僕の母さんは地面なんだけど誰も信じてくれない
「ほーれ、その程度で疲れてると死んじまうぞー」
緊張感の全くない母さんの声援を受けながら必死に動き回る。1対1の戦いじゃないから囲まれたらお終いだ。だから逃げては戦って、逃げては戦ってを繰り返していたんだけれどさすがに数が多すぎる。
「3号、手斧モード」
僕の手にあった柄の長い鎌のような形状のトビという名の武器が呼びかけに応えて片手斧へと瞬時に変形する。そしてくるりとその場で反転した勢いのまま先頭を走っていたオークの頭部へとめり込ませそのまま振り抜くとその結果を見ずに再度走り出す。感触からして倒しているはずだ。まあ完全に倒さなくても……
ゴキッ、グシャ
うん、後についてくるオークの集団に踏みつぶされるから結果は変わらないんだけどね。
「ブモー!!」
「うわっ、ブモーだって。ほらほらオークが怒ってるぞ。ブ、ブモーって。ぷっ」
「母さん、うるさい!」
オークの鳴き声を聞いてなぜか笑い始めた母さんをチラッと睨んで一喝しながら走り続ける。母さんにこのオークの集落に放り込まれて既に1時間以上この追いかけっこを続けているのだ。1対1ならオーク程度に負ける気はしないし普通に逃げるだけなら逃げ切れると思う。この集落が母さんの手によって5メートルほどの土壁に囲まれてなければだけどね!
「ほれっ、よそ見してると危ねえぞ」
「えっ、あっしまった!!」
母さんの言葉で今の自分の状況を理解する。後方から迫ってくるオークの1.5倍はありそうな大きな体躯のオークがこちらに向かって突進してきていた。さっきの鳴き声はただ怒っていたわけなんかじゃなかったんだ。このオーク、おそらくオークジェネラルの方向へと僕を誘導することに成功したと知らせるための合図だったんだ。完全にはめられた。
両脇はオークが作った家で塞がれている。僕とこのオークジェネラルが1対1で戦ったとしたらおそらくぎりぎり勝てると思う。だけどそんなことを許してくれるはずがない。後方から追いついたオークにぼっこぼこにされて殺されるだけだ。
逃げるしかない。でも逃げ場は無い。母さんならどうとでも出来るだろうけど僕には回復に特化した光魔法の才能しかない。魔法で回避することは不可能だ。だとしたら逃げ場は1つ。
「3号、トビモード」
手斧の形態をしていた3号が元の長い柄のついた鎌のような形へと変形する。そしてオークジェネラルに向かってそのまままっすぐ走る。後はタイミングだけだ。
3、2、1、今!!
後1歩互いに近づけば攻撃範囲に入る瞬間を狙ってオークジェネラルの手前に思いっきりトビを叩きつける。当然オークジェネラルにダメージが入るはずがない。僕が焦って攻撃して失敗したとでも思ったのかオークジェネラルが馬鹿にするように笑って鼻を鳴らした。いらっとするけど無視だ。狙いはダメージを与えることじゃないんだよね。
「ほっ!」
「おおー。考えたな」
トビを地面へと叩きつけたと同時に地面を思いっきり蹴り、トビの柄の長さを利用してオークジェネラルの頭上を飛び越えていく。アホ面で僕を見上げるオークジェネラルを逆に鼻を鳴らしてあざ笑ってやる。油断しているからこんなことになるんだよ。
勝ち誇った笑みを浮かべてオークジェネラルへ向けていた視線を前方へと戻した瞬間顔が引きつる。僕の落下予定地点に飛び越えたオークジェネラルより少し小さいオークジェネラルがおり僕を見上げていた。そしてそいつはにやりと笑うとその手に持っていた剣を大きく振りかぶり僕の胴体を真っ二つにする軌道でその剣を振るってきた。
まずい、とは思った。でも空中で移動する手段のない僕にはその攻撃を回避することなど出来るはずがなくその剣の軌道を目で追うことしか出来なかった。そして視界が真っ暗になり、僕の体は地面を転がった。
「はい、しゅーりょー」
母さんが声高らかに宣言する。そこはかとなく僕をからかうような口調だ。いや、絶対にからかって遊んでいる。上から見ていた母さんにはこうなる結果が最初からわかっていたんだろう。悔しいけれど仕方がない。僕が吹き飛ばされた地面がクッションのように柔らかくなっていてほとんど怪我していないのは母さんのおかげなのだから。
「ぺっ、ぺっ。ごめんね3号。助かったよ」
口に入った土を吐き、オークジェネラルの剣が当たる寸前に盾になって僕を守ってくれた3号にお礼を言う。なんとなく別にいいってことよって言っているような気がするけれど父さんみたいにはっきりと声が聞こえるわけじゃないから確信はない。でも助けてもらったんだからお礼を言うのは当たり前だ。
「よーし、じゃあ後片付けすっか。フィルはどうする? 俺が全部片づけちまっても良いけど」
母さんが振り返りながら地面に倒れたままの僕を見てにやにやと笑っている。僕がどう答えるかわかっているのに聞いてくる母さんは本当に良い性格をしていると思う。それに毎回乗せられる僕も僕だけど。
「やるよ。僕を斬ったオークジェネラルは僕がやる」
そう言ってトビの形状に戻っていた3号を握り立ち上がる。せめて自分がやられた落とし前は自分自身でつけないとね。
母さんが前方を見る。母さんを見たオークたちがいっそう鼻息を荒くしこちらに向かって一直線に走ってくるのがその向こうに見えた。オークはある程度の体の大きさのある雌なら人間でも他の魔物でも見境なく襲い掛かって妊娠させるからそのせいだ。母さんは美人だし。まあオークの美醜なんてわからないけど。
「うわっ、やっぱオークは無理だな。よし、後は任せた」
「さっきまで言ってたことと違うよね!」
「だってか弱い私じゃ襲われて妊娠しちゃう」
わざとらしく自分で肩を抱いておびえるポーズをする母さんの姿にイラっとして思わずトビをその頭目掛けて振るうけどこちらを見もしないで当然のように避けられる。しかもくねくねしたままで。
「ちっ」
「うわっ、フィル、お前舌打ちしただろ。ジジイか? ジジイの影響か? 大きくなったらお母さんと結婚するんだって言ってたフィルがどうしてこんなことに。やっぱあのジジイ殺すべきだったか」
「いや、じいちゃんは関係ないから。はぁ、もう冗談は良いからさっさと戦って帰ろう。門が閉まっちゃうよ」
泣きまねをしながら物騒なことを口走っていた母さんにもう乗らないからねと告げると、とてもがっかりした表情をして僕を見てきた。母さんは全く疲れていないかもしれないけれど僕は1時間走り回っていたから早く休みたい。
ちなみに母さんの言うジジイというのは僕の父さんの父親、つまり僕のとっては父方の祖父になる。母さんとじいちゃんは僕が言うのもなんだけどとても相性が悪い。その原因の大部分は僕の父さんのせいだ。
母さんは父さんにべた惚れだし、じいちゃんは父さんのことをとても愛している。だから2人で父さんを取り合っているってわけ。時には斬りあいに発展するほどに。どちらも怪我をしないので問題にはならないし、父さんが止めればすぐに終わるんだけど僕があの中に入ったら多分数秒ももたないくらいの攻防なんだよね。
「ふぅ、仕方ない。親子の心温まる交流はこのくらいにしておくか」
「どこが……いやっ、何でもない」
思わず突っ込んでしまいそうになるが母さんのこちらを伺っている顔を見てすぐにやめる。突っ込んだら負け。僕の家族が教えてくれた大事な言葉だ。
「どうした、もっと全力で突っ込まねえとお笑いの星は……」
「ブモー!!」
「うっせえぞ、ブタ! ブタならブヒブヒ言ってろよ。なんでブモーなんだよ!!」
言葉をオークジェネラルの叫び声にかき消された母さんが苛立たし気に剣を抜き放ち、そのまま僕が最初に飛び越したオークジェネラルに向かって振るう。僕にはかろうじてしか見えない速度で振られたその剣は確かにオークジェネラルの体を斬った。でもオークジェネラルは何事もなかったかのように母さんの後を追おうとその体をひねり……そしてそのままずるりと上半身が斜めにずり落ちていった。
やっぱり、すごい。
「ブヒィ!」
「いや、悲鳴はブタなのかよ」
母さんの顔は見えないけれどその呆れたような声色からは余裕しか感じられない。そして一瞬で一番体が大きく強いはずのオークジェネラルが倒されたことに恐慌を起こしたオークたちが散り散りになって逃げようとする。でもそもそもこの里は母さんが作った土壁で囲われてしまっているし、それ以前にそれを許すほど母さんは甘くない。
「はい、しゅーりょー。じゃあ頑張れよ、フィル」
「わかってる」
下半身が地面に埋まって動けなくなっているオークたちをよそに、母さんが土を盛り上げて作った椅子に座って組んだ足にひじを乗せた態勢でこちらを見ている。完全に観戦モードだ。あのポーズは相手のことをしっかりと見ていると思わせながら、逆に胸を谷間を相手に見せて悩殺するポーズだ!と母さんが無駄に力説していたのを覚えている。ちなみに父さんには全く効かなかったらしい。まあ今はどうでもいいや。
動けるのは僕と僕を吹き飛ばしたもう1体のオークジェネラルだけ。そいつは母さんが座ったことに喜色を浮かべ、そこから逃げるように僕に向かって襲い掛かってくる。僕さえ倒せば逃げられる。僕なんて簡単に倒せるって考えているんだ。
馬鹿にして!
「1対1ならお前なんかには負けない」
オークジェネラルの大振りな剣をかわして、トビの先のとがった部分をその肩へと突き刺す。オークジェネラルが悲鳴を上げて憎々し気な眼差しで睨みつけてくるのを睨みつけ返す。さっきのお返しだ。
オークジェネラルの攻撃をかわしカウンターを面白いように決めていく。たぶんこのオークジェネラルは進化したてだ。今まで戦ったどのオークジェネラルよりも弱い。これなら余裕で倒せ……
「うわー、おれのこうそくをといて、でてきやがったー!」
母さんの棒読みの悲鳴にオークジェネラルと僕の視線が一瞬そちらへと向く。母さんのすぐそばの地面からオークが這い出し、母さんから逃げるようにして僕の方へと向かってくるのが見えた。
わざとだ、絶対にわざとだ。身じろぎさえしてないし。
こちらにやってきたオークと僕にやられて傷だらけになっているオークジェネラルが目と目を合わせてうなずき合う。なんとなく、「悪い、待たせたな」「いや、気にするな。こいつを倒して生きて逃げるぞ」とか言っていそうな雰囲気だ。いや、オークの言葉なんてわからないけど。
完全に僕が悪役じゃないか!
母さんがその光景を見て指を指して笑っているのが見える。まずい、非常にまずい事態だ。ものすごく面倒な感じになりそうな予感がする。それを回避するためには……
「先手必勝!」
不意打ちでやってきたオークの頭を目掛けてトビを振るう。鳥のくちばしのように鋭い先端部分がオークの側頭部へと吸い込まれていき、オークは悲鳴さえ上げることなく倒れ伏していった。
「ブモー!!」
「うわぁ、それはねえよ。ほらっ、オー君も怒ってるぞ」
「敵に変な名前つけないでよ! 母さん、絶対にわざとやってるでしょ」
「ぴー、ぴー」
「わざとらしい口笛吹かない! しかも吹けてないし」
突っ込みを入れたら負けだとはわかっている。でもあからさまに顔を背けて、口笛が吹けるのにもかかわらず普通に口でぴーぴー言われたら突っ込まざるをえない。昔からの習慣だからなかなか変えられないんだ。
オークジェネラルは僕が倒したオークを抱えながら僕のことを鬼と言わんばかりの憤怒の表情で見ているし、本当になんなんだこの状況は!?
僕がそんなことに頭を悩ましているとこちらを見た母さんと目が合った。その瞬間に母さんがにやりと笑った。あっ、まずい。
「うわー、さらにもういったい、にげやがったー!」
先ほどのオークと同じように母さんから逃げるようにして僕に向かってくるオーク。そしてそれを見て抱いていた先ほど僕に倒されたオークを放り投げるオークジェネラル。生き残るため仕方がないとは思うけどさっきまでのは何だったのかと思うほどの手のひら返しだ。
やってきたオークの肩をオークジェネラルが親し気に叩くが、それに対してオークはその手を振り落としそして少しジェネラルを威嚇した。心なしかジェネラルがしゅんとしたかと思えばその腹にオークがひじ打ちを入れニヤッと笑う。そして落ち込んでいたジェネラルの表情が明るくなった。
うーん、「よく来てくれた」「気やすく触るな。むざむざ仲間を殺されたお前は信用ならん」「そうか……」「ここを生きて出ることで俺を信用させて見せろ」「ああ、必ず!」って感じかな。オークの言葉はわからないけど。うーん、なんかちょっとずつわかってきたような気がするのは気のせいだよね。
「すまない、フィル。俺の、俺の力が足りない、もぐっ、ばっかりにお前をピンチに、もぐっ、陥らせるなんて……」
「そういうセリフはせめて行動と一致させてから言ってよ」
どこからか取り出した魔物の魔石を母さんがもぐもぐと食べている。声色は真に迫っているけれど途中に挟まれる咀嚼音のせいで台無しだ。というより母さんの地面による拘束をオークごときが自力で抜け出すことなんてありえないんだけどね。
母さんの狙いはわかった。僕の実力を伸ばすためにぎりぎりの戦いをさせたいんだ。僕がちゃんと生きていけるように。
精霊と言うはるかに長い時を生きる母さんに比べて、ただの人間である僕はほんの少ししか生きられない。だからこそやりたいことが出来るようにと考えてくれているのだ。
だったら……
トビになっている3号を握る手に力が入る。
「僕は強くなって見せる!」
その言葉を合図に再び戦いが始まった。確認する暇はないけれどそんな僕を見て母さんが笑っているような気がした。
「うわー、こんどは、にひきどうじだー!!」
「ちょっと、いい加減にしてよ。母さん!」
からかわれているわけじゃないと思う。たぶん。
「だーかーらー、そんなに怒るなって」
「怒ってない」
「ほら、怒ってるじゃねえか」
結局僕の体力が尽きるぎりぎりまで同じようなことを繰り返されたため、街の門が閉まる時間には間に合わなくなったというか僕が動けなかったのでここで1泊することになってしまった。
母さんは途中からこうなることに気づいていたらしく、いつの間にか母さん特製の簡易宿泊住居の「俺のコテージ」を用意していたり、食事の準備を済ませてしまっていた。母さんが倒したオークジェネラルの解体まで終えていたくらいだ。
戦っていたオークジェネラルを倒した僕が体力の限界で倒れて、動けるようになってすぐにオークジェネラルのステーキとかが出てきたのはそう言う訳だ。
ちょっと困った顔でこちらを見る母さんを無視しながらステーキにかぶりつく。悔しいけど美味しい。家族の中で一番料理がうまいのは母さんだから当たり前かもしれないけれど。無言を貫く僕に観念したのか母さんが肩をすくめた。
「仕方ねえな。今日は夜の見張りはしなくていいぞ。俺も悪乗りをしすぎたしな」
「えっ、本当?」
「ああ、男に二言はねえ」
「男って母さん女でしょ」
「細けえことはいいんだよ」
男勝りなところはあるけれど、母さんはれっきとした女だ。手をひらひらと振りながら本当にどうでも良さそうにしているのは精霊だからなのかもしれない。母さん以外の精霊にはまだ3人しか会ったことがないから何とも言えないけれど。
赤茶色の艶のある髪の毛は腰のあたりまで伸びており、黄色の目は少し釣り目がちだけれど整った顔立ちと、やっぱり美人と言う言葉が母さんには似合っている。スタイルも友人の言葉を借りれば……ええっと、まあいいや。あんまり実の母親に言いたくないような言葉しか浮かんでこなかったし。うん、抜群だ。抜群。
「んっ、どうかしたか?」
「ううん、何でもない」
こちらを覗き込んできた母さんの顔が近くてちょっとのけぞりながら答える。うん、これ以上変なことを考えるのはやめておこう。
「もしかして見張りはしなくて良いし、夜は長いから自家発……」
「ああー、違うから! そういうことさらっと言わないでよ」
「くっ、愛する息子のためなら物理的に一肌脱ぐ覚悟も……」
「しなくていいから!」
わざとらしく胸元が見えるようにして服を脱ごうとした母さんを慌てて止める。確かに美人でスタイルは良いかもしれないけれどやっぱり親子だからそういう気持ちは全く起きない。起きないけれど実際にそういう格好でいられると目のやり場に困る。だって見た目は20代前半の綺麗なお姉さんだし。
母さんももちろん僕に対してそういう気持ちはないし、というか父さん一筋なんだけど、だからこそ僕をからかうためにわざとこういうことをしてくることがあるのだ。止めないと本当に脱いじゃうし。
「ううっ、やっぱり私みたいな年増じゃだめなのね。ミリーちゃんみたいなピチピチの……」
「ストーップ! それ以上は本気で怒るからね」
「若いねぇ。うしししし」
変な笑いと着ていた服を残して地面に消えていった母さんの態度にがっくりと肩を落とす。うん、今日は早く寝よう。どうせ明日も疲れるだろうし。
そんな風に諦めて母さんが土で作った2階建ての「俺のコテージ」へ入るべくその階段へと向かうのだった。
翌朝目覚めた僕は母さんの作ってくれた朝食を食べて僕たちが今泊まっている宿のあるバルダックの街へと帰ることにした。昨日の夜のうちに母さんが動いていたようで、僕が泊まっていた「俺のコテージ」以外はオークの里があった痕跡さえなかった。ちょっとぽっかりと空間が開いてしまっているので何かあったのかなとは思うかもしれないけれど。
「よし、行くぞ」
「うん」
母さんが引く荷台に乗って街へと帰る。僕が楽しているようにも見えるけれど実際は揺れる荷車で父さんが書いた調薬のレシピ本を読まなければいけないので体力的にはそうでなくても疲れる。とは言え今日は半日程度の移動なので楽な方なんだけどね。
昼近くなりバルダックの外防壁が見えてきたので本を読むのをやめて荷車を後ろで押すようにして歩く。乗ったままでいると好奇の目で見られるしね。
「よう、相変わらずしけた顔してんな」
「うっせえ。お前こそ……くぅ、美人は得だな、おい!」
「だろっ。そういえば半日くらい行った森の中にオークの集落あったぞ。一応潰しといたが街を出る奴に知らせといてくれ。はぐれがいる可能性もあるしな」
「まじか。わかった。隊長にも伝えとく」
「おうっ、頼むな」
母さんと顔見知りの門番の人が親し気にやり取りをして話を進めていく。一応ギルドカードとかを提示する必要があるんだけど母さんははっきり言ってフリーパスだ。まああれだけ特徴のある人を忘れるような人は門番にそもそも向いてないと思うけどね。
母さんと話している門番の相方の人が僕のギルドカードを確認していく。確か最近ここに配属された人だ。僕もそこまで長いことこの街に住んでいるわけじゃないけどね。
「ねぇ、あの人が君のお母さんって本当?」
「はい」
今まで散々された質問にいつも通りの返答をする。見た目20代前半の母さんに、15歳の息子がいると言われても中々信じてもらえないことが多いのだ。あんまり似ていないし僕の容姿は中の中、つまり普通だし。そのせいで絡まれることも多いんだよね。
「うわっ、本当だったのか。先輩から聞いていたけどショックだ」
「ええっと、何と言っていいのかわかりませんが……」
「ああ、ごめんね。すごい綺麗な人だなって思っててさ。その割に気さくに話しかけてくれるし。ちょっといいな、と思ってただけだから」
「人じゃなくて地面なんですけれどね」
「?」
「ほら、行くぞ、フィル。ギルドには俺が報告しておくからおばちゃんの宿で着替えとけ。夕食は別々だな。俺はギルドにオークの集落の話をしてくるから遅くなりそうだし。仲間と飲みに行ってもいいぞ」
「わかった」
オークの集落が見つかったというのは街にとっては結構な大ごとだ。対策をしないとすぐに増えるしね。一応僕たちが潰したから大丈夫だとは思うけれど周辺の調査などのためにも詳しい説明が必要で時間がかかるんだ。
解体したオークジェネラルを荷車に乗せたまま去っていく母さんを見送って門のすぐそばにある僕たちが借りている宿へと入っていく。
「いらっしゃい……ってフィル坊かい。あんたそのまま部屋に入るんじゃないよ。服が血で汚れているじゃないか。先に庭で体を綺麗にしておいで!」
「うん、ただいま。ステラさん。えっと着替えを持って来たらすぐに行くよ」
「ったく、なんて格好してるんだい、本当に。早く戻ってきなよ!」
ぶつぶつと文句を言いながら僕のためにお湯を沸かす準備をしてくれているのはこの宿の店主のステラさんだ。父さんたちの昔の知り合いらしくて、この宿に初めて泊まりに来た時に母さんが父さんたちからの手紙を渡していた。それ以来僕のことをフィル坊って呼んでくれて優しくしてくれるのだ。口調はきついけどね。
ステラさんに少し怒られながら体を綺麗にして、服もそのお湯を使って洗ったんだけれどやっぱりシミは残っていた。結構お気に入りの一着だったんだけどなと凹んでいたらステラさんが奪うようにして持って行ってしまった。「最近の若いのは染み抜き1つ出来ないのかい!?」って言っていたから多分綺麗にしてくれるってことだと思う。後で何かお礼を買って来よう。
中途半端な時間だし夕食も各自と言う話だったのでバルダックの街をぶらぶらとすることにした。僕たちが泊まっているのは外街と呼ばれる新しく作られた街なので道がしっかり区分けされていて迷いにくくなっている。バルダックは交易の中継都市なのでなかなかの賑わいぶりだ。
1人でぶらぶらと歩くのも久しぶりだなと考えながら散策している僕の目の前に見慣れた3人組が現れた。3人も僕に気付いて手を振って呼んでいる。
この街で僕とパーティを組んでいるオーウェン、ミリー、ノルンだ。
「あれっ、フィルってお母様と特訓じゃなかった?」
「うん。さっき何とか生きて帰ったところ」
「今度は何されたの?」
「オークの集落に放り込まれた」
「うおっ、良く生きて帰って来たな」
「まあね。母さんがいるし、死ぬことはないから。ふふっ、死ぬことはないんだよね」
改めて人に説明すると僕のやってることがいかにおかしいかがわかってしまい落ち込んできた。確かに母さんも3号もいるから死ぬことはないんだけど、普通は死ぬようなことをさせられているんだよね。
落ち込む僕の肩をオーウェンがばんばんと叩いて肩を組んできた。
「よし、飲もうぜ。俺たちもちょうど依頼が終わったところだしな」
「いいねー。言い出しっぺのオーウェンのおごりね」
「ノルン、さすがにそれはまずいわよ。フィルもそう思うわよね?」
「あ、うん。そうだね。じゃあ男組で折半しようか?」
「いやっ、ちょっと待てフィル。その解決方法はおかしいだろ!」
ワイワイと話しながらなじみの酒場へと繰り出し、嫌なことを忘れるように僕はかなりの量の酒を飲んだ。3人も同じくらい飲んでいるので皆かなりベロベロだ。となるといつも通りの展開になるわけだ。
「お前の母さんを俺にくれ、いやください」
「だから父さんはピンピンしてるし無理だって。母さんは父さんにべた惚れだし。」
「くー、なぜもっと早く俺は出会わなかったんだ。もし出会っていれば俺がお前のお父さんだった可能性も……そうだっ! お父さんって呼んでもいいんだぞ」
「いや、オーウェンをお父さんなんて呼びたくないから」
「出会いが最悪だったオーウェンには万に一つも可能性はないよね」
「だめだよ、ノルン。本当のことでも言って良いことと悪いことがあるんだから」
ナチュラルにとどめを刺してくる女子二人組のせいでオーウェンが涙を流しながら机につっぷした。可哀想だけど面倒なので僕からフォローはしない。
僕と母さんとオーウェンの出会いはこの酒場だった。僕と母さんがたまたま訪れたときにこの店で飲んでぐでんぐでんになっていたオーウェンが母さんの胸をいきなり揉んだのだ。まあその直後にオーウェンは母さんのパンチで吹っ飛ばされてすぐに気を失ったんだけどね。
そして翌日の昼頃にオーウェンが僕たちの前に現れて衆目をはばからず土下座したんだ。母さんは笑って許していたけれどなかなか頭を上げないので僕の方が恥ずかしいくらいだったのを覚えている。
こういう経緯だけを見るとオーウェンの印象は悪いような気がするけれど、実は母さんの中ではどちらかと言えばオーウェンは良い印象なのだ。もし悪い印象なら宿に帰ってから僕に「人は誰でも過ちを犯す。だけど間違ったことをして素直に謝れる奴はそうはいねえ。フィルも仲間にするならああ言う奴にしろよ」なんて言うはずないからね。
まあそんな縁もあってオーウェンのパーティに参加させてもらうことになり、その仲間であるミリーとノルンとも知り合うことになったんだけどね。
「でもでも子供を産んでいるのにあの体型と美貌、それに強さを維持できるってのは憧れるよね」
「確かに。フィルは親子なんだし何か秘訣とか知ってる?」
「母さんは地面だからね。体型なんて変わらないよね」
「また出た。そのネタ全然面白くねえぞ。しかしあの胸はすごかったぞ。弾力と言うか張りが違うんだ。やっぱ特殊なトレーニングとかしてるんじゃねえの?」
「それも地面だからだね」
「またまたー」
ダメだ。だんだん考えるのが面倒になってきた。と言うか母さんが特殊なのは地面と言うか土の精霊だからだ。だから年齢も体型も変わらないし、それどころか攻撃が当たってもダメージが入らない。
母さんは精霊という事は隠していて、人間の強力な土魔法の使い手として「地面の操者」なんて二つ名がついているけっこう有名な冒険者だ。僕が子供だって知られると色々と聞かれることも多いんだよね。何を聞かれても真実だけど真実ではない答えしかしようがないのに……
「だから地面なんだってば!」
「「「ハハハハハ!!」」」
誰も信じてくれない。
そう、僕の母さんは地面だ。でも誰もそれを信じてはくれない。
大地転生と言う作品の嘘予告次回作として思いつきで予告したらリクエストを頂いたので本当に書いてみました。
つまり、嘘の次回作ですよと言ったことを嘘にしたと言う訳です。そんな嘘だらけの今作を読んでいただきありがとうございました。