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エピローグ:爆誕 悪党勇者《ギャングスター》

二話連続更新です……一話前からお読みください。

 神聖ロマウス教国。イウロパ圏のほとんどの国が信仰する救世の巫女イリスを崇めるイリス教の元締めであるこの国は、古き歴史を持つ国にありがちな腐敗が進んでいた。

 神官たちはお布施という名の多額の賄賂を渡す者のみに加護を授け、免罪符という名の金による救いをばらまき、多くの人々から富という富を絞りつくしていた。

 そんな腐りきった神官たちの首魁である十二人の枢機卿は現在、イリス教総本山であるサンクト・ペティエラ大聖堂に集い眉をしかめながら、処刑騎士団団長の報告を聞いていた。

「第七位勇者が敗北しただと……バカなっ!」

「勇者に敗北は許されない。同じ勇者同士であった第一位との決闘であるならまだしも、敗北したのは市政の悪たれという話ではないか」

「ギャングスターだったかえ? 悪党風情がイリス様の象徴であるスターを騙るなど……」

「今は愚痴を言いあっている場合ではない。勇者の敗北は事実。神器もその悪たれに奪われた状態だ。ならば我らが今相談すべきことは新たな勇者の補充を誰にするかということ、奪われた神器をいかにして取り返すかだ」

 口々に勝手なことを言い始めた枢機卿をいさめたのは、長いテーブルの奥に座る豪奢な冠をかぶったロマウス教皇だ。

 彼はきれいに手入れされた純白のひげをしごきながら、加齢によって深くなってきたしわのよる顔をしかめ、処刑騎士団団長が持ってきた資料に目を通す。

「神器の奪還は第三位勇者に任せればよいが……新たな勇者はどうしたものか」

「ならばわたくしめが懇意にしている、コラロール卿などはいかがでしょう!」

「フフフッ」

「っ!? 何がおかしい、マルザーニ卿!」

 鶏がらのような骨と皮だけの枢機卿――ルットニアを嗤うのは、枢機卿の中の紅一点――マルザーニ枢機卿だった。

 五十年前から変わらぬハリと艶のある妖艶な顔立ちに、あからさまな嘲笑を浮かべながら、緑の髪を結ったモノクルの美女は、紅い紅をさす口を開く。

「お忘れかしらルットニア卿? 勇者というのは我々が保持する最高戦力でなくてはならないの。彼らの武力こそが人類防衛の要であり、私たちロマウスが人類生存権で絶大な権力を振るえる理由なのだから。コネやおべっかだけが取り柄のあなたお気に入りの三流戦士などお呼びではなくってよ」

「なっ! なっ!?」

 怒りのあまり顔を真っ赤にして、さらに鶏がらに近くなるルットニア。そんな彼の様子を心底楽しそうに眺めながら嗤うマルザーニの性格は推して知るべしだろう。

 そんな彼らの様子を見て、ロマウス教皇は深いため息を漏らす。

「ならばマルザーニ、貴様は誰か有力な候補がいるのか? 他者の意見を棄却するのであれば、代案を出せといつも言っているだろうが」

「そ、そうだこの色ボケめ! いつも貴様が楽しんでいる青年騎士たちなど話にならんぞっ! 私が推すコラロール卿以上の戦士が貴様の手勢にいるとは思えん!」

「あら、手勢にはいなくとも当てならございますわよ」

「な、なに!?」

 意外なマルザーニの返答に、勝ち誇った顔で彼女を嗤い返そうとしていたルットニアは無様にも固まってしまった。

 そんな彼を放置し、マルザーニはその名を告げる。

「第七位を倒した人物を新たな勇者にすればいい。もとより勇者は先ほども言ったように実力制。その勇者に勝ったのですから勝った人物を新たな勇者に据えるのが道理でしょう」

「むぅ。確かにその意見には一理あるが……しかし報告書を見る限り、こちらが手綱を握れるような人物ではなさそうだが?」

 そう言って資料を叩くロマウス教皇に、マルザーニは自信たっぷりな嫣然とした笑みで答えた。

「手綱を取りづらそうということであるならば、他の勇者たちとて変わらないでしょう? 第十位などその最たる例ではなくって?」

『…………』

 その名前が出た瞬間、全枢機卿たちが苦虫をかみつぶしたような顔になり、沈黙を余儀なくされた。ロマウス教皇に至っては苦虫を数百匹ほど纏めてかみつぶしたような顔をしている。

「それに、資料を見る限り手綱・・の方の当てもできそうですしね。それをうまく使えば、こちらにとってはほかの勇者よりも使い勝手がいい手駒になるかと。彼が勇者になってくれるなら、神器も穏便にこちらの手に戻ってくるでしょうし」

「……よかろう。新勇者の補充に関してはそちらに任せるマルザーニ。しくじるなよ」

「かしこまりましたわ」

 ロマウス教皇が出した指令に粛々と頭を下げるマルザーニを見て、他の枢機卿たちの顔がさらに苦いものになった。

 新たな勇者の勧誘を任されるということは、その勇者を自分の傘下に収める許可をもらったということだ。

 マルザーニの傘下である勇者が今の十星勇者に加わる。そうなればマルザーニはさらなる発言権を得ることとなり、次代の教皇になることすら夢ではない地位に至ってしまう。苦い顔をしない理由がなかった。

 そんな枢機卿たちの妬み嫉みの視線を涼やかな風でも浴びるかのように受け流しながら、マルザーニはひとり笑い続けた。

「さて、すぐに私のモノにしてあげるわ……エルンスト」

■■■

「ヴぇっくしょん!!」

「うわっ、きたなっ! こっち向いてくしゃみなんてしないでよ若っ!」

「あぁ……悪い悪い。畜生、風邪でも引いたかな?」

 俺――エルンストは、いまだにむずむずする鼻をかきながら、宝石獣亭の病室にまで取材にやってきた悪友レイファンの質問に答えていた。

「で、どこまで話したっけか?」

「アクト狩りの正体と、そいつをどうやって倒したか! いやぁ、まさか先週の教会放火事件にこんな裏事情があったなんて。みんなてっきり「若の目の前で理不尽なお布施の要求でもしたんだろう」と思っていたんだけど……」

「そんな理由で俺が神のきょうかいを焼き討ちすると思ってんのか?」

「しないの?」

「いや、するけど」

 イリス様の名をかたって金を巻き上げるなど言語道断だしなっ! と、割と敬虔なプロテクタント信者である俺は、力強く言い切りながらレイファンが持ってきたリンゴの皮をむき、それを綺麗に八等分した。

――よくよく考えたらこれ病人がすることじゃないよな? と、なにやら見舞客と病人の立場が逆転している今の状況に俺は首をかしげるが、取材に夢中なレイファンはペンと手帳を両手から離してくれないので仕方ない。

 新鮮なリンゴを食うためには、自分の手で皮をむくしかないのだと、俺は泣く泣く次のリンゴを手に取り、その皮をむいて行った。

「それにしても、若も大変だったみたいだけどプリスちゃんもこれから大変だろうね~」

「あぁ? なんで。アクト狩りはいなくなったんだから、適当に王都に戻って貴族様生活に戻るんだろう、あいつ?」

 実際プリスはそう言って、ルキアーノファミリーを出て行った。

 その時のことを、俺は昨日のことのように思い出す。

 いや……実際昨日のことなんだけど……。

■■■

「あぁ? 王都に帰る?」

「あぁ。バラトーガさんから聞いた話じゃ、父さんが私をここに預けた理由はアクト狩りの襲来を警戒していたからだ。アクト狩りが捕まった以上、ここに残る理由もないだろう」

 全身のあらゆる個所を水銀の槍でぶち抜かれた俺は、やっぱりというかなんというか戦いに勝った後は宝石獣亭にいた医者たちに緊急入院を言い渡されていた。

 おかげでロードランとの激闘から一週間経とうというのに、こうして俺は宝石獣のベッドから動けなくなっているわけだ。

 対するプリスも一応片目を切られるという被害を食らったが、傷は眼球までは届いていなかったらしく、失明の危険はないとのこと。いまは傷付いた目蓋をまもるために眼帯を当てる程度で済んでいる。そのため今のプリスは元気に学校に通っており、こうして俺の見舞いをする程度には回復しているのだ。が、

「王都に戻るってその傷じゃ社交界とかは無理じゃないか? 目に傷跡は残っちまうんだろう。言っちゃ悪いが道場もなくなっちまったんだし……戻ってもいいことなんてないだろう? なんならここにずっといてもいいんだぞ?」

 そう。今のプリスは王都に戻ったところで、帰りを待つ者などだれもいない。彼女を待っているのはいまだに瓦礫のまま放置されている道場くらいだ。

 だったらもう、ここに残ってうちのファミリーの一員として生きて行った方が、まだ苦労しないはずだ。

 それが俺の考えであり、ファミリーとなったプリスを守るために俺ができることでもあった。だがプリスはその申し出を、苦笑をうかべて頭を振ることで断った。

「確かに王都に帰ったところでコッレンテ流道場はもう存在しない。でも、待ってくれている人がいないわけじゃないさ」

「なに? まさか婚約者でも!?」

「下世話な笑みを浮かべて何を抜かしている貴様! そうじゃなくて……門弟たちだよ。父さんはロードランと戦う前に門弟たちに暇を出していたらしい。道場休業という名目で、門弟は誰一人として道場に残していなかったようなのだ。そしてそいつらは、いまでもコッレンテ流道場の再開を待ってくれている」

 放っておくわけにはいかないさ。私は父さんの娘なんだからな。と、そう言って笑うプリスの目には、固い決意の色が宿っていた。

――こりゃ何言ってもきかないか。と、その瞳を見て察した俺は、

「はぁ、まぁお前がそう決めたのなら仕方ないか」

 不安は残るが、それでも父親の跡を継ぐと決めたファミリーの門出を邪魔するわけにもいかず、

「だが、ここはもうお前のもう一つの家族になったんだ。疲れたときとか、しんどい時とかは、遠慮せずに頼ってくれよ」

 そういって、握手のために手を差し出してやることしかできなかった。

 王都とここは遠すぎる。ルキアーノファミリーの力もさすがに王都までは届いていない。プリスがその王都に帰ってしまうのなら、俺がこいつにしてやれることはせいぜいこの町でコッレンテ流道場の近況をレイファンから聞くくらいになってしまうだろう。

 そんな俺の力のなさが歯がゆくて、助けてやれると言ってやれない自分が情けなくて、俺は笑顔の下で思わず歯を食いしばった。

 でも、そんな情けない俺の言葉に、プリスは驚いたような表情を浮かべていたが、

「あぁ、頼りにしているよ。私の首領ドン

 最後には泣いているような笑みを浮かべて手を握ってくれたので、勇者と戦いプリスの無念を果たしてやったのは、無駄ではなかったのだとようやく俺は感じることができた。

■■■

 そうしてプリスはルキアーノファミリーから出て行った。それ相応の苦労はしているだろうが、あの強い女のことだ……きっと王都でもしたたかに生きていけるだろうと、俺は今までずっと思っていた。だが、そんな未来をレイファンは否定した。

「だって、彼女新興貴族だったんでしょう? おまけに爵位をもらったのは父親で、彼女はあくまでその娘。おまけに爵位は騎士爵だから、本来ならば爵位継承すらできないはずだよ? 事情が事情だからって一応爵位継承は国王陛下が許してくれたらしいけど、本来持つはずのなかった爵位を持つ何ら後ろ盾のない女の子が一人……。貴族社会で生き抜くには、ちょっとつらい状況だよね」

「……なんだと?」

「あれ? もしかして若。プリスのお嬢が預けられた新興貴族に対するヤッカミって方便だと思っていたの? さすがに貴族社会はそこまで甘くないよ。お嬢が王都に帰るころには、いろいろと問題点をついて爵位の取り下げを行う根回しが行われているんじゃない? そうなると王都に残っている門弟っていうのも……いったい何人道場に残ってくれることやら」

 レイファンの口からつらつらと語られたそれらの事実に、俺は思わず黙り込んだ。

――プリスの野郎。そんなに大変なら俺に何か言っておけよ。そんなこと一言もいわなかったのに。

 そう内心で考えたが俺はすぐに思い直す。

――逆か。大変だからこそ、あいつは俺に話したりはしないか。

 何分高いプライドと、気丈な心を持つ女だ。勇者という絶望と戦った今なら、貴族社会の問題などどうってことないと考えている可能性もある。

 だけどなぁ、

「せっかくファミリーになったのに、ずいぶんと他人行儀で寂しいことをしてくれるじゃないか……」

「若?」

 そう言って、あの時の泣き笑いに隠された感情を知った俺は思わず舌打ちをもらし、悲しげに窓の外をみつめる。

 何だこの切ない気持ちは……。この気持ちはまるで、

「わぁ……もしかして若プリスの御嬢さんに恋……」

「下っ端に頼ってもらえないのがこんなに寂しいとはな。なぁ、レイファン。俺って貴族共蹴散らせないくらい頼りなく見える? って、何か言ったか?」

「うん、全然違ったみたいだから気にしないで。っていうか下っ端って、仮にも相手は貴族令嬢だよ?」

「やかましい。俺にとっちゃ久し振りに入った新人だぞ?」

 うち財政難で最近は新しい構成員ファミリー募集していなかったからな……。募集で集めているんだ……。と、俺とレイファンがそんな雑談を交わしているときだった。

「お~いエルンスト。うちの廃墟のポストに妙な手紙が入っていたぞ?」

「は? なんで廃墟なんかに……」

 そんなことを言って病室の扉を開けて入ってきたのは、今ではすっかり元気になったバラトーガであった。

 あれほどの重傷を負ってなお奇跡的に生き延びたバラトーガは、数日のリハビリを経てあっけなく現場復帰。自分を守って死んでいった古参ファミリーたちを悼みつつも、現在は精力的に魔弾の射手再建のために働いている。

「大方住所がわからなかったんだろう。今度一時的な住所に宝石獣を登録しておかんとな」

「あの、ドン。所在が常に明らかになっているギャングってどうなんですか?」

「あぁ? 別にいいだろうがレイファン。俺達は悪いことしているが逃げも隠れもしないぜ? テメェの悪行に誇り持っているからな!」

 なにこれ。言葉だけ聞けば最低だけど言動込みだとやけにかっこよく聞こえる? と、ギャング七不思議のひとつ《無駄なカリスマ言動》に首をかしげるレイファンをしり目に、俺は自分のあて名が書かれた手紙を開き、その内容に目を通す。

 そして、

「なぁレイファン」

「はい?」

「勇者っていうのは……貴族社会の後ろ盾としちゃ十分な存在か?」

「そりゃまぁ、仮にも人類の最高戦力だからね。この上ない後ろ盾の一つだとおも……。若、もしかして?」

「そのもしかしてだ」

 いいタイミングでいいお話が来た。と俺は笑いながら、ひとまず旅支度をするように爺さんに頼み、

「ちょっと教国行って、とんぼ返りで王都いきだな。あの下っ端め。俺を頼らなかったことを後悔させてやる」

 弱音一つはかず、笑って俺に別れを告げた意地っ張りの背中を追うことにした。

『汝、エルンスト・ルキアーノを枢機卿マルザーニ・ド・カーディナル・エルプレシオンの名において、第七位勇者に任命する。ついては数日中にロマウス教国エルプレシオン大聖堂を訪れ、祝福を受けるように』

 忌々しいカルトックの首魁の名が書かれた手紙が切符だというのは、いささかいただけない話だが。

「それ受けて大丈夫なの、若? 明らかに裏があるけど……。というか若プロテクタントだよね?」

「なぁに、心配ないさ。気に入らないならぶっ潰す。俺を利用しようとしているならぶっ殺す。そいつがギャングの生きざまだからな」

「あぁ、そのセリフを聞いただけで凄い安心感だ。まぁ、そんな若を懐に入れるカルトックにはご愁傷様といったところだけどね……」

 こうして俺は人類最強の戦力の一人として名を連ねることになる。これがのちの歴史で語られる《悪党勇者ギャングスター》の誕生になるなどと、この時の俺は知る由もなかった。


というわけでイウロパ勇者たちの前日譚が終了しました。

将来的に召喚勇者のパーティーリーダーとして活躍するのが今回の主人公なわけですが……メインストーリーである「賢者の石」で勇者が絡むのって戦国時代末期なんだよね……。


現在は元寇がようやく始まったところ……。


文字通りエルンストたちの冒険はまだまだこれからさっ! といったところです。


とりあえず、今回はとある悪党の物語にお付き合いいただきありがとうございました!


よければメインストーリーの方にも目を通してくださいねっ!


それではっ!

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