第31話 エルハンストの商人 (主人公視点)
夕方日没後少しして、俺たちはエルハンストに到着した。
エルハンストは国境への街道の宿場町として発展してきた町であり、中継地点として王都と隣国を結ぶハブとしての機能もある大きな町だ。
交通の要所であると同時に、エルダー山脈からの水の恵みもあり、農業、林業、観光業が発達している。
山脈の麓の地区は、夏のトレッキング、登山はもちろん、冬にはスキー場もオープンし、一年中賑わいを見せている。
灌漑施設も発達しているので、穀倉地帯であると同時に野菜の生産も盛んで、牧畜も行われている。
麓近くの緩斜面は、草を食む家畜が散見される牧歌的な景観が美しい。
のんびり逗留するのに適した地区であるが、残念ながら温泉は発達しておらず、元日本人としては少し不満が残る。
温泉の泉源がないかというと、実は山脈の中腹には温泉卵ができるほどの高温蒸気が噴き出しているところもあり、探せば自然湧出している温泉があるかも知れない。
急ぐ旅でなければ温泉探索に向かうのも一興であるが、只今戦争の状況調査という目的を持つ身としてはゆっくりできず、残念至極である。
俺とカオリは道を尋ねつつ、とりあえず土螭の買取をしてくれそうな商店か冒険者ギルドを探した。
町ごとにギルドが異なるこの国では、長居するつもりのない町のギルドでポイントを稼ぐ必要はない。
できれば高く買い取ってくれる素材屋があればいいのだがと思い、ギルドの近くを歩いていた初老の男性に聞いてみると、それなら武器防具の店に直接交渉したらどうかと言われた。
早速、町で一番大きい武器・防具屋を尋ねてみる。鍛冶屋も併設している大型店で、自社ブランドの武器・防具もあるという。
「こんにちは。
隣のエルンの町で冒険者をしているヒロといいます。
ここへ来る途中ラディーの村の洞窟で大きな魔物を狩ったので、素材の買取をお願いできますか?」
俺はカウンターの中にいた40がらみの女性へ声をかける。
「うちに売ったら冒険者ギルドのポイントにならないが、いいのかい?」
「はい、この街のギルドでランクを上げる予定はありませんのでかまいません。
買い取っていただけますか?」
「現物を見ないことには値はつけられないね。
なんていう魔物だい?」
「土螭という大きな長い魔物です」
俺が正直に話すと、女性は困惑の表情を浮かべる。
「土螭……
聞かない魔物だね……
とりあえず見せとくれ」
「分かりました。
収納魔法で保管しているのですが、どこに出しましょう?」
「ああ、裏の工房に頼むよ。こっちだ」
俺たちは女性の案内で裏手へと誘導される。
「あんたー、素材の持ち込みのお客さんだよ。
ちょっと出てきとくれ」
女性は、この店の女将さんだったようだ。
女将さんの呼びかけに野太い声が奥から帰ってくる。
「マーサ、そんな大声出さなくても聞こえるわい。
ちょっとまっとれ」
すぐに奥からがっしりとした50歳くらいの男性ができてきた。
「素材を売りたいと言うのはお前たちか?
俺は、この武器屋の店主兼工場長をしているゲンガーという。
とりあえずものを見せてくれ」
俺はゲンガーの親父さんに促され、中庭に土螭の顔と胴体を出した。
そのあまりの大きさに、ゲンガーの親父さんもマーサさんも絶句している。
「でかいな……
それに見たことない魔物だ」
親父さんのつぶやきに答えて説明する。
「こいつは土螭という魔物です。
どうでしょう、買い取っていただけますか?」
親父さんは土螭を触ったり叩いたりしていたが、ふとこちらを見て聞いてくる。
「随分丈夫そうだが、こいつは魔法にも耐性があるのか?」
「はい、生きているときは雷以外の魔法はほとんど効きませんでした」
「そいつはすごいな……
それが本当なら、相当な価値になるが、証明できるか?」
「分かりました。
ちょっと魔法を打ってみますね」
俺はカオリと手分けして、被害が出ない程度の魔法を次々と胴体へと当てていく。
火属性、水属性、風属性、土属性、氷に熱……。
雷以外を全て当ててみたが、鱗はびくともしなかった。
威力を弱めているとはいえ、説明には十分だったようで、親父さんは丸い目玉が飛び出さんばかりに驚いていた。
「魔物の丈夫さにも驚いたが、それ以上にお前さんたちには仰天した。
見たところ二人とも戦士風の出で立ちだが、魔法もすさまじい能力と才能だな!
一体全体いくつの属性魔法を扱えるんだ!?」
そうだった。この世界では基本的に一人一属性だった。
俺とカオリは顔を見合わせる。
カオリの表情にもしまったという戸惑いが現れているように感じる。
「それについては、是非内密にお願いします。
実は俺たちは、魔道具の補助付きではありますが、ほとんどの属性が使え、そのせいである場所から逃げてきた冒険者なんです」
俺は嘘とホントを交えて説明し、親父の人柄に賭ける。
「そうか……
色々大変な事情があるみたいだな。
しかし、これだけの魔物を仕留めると言うことは二人とも凄腕なんだろう。
今後のお付き合いもあるかもしれんし、ここはできるだけお前さんたちのことは明かさずにおくことにしよう」
「「ありがとうございます。
ゲンガーさん」」
思わず、俺とカオリの声がハモってしまった。
結局、土螭の買取価格は正確な値段は分からないが、1億ゼニー以上になりそうだと言うことになった。
物理耐性、魔法耐性ともに最強クラスで、雷属性以外は効かない防具ができることになる。
「間違いなく国宝級の防具や武器になるだろうな……」
ゲンガーさんは土螭から剥がしたサンプル用の鱗をなでながらつぶやいている。
「すまないが、今日中に用意できる金は1000万ゼニーがいいところだ。
後は、完成品が売れたらその売り上げの中から払う形で支払わせて欲しい。
それが無理なら部分買取で1000万ゼニー分だけの買取になる」
ゲンガーさんはマーサさんと並んで少し申し訳なさそうに提案してくる。
正直、金はいくらあっても多すぎることはないが、アイテムボックスに個数制限がある現状では、大金を持ち歩くのもどうかと思う。
早くアイテムボックス用の大きな箱か家屋を購入したいものだ。
俺は、カオリとその場で少し相談して返答した。
「売り上げからの支払いでかまいません。それで行きましょう。
ただ、私たちは今、旅の途中です。
次にこの街に立ち寄るのはいつになるか見当もつきません。
それまで売り上げから俺たちがいただく分を保管しておいてもらえますか?」
「こちらとしては一向にかまわないが、君たちの方こそいいのか?
正直に言うと、初対面で俺たちをそこまで信用してもらうのは嬉しいが、少しは人を疑わないとこれから先厳しいんじゃないか?」
ゲンガーさんが心配してくれているが、俺たちとしてはむしろ俺たちの能力を秘匿してくれそうなゲンガーさんに任せた方が好都合なのだ。
下手にあちこちで売りさばけば、土螭の出所や討伐法から、俺たちの情報が拡散しかねない。
「これまでのお話で、ゲンガーさんはとても信頼できる方だと感じています。
正直、1000万ゼニーも今いただけるだけで大変助かります。
それに、次に来たときは売れた分からまたいただけると言うことですので、俺たちとしては貯金しているようなもので、万一金を紛失しても、ここに来れば金が入手できると言うだけで、安心して旅ができるというものです」
「そうか。そう言ってくれるならありがたい。
それでは1000万ゼニー先払いして、後は売れた武器や防具の代金の5割を素材代の追加としてストックしておくことにしようと思うがそれでいいか?」
「1000万いただいた上でさらに売り上げの半分もいただけるのなら大変ありがたい話です。
是非それでお願いします」
「ああ、通常なら販売予定価格のおよそ50パーセントが素材の買取価格になるんだが、これだけの品だ。
1000万前払いして更に50パーセント払っても、おそらくうちは大もうけだろう。
もし、旅の途中で他にもいい素材が手には入ったら、是非うちにも卸してくれ」
「分かりました。よろしくお願いします」
俺たちは金を受け取ると、二人で折半し、ゲンガーの親爺に聞いた宿を探しに向かった。




