決闘と詭道
三侠義の二つ目「女・子供は殺すべからず」という決まりは、たとえ事故で相手を殺してしまったとしても、ケジメとして男の大事なアレを切り取られてしまうという、三つの中でも特別重たい決まり事である。
理由は簡単。そのくらい重くしておかないと、乱暴で粗忽な俺らギャングはついうっかりで、女と子供を殺っちまいかねないからだ。
ついうっかり勢いよく突き飛ばしてしまい、打ち所が悪くて死んだ娼婦。
軽い気持ちで抱き上げてしまい、力加減を間違えて首の骨を折ってしまった赤ん坊。そんな事件が、このくらい罰を重くしておかないと減らなかったのだ。
中には事故と言い張って女子供殺しの罪を逃れようとした悪質な輩もいたらしいしな……これに関しては仕方なしだ。
そんなわけで、この二つ目の侠義はギャングの間では実質こう語られている。
『女子供に触れるべからず』と……。
いや、まぁ……さすがに嫁さんとか自分の子供とかは、自己責任で触れることを良しとされているわけだが……。とにかく、うちの構成員たちはその侠義のおかげで、いまどき珍しい、女の手すら握ったことがないチェリーボーイが大半だ。
そんな連中が、いきなり道場にカチコミをかけてきた少女相手に、うまく立ち回れるわけがなく……。
「お前ら……すまない。情けない奴らだとか思っちまって。あれはもう存在そのものが反則だよな?」
「ですよね、若」
「もうどうしようかと、俺たちほとほと困り果てて……」
『すまん、決闘は受けてやるからちょっとタイム』といって、ひとまず女との決闘に関して一時保留にした俺は、ひとまず事情を聴くためにうちの構成員を集めて大相談会を開いていた。
まぁ、事情も何もいきなりうちの道場に乗り込んできた女に、手を上げるわけにもいかずあたふたしていたら一蹴されてしまったというだけの話らしいが……。
「いや、纏めてみたらやっぱり情けない気がしてきたな……。お前ら、女相手だからって、手加減のやり方くらい勉強していただろ?」
「で、でも実践したことないっすし……」
「下手に殺したりしたら俺の息子が……」
「お、俺まだ彼女も、きれいな嫁さんも諦めたくないんっすよ~」
――いや、お前はもう諦めろよ。と、俺は眼前で滂沱の涙を流す右目を眼帯で隠した顔中古傷だらけのド迫力構成員――カルポネに内心で突っ込みを入れながら、
「まぁ、事情は分かった。今回、道場破りに良いようにされまくって、危うくウチの看板盗られそうになったことは不問にしてやる。親父にも俺から言っといてやるから、とりあえずお前ら下がってろ」
「へい! ですが若、下がっていろってことはまさか若が直々に相手をなさるんですかい?」
「それしかないだろうが」
――お前らがこんな体たらくじゃな。と、俺は心中でそっとため息をつきながら、いらいらした様子で足踏みをしてこちらを睨み付けている女道場破りに向き直った。
「またせたな」
「本当にまったぞ……」
「悪いな、こいつらが道場破りごときに一蹴されたと聞いてちょっと信じられなくてな。いろいろ確認に手間取った」
「ふん! そんなことを言うところを見ると、いままではずいぶんと低レベルな連中を相手にしていたようだな。その程度の奴らをずいぶんと頼りにしているようじゃないか?」
「おいおい、言っておくがお前さんが男だったら、今頃お前さんはここに五体満足で立ってねぇぞ?」
さきほどの後方からの蹴撃がよほど腹立たしかったのか、先ほどから女が放つ気配ややたら殺気立っており、口調も随分とげとげしい。
――まぁ、だからと言って俺がビビる要素なんざこれっぽっちもないがな。
ヒステリックに発狂した花街の娼婦を相手するように、逆に相手を落ち着かせるほどの冷静な声音で俺は目の前の女にそっと話しかける。
こういったサシでの決闘は、精神的優位性を保った者の方がことを有利に運ぶことができる。
こういった決闘前での事前会話から、もうすでに決闘はじまっているのだ。
だが、そんな基本事項ですらこの女は理解していない。
――体幹がしっかりと中央を通った揺らがないバランスのいい姿勢をしていることから、武芸者としての腕は立つようだが……戦闘者としての経験はまだまだって言ったところか?
そんな風に相手の戦力をじっくりと観察しながら、俺は少しでも相手の腕を鈍らせるための言葉を重ねていく。
「あとな、門弟っていうのはやめてくれないか? オタクのドマイナー道場じゃどうか知らんが、一応こいつらは俺のファミリーでね。義理の家族の盃を交わしている。門弟なんて安い言葉で、こいつらのことを低く見積もるのはやめてくれ」
「はっ、噂で聞く黒社会での家族ごっこか? ずいぶんと下らんことにご執心なのだな? これだから田舎のバカどもは困る。たとえどれだけ親しい仲であっても、教えるものと教わるものにはそれ相応の上下関係が必要なのだ。王都に居を構える道場では常識だぞ?」
「おやおや、王都に道場があるってだけでまさか田舎者じゃないって主張したいのか? 王都の連中も困っているだろうに。お前の体から漂う田舎臭さが隠し切れていないのに、自分は然もシティーガール気取ってんだから、そりゃ周りも困惑するだろうさ」
「……殺す!」
――ハイ、いっちょ上がり。ヤバいくらい乗せやすいなこの女……。
怒り心頭といった様子で顔を真っ赤にし、二本のショートソードを片手に一本ずつ握りながら抜刀する。
それに合わせて俺が腰のホルスターから取り出すのは、最近友人に作ってもらった俺の秘密兵器だ。
――実射の方はまだだったからな。ちょうどいい、射撃訓練代わりにいっちょ暴れてもらうか?
そう考えて、女と同じように片手に一丁ずつ俺は自分の獲物を握り、構える。
そんな俺の獲物を見て、怒り心頭といった様子だった女は真っ赤な顔にほんの少しだけ怪訝そうな表情を浮かべた。
「……なんだそれは? 金鎚?」
「おいおいウソだろ? 王都出身のくせにこの武器の名前を知らないの? やっぱりお前田舎の山にでも引っ込んだ方がいいんじゃないか?」
「……その減らず口を二度と叩けないようにしてやるっ!!」
怒号と共にこちらに突っ込んでくる女。
早い。胸のあたりにデカイおもりを二つぶら下げているくせにかなりの速度だ。
もとよりリーチが短いショートソード。
二本持っているとはいえ、有効攻撃距離が狭いことには変わりない。
その欠点を補うための、敵の懐に素早く潜り込む高速移動術を磨いたといったところか?
だが、だとするなら俺にとってこいつは格好のカモだ。
素早く撃鉄を上げ、女に向かって照準。
こちらに向かって滑るような足さばきで突進してくる女の額めがけて、
「バーン」
「っ!?」
ためらうことなく引き金を引く。
女は何かされると気付いたようだが反応が絶望的なまでに遅い。
女が回避動作に入ったころには、俺の武器からは火花が飛び散り、バーン! という火薬の炸裂音と共に、模擬戦用のゴム製弾丸を発射。目に見えないほどの速度で、女の肩を打ち据えたっ!
大きくバランスを崩す女に、一射、二射と、両手に握ったそれを使い連撃を叩き込もうとする俺。だが、
「ほう?」
どうやら女の実力も確かだったらしく、女は初めの一撃でこの武器の正体に気付いたのか、即座に銃口の延長線上にショートソードを配置。ゴムの弾丸を弾き返した。
「………………」
「…………」
火薬臭い道場内に、互いの様子を窺うような沈黙が満ちる。そして、
「それは……銃か?」
「あぁ。うちお抱えの技師が作った最新型だ? 今流行のフリントロックなんぞ目じゃないだろ?」
ガチャリと、回転する空弾倉から空薬莢をはじき出しながら、何度も練習をした弾丸の装填を素早く終え、俺は再び自身の武器――開発者が《リボルバー》と名付けた、我がファミリーの主武装である拳銃を使用可能にし、構える。
「さて、いまのを防ぐってことはそこそこやるってのは本当らしい。良いぜ、ほんのちょっとばかり茶目っ気を出しながら……遊んでやるよ」
敵意の代わりに警戒心が浮き出てきた相手の切り替えの速さに舌を巻きながら、俺はほんの少しでも相手が冷静な判断をできないように、挑発的な言葉をぶつけた。
■■■
《銃》。ちょうど爺さんの代くらいに開発された弓に代わる遠距離攻撃武装だ。
大雑把に説明すると、魔力や火薬の爆発を使って弾丸と呼ばれる礫を飛ばし、敵対象をぶち抜く強力な破壊力を実現した武器なのである。
力がない人間が扱っても、強弓の矢のような威力を誇るその武器は、開発当初はモンスターに対する新たな対抗手段として大きな期待を寄せられていた。
だが、射程の短さ、次弾を放つまでのタイムラグ、雨の日は着火用の火縄がぬれて使えないなどといった欠陥が多く、最終的には『やっぱり遠距離攻撃は弓か魔法だよね?』という世間一般の意見に押し流されてその名を歴史の闇に葬られた、忘れ去られた武装として近年では扱われている。
だがしかし、うちの爺さんは開発当初のフリントロック銃にすっかり一目ぼれしてしまい、専属のガンスミスまで雇って《銃》の生産・開発に惜しみない支援を行った。
そんなわけでうちのファミリーではこの忘れ去られた武装であるはずの銃が主武装となっており、一応ファミリー首領の直系にあたる俺もその扱い方や、それを使った戦い方などをガキの頃からみっちり仕込まれているわけで、
「ほらほら! どうしたどうしたっ!! 逃げてばっかじゃ俺には勝てねぇぞっ!!」
「くっ! 調子に乗ってぇええええええ!!」
ダダダダダダ! と、あたり一帯に弾丸をまき散らしながら、敵の接近を牽制することなど朝飯前なわけだ。
道場に模擬戦用にうちのガンスミスが作った非殺傷弾丸――ゴム弾が連続で着弾する音が響き渡る。
だが、相手も伊達に道場破りをやりに来たわけではないらしい。
人間の目では視認不可能なはずの速度で飛来する弾丸を、見事避けつづけ道場の中を走り回っている。
――おそらく銃口の向きを見て、弾道を先読みしていやがるな。この激しい攻撃の雨の中で、銃口の向きをしっかりと補足するなんて大した動体視力だ。
俺は内心で舌を巻きながら、女の戦闘スタイルの攻略法を模索する。
――これだけの速度で動き回っているにもかかわらず、息切れひとつしない体力。おそらく普段からのこのくらいの運動をしているやつなんだろう。二本のショートソードをふるっているところから見て、流派はおそらく速度と手数をもって責め立てる連続攻撃型。武器のリーチの短さは、己が脚力と動体視力でカバーするタイプか。
こういったタイプは、銃という武器ではとらえにくい。どれだけあがいたところで、銃から放たれた弾丸は直線にしか飛ばないからだ。
これが弓術だったら、矢の軌道を変える魔術があるためいくらか回避がしづらくなるわけだが、あいにく俺は魔法使いではないし、近年生まれた武器である銃にそんな上等な術式は存在しない。
そのため、弾丸を相手に当てようと思うと、より正確な射撃と照準が必要なわけだが、これだけの速度で動き回る相手を正確に狙うというのは、いささか以上に酷な話だろう。
――まぁ、俺にとってはできない話でもないわけだが、かなり集中しないといけないから、無駄に疲れるしな……。ここは、ちとばかり手抜をさせてもらうか。
と、俺は今後の戦闘方針を定め、
「ちっ、弾切れか」
さきほどから行っていた布石を使う。
二丁の拳銃が弾切れを起こすと同時に舌打ちし、片方の銃をホルスターに収め、弾切れになった銃の弾倉を装填のためにスライドさせたのだ。
先ほどまで俺は、弾の装填は一発一発丁寧に行い、敵に無防備な姿をさらすようなまねをしていた。
それでも反復練習を行っていた俺の装填は十分早いのだが、弾丸をよけ続ける相手にとって、完全に武器が使えなくなるこの無防備な時間は、立派な隙となりえるはずだ。
そしてそんな俺の予想通り、
「なめているのか! そんなに何度も隙を見せられたら、どんな馬鹿であってもその弾を新しく入れる時間が、その武器の弱点だと分かるぞっ!!」
鬼の首でも取ったかのように、魔女である証拠を見つけたかのように、勝ち誇った様子で疾走の軌道を修正。
信じられない速度で俺の懐に入り込む。
――いや、ホントかわいいなこいつ。
と、俺が自分の掌で踊ってくれた小娘にほくそえんでいるとも知らずに。
「んじゃまぁ、俺の勝ちだな」
「えっ?」
懐に飛び込み、俺にとどめの一撃を食らわせようとする小娘に、俺は容赦なく銃口を突きつけた。
弾倉にはすでに弾が全弾込められている。
いくら俺の弾丸の装填が早いと言っても、さすがにこれほどの速度で弾が込められるわけがない。
だがしかし、魔術はなくても技術の発展はあった銃という武器は、弾切れという大いなる弱点を補うあるものを、しっかり開発していたのだ。
スピードローダーといわれる、六つの弾丸が入る回転式弾倉に、一気に弾を装填する器具を。
円形の器具にきれいに六つ並んだ弾丸を空になった弾倉に差し込み、弾を装填するこれを使えば、女が俺の懐に入り込む前に、弾丸の装填を終えることが可能だ。
それによって女が予想していた装填終了時間よりも、はるかに早く装填を終えた俺の銃は、女が俺に攻撃を加えるよりも早く、その銃口を女につきつけることに成功し、
「んじゃまぁ、お灸をすえてやる。ちょっと踊ってろ、クソアマ」
「なっ! そんなものを隠し持つなんてひきょ……」
抗議の声が上がる前に、両の肩・足に弾丸を叩き込み女の体を吹き飛ばした!
肩と足にはしった強烈な衝撃と痛みに、女が悶え悲鳴を上げる中、俺は銃口からくすぶる硝煙を吹き消しながら一言。
「バカ野郎。悪党に卑怯もくそもあるかよ。それに詭道も立派な戦術の一つだってぇの」
瞬間、道場内に俺の勝利に歓声を上げる構成員たちの声が響き渡る。
「ふっ。よせよお前ら。こんな世間知らず一人仕留めた程度じゃ、何の自慢にもならねぇよ」
とか言ってはみたが、やはり強敵に勝ったのは気分がいい。構成員たちからの惜しみない称賛に、まぁ手を上げてこたえてやるくらいはしてやるか。と、俺がほんの少し機嫌よく手を上げようとしたときだった。
「お~い、エルンスト。帰っているんだって? チョット今日から貴族の令嬢をウチで預かることになったから、ちょっと顔合わせしてほしんだが……」
と、道場に顔を出した爺さん――バラトーガ・ルキアーノの言葉に、俺達は氷結する。
目の前の女でのた打ち回っている女が、いったい何者なのかを悟って……。
■■■
こうして俺は、いま現在問題になっている貴族令嬢と初めての邂逅を果たすことになった。だがその出会いは最悪に分類され、
「プリッシラ・ド・コッレンテだ。親しいものはプリスと呼ぶが、お前は絶対に呼ぶな」
「え、えっと……エルンスト・ルキアーノだ……です」
涙目でこちらを睨み付けてくる道場破り改め、騎士爵令嬢プリッシラの俺への第一印象は最低といってよかった。
普通に考えれば貴族を痛い目に合わせてそれを勝ち誇ったのだ。
――首を落とされても文句言えないんだけど。と、俺の背中に嫌な冷や汗が流れる。
そんな俺の内心など知らない爺さんは、へらへらした表情のまま自身の傍らに座るプリッシラの肩をバシバシ叩いた。
――ちょ、騎士爵とは言え貴族の令嬢になんてことをっ!? と、俺が戦慄する中、
「こいつの親父の若いころにいろいろ世話してやってな。最近騎士爵になって色々面倒な輩に絡まれているみたいだから、王都でのごたごたが終わるまでこちらで預かることになったんだ。仲良くしてやれ」
「いや爺さん。それもう手遅れっぽいんだけど」
「こいつと仲良く? 冗談でしょう、バラトーガ殿。こんな詐欺師……口もききたくありません!!」
「……あり?」
初対面でどうしてここまで仲悪くなれるんだよお前ら? と、爺さんが首をかしげる中俺は思わず頭を抱えた。
――終わった、俺の人生。