登校の朝、クラス分けの衝撃
「おはよう」
「なんだ、太郎。あまり寝れなかったのか?」
俺が少し眠気の残った目でリビングにいくと新聞を広げていた父さんが尋ねてきた。
「お兄ちゃん、ねむそー、ねぐせー」
「高校が始まるから緊張してるのよ」
母さんの食事の用意を手伝っていた妹の花子が面白そうに俺の寝癖を指さして、母さんが朝ご飯を作りながら言う。
「ああ、うん。ちょっとね」
俺はそう言いつつ、椅子に座ってぼんやりとテレビを見ながら学校のことを考える。
遅い昼ご飯を喫茶店でとった俺たちはあれから不安を吹き飛ばすように遊んだ。ボーリングをしてカラオケをして、帰ったのが夜の八時過ぎだった。中学校はどうだったかとか、チームメンバーの近況を聞き、頭をリラックスさせながらどうするかを考えた。
まあ、何が起きるかまったく予想ができないので対処の仕方はわからない。
ハカセが時間の許す限りしらべた新次元研究所のことは収穫だったけど。
新次元研究所。それは約15年前に日本の放射光施設でブラックホールの生成を成功させた研究所だ。生成を成功したと発表してからそれを取り下げ、そのあとは謎の沈黙を守っている。沈黙というのは物理的な研究をあまり発表していないと言うこと。他の分野ではめざましい活躍を見せて、日本の経済はうなぎ登り。先進国各国は目の敵にしているようなところだ。ハカセは研究成果の大部分を独占せずに、バランスを取りつつ成果を提供し、目の敵にされすぎないようにしているらしい。彼曰くまだまだ何かを隠しているのだとか。それでもそんな成果を握っている日本の株価は安泰で、世界の投資家は日本にお金を流している。
そんな研究機関はやっぱり色々な噂が飛び交うホットスポットな訳で、ネットを使えば都市伝説的な話や宇宙人説などがあふれかえっている。
読んで楽しむ分には娯楽だが、そんな膨大な量の噂の中で本当のことを見つけるなんて不可能だ。俺も帰ってから自分で調べたりしたが、夜遅くまで掛かってもこれといった成果は見当たらない。宇宙人や未来人や超能力者や頭脳が進化した新人類が敵だったらお手上げだ。なので焼け石に水程度の用意をしてベッドに滑り込んでもやっぱり寝付けなかった。
ニュースはいつものようにどこかで殺人事件や犯罪が見つかっているが、おしなべてこれといったニュースもない。経済は順調にGDPを上げて、国のえらい人も顔色が良い。 俺はニュースを見るのを止めて、父さんに声をかける。
「父さん、新聞読み終わったら貸して」
その言葉に父さんはちょっと驚いた顔をして嬉しそうになった。
「そうか・・・いいぞ、読め」
何か情報はないかと経済欄や技術欄にさらさらと目を通す。
んー特にないな。
「太郎、新聞そろそろしまいなさい。朝ご飯ですよ」
「お兄ちゃん、ごはんー」
「あーわかった」
時間はチックタックと進んでいく。
「遅い」
ハカセがイライラした様子で時計を見て言った。
朝の登校時刻、俺はハカセとバーサーカーと一緒にコンビニの前でカンフーとボールを待っていた。小学校の頃に待ち合わせによく使っていた駄菓子屋、いまはコンビニになっているが、待ち合わせの場所にはちょうどよかった。長く待たされるなら立ち読みをすればいいし、ちょっと暇なら飲み物を買えば良い。朝の利用客が多い時間帯なので俺はのんびりとそれを見ながら待てる。
だけど時間にうるさいハカセは待ちきれない様子だ。
そろそろ急がないと遅刻するような時間なので分からなくもない。今日はクラス分けがあるのでハカセはゆっくりと見たいのだろう。
「走ればまだ間に合うよ」
俺はそう言いつつハカセをなだめる。
「あいつらは変わらないな」
「そうだねぇ」
もぐもぐとドーナッツを食べながらバーサーカ―は相づちを打った。
この三人は時間前行動ができるが、ボールとカンフーはよく遅れる。ボールはただの寝坊で、カンフーは朝稽古に熱が入りすぎて忘れるのだ。
昨日俺たちは一緒に登校する約束をしている。何が起きるか分からないので集団行動というやつだ。小学校の頃はみんな学校ではクラスが違ったり、他の友達もいたりするが、登校と冒険のときは待ち合わせをする。
しびれを切らしたハカセがボール達に連絡しようと携帯をとりだす頃、ブレザー姿の学生が走ってくるのを見て手を下ろした。
「だぁー! わりぃ! 寝坊した!」
「すまん! 気絶してたわ!」
カンフーはたぶん朝稽古で彼の父親にしめおとされたようだ。
「遅い。十五分の遅刻だ」
「わるかったってハカセ。色々と用意してたら遅れた」
鞄を見せるように持ち上げてボールが言う。
今日は授業の初日なので鞄はぺちゃんこのはずだが、俺たちの鞄はそれぞれちょっと膨らんでいる。
昔使っていた冒険道具が入っているのだ。俺が考案して、ハカセが内容を決めたもの。十徳ナイフやライト、小型無線機などの基本セットにそれぞれの役割に応じた道具が防水ポーチに入っている。俺の役割はリーダー兼衛兵。ハカセがいうにはリーダーは仲間を鼓舞すればいいから怪我を治す役が一番だとのこと。だけど自分の手当ばっかりしていたような気がする。
「そんなもの昨晩のうちに準備をしておけ」
「だから! わるかったって!」
いがみ合う二人。
ボールも朝練とかあるのにどうしているんだろう?
まあいいか。
「とりあえず行こう」
俺がそう言ってメンバーと一緒に学校に向かった。
すこし急いで俺たちは学校の校門を抜け玄関に入る。
下駄箱の横に設置された掲示板でたむろしている新入生はまばらだった。もうすでにみんな校舎の新しいクラスに言っているのだ。一年生のクラスは三階にあるので、下駄箱を通り過ぎる人のほとんどが上級生。
俺たちがクラス分けを見ようと掲示板に向かうと笑い声が聞こえる。
「ねぇ、Y組のレッドってなに? 外国人?」「X組には赤ずきんとか白雪姫もいるよーウケる」
それを聞いて思わず俺たちは顔を見合わせる。
「いま、レッドって聞こえなかったか?」
「ああ・・・聞こえたぞ」
「見てくるわ!」
俊が小さな体を身軽に動かして掲示板に張り付くと、
「なんやこれ!」
大声で驚いた。周りの人がビックリしている。
俺たちも慌ててそれを見に行く。
クラス分けには普通A組~E組に分けられるが、その横にすごく人数の少ないクラスX組とY組がある。しかもそれが・・・。
「どうやら俺の考えは当たっていたらしいな」
息を飲んでハカセが呟いた。
「マジか・・・」
「どういうことなんだろ・・・?」
ボールとバーサーカ―が放心したように言った。
A4のコピー用紙に小さなフォントで書かれたクラス分けの紙。どこにでもあるような普通の紙にぞっとするようなことが書かれてある。
クラス分け
Y組
出席番号1 カンフー
出席番号2 ハカセ
出席番号3 バーサーカ―
出席番号4 ボール
出席番号5 レッド
※Y組はX組と合同教室の新校舎の新一年生特別教室へ集まってください
俺たちのコードネームが書かれていたのだ。俺たち以外誰も知らないあだ名を。
「さすがに・・・これは気持ち悪いぜ」
「俺たちがどのクラスになるかを隠すためにあだ名を書いている可能性があるが・・・すぐにバレるようなことをなぜするのかわからん。こんなことをしなくとも拉致したらいいだけの話だ」
「それだけやないで。横の組みもおかしなことになってるわ」
カンフーがそう言ってX組を指さした。
X組
出席番号1 赤ずきん
出席番号2 コゼット
出席番号3 白雪姫
出席番号4 ドロシー
出席番号5 ハイジ
※X組はY組と合同教室の新校舎の新一年生特別教室へ集まってください
コゼットやドロシーというのは分からないが、他は有名な童話や児童文学の主人公。それも女の子だ。
「Y組は童話や児童文学の登場人物だな。コゼットはレ・ミゼラブルの登場人物のあだ名。本名はユーフラジー。日本ではコゼットを題材にしたアニメもある。ドロシーはオズの魔法使い」
記憶力のいいハカセはすらすらとタイトルを言う。
それで思い出した。どちらもアニメや小説で読んだことがある。
顎に手を当ててハカセは考えている。
それを見守りながら震えるような怖さで、気ぜわしくボールが唸る。
「童話と俺たちがなんだっていうんだよ・・・ふざけすぎだろ。職員室にいって聞いてくるか?」
「ボールにしてはいいアイディアだな。聞きに行くのもアリだ。どうする? レッド」
ハカセが俺に聞いてきて、他のメンバーも俺の判断を待っていた。
確かに聞くのは良い方法だと思う。だが、一つ確認したいことがあった。
「ハカセ、普通のクラスに俺たちの名前はある?」
俺はX組とY組の衝撃が大きすぎて、他のクラスに自分の名前があるのを確認していなかった。そんな余裕がない。
ハカセは首を振って否定する。
「ないな。他のクラスには俺たちの名前は抜けている。あだ名が俺たちの名前の代わりだ。他のクラスにいっても座席はないだろう」
「んなもん無視して適当なクラスに紛れちまえばいい」
「それええな」
「そ、そうかな・・・そんなことしたらすぐにバレないかな?」
四人は不安そうに話し合っている。
これは異常な状況だ。
この状況は俺の知っている普通の世界じゃない。昔俺が望んでいた不思議な事件。
俺たちしかしらないコードネームのあだ名をクラス分けにつかっている。あだ名は両親にも他の同級生にも話していない。無線機や冒険のときにだけ呼び合い楽しんでいたからだ。あだ名を知っていることは俺たちの秘密が筒抜けと考えてもいい。敵はきっと俺たちがどんなことをしても逃れられないようにしているんだ。
なら答えは決まっている。ヒーローズに敵が現れたらすることはひとつだ。
「乗り込む。ハカセが言ったように何かをしようとおもえばすぐにできたはずだ。俺たちを傷つける目的ではないのはたしか。なら確認しよう。そうしなければ・・・俺たちの負けだ」
俺の言葉にみんなは少し驚くが、何かに気づいたように顔を俺を見て笑う。
「・・・そうだな。そうだよな。ヒーローズを再結成したんだ。俺たちは・・・最強じゃなくっちゃな! ようやくレッドらしくなってきたじゃねぇか」
「毎回無茶で呆れるが・・・レッドの判断に任せる」
「うん、ちょっと怖いけどね」
「そうか! なら俺もいっちょ気合い入れてカチこみにいくか!」
パシッとカンフーが拳を両手で叩いて気合いを入れる。
なんとか不安が飛んだ。言葉にすれば簡単なこと。
「じゃあ、特別教室に乗り込こもう」
「「「了解!」」」
みんなの返事とともに予鈴が鳴り響いた。