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見参! オッパンティー仮面!!

 放課後。珍しく午前中で授業が終わった俺は、今日は二、三講時の授業しかとっていなかったらしいプリスと合流し下校。そのまま、レイファンが言っていた依頼主のもとへと訪れていた。

「って、ここ……もしかして」

「もしかしなくても花街だな」

 出入り口を派手な門で区切られた、他の町並みとは大分違ったド派手な建築物が目立つ裏通りへと……。

 そう、ここはこの町有数の歓楽街……と言えば聞こえはいいが、ようは女が身を売り金を稼ぐ、成人より下は禁制とされる花街であった。

 とは言えこの花町、他のものと比べるとずいぶんと活気があり、体を売っているにもかかわらず女たちにも元気があった。

 理由は至って簡単で、この町は爺さんがギャングとして台頭してきた初期に、ルキアーノファミリーの傘下に入った街なのだ。そのため、三侠義『女子供を殺すべからず』を順守しているルキアーノファミリー主導で、他の花街では許される後ろ暗い行為や、病気の持ち込みなどがこの町では一切禁止されており、花街とは思えないほど健全な空気がこの町には満ちているのだった。

 おまけにこういった水商売は疫病の温床になりやすいという事実を知っていた爺さんが、きちんとした医者を多数雇っており、他の花街と比べると遊女の生存率がずいぶんと高いのである。

 そんなわけで『入れば必ず年季が明けるまで生きていられる』という、冗談みたいな本当の話がまかり通ってしまったこの町で働く娼婦たちは、少しでも早く年季を開けるためにこうして元気よく客の呼び込みにいそしみ、それが街の活気へとつながっているわけだ。

 とはいえ、

「は、ははははは、花街って、あ、あれあれあれ、あれだろう!? お、男と女があれしちゃうあれれれ!?」

「何言ってんのかわかんねぇよ……」

 今まで武術一辺倒だったプリスには、他の花街と比べるとかなり健全なこの街であっても、いささか刺激が強すぎたらしい。

 胸元が大きく開いた服を着た女が、昼間からこんな町に顔を出している暇人を誘惑し、店に誘導する手管を見ただけで顔を真っ赤にしていた。

 おまけに、昼間から大学の制服を着てこんなところにやってきている俺達に向けられる物珍しそうな視線が、さらにプリスの羞恥心をあおっているようで、プリスはもうすでに体をふらふらさせるほどのグロッキー状態だった。

――勝負を持ちかけた俺が言うのもなんだが、本当にコイツ大丈夫かよ?

 だがそれと同時に、こうも思った。

――まさか依頼が花街から来ているとは知らなかったがゆえに、あんな勝負を持ちかけてしまったが、貴族の令嬢とこんなところに連れ込んだなんて知られたら、俺本気で首が危ないんじゃ……。

 いまさらながらそのことに気付いた俺が、やっぱり勝負をやめようかと悩みだした瞬間、

「あら若っ! 来てくれあの!」

「依頼うけてくださったんですね?」

「おわっ!?」

 突然背後から声がかけられると同時に、俺の両腕にやわらかい何かが絡みついてきた。

 なんだと視線を向けると、そこにはくっきり谷間が見える胸をぎゅうぎゅう俺におしつけてくる、二人の若い娼婦がいた。

「お前ら、俺に色目使っても金は落とさんぞ? 爺さんに酒と女と博打はほどほどにしておけと言われているからな」

「たまにならいいのでは?」

宝石獣カーバンクル亭の二枚看板、《琥珀姫》アンバーちゃんと《黒曜姫》オブシディアンちゃんがサービスするわよ?」

 琥珀色に近い金髪を持った愛嬌のある童顔の美少女と、真っ黒な髪を持った東の国特有の顔立ちをした落ち着いた雰囲気の美少女は、この花町最大の娼館――《宝石獣亭》の人気娼婦、アンバーとオブシディアンだった。

 無論この二人の名前は源氏名なわけだが、あいにくと本名は知らないので呼ぶときは大体この名前で呼んでいる。

「というか、今日は遊びに来たわけじゃないのは知っているだろう? さっさと女将のところに案内してくれ」

「なななな、い、いつまでそんなふしだらな行いをしているんだ貴様ぁッ!」

「ちなみに初心なお嬢様もいるから、普段みたいな過激なスキンシップは禁止な?」

「え~。折角若に身請けしてもらって玉の輿狙っているのに~。若はなかなか来てくれないから、あんまりアピールする時間がないのよ!」

「どちら様?」

 ギャーギャー文句を言ってくるアンバーだったが、そこは気が利くオブシディアン。噛みつきながらさらに腕をからめようとするアンバーを引き離しつつ、顔を真っ赤にして頭を茹らせたプリスを見て首をかしげた。

「今日の依頼を手伝ってくれる予定のウチの居候だ。あぁ見えても、最近騎士爵になった家の貴族令嬢だから、あんまり無礼なことはするなよ?」

「なんとまぁ」

「若の方が先に玉の輿に乗っちゃったぁ!?」

「なぁっ!? わたしとこいつはそんな関係ではない! 妙な勘違いはやめてもらおうっ!」

 俄かに騒がしくなる周囲に、俺はそっとため息をつきながら、

「おい、いつになったら女将のところに案内してくれるんだ?」

 なかなか先にすすまない依頼の受領に、ほとほと困り果てるのだった。

■■■

「申し訳ありませんでした若。うちの若い子が仕事もせずにご迷惑を」

「いや。普段から依頼やらでいろいろ世話になっているしな。そのくらいで目くじら立てたりしねぇよ」

 あれから三十分ほど後。俺にしなだれかかったり、ライバルと認定したプリスに咬みついたりといろいろ忙しかったアンバーに変わり、オブシディアンが俺を宝石獣亭奥にいる、女将のところに案内してくれた。

 東洋の民族衣装であるらしい真っ黒な《着物》なる服を着崩した彼女は、いまでも娼婦をやっていけそうなくらいメリハリの利いた体を持つ、妖艶な雰囲気を持つ女性だ。

 だが、いくら美人であったとしても、彼女を指名する客はいない。

 理由は至って簡単。彼女は爺さんが若いころから娼婦をやっていた人物であるからだ。

 つまり、爺さんが若いころに現役娼婦だったということは、現在の年齢は確実に60越え。なのに、見た目は昔と変わらず30代に届くかどうかといった若々しさを保っており、まったくもって得体のしれない人物なのだ。

 女好きの爺さんをもってして「いくら美人でも女将にだけは手を出すなよ? ケツの毛までむしりとられるからな」と言わしめるほどの女怪。噂では若さの代わりに魂を悪魔に売り飛ばしたのではないかといわれているが、真実のほどは定かではない。

 今は娼婦を引退しており、先代店主から受け継いだ宝石獣亭の顔役として、花街最大の娼館を女手一つで切り盛りする女店主だ。

「それで、今回の依頼ってのはいったいどんな依頼なんだ?」

「そうだね。おもてで迷惑かけちまったみたいだし、さっさと本題に入ろうか? ディア、依頼発注書を」

「はい、女将」

 真っ黒な髪まとめた簪の飾りをシャラシャラ鳴らしながら、手に持った変わった煙草器具――キセルに火を入れる女将の指示に、オブシディアンはそそくさと女将の後ろに回り、そこにあった書棚から一枚の紙を引き抜き、

「はい女将」

「ありがとう」

「おい、どこに入れている?」

 着物の衿から覗く女将の胸の谷間にはさみ入れた。

「あら、ここからとった方がいい気分がしないかい?」

「そういう目的で来ていたら効果は抜群だったかもな」

「そういう目的に今からかえてもいいんだよ?」

「あんたには絶対手を出すなって爺さんから言われているから駄目だ」

 アウトローなんだから親の云うことなんて素直に聞く必要はないんじゃないかい? と、そんなことを言いながらしなだれかかり、着物の合わせから覗く胸の谷間で腕を挟み込んでくる女将を片手でいなしながら、俺は依頼発注書に目を通した。

「んで、なになに……捕獲命令? Dead or Alive(生死問わず)ってよほど腹に据えかねているのか。んで、その捕縛対象は……下着、ドロ?」

「イエスっ!!」

「うぉ!?」

――何だこりゃ? と、思わず首を傾げた俺に、突如大声を上げた女将の声が突き刺さった。

「そう、下着ドロ……つまり下着泥棒の奴が出やがったんだよっ!!」

「それは断固として許せんなっ!」

「ようやく追いついたのかお前……」

 怒り狂った女将の声にそんな返事を返したのは、ようやくアンバーとの低俗な言い合いに終止符を打ったらしいプリスだった。

 奴は勢いよく部屋の扉を開けると同時に、怒り狂った瞳から涙を流しながら拳を握りしめる。

「下着泥棒……奴らだけは許すわけにはいかない。奴らは分かっていないからだ。下着を盗まれた私たちがどれほど悲しみ、そしてどれほど恐怖するのかを……。盗まれた下着はいったい何に使われているのか。何をされているのかと考えると、恐ろしさと怖気のあまり夜も眠れない日々が続くというのに……」

「なんかやたら生々しい被害者談だが、まさか盗まれたことがあるのか?」

「安心しろ……その時は犯人を見つけ出して盗まれた下着ごと海に沈めてやった」

「ギャングよりギャングらしいことしてんじゃねぇよ……」

――こいつ、まじめそうな顔している割にやっていることが過激すぎる。と、俺はドン引きしながら、このままでは話が進まんと、怒り狂うプリスを無視し、女将に話を続けるよう促した。

「でもあいつと違ってあんたらはそんなこと気にしないだろう。どうせ常連にはテメェの下着売ってもうけているくせによ」

「まぁ、それに関しては否定しないよ?」

「そんな商売をしているのかっ!?」

 ダメだぞっ! 自分をもっと大切にしろっ!! と、娼婦に言っても仕方のない台詞トップテンに入りそうなことを言うプリスをしり目に、女将はキセルをふかした。

「問題なのはウチに妙な奴が入り込んだにもかかわらず、それに一切気づけずやすやすと下着を盗まれちまった事さ。うちは知ってのとおりこの町一番の高級娼館だ。貴族の方だって利用されることがあるし、その分防犯だってしっかりしておかないといけない。それがこのざまじゃうちの看板に傷が着いちまうんだよ」

「なるほど。その疑念を払拭するためにこの下着泥棒の首が必要なんだな?」

「そういうこと。まぁ、盗まれた下着が最近は貴族の間で流行っている高級品だってこともあるがね……。このままじゃうちの娼館は大損しちまうのさ」

「まぁ、そんな理由があるなら引き受けないわけにもいかないが……」

――だがその割には、アンタから放たれる気配が殺気立っているのはなんでだ? と、あくまで冷静を装い至極まっとうな捕縛理由を語る女将に、俺は疑惑の視線を向ける。

 その時、いつのまにか背後に控えていたオブシディアンがそっと俺に耳打ちした。

「女将の下着、数日前に帰って来ているのです……『年増のはいらんから返す』っていうメッセージカードつきで」

「そいつよほど命がいらんらしいな……」

 そのせいで、生死問わずなんて物騒な文言付け加えられてんじゃねぇか。と、俺は思わず顔を引きつらせる。

 とは言え依頼は依頼だ。金払いも悪くなく、何より普段やっているダーティーな仕事よりかは大分マシな部類だ。

――これなら、プリスとの勝負に使ってもいいだろう。ちょうど本人もやる気になっているみたいだし。

 と、思い俺がプリスの方を見ると、

「おかみさん、お任せください! この私が必ず……このクサレ下着泥棒を血祭りにして女将さんの前に連れてきます!!」

「なんだい、頼りになる娘が入ったんだねぇ、若。この子なら安心して仕事を任せられるよ!」

 どういうわけか女将と意気投合していた。というか、

「おい、人がせっかく血を見ずに済む依頼かどうか確認したのに、お前が率先して流血所望していちゃ意味ないだろうが貴族令嬢?」

「何を言っているんだっ! 変態には死を!! 世界の常識だ!!」

 どこの世界の? と、よほど突っ込んでやろうかと思った俺だったが、

「はぁ……」

 いってもきかなさそうだったので、ため息を一つ付きながら「お願いだから俺が紹介した仕事で人殺しの経験つむとかやめてよね……お前の親父さんに殺されるから」と、一言だけ注意をするにとどめておいた。

 どうせ何言っても今のプリスには聞こえないだろうという諦観を、その声に含ませて。

■■■

 そして、時刻は夜へと移り。

「……本当にこんなところに来るのか?」

「うちの下っ端たちが目撃情報や犯行現場と照らし合わせて割り出した場所だ。間違いない」

 俺とプリスは、花街にあるとある娼館の前にて張り込みをしていた。

 こういった泥棒の類をとらえるためには、現場を押さえるというのが鉄則だからな。犯人が来そうな場所で張り込んでいるのが、一番確実だ。

「どうもその下着泥棒は趣味で下着を盗むこともあるが、たいていの場合は下着の転売こそが目的だ。そうしないと生活費も活動資金もままならんのだろう。そのため奴は転売した場合高値で売れる下着をよく盗む傾向にある。花街の人気娼婦の下着は闇のルートで金貨数十枚単位で取引されることもあるからな。奴にとっちゃ格好の獲物だろうよ」

「ぬ、盗んだ下着を売り払うだと!? 許すまじ……自分で使うならまだ」

「許せたのか?」

「……許せんが、盗んだものをさらに転売するなど言語道断。乙女の純潔をなんだと思っているのだっ!!」

「乙女ねぇ……」

――とりあえず俺の隣で怒りをあらわにして髪を蛇みたいにうねらせている、メデューサに変貌したポニテ女はその分類に含まれないよな?

 月夜で出会ったらまず間違いなく腰を抜かすであろう表情になっているプリスを、できるだけ視界に入れないようにしながら、俺はジッと獲物が来るのを待ち続ける。

 張り込みとは忍耐力の勝負だ。気配を極限まで殺し、ここに自分がいることを悟らせず、しかし獲物の来訪に即応できるよう、注意だけはしっかりと張り込んでいる場所へ向けなければならない。

 そんな神経をすり減らす状態を維持するためには、石の上に三年座るほどの忍耐力が必要なのだ。

 幸い俺はこういった仕事が初めてではないので、気配を殺しつつの監視は慣れたものだが、

「……ところで、本当にここに来るのか?」

「さっきの質問からまだ一時間もたっていないぞ?」

 根っからの体動かしたい系女子であるプリスには、やや難易度が高いようだった……。

 張り込みを始めてから現在で30分弱。プリスも初めのうちは黙って娼館を観察していたのだが、15分過ぎたあたりからはこうして頻繁に口を開き、かまってくれと言いたげな声を出してくる。

――根が真面目なおかげで、基本的に仕事に関係のない無駄話はしないことだけが唯一の救いか。

 と、俺は内心考えるわけだが、このまま雑談を続けていてはもしも獲物が来たときに、こちらの存在を察知されて逃げられてしまう可能性がある。

 だからこそ、俺は一刻も早くプリスの口を閉ざすために、早口でプリスの疑問に答えているのだ。

「だが、先ほどの話を吟味すると、ここいらの人気娼婦がいる娼館ならばたいてい奴のターゲットになるのだろう? だとしたら、こんなところでじっとしていないで、見回りでもした方がいいのでは?」

「今回の依頼は捕縛であって防犯じゃないからな。見回りなんてしたら警戒してこないかもしれないだろうが。それに安心しろ、他の娼館にはうちに下っ端どもが張り付いている」

「なっ!? それでは先に犯人を捕まえた方が勝ちというこの勝負は、私にとって不利ではないかっ!」

「アホ」

「なにおうっ!?」

「俺がそんなみみっちい真似するかよ。仮にも俺はギャングスターだぞ? そんな小細工なんてしなくても勝つ自信くらいあるってぇの。下っ端たちには、獲物を見つけ次第連絡がを入れるよう言ってあるから、連絡が入ったら同時に駆けつけりゃいいだろう。そのためにお前と同じ場所で張り込みしているんだろうが」

「あ……そ、そうか」

 言われてみればそうだ。と、プリスは一応納得した。ただ俺に言い負かされたのが気にくわないのか、ちょっとだけへこみながら膝を抱えて黙り込んでしまったが……。

――まぁ、これで静かになったと思えば結果オーライか? と、やや恨みがましい色が感じられるプリスの視線に、俺が居心地の悪い思いをしているときだった。

 ピ―――――――――ッ!! というけたたましい警笛が、夜の静寂を切り裂いたのは!

「な、なんだっ!?」

「下っ端にもたせておいた警笛だな。方角からして《緑葉亭グリーンリーフ》か。あそこにいる子は確かにレベル高いしな……」

「何をのんきなことを言っている! 早く移動するぞっ!!」

「ちょい待ち」

 俺もそう思ったがどうも様子がおかしい。

 さきほどから警笛が鳴りやまず、あちこちから甲高い鳥の声のような笛の音が響き渡ってくる。

「移動しているのか? クソ、何やってんだあいつら……。俺たちが着くまで足止めしておけって言ったのに。取り逃がしたのか?」

「なに? ではなおのこと急がないと」

「いや、警笛の連なりはこちらに向かって移動している。足止めには失敗したが、誘導はしているらしい。こっちに来るぞっ!」

 俺がそう言った瞬間、

「トウッ!」

「「っ!!」」

 奴は、突然屋根の上から現れた。

 最近とある数寄者が開発した女性用下着――パンティーを自分の股間に着用し、頭にも顔を隠すようにそれをかぶる。

 体は鍛えているのか引き締まっており、妙な肉体美を作り出しているのがせめてもの救い……いや、それはそれでなんともひどいな。

 太っているやつがやるよりかはましかもしれんが、どちらにしろあまり直視はしたくないひどい服装をしたその男が、

「お前が最近ここらを騒がせている下着泥棒か?」

「そういう貴様はルキアーノファミリーの若だな。なるほど、警備兵にしてはずいぶんと逃走経路に使えそうな裏道に詳しいと思えば……そちらが一枚かんでいたか」

 声は意外と渋く、聞くものが聞けばいい声と評しそうなバリトンボイスだった。

 声だけ聴けばイケメンなのに、目を開くとあら不思議。そこには自分の股間と頭に女の下着を装着した、細マッチョド変態がいる。

 この時点でもう色々と勘弁してほしかったのだが、一応仕事なので、俺は銃をホルスターから引き抜きながら、

「まぁ、そんなわけで両手を上げろ(ホールドアップ)だ、変態野郎。宝石獣亭の女将から、半殺しにしてもいいから連れて来いって言われてんだよ」

――本当は生死問わずだが、ほんとに殺すわけにもいかんしな……。という俺の葛藤など知らんと言わんばかりに、目の前の変態野郎はむけられた銃口におびえすらしない。それどころか、

「断る。私は世のため人のため……需要と供給のバランスをとるために日夜戦い続けるオッパンティー仮面!! 権力にも、闇の力にも、決して屈することはないっ!」

 そこから足を出すのだろう……。そう思われるパンティーの大きな穴から覗く瞳を燃やしながら、奴はそんなことを言ってきた。

――何言ってんだコイツ? と俺が首をかしげる中、奴――オッパンティー仮面は唐突に語り始める。

「君は思ったことはないか。この世には足りていないものがある。そう、それは女性の下着だっ! 近年開発されたこの下着は、履き心地能く、大事なところはしっかりガードし、そして隠しているにもかかわらず、男性たちに無限の欲望を抱かせてくれる魔性のアイテムだ! 多くの男性がそれを認めることだろう。だがしかし、この魔性のアイテムは如何せん高すぎる。現在着用しているのはせいぜい貴族の女性か、高級娼館の娼婦たちだけだ!! それではあまりに足りない……足りなすぎるんだっ! 我々がどれだけ熱い情熱を燃やそうとも、どれほど彼女たちが穿く神秘の布地に触れたい、においをかぎたい、あわよくばかぶってみたいと願っても、決して我々のもとにそれが届くことはない。この世の中で最もオッパンティーを求めているのは女性ではない! その魅力に取りつかれてしまった、男性だというのにっ!!」

「何言ってんのお前……」

 元々それは女が穿くために作られたものだろうが……。というか、

「正直意味が分からんが……下着がそんなに欲しいなら自分で買えよ。どうせ盗んだ下着で儲けてんだろ?」

「馬鹿者。使用済みにこそ価値がある。洗濯されていないのならばなおさらなっ! 何故それがわからないっ! 新品のオッパンティーや、洗浄済みオッパンティーなど塵芥にも等しいわ、たわけっ!!」

――俺なんで怒られてんだ? と、俺が世の中の理不尽に頭痛を覚える俺をしり目に、オッパンティー仮面は情熱的に演説を終えた。

「そういうわけで、私はオッパンティーを求める男たちのために、自ら罪を犯すことを覚悟のうえで、オッパンティーを供給する者へとなったのだ! すべては、使用済みオッパンティーを待ち望む全世界の同胞のためにっ!!」

「末期の言葉はそれでいいのか?」

「ん?」

 そして、演説が終わると同時に我慢の限界に到達する奴が一人。

 俺の隣で今までブルブルと震えながら、必死に我慢していたらしいプリスが、静に抜剣したのだ。

「じゃぁ死ね」

「いや殺すなって……」

 お願いだから、俺の監督下で人殺しの経験を積むのはやめていただきたい……。と切に願う俺の心の声など届かず、信じられない速度でオッパンティー仮面に肉薄したプリスは、即座に奴の首に向かって剣を走らせた。

「コールアクト!! 《スクウェアトライアル》!!」

「うおっ!? いきなり殺傷系アクトとは……なんなのだこの狂犬は!?」

 いや、発狂度で言えばお前も大概だろう。と、俺が内心でボソリとつぶやく中、オッパンティー仮面は上体をわずかにのけぞらし、首への刃の一撃を躱す。

 だが、それでプリスのアクトは終わらない。

 四角形スクウェア。技の名前についたその称号にふさわしく、このアクトの攻撃回数は四回。

 初撃。二刀の水平斬り。

狙いはもっとも有名な人体急所――喉笛と腹部。当然食らったら死ぬので、大半の連中は避ける。

 だが、アクトを決められるほどの懐に入り込まれた状態では腹の攻撃はともかく、首への攻撃回避は至難を極める。

 結果、相手がどのような避け方をしようが、大半はその体勢を崩すことができる。

 ついで追い打ちをかけるように、二刀の斬り落とし。

 狙いは肩。深く踏み込み両腕を斬り落とす勢いで、左右の刃を振り下す!

「ぐっ!?」

 だが、だてに今まで逃げ延びてきたわけではないらしい。オッパンティー仮面は見事にその攻撃をいなす。着用していたパンティーの中から、恐らく盗んだものと思われるパンティーを取出した。

 今はやりのサイドの紐を結んでパンツにする系統の下着――紐パンである。

 流行り物ゆえものすごっく高いわけで、盗むのも相当苦労していそうだが命には代えられなかったらしい。

 取り出された紐パンのサイドの紐が、振るわれると同時にまるで生き物のようにうねり、プリスの手に絡みつき、しっかりとその手を拘束した。

「なっ!?」

 それによってわずかに行動が阻害され、アクトの術式が《次のアクション再現が著しく困難な身体状況》と判断し、アクトの発動が止まる。

 元々は体のできていない未熟者がアクトを使ってしまった際、怪我をしないようにするための安全装置なのだが、今回はその機能が裏目に出た。

 両手を封じられ、アクトが強制的に止められ、プリスが一瞬、完全に無防備な姿をさらした。

 それを見逃すほど、オッパンティー仮面は甘い敵ではなかったらしい。

「ス・キ・あ・り!!」

「っ!?」

 懐に入り込んだプリスを躱すために、ダンスをするかのようにくるりと体をターンさせながら、プリスのわきを通り抜けるオッパンティー仮面。

 俺の目から見てもその動きは滑らかかつ洗練されていた。

――こいつ、珍妙ななりをしていやがるが相当できる!

 俺がそんな評価を下している間に、オッパンティー仮面は完全にプリスの背後をとる。

「もらったぞ」

「クソッ! コソ泥の分際で、私の背後をとるなんて」

 当然、プリスも伊達に武芸家の娘をやっているわけではない。

 手を拘束した紐パンを振り払い、背後からの攻撃、くらうわけにはいかない!! と彼女は即座に振り返り、相手の攻撃を迎撃しようと双剣を構えた。

 だが違う……違うんだプリス。そいつがとったのはお前の背後なんかじゃなくて、

「何を言っている。背後などとってはいない」

「え?」

「私はもっと大切なものを、お前からもらったのさ……」

 そういうオッパンティー仮面の手には、先ほどの紐パンとは違った別の下着が……。

「え? えっ!?」

 当然それに見覚えがあるはずのプリスは、慌てて自分の腰回りをさわりそれの有無を確かめる。

「ない……」

 絶望したようにつぶやくプリスに、俺は思わず同情の視線を向けながら、

「ではこれで止めだ……」

「ちょっ!? まっ!?」

「我が野望を阻む者の言葉など……聞く耳持たんっ!!」

 瞬間、いつのまにか用意していた魔力の塊が、オッパンティー仮面の手から放たれたッ!

「風妖精の悪戯シルフィーモスチーフ!」

 その魔力は術式によって地面を這う一陣の風となり、プリスが着ていた制服のスカートを情け容赦なく跳ね上げようとした!

 これを食らえば間違いなくプリスは再起不能だ。何せ自分の下半身が生まれたままの状態でさらされるのだ。女性であるなら……いや、ある程度年齢を重ねた人間であるなら、まず間違いなくショックでしばらく動けない。

 そうなればこの勝負はもらったも同然なわけなのだが……。

「いやいや、さすがにそれはまずいだろう」

 いくら勝負のためとはいえ、相手は仮にも貴族令嬢。こんなくだらない戦いで人間としての尊厳を失わしたなどと知れれば、幾らおおらからしいこいつの親父さんでも、俺に制裁をしてくるだろう。

 というわけで、

「下がってろプリス」

「えっ?」

 俺は地面を滑るように走る魔性の風を、一発の弾丸によってかき乱し雲散霧消。

 下着を奪われ固まっていたプリスの前に飛び出し、自分の制服の上着を投げつけた。

「そんな状態じゃお前どうせ戦えないだろう。それでも腰に巻いて下がっていろ。選手交代だ。あとは俺に任せな」

■■■

――クソックソックソックソックソぉおおおおおお!!

 内心を満たす、煮えたぎるような怒りに体を震わせながら私――プリッシラは目の前の変態――オッパンティー仮面から視線を外さないように注意しつつ、ひとまずエルンストが言うように後方に下がった。

 下半身が風呂上がりのようにスースーしてしまっている以上、女としての尊厳を守るために私はこれ以上戦うわけにはいかない。エルンストに諭されたその事実はわたしもきちんと理解している。だが、だからといって!!

「あんな変態に、一杯食わされるなんて!!」

 これほどの屈辱があるだろうか? 仮にも武人の娘として育てられてきた自分が、こんな情けない理由で戦線離脱してしまうなんて。

 そんなことを考え、屈辱に身をふるわせる私に対し敵であるオッパンティー仮面は手に握った私のパンティーを眺めながら一言。

「ふむ。それにしてもヒモか。よいぞよいぞ。ちょうど私の使用用の物は足りているからな。めったに手に入らない貴族令嬢の、それもお前ほどの美人の下着となれば闇のルートではかなりの値段がつくだろう」

「っ!!」

 私はその言葉に、ようやく自分が置かれている状況を理解した。

――そうだ、目の前にいる男は下着泥棒。それも盗んだ下着を転売して日々の糧にしているクソ野郎だ。そんな男に自分の下着が握られている。自分の下着が一体どんな末路をたどるのかは、言われなくてもわかるだろうにっ!

「や、やめろ。やめてくれ!」

「おや、ずいぶんと声が弱々しくなりましたな? ふ~む、女性をいじめるのは不本意ですが。私とて捕まりたくはありません。厄介な敵ももう一人いるみたいですし、どうです? この下着を私が返す代わりに、この場は見逃してくれるというのは?」

「っ!」

 オッパンティー仮面が提示してきたそれは、私にとっては到底許容できるものではなかった。

 当然だろう。ここで奴を見逃せばまた罪もない婦女子の下着がコイツの手によって盗まれてしまう。それを防ぐためにこの場にやってきた私としては、そんなことを許すわけにはいかない。

 だがしかし、奴は高々と私のパンティーを掲げて喜悦に歪んだ笑みを浮かべている。

 さっき戦って分かったが、娘の目の前の変態はただの変態ではなくソコソコ戦える変態だった。

 逃げに徹されれば、私であっても捕縛は難しいと考えてしまうほどには。

 つまりこのまま戦いを続けても、何の痛痒も与えられずに相手を取り逃がしたあげく自分の下着が顔も知らない下衆野郎手に渡って、自分では想像もつかないような変態的行為に使われる可能性があるのだ。

――怖い。

 私はこの事件にかかわって初めて、そう感じてしまった。

――目の前の変態が、自分の下着に行うであろう仕打ちが……心の底から怖い。

 はたから見ればくだらないことを考えているように見えるかもしれない。ただの布きれ一枚が何だというのだと。

 だがしかし、理屈ではないのだ。

 男性の得体のしれない欲望のはけ口に自分の所有物が使われている。それを考えるだけで、娼婦か何かでもない限り女性というのは根源的な恐怖を覚えるものなのだ。

 長年武術に身をささげてきた私も例外ではないのだと、それを今思い知らされた。

 恐怖に打ちひしがれいよいよ声も出せなくなる私に、オッパンティー仮面は喜悦の笑みを深くする。

「さぁ、返答はいかに?」

「――っ!」

 そう言いながら私の下着を自分の顔に近づけていくオパンティー仮面の姿に、私はとうとう恐怖に屈しそうになった。

 あなたを逃がすから、どうかそれだけは返してくれと涙を流しかけながら懇願しそうになった。

 だが、

「おい、誰に向かって話しかけてんだクソ野郎が」

「っ!」

 そんな私の恐怖を粉砕したのは、一発の銃声と氷点下を下回ったように感じられる冷たい声。

 銃声とともに放たれた弾丸は狙いたがわずおパンティー仮面と私のパンティーの間を過ぎ去り、両者のそれ以上の接近を封じた。

「ぬぅ、お前……!」

「言ったはずだ変態野郎。選手交代だってな。お前の相手はもう俺なんだよ。命乞いをするなら俺にしな」

 上着を私に譲渡し、白いシャツと制服のスラックスだけになったエルンストは、そう言いながら不敵に笑った。

「まぁといっても、命乞いなんざしたところでテメェは絶対許さねぇが。うちのシマの女どもに手を出しただけでも万死に値するが、テメェはうちの居候の女を泣かせた。女を泣かせるような奴には死を。そしてそれがうちの居候として一時的に身内に入っているような奴を泣かせたのなら、なお罪は重い」

 そう言ってエルンストは、ゆっくりと拳銃の撃鉄をあげ、

「死んで楽になれると思うなよ? テメェにはそれ以上の責め苦を与えてやる」

 今まではめんどくさそうな声や、こちらをせせら笑うような挑発しか聞いたことがなかったエルンストの、本気の怒気が含まれたその言葉に私の体は思わず震えた。

 自分がその怒気を向けられたわけではないのに、私はその声に恐怖を覚えてしまったのだ。

 でも同時に、

「プリス」

「え? な、なんだ!」

 そのあと振り返ったエルンストの、

「何ビビってんだらしくねェ。つい数時間前までの生意気なお前はどこに行ったんだ? まぁ、しおらしい方が可愛らしいっちゃ可愛らしいが」

「な、なにをっ!?」

「まぁ見ていな。ちょっと本腰入れてこの目の前の屑をとっちめに行くからよ。取り逃がした時の心配なんてしてないで、大船に乗ったつもりでドンとかまえてろよ」

 さきほどの怒声を放ったとは思えない朗らかな笑顔と、

「何せ俺は、エルンスト・ルキアーノだぜ?」

 自信あふれるその言葉を聞いて、迂闊にも安心してしまった。

■■■

 さて、格好つけて勝利宣言などしてしまったがやること自体は変わらない。

 要は目の前に変態相手にうまく立ち回って、どうやって弾丸を叩き込むかだ。

 内心でその算段を立てながら俺は即座に拳銃を一丁、追加でホルスターから抜き放つ。

 これによって俺お得意の二丁拳銃状態になるわけだが、相手も伊達に長い間下着ドロを繰り返していた猛者ではない。俺の動きに合わせてオッパンティー仮面は両手を前にだし、構えをとる。

――やっぱりか。さっき無手で戦っていたから予想はしていたが、こいつ拳闘家か。それも相当できる。

 さきほどプリスからパンツを盗み取った腕の速さも、注視しなければ見えなかったほどだ。今の構えからかんがみても、間違いなく拳を使った殴打専門の拳闘家。懐に入られれば拳銃使いのこちらはいささか不利になるわけだが、

「じゃあ、懐に入れなけりゃいいわけだ」

 取りあえず牽制に一撃。まず狙っても当らん相手の頭部。

 だが、相手は当然のごとくそれをよける。

「甘いな。先ほどの攻撃から、それが銃であることはお見通しよっ!」

 他の弾丸を見切って避ける化物連中と同じように、どうやら銃口が向いている先を見切り弾丸が飛来する場所を予測しているらしい。

 発砲音が響き渡る前に、銃口の先から体を逃がし、弾丸の一撃を回避したのはさすがというべきか……。

 足を踏み出し、右方向へと上体を逃がしながら、一歩こちらに近づく。

――良い判断だ。銃だと気付いた瞬間に、後退は不利になるだけだと悟り、一歩前に出る手間を惜しまない。こんな変態でさえなければ、ひとかどの武道家になるのも夢ではなかっただろうに。

 そんな風にオッパンティー仮面の存在そのものを惜しむ俺の心情など知らず、奴はさらに足を踏み出そうとして、

「おっと、させると思うのか?」

「ちっ!!」

 したところで、足を狙って発砲されたもう一丁の拳銃の音に舌打ちし、一歩後退。

 俺はそれに口角を吊り上げ、

「せいぜい踊れ。コソ泥」

「クソッ!!」

 悪党然とした凶悪な笑みを顔に張り付け、弾倉に入っていた弾丸をすべてオッパンティー仮面に向かってぶちまける!

■■■

 何かが破裂したかのような音共に、薄暗い夜の花街を鉛の礫が駆けぬける。

 常人が食らえば体に風穴があくそれらを、冷や汗をかきながら回避するのは、顔と股間に女性用パンツを着用した変態野郎だ。

「くっ……なかなか面倒な相手だ」

――さすがはルキアーノファミリーの若といったところか。と、男――オッパンティー仮面は奥歯をかみしめた。

 一歩行動を間違えば、即座に体に穴が開き行動不能に陥ってしまう攻撃の嵐の中、オッパンティー仮面はなお前を見据え続ける。

「だが、負けるわけにはいかない。すべては我が同胞のため……。この世全ての……女性に縁のない、哀れな男たちのためにぃいいいいいいいいいいい!」

「いや、そんなもの配り歩くくらいなら普通に女の子紹介してやれよ。ん? そういう仕事良いな……儲かりそうだ。今度親父に提案してみるか?」

 新しいシノギになるかもしれん。と、拳銃をぶっ放しながらブツブツ呟く少年――エルンストに、オッパンティー仮面はさらに一歩踏み出す。

「正論など聞き飽きた。そんなものがあったところで、もてる男はもてるし……もてない男はもてないのだっ!!」

「いや、そんな世知辛いこと言うなよ……」

「なればこそ、せめて女の匂いが感じられる布を抱き、幻想におぼれることの何が悪いっ!」

「人様のもの盗んでいたらそりゃ悪いだろ……」

 冷厳なるエルンストの言葉をもってしてなお、オッパンティー仮面は止まらない。

 辺りの石畳に激突し、火花を散らす鉛の嵐。その中で死の舞踏を続けながらも、オッパンティー仮面は期をうかがい続けた。そして、

「ちっ、また弾切れか! よく避ける!!」

「っ!!」

 その時はきた。

 銃という武器に絶対付属する最悪の弱点――弾丸の再装填リロードという致命的な隙が!

 エルンストが両手に持っていた銃の片方をホルスターに放り込み、残った銃の弾倉をずらす。

 信じられないほどの速度で行われたそのリロード動作だったが、それをずっと待っていたオッパンティー仮面は、その速度をさらに凌駕するほどの速さで、

「とった!」

 エルンストの懐に飛び込んだ!

 さきほどまでの戦闘で、このリロードには最低6~9秒ほどの隙が生じることを、オッパンティー仮面は理解していた。

 だからこそ、彼はその隙を見逃さないよう、今まで無謀なダンスを続けながら、期をうかがっていたのだ。

 そして、その時がやってきたっ!!

「もらったぁあああああああ!!」

 勝利を確信し、雄叫びを上げるオッパンティー仮面。だが、その狙いはエルンストの体ではなく、

「残念。この隙はフェイクだ!」

 エルンストが懐から取り出した、弾丸がならべて取り付けられた器具に向かって、

「そっちこそ、わたしを舐めてはいないか?」

「なにっ!?」

 右拳をふるう!

 強かに強打されたエルンストの手から、器具は天高く弾き飛ばされた!

「っ!? 俺のローダーに気付いて!」

「私は女性下着をこよなく愛好する紳士だぞ? 服の上からでもその女性がどのような下着を着用しているのか、知ることができるっ! そんな私の手に懸れば、君が懐に何かを隠し持っていることを看破することなど、造作もないっ!!」

「そんな下らん技能に俺の詭道は見破られたのか……」

 何とも言えない顔で突然沈黙するエルンストの顔面めがけ、オッパンティー仮面は残った左手でフックを、

「だが残念」

「なに!?」

 叩き込む前に、

「そいつもフェイクだ。コソ泥」

「――っ!?」

 青く輝いたエルンストの手が、信じられないほどの速度でポケットに入れていた弾丸を宙に撒き散らす。

 その数はちょうど六。

 真鍮の薬莢を纏いクルクルと宙を舞うそれらは、オッパンティー仮面の眼前へと到達した瞬間、

「おらっ!」

「っ!?」

 真横に振るわれた拳銃の空っぽの弾倉に、奇跡のように収納された!

 神業のごときその再装填に、オッパンティー仮面は思わず固まる。その隙をエルンストは見逃さなかった!

「それ、チェックメイトだ」

「ば、バカな……なんだ今の曲芸は!? こんなギリギリの戦闘の中で、こんなものを成功させるなんてっ!」

 まともじゃない! そう叫ぶオッパンティー仮面を睥睨しながら、エルンストは青く輝く魔力の残滓がはじけて消える手で拳銃を構えながら、その銃口をオッパンティー仮面に押し当てた。

「バカかテメェは。どんな神業だろうが奇跡的な曲芸だろうが、肉体さえ作っちまえば完全再現してくれる技術が、いまの世界にはあふれかえっているだろうが」

「まさか……今の装填動作……アクトなのか!?」

 通常アクトとは、ある格闘流派の技などを保存して、その動きを再現するものだ。

 銃の装填動作を保存して再現するために使うなど、普通ならば考えられない。

 だが、

「何を驚く必要がある。同じ《体の動き》なんだから、保存できない道理はないだろう? なにより、格闘技よりこっちの方がよほど有用だぞ? 銃の弾込めは短調作業のくせに、これの速度によって銃使いの強さが決まるからな。遅い奴ほど弱く、早い奴の方が強い。早ければ早いほど、戦場に叩き込める弾丸が多くなるからだ」

 そして俺は、そういった意味では最強の部類だ。と、エルンストが笑いながら告げたその事実に、オッパンティー仮面は苦笑いをしながら、両手を上げるしかなかった。

「まいった……私の負けだ。私と君とでは戦闘者としての才覚が違う」

「いや、正直俺も殴られるかと思ったのはあんたで二人目だ。誇っていいぜ、パンツ仮面」

「オッパンティー仮面だ!」

「……それこだわらないとだめか?」

 何とも締まらない、絶叫と共に花街で起こった大騒動は……こうして幕を下ろした。

■■■

――勝ってしまったか……。

 私――プリッシラは、オッパンティー仮面から返却された下着を再装着しながら、鼻歌交じりにオッパンティー仮面の銃口をつきつけ、奴の拠点へとやってきたエルンストを見てため息をついた。

 元々は水車小屋だったと思われる廃屋の中に入っていったオッパンティー仮面は、盗んだパンツを色々なところからとりだし、エルンストが突き出す皮袋に返却していく。

――よくもまぁ、これだけ盗んだものだ。と、私は革袋をパンパンにするほどの量の下着にほんの少し呆れつつ、同時に、

「大体よぉ、まず下着を愛好すると言っている割にお前はパンツにだけこだわりすぎているんだよ。その時点で、お前の論は破たんしている」

「なに?」

 勝負に敗北したからか、すっかりおとなしくなったオッパンティー仮面に説教を垂れているらしいエルンストを眺めながら、自分の尊厳を守ってくれたあの広い背中を思い出していた。

『何せ俺は、エルンスト・ルキアーノだぜ?』

 そう言った時に見せた屈託のない自信にあふれた笑みと共に。

 不覚にもあのとき、私は自分の胸がキュンと締め付けられるような、心地よい痛みを感じてしまっていたのだ。

「……うぅ」

 私だって一応女の子だ。武術に身をささげた身とは言え、それ相応に恋の話というものは聞き及んでいる。

 そしてあの時の胸の締め付けが、友人たちに聞いた恋したときの胸の痛みに酷似していたことに、私は激しく動揺してしまっていたのだ。

――いやいや、待て待てプリス。落ち着け。深呼吸だ。あれで惚れてしまったとかいくらなんでもちょろ過ぎる……。確かに意外とかっこよかったし頼りにはなったが、それとこれとは別問題なわけで。あいつはわたしを敗北の汚泥を舐めさせた張本人で、倒すべき敵で、ギャングで、悪党だ。あの一瞬、体を張って私を守ってくれたあいつの背中は確かに大きく感じられたが、だからと言ってそれが惚れたはれたになるなんてことはないだろう。うんそうだ。これはキッと……心臓の病的なアレに違いない。明日あたり医者に見えてもらわないとは! うん!

 内心で誰にしているのかもわからない言い訳をつらつらと並べる私。はたから見なくても明らかに動揺していることくらい、私にだってわかっていた。

 でもこのくらい許してほしい。

 生まれてこの方、今回のような荒事関係で私が頼れる男など、私の周りには父さんぐらいしかいなかったのだから。

 初めて安心して背中を任せられた。初めて自分の危機を救ってもらえた。

 その事実がどうしようもなく、私の気になるという気持ちをエルンストの方に向けさせてしまっていたのだ。

――この気持ちは恋ではないだろう。

 私は自分自身に必死に言い聞かせる。そうでもしないと、自分がこの場で安っぽい女に成り下がってしまいかねないと、本能的に悟っていたから。

――そう、恋ではない。でもほんのちょっと、ほんの少しだけ……あいつと仲良くしてやっても、いいかもしれないな。

 そんな風に、私が自分の気持ちに折り合いが付けられるぎりぎりの妥協点を見つけ出した時だった。

「パンツばかりで何が嬉しい。もてない男に配り歩くなら……ブラジャーもきちんと完備しておくべきだろう?」

 そんなエルンストの言葉が聞こえてきたのは。

――………………………………。

 心が死んだ音が聞こえた。同時に私の内心で天井知らずに上がっていたエルンスト株が大暴落した。

――だがこれは仕方ない。仕方ないだろう。自分の尊厳を守ってくれた奴がやっぱりほかの野郎と変わらないんだと悟ればふつうそうなるだろう? というかやっぱり胸か? お前もやっぱりうちの門弟のバカ共と一緒でそこが重要なのか。よしわかった。貴様ら男のぶしつけな視線が私の心をどれだけ傷つけるか、その身に刻みつけてやろう。

 そんな決意を胸にひめ私は腰の双剣の柄に触れる。

「ふん。なんだと思えば……貴様も所詮は一般大衆に迎合するしか能がない、パイオツ教の使者であったか。やはり我等は最初から分かり合えない運命にあったらしい」

「なにおぅ!? ふざけるなよっ! 少数派のケツ愛好家が。あんな汚物ひり出すだけの器官にいったいどんな幻想を抱いてやがる!」

「笑止ッ! そちらこそ、パイオツを愛好すると言っている割にあれの神聖さを理解していないらしいな。パイオツはもとより赤子に乳を与えるもの。すなわちあれこそが、母性の象徴であり生命をはぐくむために作り出された神聖なものなのだっ! 断じて貴様のような変態が、気安く触れていいものではないのだっ! あれは赤子のためのものだっ!!」

「あれっ!? 俺よりもなんかパイオツ神聖視してない!?」

 ゆるぎない決意を胸にひめたプリスの眼前では割と信じがたいバカ共の会話が堂々と垂れ流される。

――もはや聞くに堪えないな。

「お前たち……」

「「っ!?」」

 自分の口から出たとは思ないほど……どす黒い殺気にまみれた声が私から発せられた。

――こんな声も出せたんだな。十六年近く生きてきて初めての発見だよ、うふっ。新しい発見をするきっかけを与えてくれてありがとうエルンスト。お礼にお前には死をプレゼントだ!

「パイオツだの、尻だのと……下らんことをごちゃごちゃと……。それらは両方私たち女のものだ。お前ら馬鹿が触っていいものじゃないだろうがぁああああああ!!」

「へぶっ!?」

 エルンストの頬をかすめるように投擲した鞘に入ったショートソード。だがエルンストはそれを紙一重で避け、代わりにオッパンティー仮面の顔面がそれによってぶち抜かれた。

――ちっ! 外したかっ!

「ま、待てプリス! チョット落ち付……」

 その光景に震えながら、エルンストは命乞いさながらの台詞を吐きつつ振り返るが、もう遅い。

「変態……死すべし!」

「ぎゃぁああああああああああああああああああああああ!?」

 私はそれだけ言うと顔を真っ赤にしながら、残っていた鞘つきのショートソードをエルンストの脳天に振り下した。

 図上に無数の星を飛び散らせながら、意識を失うエルンスト。そんなバカ丸出しな姿に鼻を一つ鳴らした後、私は自分の眼下で揺れるいろいろと邪魔な脂肪の塊を眺めてため息をついた。

「くっ……やはり大きいとろくな目に合わない。あいつもやはりそういう目で私を……可及的速やかに離れねば!! って、あれ? そういえばこれ、勝負には私がかったことになるのか?」

――ちょ、漁夫の利汚い。

 そんなエルンストの声にならない声など、当然私には聞こえない。

 私の乙女心を弄んだ罰だ。勝負の勝敗程度、譲ってくれても問題あるまい?


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