表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

ヒーローズ再結成

 三成の対監視行動は念入りだった。念入りすぎて最初は楽しんでいた俊と茂樹の機嫌が悪くなるほどに。

 一番近い駅に乗り込んで電車で移動する。乗り換えの多い駅では発車直前の普通電車に突然乗ったり、下りたりを繰り返しどんな人間が尾行してくるかを監視していた。ある程度振るいにかけ終わったら見知らぬ駅で降りて、その商店街の裏路地を駆使して、行ったこともないような二階の席の喫茶店に入り込む。入学式が終わって二時間。ようやく喫茶店のボックス席で一息付けた俺たちは注文したちょっと高めの料理を待つ間に話し始めた。

「さすがに無言で目的地がわからないのはきついな。ずいぶんと引っかき回してくれたんだから面白い話なんだろ? ハカセ」

 お冷やを飲みながら茂樹がそう切り込む。

 メニューを注文している間も話すなと言われていたのですこし彼も棘があった。

「俺も途中から止めたくてしょうがなかったわ」

 亮はのんびりと店のメニューを眺めつつ、聞き耳を立てている。

 俺たちの視線を浴びた三成は店内の様子をサッと観察して、ようやく重い口を開いた。「単刀直入に言おう。俺たちはあの東雲高校に呼び集められた。おそらく政府ぐるみでな」

 耳を疑う。三成からそんな話がでるとは思っていなかった。

「スパイごっこの続きか?」

 茂樹も同じ気持ちだったようで驚いて聞いていた。

「俺は別に信じてくれとは言わん。俺の仮説を話しているだけに過ぎないが、理由はいくつかある」

「理由ってなに?」

 三成はすっと尋ねた俺に視線を向ける。その目はチームのブレインだった知的な光を帯びていた。嘘をついたりこちらを辛かったりするような感じはしない。

「太郎と亮は問題ない。特にこれといっておかしなところはなかったからな。問題は俺と茂樹、俊だ。まず俊、お前は中学の時の中国留学はスポンサーがついたから行けたんだよな? そして東雲高校のスポーツ推薦の話もそのスポンサーが持ってきた」

 話を向けられた俊は訝しげに頷いた。

「そうやで。俺の練習を見に来ていた少林寺マニアの社長がえらい気前よくてな。中国の留学や向こうでの生活費、道場代を全部だしてくれたんや。推薦の話は俺も驚いた。俺の学力じゃ無理やからな」

「その会社はダミーだ。存在はしているが実態はない」

「なんやて?」

 聞き返す俊を無視して、三成は今度茂樹に目を向ける。

「茂樹、お前は俊のようにスポーツ推薦ではなく、一般入試で東雲高校に入学したはずだな?」

「ああ、なんだよ? 陰謀だっていうのか?」

「そうだ。お前の母親から受験直前の模試の答案を見せて貰った。あれでは到底東雲高校には受からない。本来お前は東雲高校に不合格のはずだ」

「奇跡だって起きるんだよ。それにめちゃくちゃ努力したんだぞ俺」

 唸るように茂樹が三成に文句を言う。

 それをどこ吹く風と三成は無視した。

「一番動かされたのは俺だ。知っていると思うが俺の父親は三成製薬の経営者。大手ではないが、それなりに堅実な経営だった。父は虚栄心は大きくても商売では手堅い。だが、この半年で俺の状況が目まぐるしく変わった」

「どういうこと?」

 不穏な話に俺は身を乗り出して聞く。

「簡単に言えば破産しそうなんだ。一年前にライバル会社ができてな。それに顧客を全部取られた形になる。このままいけば一年後にどうなるのかわからない。俺の通っていた学校は私立で破産寸前の家では授業料が払えなくてな。辞めると父に言ったんだ。ここまでなら別に不思議でも何でもない。父親の経営がまずかったんだろうと納得していた。だが、俺が県内の高校のどこかに進もうかと考えていたのときに・・・東雲高校の理事長が来たんだ。授業料を免除するからウチに来てくれと」

「ただの運がいい話だろ。自慢がしたいのか?」

 無視された茂樹が憮然として言い捨てる。

「運がいいと一括りにするのは簡単だが、気がついたら何かに巻き込まれているなんて俺はゴメンだ。しかも、俺が高校の受験案内のパンフレットを集めた翌日だぞ? 俺の家族が金に困っているなんて誰もしらない。虚栄心が強い父はなるべく普段の生活を振る舞おうと破産しかけの事実をずっと隠していたんだ。打ち明けたときにすら母と俺にも誰にもいうなと言ってな」

「つまり三成は監視されていると思ったってこと?」

「ああ、話が早くて助かる。俺は理事長が帰ったあとに授業料の話が気持ち悪く思えてな。両親は近所の高校に行けば何かあると勘ぐられるのは嫌だったらしいが・・・授業料免除と通学費が浮くことは魅力的すぎた。東雲高校は公立の中では上の方の進学率でもあるしな」

 そこで三成は話を止めた。

 店のマスターがエプロン姿で料理を運んできたからだ。

 湯気が立つカレーやオムライスが良い匂いを運んでくるが、俺たちは先ほどまでの空腹が吹き飛び、続きが気になって誰も手を付けようとはしなかった。

「で、どうなったんや?」

 俊がしびれを切らして聞く。マスターの後ろ姿をちらりと見た三成はまた話し始めた。

「俺は二三日、ふだん通りにしていたが、やっぱり気になって父から色々と聞き独自に調べた。結果、父のライバル会社が怪しすぎた。どうやらベンチャー企業でできて一年も経っていない新しい企業だ。普通製薬会社は非常に金と時間が掛かる。薬の開発や製造で10年はかかり、病院と薬局とのコネなど諸々を考えると新興企業が一年未満でおいそれとシェアを奪えるはずがない。非常に少量生産の薬品で競争相手がいないようなものなら参入できるが、その企業は俺の父親の会社のラインナップと同じ薬品を製造していた。全く同一ではなく、同じような効果でウチよりも安く(・・)だ」

 三成は安くをワザと強調して言った。

「安かったら悪いのかよ?」

「ああ、基本的に製薬会社は高い薬を売って儲けるからな。安くていい薬では新薬開発のコストを回収できずに企業は伸びない。まあこれ以上は専門的な話になるから省くが、ようは企業の利益よりも父の会社を潰しに掛かってきている。まるで石田家の財政を悪くするように」

 三成はそこで一旦区切り、お冷やを飲む。喋りすぎて喉が渇いたんだろう。彼は話し始めてだんだん自分の中にあった何かが溢れ出てきたのか途中から喋るのが早い。彼も怖かったのかもしれない。水を飲み少し落ち着いた彼は苦笑しながら聞く。

「・・・食べないのか?」

「食べれるわけないだろ」

 茂樹が真剣な顔でいう。

「そうか。信じてくれたのか。俺はこんなバカバカしい話が最初は信じられなかった。でも、理事長がなぜ俺が学校のパンフレットを集めたのか疑問に思って家を調べたら盗聴器があったんだ。怖くて触ってはいないが、電話も盗聴されていると考えたら誰かに話すこともできなくてな」

「マジかよ・・・」

「やばいなそれ・・・俺たちの家にもあるってことなんか?」

「わからん。でも俺の家にはあった。本当はもっと早くお前たちに話したかったが、誰に監視されているかわからなくてなるべく接触しないようにしていたんだ。今日、お前たちが話しかけてこなければ黙っていようと思っていた」

 俺たちが三成の話を信じていることに彼は安心していた。

 だけど彼はもっと何かを調べ当てている。

「でもどうして政府がらみだと思ったの?」

 そう聞くと三成はまた真剣な顔をした。

「それはベンチャー企業が特許庁から認可された薬を調べたからだ。さっき言ったように新薬の特許を習得するまで10年以上かかる。なら一年未満の企業がどうして新薬を製造できるか。それを調べたら大元がわかったんだ。なぁ新次元研究所って覚えているか? 太郎は覚えていると思うが」

 覚えている。忘れるものか。

 俺が入院してネットにハマったときその研究所の色々な話を調べたことがある。退院して真っ先に三成と話題にしたことだ。製薬会社の息子で頭の良かった三成はその研究所のことを色々話してくれた。

「ブラックホールを人工的に作った研究所だよね」

「ああ、覚えていたか。そうだ。人工的にブラックホールを生成し、それを安全に保存できたと発表した日本の国家研究機関だ。そのあとすぐにそれは誤認だったと取り下げたがな。しかしその研究所は飛躍的な研究を数多くの分野で残している。そのほとんどが新しい化学物質や新素材、製薬といったものに活かされて、時代は10年進んだとも言われているんだ。そこが薬の出所だった。俺が政府がらみといったのはその研究機関が国立で、東雲高校が公立。二つをつなぐのが国の機関だと言うことだ」

 何か大きなことに巻き込まれているか?

 俺たちはなんとなく不安を感じながらそれぞれ考えている。

 正直、俺には本当か三成の勘違いなのか判断がつかない。この五人の中で一番嘘をつかないのが彼だし、妄想をベラベラと話すような奴でもない。ちゃんと証拠を探しながら自分の考えを言う。

 そんな中、茂樹がよくわからないと言った顔で三成に聞く。

「そのブラックホールを作った国の研究所と俺たちになんの関係があるんだっていうんだよ?」

「それは俺にもわからないし、最初は俺だけのことだと思っていたんだがな。だが、なぜ東雲高校なのかを考えると俺にはお前たちのことしか思い浮かばなかった。東雲高校と俺をつなぐのは、お前たちとの約束しかない。悪いと思ったが、色々と勝手に調べさせて貰い茂樹の成績や俊のスポンサーのことが分かってきてな。俺たち五人は・・・集められたんだと思う」

 ぞっとするような話に俺は身震いしそうになる。

「僕たちは・・・どうなるの?」

 亮も不安そうに三成に聞いていた。

「それは俺も知りたい。いまでもこれが俺のただの妄想で、茂樹のように全部偶然で起きたことだと信じたいぐらいだ。しかし俺はただ巻き込まれるのは嫌だ。たとえ無駄だと分かっていても心構えぐらいはしておきたいだろ?」

 三成はそう言うと茂樹の顔を見る。茂樹はバツが悪そうだった。

「だぁ! 悪かったって。俺もそんだけでかい話だとは思ってもなかったんだ。それよりハカセはどうしようと思ってるんだよ、これから」

「素直に話に乗ってみようと思っている。俺の推測が当たっていたら俺がわめいてもどうにもならない相手だ」

「マジか・・・明日からどうやって学校にいけばいいんだよ。怖くて行けねぇよ」

 絶望的な顔で茂樹が頭を抱える。

「せや、ハカセ、その理事長ってやつはどんなやつや?」

 思いついたように俊が三成に聞く。

 三成はまた複雑そうな顔をした。

「・・・実は公立に理事長はいないんだ。私立にはいるけどな」

「なんやて? ならその理事長って言ったやつはおっちゃんと同じ詐欺師か?」

 おっちゃんとは俊のスポンサーのことだろうか?

 三成は首を振って否定する。

「俺も免除の話のお礼を言うふりして理事長の携帯ではなく、直接高校に電話をかけて確認したが、東雲高校にはなぜか理事長がいる。授業料免除の話も本当だった。学校のホームページには校長の顔しかのっていなかったし、情報はなにもつかめなかったがな。俺が会ったのは小柄な老人でスーツ姿だった。名前は浦島太郎。俺も人のことはいえないが、おかしな名前だろ」

「おいおい・・・俺たちは竜宮城にでも連れて行かれるのか?」

「半年前の俺なら茂樹のくだらない冗談には何も答えないが、それもあるかもしれないな。玉手箱でも開けるか」

 自嘲的に三成が言って茂樹が嫌な顔をする。

「くだらなくて悪かったな」

「いまは気が紛れる。なぁ、太郎と他のみんなにお願いしたいことがあるんだ」

 三成の口からお願いという言葉は初めて聞いたかもしれない。俺たちがお願いしたことは山のようにあるけど。

「なに?」

 と、四人は口調を変えつつも三成に聞く。それを見て、真面目な顔で三成は言った。

「ヒーローズをもう一度再結成しないか」

 その言葉に俺たちは笑い出してしまう。

「変なこといったか? 俺はけっこう真面目にいったんだが」

 ムッとした顔で俺たちを睨む三成。

「そうかそうか。ハカセも怖かったんだなぁ。再結成をお願いしちゃうぐらい不安なんだよな」

「茂樹、意地悪するなよ」

 不安で三成が俺たちを頼る、なんて珍しい場面が先ほどまでの暗い雰囲気を吹き飛ばすようだった。俺たちにとって三成はいつでもクールに、不安なんてない、世の中は単純だという性格だからだ。俺は軽く秀樹の体を小突いて、三成に顔を向ける。

「俺たちが入学式のあとで三成を探していたのは再結成の話をしにいこうと思ったからなんだ」

「そうなのか?」

 三成が俺たちの顔を見渡す。それに茂樹達は頷き、俺に目を向ける。

 俺に任せるようだ。

 本音を言うと彼の話をすべて鵜呑みにはできない。俺は彼がいったように中学時代から東雲高校へ行くために勉強を頑張ってきた。他のメンバーが約束を忘れていようと、俺は一人でも行くつもりだった。

 つまり、俺には彼の話を信じる確証がないのだ。

 でも俺は彼を信じている。彼の話を信じるのではなく、彼を信じているんだ。それが間違っていてもリーダーは絶対に本気で話すメンバーを疑わない。

 それに再結成の話は嬉しいことだし、何もなかったらただ一緒にツルんでいれば良いだけの話。不安がっているメンバーを放っておくのはリーダーとして最低だ。

 だから今度は気が重くならずに言える。

「ハカセ、ヒーローズをもう一度結成しよう。仲間になってくれ」

「ああ、頼む、レッド」

 三成はすこし嬉しそうに頷いた。

「なぁレッド、例のセリフはないのかよ?」

「せやなっ! あれがないとはじまらんわ」

「うん、そうだね。あれがないといけないよね」

 はやし立てるように茂樹たちが言う。

 いや、あれは・・・さすがに恥ずかしい。

「ほらあのセリフはボス戦だからさ」

「なんやしまらんなぁ」

 俊が言ってちょっとみんなは物足りないような顔。

 んー、今の俺がいってもしまらないような気もするけど。

「太郎には太郎の事情があるんだろう」

 三成が冷静に言うとみんなは黙り込んだ。

 責められているように肩身の狭い。

「・・・ねぇ。そろそろ料理食べない? もう冷めちゃったけど」

 亮が残念そうに大盛りのオムライスを見て、ぼそりと言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ