命を懸けるには値しないオンラインゲーム
『グローリィ・ファンタジー・オンライン』とは、近日発売される大作VRMMOの名称である。
舞台は中世ヨーロッパ風の異世界で、剣も魔法もあるファンタジー物であった。
『剣を手に、魔法を諳んじ、無限の世界に挑み、栄光を掴め――』
謳い文句に違わず、その世界は無限に思えるほど広大らしい。メインのストーリー以外にも、数え切れないほどのイベントが待っているそうだ。
そんな噂が話題を呼び、サービス開始前にしてプレイチケット購入者が既存のVRMMOを上回るほどの人気を博していた。
湊修司もその口で。彼はベッドに腰掛け、サービス開始を今か今かと待っていた。
あと二時間でサービスが始まる。わくわくが抑えられず、つい五分おきに時計を見てしまうのだった。
修司は高校一年生である。学校は夏休みに突入しており、このゲームをするためにすでに課題を終わらせてさえいた。
とはいえ、そこまでガチなプレイヤーではない。クラスに一人二人はいるゲームが上手い奴、その程度の腕前ではあったのだが。
サービス開始まであと一時間。
修司はそれを確認し、VR機――ヘッドギア型で頭の上半分を完全に覆う物だ――を頭に被りベッドに横になる。ゲームが始まれば五感がサーバに接続され、よりリアルなゲームを楽しむことが出来るのだ。彼はそれを楽しみに、VR機の中に写るログイン画面を見続けていた。
残り三十分。
修司はキャラクターを再度確認していた。
そこにいるのは自分の分身となる姿。黒髪黒目の中肉中背。やや幼い顔立ちであるが、どこかキリッとした表情をしている。ステータスの割り振りも終わっており、筋力と器用さに均等に割り振られていた。
名前はシュウト。自分の名前と有名なVRMMOを舞台とした小説の主人公から一字拝借したのだ。
その主人公こそが修司の目指す姿であった。剣士――できれば双剣使い――であり、黒いコートを着た孤高のソロプレイヤー。そんな未来の自分を思い描き、口元がにんまりと歪む。
残り五分。
いよいよだ。修司は身を震わせながら、興奮を押し殺す。あまりに通常時の状態とかけ離れていると、VR機は強制的に終了してしまうのだ。それだけは避けねばならない。だから修司は必死に平常状態を保ち続けた。
そして、サービスが開始された。
一も二もなくログインボタンを押し、奇妙な浮遊感の後、五感は完全にVRMMOの世界へと旅立っていった。
目を見開くと、中世ヨーロッパ風の世界が広がっていた。そよぐ風も、湿気を感じさせない穏やかな暖かさも、見上げた太陽のまぶしさも、それらの全てが本物みたいであった。
(いや、これは本物なんだ)
不意に修司の目に涙が浮かぶ。それは歓喜だったのか、郷愁だったのか。修司にはよく分からなかった。けれども、ついにこの世界に辿り着いたのだという感慨があった。
(なってみせるぜ。最強の剣士にな!)
一人気合を入れ、颯爽と歩き出す。周囲には修司と似たような服を着た人たちが大勢いた。全員が同じプレイヤーで、そして修司のライバルなのだろう。
(負けねぇ。絶対に!!)
彼らから視線を引き剥がし、修司が最初に向かった先は武器屋であった。そこで彼は銅の剣を購入する。刀身のやや長い、ロングソードに分類される剣だ。本当であればもう一本欲しかったのだが、お金も技術も足りない。だから最初はスタンダートに普通の剣士スタイルで戦うつもりだ。
次に向かったのは防具屋だった。そこで皮の胸当てを購入する。左手に盾を装備しないので、防御はこうして補うつもりであった。
最後に道具屋によってポーションを購入し、準備は整った。
「おっと、スキルを忘れていたな」
『グローリィ・ファンタジー・オンライン』には職業がない。十あるスキルスロットに、好きなスキルを入れる仕組みなっているのだ。そのスキル編成によりそれぞれのロールが決まるといっても過言ではない。
修司が取った初期スキルは、いかにも剣士らしい構成であった。ただし、将来双剣使いになることを見越し、防御よりも素早さに比重を置いた構成になっている。
スキル欄を眺め、装備を見渡し、道具袋の中身を確認して、ようやく満足した修司は、町の外を目指して歩き出した。
そこで、ふっと空が陰った。
なんだ、と頭上を見上げてみると、そこいたのは巨大な人間であった。
『私はゲームマスター・ヤシロ』
何だ、何だ、という困惑した声が周囲から上がる。同様に混乱していた修司も何もいえないまま空を眺めていた。
『君達には、この世界を攻略してもらう』
ゲームマスターと名乗る男は、そんな当たり前のことを口にした。
始めた以上は攻略する。それはゲーマーにとって当然のことで、だからこそ意図が読めなかった。
けれども、修司にはこの展開に見覚えがあった。彼が好きな小説の序盤によく似た展開があったのだ。
『だから、私から攻略のスパイスとして最善のものを用意させてもらった』
その呟きとともに、修司の前にオプションウインドウが現れた。彼が嫌な予感を覚え、急いでログアウトボタンに手を伸ばそうとした時、そのボタンが瞬時に消失した。
「えっ……」
ぞわりとした怖気が背中を走る。周囲にいるプレイヤーたちが口々に文句を言い出していた。
『これで君達はこの世界の住人だ。そしてこの世界の果てにある最果ての塔を攻略するまで出ることは出来ない』
修司は、オプションウインドウを眺めながら、呆然と今の事態を飲み込んでいった。ここまではお話とかで見る展開と全く同じ。ならば次に来るのは――。
『そして、君達のVR機を外すことはできない。外部の人間が外せば、その瞬間君達は死ぬ』
でたらめだ、等という声が上がる。そんな声に対しても、ゲームマスターは冷徹に答えていた。
『君達の五感は全て私の、いや、ゲームサーバの支配下にある。例えば、五感全てに死の衝撃を与えたとしよう。そうするとどうなると思う? 答えは簡単だ。その心理的負荷に耐えられず、心臓がショックで止まる。いわゆるショック死だ』
その場にいる誰もがそれを否定できなかった。正しいのかどうか分からないのではない。可能性が若干ありそうな話なのだ。試してみても、もしかしたら問題なく出られるのかもしれない。けれども、それは自分ではない誰かが先にという条件がつく。
最初の生贄になりたがる奴はいないのだ。
『もう一つ。ゲーム内での死は、体にも同様のことを及ぼす。さて、ここまでがルール説明だ。さあ、ゲームを楽しんでくれたまえ』
そこまで言って、ゲームマスターは姿を消した。
しばしの間、修司は呆然としていた。頭が混乱していて感情が追いついてこない。
そんな折だった。
「いやー、参ったねぇ」
近くにいたプレイヤーが、やれやれと肩をすくめながら修司に話しかけてきたのだ。
その一言にようやく再始動した修司は、えっと呟き、ああ、うんと返す。
「大丈夫? いや、大丈夫なわけないか。こんな事態だものねぇ」
そのプレイヤーはうんうんと訳知り顔で頷き、ぎこちない笑みを浮かべて見せた。
よくよく観察してみると、そのプレイヤーは小柄な女性であった。とはいえここはVRMMO。女性型アバターの男性なんて五万といる世界だ。だから極力性別を意識しないように気をつけながら、修司もようやくまともな返事をする。
「大丈夫。ちょっと落ち着いた。ありがとう」
「いえいえ。で、君はどうするんだい?」
その問いかけに、修司はようやく頭が回転して事を自覚した。この場面は見たことがある。あの小説の主人公ならば――。
「……俺は先に進む。これから、リソースの奪い合いが始まる。だからできるだけ先に行って、優先的にリソースを確保しなきゃならない」
「一人で?」
「……元々ソロのつもりだったし、友達もこのゲームにはいない。それに、こんな状況じゃあ、誰も信用できない」
そこまで言って、それでは目の前のプレイヤーも信用していないと聞こえることに気づき、少しだけ緊張した。けれども、そのプレイヤーは意に介した様子もなく、どこか感心したように頷いていた。
「なるほど。君は中々考えているなぁ。なるほどなるほど」
「や、それは昔見た小説であった内容に酷似していたからで……」
「ほほう? 中々面白そうな話だねぇ。何てタイトル?」
「そ、それよりも。俺はもう行くよ。君はどうするの?」
その問いかけに、プレイヤーは首を横に振った。
「もうちょっとこの町で情報を収集するかな。あ、そうだ、フレンド登録しておこう。何か困ったことがあったら相談に乗るし、同じ様に相談に乗ってくれないかな?」
いきなりのフレンド申請であったが、修司は疑うことなくその申し出を受けた。彼女からは、人を欺くような意志を感じられなかったからだ。
「シュウトっていうんだね。よろしく」
「よろしく、ウィト」
握手を交わし、シュウトはウィトに背を向けた。
そして町の外へと駆け出す。外ではすでに何人かのプレイヤーが戦闘を始めていた。
(負けるか!)
シュウトも剣を抜き、近くにいたモンスターへ突撃する。
「スマッシュ!」
技名を叫びながら、自らを鼓舞するように斬りかかって行った。
こうしてシュウトは、デスゲームの中に飛び込んでいったのである。
――三日後。
「お。シュウトじゃないか」
「ウィトか」
炭鉱の町にて二人は再会した。
「さすが最初に飛び出してきただけあって、トッププレイヤーに肉薄しているみたいだねぇ」
ウィトは朗らかに告げるが、シュウトの表情は優れない。どうしたのかと首を傾げるウィトに、シュウトはため息をつきながらこう説明した。
炭鉱の町は、最初の町を出て次の次に辿り着く場所である。最初のボスがいる鉱山があって、そのボス攻略が最前線となっていた。スタートダッシュを決めたシュウトも当然その流れに乗っていたのだが……。
「最近、雑魚でも苦戦するようになって。それで鉄の剣が欲しいんだけど、ちょっと高くて買えなくって……。足踏みをしているって言い方をすればいいのかな」
「ふむん……。今も一人?」
「うん。ソロプレイヤーを目指していたからね。でも、最近じゃそれも限界を感じていて……。でも、最前線に来るような人達は、きちんとパーティを組んでいて、とても俺の入れるような雰囲気じゃないんだよ。それに同じソロプレイヤーは全く見ないし」
「あー、みんな何故か知らないけど仲良いしね。でも、何でだろう?」
「多分、危機的状況だって分かっているからかな。それか死ぬ奴のテンプレを知っているか」
「テンプレ?」
「ほら、映画とかでよくあるだろ。こういう行動をした奴が死ぬ、とか」
「ああ、なるほど。それでみんな和を乱さないように仲良くゲームしているんだねぇ」
「うん……」
シュウトの声に覇気はない。
それもそのはず、この頃のシュウトはホームシックに掛かっていたのだ。最初の頃こそ勢いで行動できたが、それが済んでしまえば十六歳相応のメンタルが顔を覗かせるわけで。おまけに、トッププレイヤーに置いていかれる不安感も意気消沈に一役買っていた。
どうしたものかと首をひねるウィトであったが、そうだとばかりに手を叩いた。
「そうそう。今日は面白い情報を仕入れてきたんだよ。どう? 買う?」
と言いつつ、近くの酒場を指差している。
久々に知り合いにあったことで少しだけ元気を取り戻したシュウトは、素直に頷き、彼女の後をついていった。
酒場に入り、適当なテーブルに腰を下ろし、ウィトはビールをシュウトはミルクを注文した。他に客はNPCしかおらず、けれども、NPCの喧騒がいい具合に酒場らしさを演出していた。
注文すると同時に、ウェイトレス風のNPCがさっさと品物を持ってきて、二人は早速乾杯する。
「んぐんぐんぐ……。ぷはー! この一杯のために生きているって感じがするよ!」
「俺の方はそうでもないかな」
そんな他愛もない会話をしながら、話は最初に戻ってきた。
「それで、情報って?」
「ああ、そうそう。面白いスキルがあるって話でね」
勿体つけたウィトが語ったそのスキルの名前は、『投げる』だった。
「投げる? 普通のスキルのように思えるけど」
「ちっちっちっ。これが普通じゃなあないんだよねぇ。投げるっていっても、色々あるけど、今回の場合、投げるものはお金だよ」
「金?」
「そうそう。ゴールドを投げるのさ」
銭投げと言う奴か、とシュウトは当たりをつける。よくあるスキルではあるが、それだけで強力とはどういうことだろうか。それが分からず、首を傾げる彼に、ウィトは詳細を告げる。
「このスキルはね、一ゴールドにつき、必ず一ダメージを与えられるんだって。だから、百ゴールドで百ダメージ。千ゴールで千ダメージ」
「それは、大体分かる――」
そこで、シュウトの脳裏にひらめきが走った。いや、ある種の予感というやつかもしれない。嫌な予感を抱きつつ、考えついた結論を質問してみる。
「……限度はどれくらい?」
「無いらしいよ」
淡々としたその一言にシュウトは戦慄した。
「無い? 上限が無い?」
「うん。実験した限りじゃないみたい。多分設定ミスじゃないかなって噂だねぇ」
その言葉に生唾を飲み込み。いやいやと首を横に振る。
「そもそも、お金が無いだろう」
VRMMOに限らず、ネットゲームは金にはシビアだ。中々手に入らないし、NPCが要求する金額はべらぼうに高い。シュウトとて鉄の剣が買えずに苦戦しているくらいだ。この進行度で大金を持っているプレイヤーはいないだろう。それに、一度使ってしまえば無くなるのだ。銭投げをして強敵を倒し、見返りが少なければ次が続かない。
「そうなんだよねぇ。何とか出来ればなぁって考えているんだけど、シュウトは何か良い案ない?」
「ドロップ品を売るくらいしか……。でも、それでも赤字になるんじゃ?」
「そうなんだよねぇ」
うんうんと唸るもどちらからも解決策は出ず。やがて軽い挨拶を交わし二人は分かれた。
――三日後。
鉱山はまだ突破されていなかった。それは誰も手を出さないのではなく、万全の準備を整えているからであった。誰もがそれに協力しており、今や鉱山の町はプレイヤーが多数集まる一大拠点と化していた。
その日シュウトは酒場に来ていた。呼び出したのはフレンドのウィトで、二人は再会を祝し、ビールとミルクで乾杯をしていた。
「お、鉄の剣が買えたんだね」
「ああ。結構苦労したけど、おかげで雑魚戦が大分楽になったよ」
そう朗らかに笑って、シュウトは腰につけた鉄の剣を軽く叩いた。
「そうそう、この間の情報の件なんだけど」
この間と言われ、シュウトは首を傾げたが、やがて思い出しようにああと頷いた。
「銭投げの件?」
「そうそう。その資金の件なんだけど、解決したらしいよ」
「解決?」
ありえない単語にシュウトは首を傾げた。けれどもウィトは新聞で読んだニュースを話すような口調で淡々と告げる。
「うん。ある裏技が発見されてね。資金が無限に稼げるんだって」
「バグ……」
「そうそれ。皆そう言っていたよ」
「でも、バグは修正されるんじゃ?」
「これは聞きかじりだけど。どうもこのゲームではそれが難しいみたい」
この情報は本当に聞きかじりだったらしく、おまけに彼女の得意分野でもなかったらしい。説明は曖昧模糊としていたが、シュウトが簡潔にまとめるとこういうことらしい。
「そのバグは基幹系に関わる致命的なバグだから、いったんサーバを落とさないと修正できない。でも、サーバを落とすとなると俺たちを一度ログアウトさせないといけない、と。そういうこと?」
「そうそう。それであっていると思うよ」
それを聞いてシュウトはなんだかなぁという感想を抱いた。ゲームにおいてバグは無数に存在するのだ。それを全て取り除くことは難しい。だが、クリティカルのバグくらいは全て除いておいて欲しかったものだ。おかげでデスゲームがすごく間抜けな形に見えてきてしまう。
本来であれば、副サーバ等を活用するのだろうが、今頃、外の世界ではサーバ本体はすでに抑えられているだろう。ゲームマスターが何者かは知らないが、警察の目をかいくぐってサーバに接近することは難しいと言わざるを得ない。おまけにバグを取り除くのにも時間が掛かるはずだ。
「……仕様です、か」
「うん?」
シュウトの呟きにウィトは首をかしげる。
「……微妙に気が乗らないけど、その裏技って教えてもらえるの?」
「いいよ~。皆知っていることだしね」
知っているのかと嘆息しつつ、シュウトはウィトに教えを請うことにした。
酒場を出た二人が辿り着いたのは、武器屋であった。
「裏技はひどく簡単でね」
朗らかに話すウィトは武器屋の親父に話しかけ、持っていた武器を売ると告げた。
「お、おい。それ手放したら戦闘どころじゃ……」
ところが、ウィトの武器は消えてなくならなかった。代わりに彼女の財布にゴールドがしっかりと振り込まれている。
そのからくりに気づき、シュウトの顔が引きつる。
「と、まあ、こんなところかな」
あまりに簡単で、簡単すぎてシュウトはもはや涙目であった。
一週間が経った。
「さて、今日も狩りに行くか」
そう呟いたシュウトは、自分の装備を見た。
頭は身軽さを重視した風の帽子。体は回避を重視したみかわしの服。足は速度を重視した疾風の革靴。左手には、現時点で最高の防御力を誇るミスリルシールド。右手には何も持っておらず、腰には護身用の鉄の剣が下がっている。
けれどもシュウトは知っていた。この先、この剣が抜かれることはもう無いのだと。
「おや? シュウトじゃないか。これから狩りに行くの?」
そんな折、不意にウィトと遭遇した。彼女も似たような装備をしている。唯一違うところは剣を持っていないところか。
「うん。投げスキルをちょっと上げておこうと思って」
「あー、そうだねぇ。……一緒に行く?」
「ウィトさえよければ」
そこで簡易パーティを結成し、二人してダンジョン目指して歩き出した。
「そう言えば、そろそろ攻略組みが果ての大地に辿り着くらしいよ」
「となると、攻略はすぐだね」
『上限なしの銭投げ』と『資金増殖バグ』によって、このデスゲームは事実上崩壊した。
最初に消えたのは攻撃職だった。何せゴールドを投げれば全部の敵を倒せるのだ。もはや誰も武器で戦おうという人間はいなくなってしまった。
今残っているのは、タンクとヒーラーのみ。というか、それ以外の役割は不要だった。全員が最高の攻撃力を持っているのだから、事故に備えた準備だけをすればいい。だから、タンクとヒーラーが主流と言うわけだ。
攻撃職が消えると同時に貨幣の価値も消えた。みんな無限に資金を得られるのだ。そこに価値を見出す人間はいない。だから、物々交換が主流となった。
生産職は残っているが、彼らは強い武器や防具でなく、いかに高く店売りできるかを念頭に置いた装備品を作れるかを競い合っている。
戦闘の始めにゴールドを投げれば終わる。そんな形骸化した戦闘において、武器も防具もほとんど意味を持たなかった。あるいは、パラメータを上げる防具が喜ばれるか。
故に、生産職に装備品を頼むときは、金ではなく素材を渡して作ってもらうことが鉄則となった。
最後に、このゲームの一番の目玉であった、無限のイベントが無くなった。
いや、無くなったというのは正しくない。正確に言うならば、誰も見向きをしなくなった。
何せデスゲームなのだ。攻略法が確立されている以上、寄り道を選ぶ者はいなかった。それ故に、トッププレイヤー達は不眠不休で攻略を進め、生産職たちは趣味の道に走った。それ以外の者達は、攻略されるのを今か今かと待っているだけ。たまに暇を持て余すと、装備を整えて手ごろなダンジョンへ向かう。攻略は当然銭投げで、資金が尽きれば戻ってくる。誰も死なず、適度なスリルを味わえる安全仕様。
「本当はさ」
道すがら、ぽつりとシュウトが漏らす。
「もっと、こう、殺伐としているけど、この世界を生きているって実感が欲しかったんだ」
ウィトは何も言わず、ただ耳を傾けるだけ。
「それをやればよかったんだ。たとえ俺一人でもさ。バグなんかに頼らず、剣を持って戦えばそれでよかったんだ。でもさ、やっぱ死ぬのは怖いよ。足が震えるし、気持ちも覚悟も無い。だから安易な方法に目移りして、けど迷って。決断できないうちにトップとは大きく引き離されてさ。ほんと、惨めだよ」
自嘲気味に呟き、シュウトはため息をついた。ふと腰に差した鉄の剣が目に入る。
「孤高の剣士キャラになるつもりだった。できれば双剣使いに。でも今じゃ、剣は持っているだけ。防具も高速でゴールドが投げやすい物だし。極めつけに、独りすらもやめてしまってさ。ほんと、何もかもが思い描いたのと違いすぎて……」
「笑えてくる?」
「そうだね。笑ってしまう」
お互いにそう呟き、くっくっと笑う。
ウィトはどこか優しい目をしていた。
「シュウトはこのゲーム、つまらないと思う?」
その問いかけに、彼は一瞬だけ迷い、しかしはっきりとこう告げた。
「多分、デスゲームではなく、ゲームであれば楽しかったんだと思う」