ゴヴニア
本日は二話連続投稿です。最新話から来られた方は、もうひとつ前からの読みはじめを推奨します。
「《アクト狩り》? なんだそのアクトの本質をはき違えていそうなバカみたいな名前は?」
「最近王都で猛威を振るっている強盗殺人犯の通り名だよ、若。最近どうも王都にある名門道場がいくつも襲撃されているらしくてね。襲撃された道場は、門弟から師範まで皆殺し。ひどいところでは道場ごと叩き潰されたなんてところもあるみたいだ」
「単独犯だとしたら人間技じゃねぇな……」
「王都の名門道場を立て続けに襲撃しようっていうんだ。少なくとも腕に覚えがあるのは確かだろうね。そして、最後にはその道場にあった奥義アクトが記されたスクロールを強奪して姿をくらますと。一応王都の官憲は『奥義アクトを狙った強盗殺人』として調査を始めているんだけど、これがなかなかつかまらないみたいでね……」
プリスが我が家にやってきてから一週間がたったある日。
いつものようにレイファンと共に学園の学食で食事をとっていた俺――エルンストは、その王都で流行りのアクト狩りとやらの話を初めて耳にすることとなった。
「で、なんでその話を俺に振る?」
「いやぁ、どう考えても悪党サイドの話だからさ。若のところも奥義アクトを持っているみたいだし、もしかしたらなんか情報掴んでいないかと思って?」
「爺さんからは何も聞かされていないな。まぁ、王都からここまではかなり離れているし、関係ないだろうと無視しているんじゃないか?」
「まぁ、それもそうだね。被害は今のところ王都やその近郊に集中しているらしいし、地域密着型のギャングであるルキアーノファミリーは情報を仕入れる必要がないか……」
俺のそっけない返事に、特に悔しがる様子もなくレイファンは参ったなと言いたげに頭をかいた。
「あぁ……大学さえなければ現地調査に赴くのに」
「お前ただでさえ単位が危ういんだから、そんなことしていたら本気で卒業できなくなるぞ……」
「わかってるよ、でも編集長から『できればでいいんだけど、ちょっと王都欄の記事として取り上げたいから、情報集めといて?』って言われていてさ、期待されているなら応えてあげたいのが人情じゃないの?」
「お前、本気で自分が大学生だってこと忘れてないか?」
もう卒業を待たずに新聞社に就職してしまいそうなレイファンに、俺は思わず顔をひきつらせた。
そんなとき、俺の隣に料理が乗ったトレーが置かれ、誰かが隣の席へと座った。
「まったくもってその通りですよ、レイファン。あなたはまだ堅気の人間でしょう? 調査だ取材だの、いろいろと妙なことに首を突っ込みすぎていては、いずれそこにいる不良のように世界の闇側に引きずり込まれますよ?」
「ふん、お前の意見に同意するのは癪に障るが、全くその通りだぞレイファン。あんま危ないことに首を突っ込むな。うちの組の庇護が働くのはこの町だけなんだからな」
「おや、珍しく気が合いますねエルンスト。明日は槍か剣の雨ですかね?」
「抜かせ、リベレット。お前こそ目の敵にしている俺の隣に座るなんざどういう風の吹き回しだ」
「べつに私個人としてはあなたを嫌っているわけではありませんよ? ただ家柄上、あなた方の職業が見過ごせなくて……日々真面目に暮らすよう説教をくれてやっているだけです」
「十分目の敵にしているだろうが!」
俺が胡乱げな視線を向けると、そこには二本のヘアピンで前髪を整えている、長く白いストレートヘアをサラリと揺らす、いろいろとスレンダーな女子大生が座っていた。
ただ着用している服が、「いつでも出動できるように」と、青を基調とした軍服なので女子大生には全く見えなかったりするのだが……。
こいつの名前はリベレット・シュヴァリエ・ヴィ・レヴィエラ。名前からわかるとおりプリスと同じ騎士爵位を持つ家系の貴族令嬢であり、この町の治安維持を任されている《警備隊》の隊長を父親に持つ武闘派の学生だ。彼女自身も十五の時から警備隊に籍を置いており、生まれながらの法の番人と言える人物。
当然、ギャングの御曹司である俺とは何かと折り合いが悪く、こうして顔を突き合わせるたびに「少しは更生する気になりましたか?」「代が変わるならちょうどいい。ギャングなどという反社会的な仕事はあなたの代で終わりにして、普通の居酒屋店主に転職したらどうです?」などといった、俺に堅気になるよう迫ってくる鬱陶しい女だ。
そういうわけで、俺は基本的にこの女のことを苦手としており、できれば近づきたくないと日々コイツから逃げ回っている。
本人も避けられていることは分かっているのか、無理にこちらに接触してこようとはしなかった。明らかに自分を嫌っている人物には近づかないという分別くらいは持ち合わせている女であるらしい。せいぜい目があった時に、ニコニコ笑いながら更生を勧めてくる程度に、最近はとどまっている。
だが、どういうわけかこいつは今日俺を探していたらしい。そうでもなければこの人でごった返した昼時の学食で、俺の隣に座る理由が思いつかなかった。
「んで、軽口はこのくらいにしておいて、いったい何の用だ。お前が話しかけてくるなんぞ珍しい」
「なになに、もしかして若に気があるの?」
「レイファン、あなたには男女の対人関係を何でもかんでもスキャンダルにしたがる悪癖はやめなさいと、以前に言ったはずですよ?」
「うへぇ、藪蛇だった……」
普通に正論を使って相手を言い負かすリベレットのことは、いろいろとヤバいところに足を突っ込んで情報を集めているレイファンも苦手らしい。奴は慌てて飯をかきこみ手帳に視線を落として情報整理へと戻った。
こちらのことは必死に視界に入れないようにしながら……。
そんなレイファンの姿にリベレットはため息を一つ付いた後、
「まぁ、いまは良いでしょう。それよりもエルンスト、先ほどのアクト狩りの話ですが……ちょっと気を付けておきなさい。お父さんからもルキアーノさんに警告を飛ばすでしょうが、少し厄介なことになっているようです」
「厄介なこと? お前ら警備隊が俺たちギャングに警告を飛ばす程か?」
「まぁ、そういうことです。近日中に、あなたたちはアクト狩りの被害にあうとこちらは睨んでいます」
「うちが狙われている?」
思った以上に物騒な話になったリベレットの忠告に、俺はわずかに眉をしかめた。
たとえ武闘はギャングの次期統領筆頭とは言え、自分が人外染みた戦闘能力を持つ殺人犯に狙われているといわれては、さすがに気分がいいわけがない。
万一襲ってきたとしても負ける気はしないが、襲われる原因くらいは知っておきたかった。
というわけで、俺はひとまずリベレットに対する苦手意識は脇に置いておき、いつのまにかこちらの話に聞き耳を立てているレイファンにため息をつきながら、詳しい事情を聴くことにした。
「そりゃまた何で? やっこさんは王都あたりでうろついているやつなんだろう? こんな田舎町の酔っ払い爺が師範務めるアウトロー道場にどんな用事があるって言うんだ?」
「……実は、三日前に王都から届いた情報なのですが」
俺の問いかけに、リベレットがそっと声量を落とし、周囲の目を気にしながら小声で話を続ける。
どうやらあまり一般人に知られていい話ではないようだ。と、俺とレイファンもそのあたりは察して、自分たちの耳をリベレットに近づけた。
その時だった。
「エルンストっ! 今日の講義はこれでもう終わりだろっ!! さっさと闘技場に来い!! 今日も勝負だっ!!」
「「「……はぁ」」」
「な、なんだいきなり!? 私の顔を見るなり一斉にため息とは!? いくらなんでも失礼すぎるだろっ!!」
私は貴族令嬢だぞっ! と叫ぶ、空気読めていない女――プリスが、そのあだ名通りプリプリ怒りながらリベレットと向かい合うように、レイファンの隣へと腰を下ろした。
取りあえず、俺はそんなプリスのご機嫌取りよりもさきほどの話の続きの方が気になっていたので、視線でリベレットに尋ねてみる。
――プリスに聞かせても大丈夫か? と。
だが、リベレットは困った顔をしながら首を振った。というか、
「彼女にだけは絶対に教えられない。いや、教えるべきなのでしょうが……今の段階では話せば多分ややこしくなります」
「?」
どういうことだ? と、リベレットの返事に俺は思わず首をかしげたが、とにかく話せないというのなら仕方ないと、俺はため息交じりにプリスの方を向き直った。
「で、勝負だって? 昨日もしただろう……というか、ここ一週間毎日しているだろうが?」
いったいいつまで続ける気だ? と、俺はほとほとあきれ返りながら、「いいかげん勘弁してくれ」と、プリスに俺の身柄解放を訴えてみる。
あのパンツやろう捕獲勝負に負けて以来、俺はプリスに絶対服従を誓わされていた。
なにせ身分の上下を決める勝負に敗北したのだ。敗者は生者に絶対服従。それこそが道理だとプリスは言う。
俺もそれに関して文句はない。あれは明らかに漁夫の利をとられたが、それは俺が油断していたからでもある。
どうせこいつもそう長いことはいないだろうし、自分への戒めの意味も込めて、俺はこの状況を甘んじて受け入れるつもりだった。
自分が勝つまで毎日模擬戦を挑んでくるという、はた迷惑なイベントを組み込まれなければだが……!
「今のところお嬢様の勝率って0%なんでしょう? 懲りないねぇ」
「なっ! ぜ、ゼロではない!! あの変態を捕まえるときに一度勝っている!」
「要するに勝てたのはその一度きりなのでしょう? そこで勝負を辞めていれば勝率は半々でしたでしょうに……なんと無謀な」
「コッレンテ流双剣術に撤退の文字はない! 勝つまで食いつく。それが私たちの流儀だ!! っというか、無謀とはなんだ!? だれなんだこの失礼な女は?」
――いったいコイツの親父さん、どこでそんなはた迷惑な流儀を作り出したんだ。と、俺は内心でプリスの父親を罵りながら、リベレットを指差しギャンギャン騒ぐプリスに、妙な喧嘩を売らないように釘をさす意味で、リベレットの紹介をしておいた。
「こちらはリベレット・シュヴァリエ・ヴィ・レヴィエラだ。名前からわかるようにお前と同じ騎士爵騎士階級の貴族令嬢殿で、うちの街の警備隊隊長の娘であり、警備隊に所属する隊員でもある。うちの取り締まりとかわりとマジでやってくる連中だから、余計な喧嘩は売らないでくれよ」
「なに? そんな家があるなんて聞いてないぞっ!? なら私をあずけるべきはこの家であるべきだろうっ!」
「知らねぇよ。お前の親父がうちに預けて行ったんだから。どうせ貴族社会の面倒ないざこざで、上の貴族から圧力しかけられたら断れないとか思われたんじゃねぇ?」
「あら、それは心外ですねエルンスト。私たちイストラ警備隊は、権力に屈し守るべきものを守れないほど軟弱な部隊ではありませんよ?」
――それは嫌というほど知っているよ。住民に滅茶苦茶慕われているうちに平然と喧嘩売るくらいだしな。
俺は内心で数年前の警備隊とのいざこざを思い出しながら、そっとため息を漏らす。
そんな俺の疲れ切った態度には気づかなかったのか、プリスはひとまず貴族令嬢としての自分の立場を思い出したのか、「ということは……さ、さっきは失礼したっ!」と慌てた様子で立ち上がり、
「つい先日騎士爵位を賜ったローガン・シュヴァリエ・ド・コッレンテが長女、プリッシラ・シュヴァリエ・ド・コッレンテと申します! 短い間でしょうが、よろしくお願いします。呼びにくいようでしたらプリスとおよびください!」
「はい、よろしくお願いしますね、プリッシラさん。貴族の爵位的には上下はないですから、そう固くならないでいいですよ。そちらも突然ギャングの家などに放り込まれて何かと大変でしょう? 困ったことが会ったらいつでも警備隊に駆け込んできなさい」
「はい!」
「おーい、ナチュラルにうちの組へのスパイ作るのやめねぇ?」
――これじゃ何かあるたびにプリスがうちの内情を告げ口しに、警備隊を訪れることになるだろうがっ!
俺が「あれ? もしかしてこれってかなり不味い?」と内心で冷や汗を流す中、俺の抗議の声にようやく目的を思い出したらしいプリスは振り返り、
「あ、そうだエルンストっ! 模擬戦をしろと言いに来たのだっ!!」
「ホント話題が戻るまで時間かかったよね? そしてさっきも言っただろう。勘弁してくれ……」
「なぜだっ!? 貴様……勝者には絶対服従だという私との約束を忘れたのかっ!!」
「こう一週間もずっと戦ってちゃさすがに嫌になってくるだろうがよっ!! それに毎日こんな調子じゃ、他にやりたいこともできないだろうがっ!! 明日くらいなら付き合ってやれるから、今日だけは本当に勘弁してくれ!!」
「む、何か用事があったのか?」
だとしたらちょっと悪いことしたな。と、プリスの顔にはそんなわずかばかりの申し訳なさが浮かんでいた。
この一週間でわかってきたが、プリスの奴……根は素直で優しい女なのだ。少なくとも、模擬戦をできない理由をきちんと話せば「仕方ない……」と引き下がる常識くらいは持ち合わせている。
だが、
「ならその用事にわたしもついて行ってやろう!」
「え?」
「なんだ? 不満か? それとも私がついて行ったらまずい後ろ暗いことでもやるつもりなのか? ならばなおさら私はついていくが……」
「いや、知人に会いに行くだけだけど、お前を連れていくと、いろいろ困る理由がある……」
なにせ俺が今日訪ねる相手は、いろいろと問題を抱えているやつなのだ。できればあまり知りあいを連れて行きたいとは思わない。が、
「……絶対服従だって言っちまったしな。あいつの身の安全のために、存在を口外しないって約束するなら、つれていけないわけでもない。」
――まぁ漏らしたら漏らしたで、こいつをぶっ殺したあともみ消しをするだけだし。と、いつもと同じ対処法を即座に頭に浮かべる俺の内心など知らず、
「なにをいう! 私は誇り高きコッレンテ流の娘だ。他人の嫌がることはしない!」
「……………………」
――いや、なら模擬戦毎日命じてくるのやめてくれませんかねェ? と、よほど言ってやりたかったが、言っても無駄っぽかったので俺は口を閉ざす。
「まぁ、一応確約してくれたから連れていけないわけじゃないが……なんだってまたついてくるなんて? 正直面白いもんでもないぞ?」
「『敵を知り、己を知れば百戦危うからず!』。うちの父が修業時代にであった東からやってきたとある武人に教えてもらった言葉らしくてな。お前との模擬戦との負けもこんでいていたし、ここらで貴様の身辺調査をしておくのも悪くないと思いついただけだ!」
「……………」
――もっと早くにその冷静な判断をしてほしかったかな? と、模擬戦ではいつもアクトを使って突進してくる猪剣士であったプリスの姿を思い出し、俺は思わずため息をついた。
――普通に考えて、なかなか勝てない相手に喧嘩売るなら、まず情報を集めて勝てるように策を練るのは当然だろうがっ、この脳筋女がっ!
そんな俺の内心の叱責は当然プリスに届くことはない。言ったら言ったでまた揉めること間違いなしだからだ。俺はこれ以上話をややこしくしたくないので、あえて口を固く閉ざす。
そんな俺達の内心を見透かしたような苦笑を浮かべながら、今度はレイファンが口を挟んできた。
「あっ、若。だったら俺もついて行っていい? どうせ用事って、あの人のところいって、銃の整備してもらうことでしょ? 俺もちょっとあの人に対するインタビューの予定をいいかげん取り付けたくってさ」
「ふむ、そういうことなら私も同行しましょうかね。あなたがプリスさんに妙なことをしているようなら、速攻で捕まえないといけないですし。あぁ、無論さきほどプリスさんが宣誓した言葉と同じものを私も告げておきましょう」
「…………………」
明らかに「あいつの存在は公表しない」という約束を守る気がないいつものレイファンと、微笑みながら全くこちらを信用していない声音のリベレットの言葉に、もう色々と面倒くさくなった俺は、
「はぁ、勝手にしてくれ……」
「うむ! 勝手にしようっ!!」
プリスの相手で色々疲れ切っていたため、大きくため息をつきながら諦めたように首を振るしかなかった。
■■■
というわけで本日の講義が終わった夕方。
日が傾き、昼間に比べるとわずかに暗くなったかな? と思える時間帯に、俺達は大学手前の繁華街からは外れた、寂れた商店街へとやってきていた。
この町は爺さんが活動しだす以前は、麻薬販売をシノギにしていたマフィアの根城だったらしく、爺さんとそのマフィアの抗争によって潰れてしまったのだとか。
現在でもその痕跡があちこちに残っており、血痕と思われるどす黒いしみがついた商家や、弾丸による風穴があいた家屋などが立ち並んでおり、普通の人たちはまず怖がって近づかない場所となっているのだ。
俺が用事のあるやつは非常に人間嫌いで、うちの爺さんが専属の鍛冶師として雇った際、マフィアから爺さんが奪い取ったこの土地を所望したのだ。
此処ならだれにも邪魔されないし、わずらわしい世間に足を引っ張られることもない……と。
「随分と偏屈な方なのだな。いや、職人というものはだいたいそういうものか?」
「いいや、あいつは偏屈といった方がいい分類の存在だろう。職人気質というよりかは、人見知りといった方が正しい奴なんだ」
――だからこそ、こんな大人数で押しかけるようなことはしたくなかったのだが。
到着した際の大混乱が容易に予想でき、俺は内心でため息を漏らす。
とはいえ、ついてきてしまったものは仕方がない。妙な契約を結ばれている以上、力づくで追い払うということもできないのだから、この際あいつには人見知りを直すためという名目で我慢してもらうしかないだろう。
そんなことを考えているうちに、俺達は目的の場所へと到着していた。
人気のない商店街の中で唯一生活の気配が漂う建造物へと。
そこはもともと別々のものを売っていた三軒の商店だったようだが、いまは商店街唯一の住人の手によって壁をぶち抜かれたあげく手抜き工事によって合体。現在は一つの鍛冶場として機能していた。
その中で奴は今日も元気に武器を開発しているらしく、鉄を旋盤で削り取る音が響き渡っていた。
「ここがその偏屈さんがいる場所?」
「こんなところに鍛冶場があるなんて、知りませんでしたよ?」
「偏屈さん言ってやるなや……一応うちの組員が持っている銃を一手に降ろしてくれる鍛冶屋だからな。変に騒がれたりしないよう、うちの組がある程度の情報規制をしいているのさ」
だからここに関しては報告するなよ。と、興味深そうに鍛冶場を観察するリベレットにくぎを刺した後、俺は金属音響き渡る鍛冶場の扉を叩いた。
「お~い、ゴヴニア。俺だ。銃の調整してもらいに来たぞ!」
『ア゛!? 若旦那かい!! チョットまってなっ!!』
うるさい旋盤の音に負けないくらいの大声を店の中から響かせた後、旋盤の音がピタリとやんだ。
同時に、どたばたと鍛冶場の中を走る足音が響き、
「はいはい、お待ちどうさん。そろそろ顔だす頃だと思って……」
うちの専属鍛冶師――ゴヴニアはひょっこり顔をだし、俺の背後にいるプリスたちを見て氷結した。
それは後にいたプリスたちも同じで、ゴヴニアの姿を見て目を見開いて固まっている。
それもそうだろう。ゴヴニアの見た目……というか種族には非常に問題があるのだから。
額から突き出した小さな一本角に、口から覗く可愛らしい八重歯。同時に耳はエルフのようにとがり、体はドワーフのように小柄。顔立ちは種族的には珍しく人間女性と変わらない……というか人間女性と比べても整ったものではあるのだが、一番の問題は肌が緑色であることだろう。
真っ白な髪の隙間から覗く獣のように縦に割れた瞳孔を縮め、ゴヴニアは、
「ちっ! いよいよあんたの所に切り捨てられる時が来たかいっ!!」
「なっ!? ゴブリン!? なぜこんなところにっ!! エルンストっ! 早く討伐しないとっ!!」
眼を鋭く細め、傍らに置いてあったライフルを手にする女性ゴブリン――ゴヴニアと、慌てふためくプリス。
そんな予想通りの周囲の反応に嘆息しながら、
「で、事情の説明をしてもらいましょうか、エルンスト」
制服の懐から取り出した手錠をこれ見よがしに構えたリベレットに両手を上げながら、俺はゴヴニアを紹介した。
「こいつは爺さんが若いころに拾って飼いならした」
「飼われてないよっ!」
「失礼。鍛冶師として雇用した、珍しく魔王軍の配下ではないゴブリン。名前をゴヴニアというんだ。ゴヴニアも落ち着け、片方は爺さんが言っていた顔が効く警備隊の女の子だし、もう片方はうちに居候している爺さんの賓客だ! 別にお前を襲いに来たわけじゃねぇ!!」
こいつは敵じゃないんだと、双方に理解してもらうために。
■■■
ゴブリンというと、一般的なイメージでは魔王軍の尖兵といった存在だ。
小柄な肉体に緑の肌。その顔は醜悪であり、おとぎ話に出てくる小鬼そっくりであったため、醜小鬼という名前がついた。
その性質は非常に好戦的かつ残虐。知性も低く、言語すら話せない個体が多いため、人型の魔物でありながら多くの人間が魔獣に分類されると勘違いしている魔族でもある。
おまけに、繁殖力がとてつもなく強く、放っておけばいくらでも増える。そのため、魔王軍を構成する雑兵のほとんどがこのゴブリンであり、民間で最もよく見かける魔王軍の兵士として、かなり恐れられている存在だったりするのだ。
そんなゴブリンが、人がいないとはいえ町の中に隠れ潜んでいたのだ。プリスたちの反応はまぁ仕方ないものと云えた。
「まぁそんなわけで、ゴヴニアさんに初めて会った人の反応ではそんなもんだよね」
「面白がっているねレイファン?」
「いえいえ、そんなまさか……。あ、ところでゴヴニアさん、そろそろうちの独占インタビューに答えてくれる気にはなった? 『人間に溶け込み生活するゴブリン。はたしてその実態はっ!』って記事を、そろそろ書きたいんだけど」
「断るって何度言えば分るんだい? あたしゃ人間の見世物になる気はないよ」
俺が手渡した二丁の銃をばらしながら、すり寄ってくるレイファンを流暢な言葉で追い払うゴヴニア。そんな彼女の姿を見て、リベレットとプリスは心底驚いた顔をして俺に話しかけてきた。
「本当に会話が可能なのね……」
「ゴブリンとは吠えるしかできない、獣と変わらぬ存在だと思っていたのだが」
「あいつはちょっと特殊でな」
《スキル》。俺たちが魔物・魔族と総称する地から這い出る怪物たちが持つ、特殊能力のことだ。
魔物・魔族は人間を倒すことによってこれらの力を強化したり、新しいスキルを発現したりして、成長していくらしい。
当然魔族に分類されるゴヴニアもいくつかスキルを持っている。
現在俺の銃を検分し修復する腕を与える《鍛冶》スキル。
溶鉱炉に火を入れるために使われる《炎属性魔術》スキル。
そして、彼女が生まれた時より持っていた《見識者》というレアスキル。
この見識者スキルはスキル保有者に、たぐいまれなる観察力と洞察力を与えるスキルだ。それによってゴヴニアは人間たちの生活を観察し、それが放つ言語を理解することができたらしい。
「とはいえ、言語が話せるようになったところで所詮ゴブリンはゴブリン。観察に夢中になって人間に近づきすぎたこいつは、観察していた村人に目撃されちまい、討伐依頼を出されちまったんだと。そんで、依頼を受けてやってきた冒険者に狩られそうにとき、こいつの泣きながらの命乞いを、たまたま現場に居合わせて聞いた爺さんが、『言葉を話すゴブリンとは面白い! どれ俺の配下にしてやろう!!』と言って、冒険者をのした後拉致監禁。今に至るというわけだ……」
「そこは保護と言ってあげたらどうですか?」
「ギャングがそんないいことするわけないだろうがっ!」
何なのですかその妙なこだわりは……。と、俺の言葉に呆れるリベレットに、ギャングにはギャングの譲れない一線があるのだと教えつつ、
「というわけで、こいつはうちの保護下に入っているやつだから、妙なちょっかいを出さないように。銃開発に目覚めてからは、うちには欠かせない人材なんだ。もし手をだすようなことがあったら、警備隊とは言え容赦しないぞ?」
「……お父さんにも一応言っておきます。そんなに本気の殺気を垂れ流さなくても大丈夫です。今のところ被害も出ていないみたいですし、意思疎通が可能でこちらと事を構える気がないなら手出しはしませんよ。魔族だからといっしょくたに殺そうとする教会の連中と一緒にしないでください」
と、こちらに心外だと言いたげな表情を見せるリベレット。警備隊の親を持ち自身も警備隊に所属するコイツは、誰であっても何者であっても平等に接するということを指針にしている。こいつがそう言うのであれば、とりあえずゴヴニアに行政から手が入ることはないだろう。
――まぁ、そう言っている割に初対面で思いっきり討伐しようとしていたが。
俺が内心でそんな野暮なことを考える中、二丁の拳銃の整備を瞬く間に終わらせ、丸でバラバラになったパズルをくみ上げるようにして、とんでもない速さで銃を元の状態に戻して見せたゴヴニア。そんな彼女の姿に、銃の整備風景を興味深そうに眺めていたプリスは思わず感嘆の声を上げた。
「すごいな……ほとんど見えなかったぞ」
「これを作ったのは私だからね。このくらいやれなきゃガンスミスはやってられないよ。ほらよ、若旦那。とりあえずいくらか埃がついていたからクリーニングはしたが、それ以外はいたって問題ない。いつでも撃っていい状態だよ」
「おう、助かったよゴヴニア。最近よく使わされていたから、ちょっと状態が心配でな」
「あぁ。それでちょっと銃身の摩耗が進んでいたのかい? いったい何をしたらそんなに銃を使う機会があるのか……。冒険者にでもなって魔物狩りでもしてんのかい?」
「いいや、それよりも面倒な奴に捕まってな?」
「おい、その面倒な奴っていうのは私のことではないだろうな?」
――自覚があるならしつこく模擬戦挑んでくるのやめてくれないかな? と、俺は内心で呟くが、口に出したら今日の模擬戦がさらに面倒くさくなるだろうから、俺は口を閉ざす。
そんな俺に不審そうな目を向けてくるプリスだったが、人の心の機微に疎いこいつに、俺が何を考えているかなど分からないだろう。
「何か失礼なことを考えているな?」
「なぜわかった!?」
「同じ家で暮らしていたらある程度はな。さて、今日はするつもりはかなったが……せっかくだ、銃の調子を試してみないか? 付き合うぞ?」
「まてっ!? お前今手にかけているの模擬戦用の木剣じゃなくて、実戦用の真剣だろうがっ!?」
――こいつ、俺をこの場で亡き者にする気かっ!? と、俺が戦慄いていた時だった。
「あぁ? なんだい模擬戦やるのかい? ならちょうどいい。若旦那にちょっと試してもらいたいものがあってね」
「おい、その前にこのバカ女を止めろっ!! 俺今殺されそうになってんぞっ!!」
「おい、シモン。例のものもってきな!」
「聞けよっ!?」
『……すまないな御曹司。うちのマスターは、自分に関係があることしか興味を持たない』
「俺の命の行く末には興味ないってことかよっ!?」
――一応お前の身の安全を保障してんのは俺の組だぞっ! と、そんな俺の抗議などなんのその。
ガッツリ俺の存在を無視したゴヴニアの指令を受け、突然虚空から一人の男が姿を現した。
「っ!? 亡霊型の使い魔……英雄霊か!? 何故ゴブリンが?」
「知識があったら術式の再現なんて難しくないだろうさ。私には魔法を扱うスキルもあるしね」
「……そういうわけで、この鍛冶場でマスター・ゴヴニアの補佐をしている、シモン・ヘイルへという英雄霊だ。よろしく」
英雄霊はイウロパ圏に古くから伝わる、降霊術によって呼び出される英雄の亡霊のことだ。
実力のある魔導師たちはその英雄霊を使い魔にし、自由自在に使役することが可能なのである。
とはいえ、ゴヴニアのシモンはその英雄霊の中でも少々特殊な分類に入る存在で。
「シモン・ヘイルへ? 聞いたことのない名前だな。外国の英雄霊か?」
「違うな。こいつは未来で英雄になる人物なんだそうだ? たった一人で数百人の人間を殺した、名うての《狙撃手》なんだよと」
「未来英雄だって!? チョットゴヴニアさん、なんで教えてくれなかったの!? 呼べる可能性はあるといわれていたけど、いままで呼んだ人なんて皆無なんだよっ!? このことを記事にするだけで世間がひっくり返るような騒ぎにできるのにっ!!」
「だからお前には教えたくなかったんだよ……」
英雄霊召喚は、過去・現在……そして未来からランダムで英雄を召喚する魔法である。だが、未来の英雄というものは、術式的に召喚できるといわれているだけで召喚された前例はなく、世間一般では眉唾物と言われている存在なのだ。
それが現実に存在しているとあっては、新聞記者としてレイファンは黙っていない。
だからこそ、存在をひた隠しにしているゴヴニアは、これ以上レイファンに興味を持たれるようなことをしたくなかったのだ。
「まぁ、若旦那が口止めしてくれるっていうから安心してこいつを出したが、あんた……本当に黙ってなよ?」
「うっ……わ、若とケンカするつもりはないよ」
いくら取材馬鹿とはいっても、レイファンはこの街の顔役であるルキアーノファミリーと事を構えるほど馬鹿ではない。
いくら俺と親しいと言っても、越えてはいけない一線くらいはわきまえているやつなのだ。だからこそ、俺はこいつと安心してつるめるし、こいつも俺に対して減らず口を叩ける唯一の友人たりえている。
「でも、未来の英雄ってことは……もしかして最近ゴヴニアさんが新しい銃を次々と作り始めたのって?」
「無論コイツの知識ありきさ。未来じゃずいぶんと銃器が評価されているらしくてね。オートマチック、リボルバー、狙撃ライフルにマシンガンなどなど……いろんな銃器の知識を持っていやがった。まったく、術式が手に入ったからためしに召喚してみたが、ずいぶんといいものを引いちまったよ」
おかげで、最近は寝る間も惜しんで新しい銃を作っているところさっ! と、喜色満面といった表情で、壁に立てかけてあった無骨な鉄の塊に頬摺りするゴヴニアに、俺達は思わず顔をひきつらせた。
一発の鉛玉で人の体に風穴を開ける武器に頬摺りしているのだ。そりゃドン引きの一つはするだろう?
「でだ、ゴヴニア、試してもらいたいものってなんだよ? 俺としては試し撃ちならともかく、こいつとの模擬戦でそれを使うのはさすがに遠慮したいんだが……」
――割とマジで命の危機だし。と俺が背後を振り返ると、こちらを睨みつけながら勢いよく真剣を素振りし、体をあっためているプリスの姿があった。間違いなく殺る気満々だ。
「ん? そうかい。なら試し撃ちを優先してもらおうかね? というわけだ小娘。若旦那に喧嘩売るのはあとにしな、こっちが先約だよ」
「なにおう!? ならばこのやるせない怒りはいったいどこにぶつければいい!」
「そこにいる取材馬鹿にでもぶつけておきな。戦えばそこそこやるやつだし、多分あんたじゃ勝てないよ?」
「なにぃ? この私がそんな優男に負けるというのか?」
「僕を巻き込むのはやめないかなぁ!?」
キッ! と自分を睨み付けてくるプリスに慄きながら、必死にこちらへと抗議してくるレイファン。
そんな彼に両手を合わせて、
「悪いなレイファン。この埋め合わせはそのうちするわ。生きていたら……」
「ちょっ!? 若まで見捨てないでよっ!? って、待とうプリスさん! 冗談だよねっ!? あんなゴヴニアさんに冗句を信じたわけじゃ……待ってホントに!? 話せばわかるぎゃぁああああああああああああああ!?」
そんなレイファンレイファンの悲鳴を聞きながら、俺はゴヴニアの工房裏手にある射撃場へと入るのだった。
一刻も早く、精神衛生上よろしくなさそうな背後の悲鳴から逃れるために……。