から裏も取れない状態でこのような話を聞かされ、「君は何者かに命を狙われている」だの言われてもまず相手にしないか、曖昧な態度で適当に流すだけだろう


そして、自分もこの事を夢だと思いたかった。麻薬でもキメてラリった馬鹿か現実と妄想の区別もつかない頭の可哀相な人間の戯言としか思わなかったろう


しかし、そう思い込むには目の前で死んだサラリーマンの死体はあまりにもリアルで、男性の体が力を失ってアスファルトに倒れこんだときの音は生肉をそのまま地面に叩きつけられるような感触が耳の中にまだ残っているようで、無性に気持ちが悪い


現実感を伴いすぎているそれはまるで、自分が不安定な悪夢に迷い込んでしまったような錯覚を感じさせてしまい今の刀也から冷静に思考する余裕を損なわせていたのだった


彼の頭の中でくるくる巡る単語「母さん」、「暗殺者」、「青雲会」、それらのキーワードはなんら関連性を持たない様に思える。しかし彼は確信していた脳内を循環するこれらの単語にはそれぞれ深い意味で繋がっているのだろうと


それは何の確信も持てない只の山勘のようなものでしかなかったが、先程の事件のことも考慮すれば決してそうでもない可能性も浮かび上がってくる


母さんの失踪から静の登場まで一連の流れに沿って動いている出来事なのではないか?という仮説だ。だが、それだけでは確信が持てない

只の偶然が積み重なった結果であるという可能性も情報が少ない現時点では考慮されるからだ


では、何故自分が事件に巻き込まれるのか?それについても刀也には絶対的な確信を持ってこう考えた

「あの事件」のときもそうだったし、「時雨の失踪」の時もそうだった。事件の度に束の間の平穏が訪れるのだがそれも毎度のことのように破壊される。見えない何者かの圧力によって


だから刀也は他人とあまり積極的に関わろうとしなかった。巻き込んでしまう恐れがあるからだ

多少の友人はいる、たまに遊ぶ、集団の中で孤立することも無い

しかしそれだけだ。それ以上関係は刀也自身が望まなかったからだ

どんなに今が楽しくてもそれがいつか破壊されてしまう物だと思っていたからだ。ずっと昔からそうだったのだから


知らない。何故こんな目に自分ばかり遭うのか?解らない

自分を脅して誰が得をするというのだろうか?時雨の失踪に何らかの関わりが在るのかどうか?疑問だけが脳内で響いて反響している

だが、それを推理する思考を行う気も、する気も今まで起きなかった

いや、、それからずっと逃げ続けてばかりいた

考えたくなかったからだ、自分が中心となって問題を引き起こしていることなんて


実を言うと刀也がこの様に自己否定の虚脱状態に陥るのは別にこれが初めてのことでは無かった


「あの事件」のときもそうだったし、「時雨の失踪直後」の時もそうだった

事件の度に束の間の平穏は訪れるものの、新たな事件によってすぐに壊されるからだ。その度に刀也は自分を責め立てていた


どんなに平穏な時の幸せが彼の心に穏やかさを感じさせても、それも束の間のこといつかは必ず失われその度に払いたくない代償を支払わないといけない

時に友人を時には母さえも、彼の日常の対価として生け贄に捧げられる


自分には、決定的に人とは違うある種の「個性」が有る

そして、事件を引き起こす不幸の原因はこの「体質」のせいなのかもしれなかったが


『体質』


それは彼自身が持つ他人には無い謎の現象だった


例えば、中学生の時に小型トラックに轢かれて三箇所骨折するといった大怪我を負った事がある


医者は全治三ヶ月ほどかかると言っていた刀也の怪我は結果的に二週間で治ってしまったのだ


診断を下した当の医者どころか、当時のクラスメイトでさえその事に閉口した。母の時雨だけは特に気にしていなさそうだった


しかしながら何故かこのことで刀也の事を気味悪く言う噂が立ったり、村八分等の苛めに遭う事はどういう訳かなかった


言われてみれば骨折した部位もそこまで直りが遅いといわれるまでの場所ではなく、適切な処理を行えば一ヶ月ほどでほぼ直ると言われるのが骨折だ


普通の人よりたった一週間直るのが早かっただけの事。当時は周りがそんな風に御都合主義的な屁理屈を駆使して自らに言い聞かせてきたのだとそう思っていた


しかし、この事も現在の状況から見ればほんの少し不自然に見えてしまう


騒がれなかったのが、気にしなかったにではなく誰かが口止め、もしくはどこかの機関が意図的に情報を遮断していたのだとしたら・・・・・


(あまりにも陰謀論過ぎる、只の憶測に過ぎない常識外れもいいところだ。馬鹿馬鹿しい・・)


しかし、それらの不自然な点を一気に結び付けてしまいそうなのが今回の事件だった


静と名乗る女性は母の秘密とあの事件の結末を知っていた。それを知った上で強引にアプローチをかけてきたという事は


(連中の狙いは俺か母さんか?)


多少推理が間違っていたとしても真相はそんなものだろうか?


ある程度相手側の目的が掴めたところで刀也は表面上のみながら冷静さを取り戻す


思考の追求は宝であるとは母の弁だったが正鵠に的をいていると感じられた。おかげで取り乱さずに済みそうだったから


しかし相手側の最終目的はいまだに不明である


連中がどういった動機、目的で自分を付け狙うならばなにかしらの理由は有る筈である、もしかするとさっき裏通りで起きた出来事が殺された男性を含んだ茶番で有り、母が遺した資産目的の可能性も有る


金で解決したいものならばそうしたいがあの静なる女性の言葉から察するにそれは無いように思えた


刀也は床に転がった。思考中の間完全に日は没してしまったので電気を点けない部屋は暗く、仰向けになって天井を見上げても視界にはうっすらとした闇が広がるだけだった


「怖いよ。母さん・・・・助けて」


か細くもれた独り言も闇と同化した大気に溶け誰にも聞かれぬうちに消えていった。

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