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じゃぁな、悪党

「あぁ、あぁ、あぁああああああああああああああ! 私としたことが少し熱くなってしまったよ。申し訳ないな、エルンストぉおおおおお!」

「がはっ……」

 口から血を吐きだし、体を数か所水銀の槍で貫かれたエルンストを眺めながら、ロードランは壊れた笑みを浮かべながら、ゆっくりと立ち上がる。

 さきほど弾丸に貫かれた膝はいつの間にか現れた水銀の脚甲グリーブで保護されており、かろうじて動けるようにしている。

 上半身はどういうわけか裸で、ボロボロに破れた神父服が無残にも風にたなびいていた。

「は……やっぱりか。いくらアクトを使ったといっても元々後衛職だったお前があそこまでの近接戦闘をこなすのはおかしいと思っていたんだ。お前、水銀の鎧を下に着ていたな。それを使って動きをアシストさせ、無理やりアクトを使える状態にしていたんだろう」

「御明察だよ。なかなか頭がいいじゃないかエルンスト。他の連中は自分の攻撃が私の鎧に弾き返されて初めてそれに気付いたというのに」

「よほど間抜けばかりを相手取ってきたと見える」

「減らず口を……」

 ガチャリ、ガチャリと、水銀のグリーブの足音を響かせながら自身に近づいてくるロードランに、エルンストは下品に笑いながら唾を吐いた。

 だが、動けぬエルンストに近づいてくるロードランの手には、波打つ大剣――フランベルジュが握られていた。いったいそれで何がなされるのかは語るまでもない。

「この水銀の槍はもともとのお前の魔法だな? 確かお前が活躍していた時代の記事に《串刺し大地》なんて呼ばれる魔法を使ったと書いてあったが……これのことだったのか」

「あぁ。確実にお前を殺すために、これを使わざるえなかった。おかげで私が操れる水銀量を超えてしまって、私を守っていた鎧はすべて取り外さなくてはいけなかった。君は誇っていいぞエルンスト。勇者に《必殺》を誓わせるなんて、そうそうできることじゃない」

「まったくもって嬉しくないんだが」

「誇れと言ったのだ」

 この状況に陥ってなお笑みを浮かべるエルンスト。それが気に入らなかったのか、とうとうエルンストの前に到着したロードランはそのままエルンストの体を貫いている槍を蹴り飛ばし、より深く、彼の体へと槍へうちこむ。

「ぐぅ」

「ふっ、これでもなお笑みを崩さないか。不気味な奴め……。だが、格闘術で多少優位に立ったからと言って、勇者に勝てるなどという勘違いをしたのがお前の運の尽きだ」

 無数の巨大な槍の壁の向こうから、《串刺し大地》範囲外にいたと思われるプリスの「エルンストっ! 無事なのかエルンストっ!!」という悲痛な呼びかけが聞こえる。

 そんな悲鳴染みた呼びかけをBGMに、忌々しそうな顔をしたロードランはゆっくりとフランベルジュを振りかぶり、

「勇者に歯向い、勇者を侮辱し、そして勇者を舐めた……お前自身を地獄で怨め、エルンストっ!!」

 そして、その言葉と共にフランベルジュは振り下され、

「なめてなんかいないさ」

 決着がつく。

「なめてないからこそ、お前がこの技を使ってくれるのを待っていた。この技を使って、お前が水銀の鎧を自ら捨て去るのを!!」

 衝撃が走る。だがそれはエルンストの体にではない。

「は?」

 体に風穴があいたのは……ロードランの方であった。

■■■

「どう……して」

 自分の胸部にあいた弾丸サイズの穴を見ながら、ロードランはゆっくりと倒れ伏す。

 それによって溶け出し銀色の水たまりに変わり始めた水銀を眺めながら、俺――エルンストはフラフラと立ち上がった。

 両足に風穴があいているせいで、ひどくバランスが悪いが、それでも気合と根性で立ち上がる。

 最後に勝つのは……最後に立っていた奴だから。

「俺たち一族が修練している格闘術……ルキアーノ流弾丸術は、二百年受け継がれてきた由緒正しい格闘術だ。だがおかしいだろう? 銃が開発されたのはちょうど爺さんが現役だった時代。二百年も前に、銃なんてものは影も形も存在しないんだ。だが、だとしたら弾丸(・・)術って名前はいったいどこから来たんだ? 答えは簡単。本来ルキアーノ流は銃を扱う流派ではなく、本当にたまを弾いて戦う流派だったのさ」

 そう言いながら俺は手の中に隠し持っていた数発の鉛玉を倒れたロードランに見せつけた。

 弾丸を装填する間にこっそり手の中に隠し続けたそのうちの一つを、俺はゆっくりと手の中に握りこみ、

「こういう風にな」

 親指で弾丸の銃用雷管(プライマー)を弾き、近くの地面へと打ち放った。

 発砲音もなく、風を切り、見えないほどの速度で宙を貫いたそれは、狙いたがわず勇者の耳元の地面に着弾し、そこに大きな穴をあける。

 これがルキアーノ流弾丸術の神髄である無音の死神――《指弾フィンガーブレッド》。昔のルキアーノ流弾丸術が唯一にして至高の技と誇った究極の暗殺術。

「俺はお前を舐めたりなんかしてないよ、ロードラン。むしろ誰よりもお前のことを恐れていたし、勝てるわけがないと思っていたさ。だからこそプリスにお前を圧倒させ、アクトの本来の使用方法すら教え、格闘術では俺達には勝てないと思わせた。そうすることでお前は自分の最も自信のある過去の戦闘方を頼り……鎧を脱ぎ捨て水銀すべてを使って俺の体を水銀の槍で貫くだろう。その瞬間お前は最も無防備な状態を晒す。足りない身体能力を補うために間違いなく着ていると予想していた、その銀の鎧を脱ぎ捨てて。それこそが俺の臨んだ状況だとも気づかないままにな!」

 正直かなりの綱渡りだった。プリスが勝てるかどうかも微妙だったし、うちのファミリーたちが処刑騎士に抗しきれるかも、《串刺し大地》の正体も、完全に未知数だった。

 だがそれでも俺は勝ったし、勝てると信じ切っていた。なぜなら、この悪運の強さこそが、

「ギャングスターの資質だからだ。だよな、爺さん」

 ガキのころ、爺さんの強さの秘訣を聞いたときに教えてもらったその言葉を繰り返しながら、俺は小さく笑う。

 笑いながら、自分の手をロードランの額に向けた。

「……や、やだ。死にたくない」

「ダメだな。落とし前をつける。そういったはずだ」

「わ、私は勇者だぞ。人間を守る最後の砦……」

「カルトックはもうそう思っていないようだぜ? 周りを見てみろ。お前以外にカルトックの人間がいるのかよ?」

「た、助けてくれ……命だけは。死にたくない、死にたくないんだ」

 いまさらそれを言っても遅いだろうに。と、胸の穴から夥しい量の血を垂れ流す死に体のロードランに、俺はそっと告げてやった。

「じゃぁ聞くが、お前はいままでそんな風に命乞いをしてきた人間を、ひとりでも助けてやったことがあったのか?」

「――ッ!」

 その沈黙が何よりの答えだ。

「じゃぁな、悪党。地獄でせいぜい堕天王ルシエルによろしく言っといてくれ」

「い、いやだ……たすけ」

 それ以上無様な言葉を聞くのも忍びなかったので、俺は容赦なく弾丸を弾き飛ばし、

「――――――――……」

 ロードランは永遠に沈黙した。

「俺は悪党ギャングスターだぞ、ロードラン。命乞いなんかで、狙った獲物を見逃したりするかよ」

 その光景を見ていたのか、無事な目を見開いて震えているプリスの方を振り返る。ボロボロの体を引きずり俺はそんなプリスのもとへと歩いていき、

「人を殺した俺が怖いか? プリス」

「……正直、あそこまでためらいなく人を殺して、おまけにそのあとも震え一つ見せないお前が……怖くないと言えば嘘になる。だが」

 プリスはそういうと、クシャリと顔をゆがめぽろぽろ涙をこぼしながら、

「お父さんの仇を討ってくれた。無念を晴らしてくれた……それに」

 無事に帰ってきてくれた。言葉にならない声でそう言ってくれたプリスに、俺は心底驚いた。

――まさかコイツがそんなしおらしい言葉を言うとはな……。

「私はもう家族を失いたくない。だから、お前が無事で……本当によかった」

 涙を流しながら、ゆっくりと俺に近づきギュッと体を抱きしめてくるプリスに、俺は思わずどうすればいいかと頭をかく。こんなしおらしいコイツに対する対応方法など、俺は知らなかったからだ。

 だから、

「おいプリス、恥ずかしいからやめろ。いやまぁ、お前さんのデカいのがぎゅうぎゅう押し当てられて、役得と言えば役得」

 と言って茶化してしまい、プリスに思いっきり張り倒されてしまったのは……仕方ないことなのだろう。

 こうしてプリスの怒号とウチのファミリーの「姐さん!? 一応若けが人ですからっ!」という静止の声とリベレットの呆れきったような溜息と共に、俺達の長い夜が明ける。

 それと同時にレヴィエル王国を騒がせたアクト狩り騒動も、幕を下ろすことと相成ったのだった。


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