表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

プリッシラ・コッレンテ

「おう、お前ら。じゃぁいってくる」

『いってらっしゃいませ、若っ!!』

 いつもの朝の風景。大学へ行く用意を終え、教材が入ったカバンを後ろ手に持つ俺を、膨大な数のファミリーが見送ってくる。

 といっても、それをやっている場所は玄関である店の入り口ではなく、従業員が出入りに使う小さな裏口なので、何とも締まらない光景なわけなのだが……。

「毎朝こんなことをしているのか?」

「ん?」

 ただ、一つだけいつもとは違う光景がこの場にはあった。

 もうお分かりだと思うが、今日から大学に編入してくる貴族令嬢――プリッシラことプリスが、俺の傍らで半眼になりながらその光景を見ていることだ。

 プリスが貴族の令嬢だと知ったあの後、爺さんからいろいろ事情を聴いた俺はひとまずコイツとは休戦状態になることに成功した。

 理由として挙がるものは三つ。

 一つ目は、プリスの実家であるコッレンテ家は貴族とは言っても、つい最近騎士爵位をもらっただけの新参貴族であるため、当主である父親は無礼な振る舞いもある程度許容してくれるようだったこと。

 二つ目は、プリスの父親は爺さんと懇意にしていたらしく、その性格もよく知っているため、爺さんやその身内がプリスに多少雑な対応をしたところで、許容する許可をもらってくれていたこと。

 三つ目は、プリスがうちに預けられた理由が、コッレンテ家の成り上がりを快く思わなかった貴族たちに狙われているため、その身柄の保護を貴族とは一切関係がないルキアーノファミリーが請け負ったこと。

 つまりプリスは現状うちの保護を受けておかねば身の安全を保障できない立場にあり、そこの次期党首を打ち首にするなどもってのほか……というわけで、俺は貴族に無礼な態度をとったということで、打ち首獄門を食らうことはなくなったらしい。

――まったく、ひやひやさせやがった……。

 一時期は本気で、首を差し出しファミリーに累が及ばないようにしようかと考えていた昨日の自分がバカらしく思え、俺はそっと嘆息する。そんな俺をしり目に、

「お嬢もいってらっしゃいませっ!」

『いってらっしゃいませっ!』

「ひっ!?」

「お前ら、昨日ボコボコにされた女に対して……ずいぶんと打ち解けたな」

 野太く凶悪な野郎どもの見送りの言葉に、プリスは思わずといった様子でその場で二歩三歩と後退していた。

――まぁ、それも仕方あるまい。うちの連中はたから見ればただのチンピラどもにしか見えないからな……。

 俺は内心でそんな言葉を漏らしながら、

「んじゃまぁ行ってくるから、一応うちの守りを固めとけよ。こいつの家、最近成り上がって妙なやっかみかっているみたいだからな。相手は王都の貴族らしいから、ここまで来ることはないだろうが……警戒だけはしておけ」

「うっす!」

「大丈夫っすよ若! 万年暇なドンがうちにはいますから!!」

「それもそうか……」

 年老いたといっても、うちの爺さんはこの町の裏稼業の頂点に長年座した男だ。貴族が放つ暗殺者程度に後れを取ることはないだろう。

 そう判断した俺は、大人しく学生である自分の仕事――学業に専念するために、裏口から足を踏み出した。

「あっ! まてっ!! 編入手続きのために、学生課に案内してもらわねばならんのだから、おいていくな!!」

「案内くらいはしてやるから勝手についてこい。はぐれても俺は感知しないぞ? 気を使って歩幅を合わせてやれるほど仲がいいわけじゃないだろうが」

「レディーファーストという言葉を知らんのか! これだから、社会不適合者のアウトローは!」

 ギャンギャン咬みついてくるプリスに閉口しながら……。

■■■

「それにしても、仮にもギャングの息子をこちらの大学はよく受け入れてくれたな。普通なら門前払いだぞ?」

「うちの街はちと特殊でな。爺さんにでかい借りがあるから、あんまり無碍にはできないんだよ。単純にうちの爺さん慕っている人も多いしな」

 裏口から大通りに回り、目の前の小高い丘に建てられた大学に向かって歩きながら、いつもと変わらぬ登校風景に俺は思わずあくびを漏らす。

 そんな俺の後ろをついてくるプリスは、やはりおれより身長が低い分歩幅が小さいらしい。小走りで進み、ソコソコ急いだ様子で俺についてくる姿だけを見ればかわいらしい女の子に見えなくもないのだが、あいにく中身はショートソード二刀流を操る生粋の武人少女だ。不用意に手を出せば指の数本はとばされること請け合いである。

 だがそんなことは知らない大学の学生連中は、普段は見ない美人が、町の有力者の孫である俺の傍らにいたことに驚いたのか、いつもは感じないジロジロとしたぶしつけな視線を俺達にぶつけてきた。

――そんなに気になるなら聞きに来いよ。鬱陶しい。

 声をかける度胸もなく、されど興味がないわけでもない。そんな半端で鬱陶しい視線に、俺は思わず眉をしかめた。

 ギャングとして育てられた俺は、基本的にものをはっきり言わない奴が嫌いだ。腹に何を抱えているのかわからないし、抱えていないにしても声を出せないということは、それだけ自分に自信がないことを示しているからだ。

 そういうやからを見ると「言いたいことがあるならはっきり言えっ!」と説教をかましてやりたくなる。が、

「おっはよ~う、若っ! ところでなになにその美人さんは!? 昨日の今日でお前の男女関係に何があったのっ!? チョット今日の号外にするから、そこんトコロ詳しくっ!」

「……ここまであけすけない奴は、それはそれで鬱陶しいよな」

「あれ? 早朝早々に俺けなされてねぇ? 数少ないお友達にそんな態度とっていいと思ってんの若?」

「か、数少なくねぇよっ!? ちょっと、大学にはいないだけで……うちに戻ればいっぱいいるから!」

「それお友達じゃなくてファミリー構成員の方々だよね?」

 そんなけたたましい挨拶もそこそこに、メモとペンを持って俺に突撃取材をかましてきたのは、当然のごとく俺の隣に並んだレイファンだ。

――そういえば、プリスのネタを持ってきたのはもともとコイツだったな。と、昨日の会話を思い出した俺は、ひとまず後ろを振り返り、

「一応こいつ新聞部で、オタクのことをかぎまわっていたみたいなんだが……話しても構わん?」

「? あぁ、別にいいが」

 何か問題でもあるのか? と、首をかしげるプリスに、俺は思わず頭を抱えたくなった。

――お前、一応王都が危険だからってここに逃げてきたんだろうが。もうちょっと情報管理徹底しないと、逃げてきた意味ないだろう?

 そんな俺の内心の警告など当然聞こえるわけもなく、許可を出してしまったプリスにレイファンの矛先が向く。

「ん? 俺が事前に調べていたってことは、えぇ!? もしかしてお嬢ちゃんが噂の貴族令嬢!? あらら、こりゃとんだご無礼を」

「い、いや。そんなお気にしなくていい。貴族と言っても騎士爵。それも父がつい先日爵位を頂いた新参貴族だから、そうかまえずとも」

「あ、そうなの? じゃため口でいいよね? んでさぁ、聞きたいことがあるんだけど」

「ちょ!?」

 一応貴族らしいということで取り繕っていた敬語など、物の数秒で捨て去り、ガツガツ色々聞いてくるレイファンに、昨日道場でさんざん暴れまわったプリスもさすがにたじたじだ。というか、

「俺の時と対応ちがいすぎないか?」

「それは仕方ないだろう! 貴様はギャング。非合法組織の御曹司だぞ? 寧ろどうして仲良くしてもらえるなどと勘違いをしていたのだ?」

「そこまで言うか……」

――一応お前の身の安全は俺達が保証していることになっているんだが……。と、自分が置かれている現状をいまいち正しく認識していないらしいプリスに、よほどひとこと言ってやろうかと思ったが、

「若、そんなん後でいいから、とりあえず俺の取材先にやらせて!!」

「あ、おい!?」

「それでプリスさん! この町にはどうしてこられたのですか? 今の領主が解任されて、君のお父さんが領主になるのかな? いや、騎士爵だって言っていたから、さすがに領地下賜って線はないか。だったらどうしてこんな田舎町に?」

「え、あの……ち、父上からちょっと見聞を広げてこいと……」

「なるほど、見聞を……とはいえ、うちの大学ではたいしたことは学べないですよ? それこそ騎士爵になられたのなら、王都の貴族専用学校に通うことだって難しくはなかったはずなのですが……なでうちに?」

「そ、そんな……理由なんてとくに聞いてない。ただ通う大学はここだと……」

 俺を雑にはねのけて割り込んできたレイファンによってさえぎられた。

 怒涛のように質問をぶつけられ、慌てふためくプリスの姿に、文句を言う気も失せてしまった俺は、肩をすくめさっさと先にいく。

「ちょ、貴様っ! 私の案内をしなければならないのだろうが!? 何とかしろ」

「付き合っていたら日が暮れる。そいつは必要な情報を引き出すまで取材を終えたりしないからな。お前も妙な隠し事とかしないで、そいつの質問には素直に答えてやった方がいいぞ? というわけで、レイファン。そいつかしてやるから、転入手続きの手伝いとかはお前がやれよ?」

「さっすが若! 話が分かって助かるよっ!! あ、そうだ。ちなみに若。昨日のうちに依頼が一つ入っているから、講義終わったらおれのところに来てね?」

「あぁ? 最近なかったのにまた妙な問題が起こってんのか?」

――今度は面倒な依頼じゃなきゃいいんだが。

 内心でそんなことを呟きながら、俺は大学への道を急いだ。

 本日の俺に受講予定は一講時目からだ。つまり、授業開始時刻はソコソコに早い。

――時間的には余裕を持って出てきているが、あまり油断して遅刻するのもみっともないしな……。

 俺は内心でそんなことを呟きながら、「あ、待てこら……貴様ぁあああああああ!」という背後から響き渡るプリスの抗議を封殺する。

 なんだよ。代わりの案内人ならおいて行ってやっただろう? と。

■■■

「クソッ、クソッ! いったい何なのだあの男はっ! いくら新参とは言え、仮にも私は貴族だぞっ!?」

 あの後、レイファンからの質問地獄から解放されたプリスは、レイファンに連れられ学生課へと到着し、編入手続きを済ませてきたところだった。

「いやぁ、若って基本的に自由人なところがあるからね。ましてや自分のことを嫌っているらしい人と一緒に行動するってのは、あまり考えられないかな?」

「むぅ。まるで私が悪いみたいな言い方だな?」

「そこまでは言わないよ。どうも態度を見る限り、初対面の時にいろいろあったみたいだし? ただ、ギャングだからってあまり若のことを見下すような態度を取らない方がいい。若はギャングって職業に誇りを持っているし、この町の人々も大概はルキアーノファミリーの味方だ。それこそ、うちの領主を凌駕するほどの人気を持っているから、不用意な口を叩くと裏路地に連れ込まれて袋叩きにされるよ?」

「むっ」

 ギャングがハバをきかせていて、それが黙認されているなんて……。

 レイファンの話を聞いたプリスはやや不機嫌そうに眉をしかめる。それはギャングに対するごくごく一般的な態度であり、バイト関係でよく領の外へでるレイファンにとっては、まぁ納得できなくもない態度ではある。

 どこまでいっても所詮ギャングはギャング。非合法組織であり、暴力を平然と振るい、国への税金も一切払わない……そんな連中が集っている組織なのだから、普通に考えればプリスの態度は至って一般的な、ギャングに対する態度なのである。

「とはいえだ、うちの街のルキアーノファミリーは、いろいろと特殊だからね?」

「特殊?」

「そうそう。さっき若に話していたでしょう? 《依頼》の話」

「依頼? そういえば、放課後お前のもとに来るようにと……」

 さきほどのやり取りを思い出したのか、プリスは首をかしげ、

「依頼って、冒険者でもあるまいにギャングにそんなものがやってくるのか? というか、そんなものがやってきてギャングが受けたりするものなのか?」

「だからルキアーノファミリーは特殊なんだよ。あの組織は運営資金をあの本拠地である酒場の収益からまかなっているわけなんだけど、それじゃやっぱり足りなくてね? 拠点の維持費やら銃の開発やら……まぁ、いろいろ金が飛んでいく要素があるんだよ。そんなわけで、あの組織は酒場以外の収入源が必要なわけ。だからこそ、こうして俺が斡旋する冒険者や領主には依頼を出せない、ちょっと『わけあり』の依頼をこなして、運営資金に充てているってわけなんだよ」

 レンガ造りの巨大な城――に酷似した大学内部を歩きながら、プリスはレイファンの話に耳を傾けた。

「わけあり? それはいったいどんな……」

「まぁ、わけありと言えばわけありだとしか言えないけど。領主どころか冒険者にも頼めないって時点で、内容はお察しだよね?」

「非合法な依頼を受領しているって……一応貴族の私の前で言ってもいいのか?」

「いいんじゃない? お嬢さま警察権とかもっていないよね?」

「いや、無礼討ちとかの権限はもっているんだぞ!?」

「あぁ、それならなおのこと大丈夫。若にそれ出来た貴族は今のところだれもいないし」

「一応標的になったことはあるのかっ!?」

 どこまで好き勝手やっているんだあいつは……。と、貴族にすら反抗してあっさりと無事な生活を送っているエルンストに、プリスは顔を引きつらせる。

 だが、

「私はそんじょそこらの貴族とは違う。武術の腕を認められ、騎士爵の爵位を頂いた《コッレンテ流双剣術》の後継ぎ娘だ。いずれあのアウトローを討伐してくれる……」

――そして昨日の屈辱を晴らすのだ。

 そんな不穏なつぶやきと共に、凶悪な笑い声を漏らすプリス。彼女のそんな姿を見てレイファンは「わぁ、若嫌われているな……。初対面で一体どうしたらここまで嫌われるのか」と、少しだけ昨日のエルンストとプリスの出会いが気になった。

「ついたよここが次の授業の教室。《現代魔法史学》であっていたよね?」

「あぁ、大丈夫だ。案内してくれて助かった。本当ならあのバカがやるはずだったのだが……」

 プリスがそんな愚痴を漏らした瞬間だった。

「ん? 何してんだお前ら?」

「え?」

「あ、若。そういえば一講時目この教室だっけ?」

 プリスたちがたどりついた教室から、エルンストがひょっこり顔を出したのは。

■■■

 さっきまで授業を受けていた俺――エルンストは、授業の終わりと同時に周囲からの意外そうな視線を背に教室から出て行った。明らかにアウトロー臭を漂わせる外見と、自身も自覚している容姿をしている割に、きちんと授業を聞いていたことに驚かれたのだろう。

――まったく失礼な奴だ。金を払って勉強しに来ているんだから、まじめに勉強をするのは当然だろう。

 俺は内心でそうつぶやきながら鞄を小脇に抱える。その中からは本日の授業で使った羊皮紙や、最近東方から輸入されるようになった木砕紙などが覗いている。

――これも後で紐なりなんなりで綴じておかないとな。ちょうど切れていたし、購買辺りでまとめ紐でも買おうか。

 そんなことを考えながら俺が教室から出ると、どうやらレイファンにきちんと案内をしてもらったらしいプリスが、教室の前でレイファンと雑談をしていた。

「ん? 何してんだお前ら?」

「え?」

「あ、若。そういえば一講時目この教室だっけ?」

 こちらの顔を見て固まるプリスは、俺の顔と鞄を交互に見て、信じがたいものを見たといった顔で固まる。って、おいこら。その表情はどういう意味だ?

 だが、そんな驚愕もすぐに失せ、プリスの顔は瞬く間に怒りの表情に変貌した。

 正直次の授業も有るんで、ここで揉めるのは勘弁してほしかったが、そんなことは置き去りにされ案内という仕事を放棄されたプリスにとってはどうでもいいらしい。

 今のプリスにとって重要なのは、目の前に正当な怒りをぶつける必要がある存在が現れたことなのだろう。

「貴様ぁ! よくも置き去りにしてくれたなっ! あの後コイツに質問攻めにされて大変だったんだぞっ!」

「無事に教室にたどり着いているってことは、そのあとの案内とかはレイファンがきちんとしたんだろうが。俺がやるよりかは丁寧だったと思うぞ? なぁレイファン?」

「若はいろいろ雑だからね……。そういうところを直していかないと、いずれ痛い目に見るよ」

「そういうお前はなんでも丁寧すぎる。取材対象が衰弱するまで質問攻めにする癖は何とかしろ」

「無視するなッ!」

 互いに軽口をたたき合うレイファンと俺の間に割り込み、プリスはキッとエルンストを睨み付ける。

 そんなプリスの顔を見て「まったく、なんだよめんどくさい」と思わず俺は感情を顔に出してしまう。それがプリスの怒りの炎に油を注いだらしい。

 眉を逆立て、髪の毛すら逆立っているように見える程、怒りをあらわにしたプリスは、顔を真っ赤にして腰に差してあった二本のショートソードの柄に触れる。

 おいおい、ここは学内だから武器の抜刀とかは禁止だぞ?

「もう許さん! 決闘だっ!! 最近なったばかりとはいえ、貴族をここまで虚仮にしてタダで済むと思うなっ!」

「決闘って……昨日俺にあっさり負けただろうが。同じことをしても結果は変わらんぞ?」

「昨日は不意打ちを受けただけだ! あのスピードローダーとやらの存在も知ったし、もう昨日のようにはいかない!」

「はぁ……」

――たとえ知っていても結果は変わらんというのに。スピードローダーを使ったのはさっさと勝負を終わらせたかったからだしな。と、俺は内心で呟きながら、どうやってこの女をいなして次の授業に行こうかと頭を悩ませる。

 レイファンはどうやら助ける気はないらしく、成り行きをニヤニヤと面白そうに眺めながら、ペンとメモを構えていた。

「って、何してんだ?」

「え? 取材だけど? 明日の朝刊くらいには載せられるかな? 見出しは『新参貴族、命知らずにも若に喧嘩売る!?』で決定だね。あ、一応同棲しているっていう一文は入れておいた方がいい?」

「その一文は絶対に入れるな」

――まったく。友達がいのない奴だ。少しは助け舟ぐらい出せ。と俺はレイファンに文句を言おうとして、

「あ、そうだ。お前教依頼が入っているから内容聞きに来いとか言っていたよな?」

 名案を思い付いた。

「え? うん、まぁ?」

「それって殺しの依頼か?」

「いいや。荒事にはなるだろうけど、必ずしも殺さないといけなって依頼ではないかな?」

「だったら」

 俺は確認を取った後、にやりと笑いながらプリスの方を向き直り、

「な、なんだ!?」

「決闘は受けてやる。だが昨日と一緒では芸がない。結果も変わらんだろうし」

「なっ!」

「そこでだ」

 またやりあったところで負けるのはお前だ。そうはっきり言われて眉を逆立てるプリスが何かを言う前に、俺はさっさと畳みかけた。

「今日俺が受ける予定だった依頼。そいつの達成速度で、今後の関係でどちらが上かを決めようじゃないか?」

「なに?」

 俺のその提案に、プリスは「何か仕込まれているのでは?」と言うニュアンスを含んだ訝しげな視線をおれに向けてくる。

――失礼な奴め。きちんとおまえにも勝てる要素がある勝負だってぇの。まぁ、不利か有利かと言えば、まず間違いなく不利だろうが……。

 そんなあくどいことを考えながら、昨日のプリスの言動と態度から、どうもプリスは煽り耐性が低いらしいと看破していた俺は、長考に入ったプリスに向かって、

「あれぇ? もしかして自信無いの。いやごめん、貴族にまで至ったコッレンテ流双剣術道場のご令嬢が、まさかこの程度の勝負に臆すような三下だとは思わなくって……。なら、昨日と同じサシでの勝負にしておく? 俺としては依頼達成速度の方があとくされないと思ったんだけど……自信がないなら仕方ないなぁ?」

「なっ!? い、いいだろう! 昨日は不意打ちをされ後れを取ったが、私はコッレンテ流双剣術の免許皆伝。貴様がどのような小細工を仕込んでいようと、それを正面から叩き潰してくれるわ!」

――よし。食いついた。

 内心でガッツポーズをする俺を、怒り心頭といった様子の紅い顔で燃え上がるプリス。そんな俺たちのやり取りを見ていたレイファンは、呆れたように半眼になりながら、

「あの若。ちゃんと依頼は遂行してくださいよ? じゃないと紹介した俺のメンツにかかわるんで」

「わかってるって!」

「ホントにわかってんのかな……」

 そんな不安そうなレイファンの言葉をBGMに、俺はようやくいなすことができた厄介ごとを置き去りに、次の授業へと向かうのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ