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カチコミ!!

 夜。本来なら営業中であり多くの男と女の声で騒がしいはずの宝石獣亭は、本日は臨時休業にして客の出入りを一切禁じていた。

 その宝石獣亭の命令で、花町全体も臨時休業となり、客の出入りは禁止されていた。

 すべてはまだ爺さんを狙っているであろう勇者の襲撃に備えるため。

 そして、

「クソッ! なんてこった……首領ドンッ! お気をたしかにっ!!」

「四肢の骨が粉々に砕かれている。出血もひどい……」

「血止めと造血の薬草を早く持ってこいっ! 神殿に連絡はついたのかっ!」

「プロテクタントの牧師に金を握らせて腕利きの回復魔法使いを連れてきている! そいつが到着するまで何としても持たせろっ!」

 危篤状態に陥っている爺さん――バラトーガを助けるために、花街に雇われていた医者が総力を挙げて行っている治療を何人にも邪魔させないためだ。

「爺さん……」

 眼前で繰り広げられる医者の怒号が作り上げる地獄絵図。

 俺はそれをしばらく見つめた後、そっとため息をついてその場を離れた。

「見守っていてやらないのかい?」

 そんな俺に声をかけたのは、俺と同じようにその光景を見つめ爺さんの無事を祈っていた宝石獣亭の女将だ。

――普通の奴だったら、こんな状況じゃ親族の無事でも祈っているしかないのだろうが。

「今腕を振るっているのは、爺さんが『俺の女どもを任せるに足る連中だ』と認めた腕利きどもだ。なら安心だ。爺さんの治療は任せておけばいい。それに爺さんの回復を祈るよりも先に、俺にはやるべきことがある」

「あの勇者にまた挑む気かい?」

「………………」

 俺の沈黙を肯定と受け取ったのだろう。女将はそっとため息をつきながら、心配するような視線をこちらに向けてきた。

「なんだその目は?」

「逃げ帰ってきた男が、こんなスグに再戦を挑んで何ができるっていうのさ? やめときな」

「あまり俺を舐めるなよ女将。あの時は準備も装備も足りなかったから戦略的撤退をしただけだ。ここで装備を整えれば、俺はあの程度の奴には負けない」

「何の根拠があるっていうんだい? 相手はあの勇者……『単独で魔王と魔王軍を殺傷する能力を保有する』と教会が認めた化物だよ?」

 いつもあんたらが使っている数で押す戦法は使えないんだ。

 女将のその忠告に、俺は分かっていると言いたげに鼻を鳴らした。

 確かにギャングの戦いというのは基本的には数頼みのものが多い。大量のファミリーを後ろに引き連れ、肩で風を切りながら進み、そして獲物の拠点に殴り込みをかけ蹂躙する。

 それがギャングの基本戦術だ。

 だが、それだけがギャングの戦い方というわけじゃない。

「大体うちは爺さんの代から、少数で化物じみた敵と戦うことになれているんだよ。カルカノもティルロッチもそうやって殺してきたと爺さんは言っていた」

「今は時代が違う。そして、爺さん時代に伝説を築き上げてきたファミリーの幹部たちも、今回の勇者襲撃で全員死んじまったんだろう? 勝算なんて万に一つもない状況……」

「勝算ならあるさ」

「え?」

 俺は女将が驚いたと言いたげな顔をするのを眺めながら、大学の授業で書いていたレポートの内容を思い出していた。

「あいつはアクトの存在を根本的にはき違えている。アクトは魔族に抵抗するために人類共有の武器にするべきだぁ? ふざけやがって……あんなもん、実際の戦闘でなんの役に立つ」

「え?」

 そうなの? と、武術に関してはど素人な女将は意外そうな顔をした。

 何せ最近の武術家ときたら、戦いの場においてもアクトを使用する傾向があるからだ。うちの大学の軍人科の連中でさえそうなのだ。最近の戦闘の主流は、いかにアクトを効率的に運用し、敵の多くの攻撃を叩き込むかが重要といわれているほどだ。

 だが、アクトの祖――リヴィラル・アクトーはもともとアクトをそんな目的・・のために作ったわけではない。

「その認識の違いに、付け入る隙がある……。だがその隙をつける奴は意外と少なくてな……」

 俺が考えるにその隙をつける奴は、アクトの本来の使い方を知っている、ちゃんとした武闘家のみ。

 うちのファミリーはだいたいそうなのだが、勇者であるロードランほどの奴の隙をつけるとなるとメンバーの厳選は必須となる。

 だがそうなると今度は、ロードランの拠点を襲撃する際必要な最低限の頭数もそろわなくなってしまうわけで……。

「うちの居候にも出張ってほしいわけなんだが……今あいつはどうしている? 連れてきたときの復讐狂い状態じゃ、危なっかしくて連れていけないぞ?」

――頭に血が上った奴が戦場に立っても、どうせ隙だらけですぐ殺されてしまうのだから……。

 内心でそうつぶやいた俺の脳裏には、血走った眼でロードランを睨み付け絶叫するプリスの顔が浮かんでいた。

「プリスちゃんかい? あの娘なら今はおとなしくなっているけど……。いちおう酔っぱらって暴れたお客さんを隔離するあの部屋に閉じ込めているよ」

「そうか」

 女将が言うあの部屋というのは、鉄製カギ付き扉のあの監禁部屋のことだろう。たちの悪い酔っ払いにお灸をすえるための部屋なのだが……まぁあの状態のプリスを抑えるにはそのくらいしておかないと厳しいか。

「んじゃ、ちょっくらいって話してくるわ。カチコミは今晩中に終わらせるから、厳戒態勢はそう長く続けなくていいぞ? 警備の連中にも悪いしな」

「それはかまわないけど……本気で行くつもりかい? 準備はもうちょっととのえた方が」

「おいおい女将。ほんと勘弁してくれ。俺だって本当は今日くらいゆっくり休みたいんだぜ? だが、爺さんが目を覚ました時にまだ勇者がのうのうを過ごしていてみろ? とんでもない形相で俺たちのことを怒鳴りつけてくるぜ、爺さんは」

 どれだけ言葉を重ねてもそれでも不安の色を隠せない女将の、縋り付いてくるような声に、俺はそっと肩をすくめて、

「『此処までされた落とし前をまだつけられないなんて、やっぱりテメェは半人前だエルンストっ! まだまだ、ルキアーノの看板は譲れねぇなっ!!』ってな」

 頭の中に思い浮かんだ、爺さんが言いそうな怒号を口にした。

――それが、バラトーガ・ルキアーノっていう、俺の憧れた悪党だよ。

 そう、内心で笑いながら。

■■■

 オシオキ部屋。口さがない店の娼婦たちからそう呼ばれる鉄の扉が取り付けられた部屋を訪れた俺は、女将に預けられた鍵を使ってその中へと入った。

 普段なら女将の手によって、酒が抜けるまで痛めつけられた男性客が転がっている部屋なので、正直近づきたくないのだが……。今入っているのはプリスだからと自分に言い聞かせ、幼少期につい見てしまったこの部屋の凄惨な光景を頭の隅へと押しやる。

 そして、扉を開いた俺を待ち構えていたのは、

「……女将ェ」

「むーっ! むーっ!!」

 まるで亀の甲羅を想わせるような六角形の模様が作られる、赤い紐による芸術的縛縄法――亀甲縛り。

 それを食らったプリスが、巨大な胸を強調するかのようにエビ反りにさせられ、冷たい床の上に転がされていた。

 そこまでされているにもかかわらず、どうやらプリスはおとなしくはしていない様子だった。よほど今の状況が不満なのか(まぁ、それも当然だが……)、猿轡をはめられた口から声にならない怒号を上げており、じたばたと床の上でもがいている。

「大人しくなっているって……大人しくさせたの間違いだろう、あのドSババアめ。おい、大丈夫かプリス? 変な趣味への扉開いてない?」

「ぷはっ! ひ、ひどい目にあった……あの女将めっ!! 今度会ったらただじゃおかないっ!!」

「やめとけって。あの人俺でも底が知れないんだぞ?」

――俺の中ではあの人はジジイ並みに喧嘩売っちゃいけない人だ。と教えつつ、プリスから猿轡を外した俺は、プリスを縛り上げている紐をじっと見つめた。

――果たしてこれを外していいモノか? と、ちょっとだけ迷っているからだ。

「どうした? 早くこの紐を外してくれっ!!」

「いやぁ、でも紐で強調されたせいで結構揺れているからな。もうちょっと眼福な景色を眺めてからでも遅くはないかと」

「貴様ぁ! どこを見ているっ!!」

 自分の胸に注がれる俺の視線に気づいたのか、どったんばったんとエビ反りのままさらに暴れはじめたプリスだが、残念なことにその抵抗はむしろ逆効果。プリスが暴れるたびにタユンタユンと揺れる胸部装甲という光景は、俺の心に焼き付けるに足る十分な魅力を持っていた。

「まぁ、冗談はこのくらいにしてだな……」

「鼻血を止めてからそういうことは抜かせ、貴様ぁ!!」

「バカな。ここの娼婦どもと割かし遊んでいる俺が、いまさらその程度の魅了で動じるわけが」

 と言いつつ鼻に手を当ててみると、なんか赤い液体が出ていた……。

――おかしいな……。普段着の女が縛られているというこの特殊な状況が、俺を昂ぶらせてしまったのだろうか?

 どうやらおかしな性癖を持っていたのは俺だったらしい。とちょっとだけ落ち込みつつ、俺はその鼻血を気合いで止め、ひとまずまじめな話へと戻る。

「まぁ、確かに……いいかげん俺もお前をこんなところに放り込んでおくのは不本意だからな。正直縄を解いてやることはやぶさかではない」

「なら早くっ!」

「だが、その前に一つ聞いておきたいことがある。プリス、お前はこの縄を解いた後いったいどうするつもりだ?」

「いったいどうするつもりだと? 知れたこと……あの勇者を殺すっ! 父さんと、門弟たちの仇を……とらねばならないんだっ!!」

 歯を食いしばり、血の涙を流さんと言わんばかりに目を血走らせるプリスを見て、俺はそっとため息をついた。

「ならやっぱりお前を解放するわけにはいかないな」

「なに!?」

「俺はお前を守れと爺さんに言われている。だから、お前の自殺を手伝うわけにはいかないんだよ」

「自殺だとっ!? そんなつもりは……」

「じゃぁお前に聞くがよプリス。お前本気であの勇者と戦って勝てると思ってんのか? 一瞬でお前が殺されかけた、あのやり取りを経てなおだ」

「――っ!」

 プリスの怒りに震えた答えが止まった。つまりは、それが返答だった。

「悔しいがあいつは強い。伊達に勇者を名乗っているわけじゃないみたいだった。アクトの使い方も絶妙だったし、お前の連撃に即座に反応できるアクトを選別して使って見せた。アクト狩りをして大量のアクトを保有し、とっさの状況では逆に判断に迷いかねないほど手札をそろえているにもかかわらずだ。恐らくあいつは相当な場数を踏んでいる。その経験から、あらゆる状況に対応する適応力と、危機的状況を打破する手段を即座に選べる判断力を身に着けているんだ」

 もとより、戦闘能力の下地が違いすぎると、俺はプリスに事実を告げる。

 どれほど武術に励んだところで所詮は道場稽古でしか戦ったことがないプリスと、長年前線で魔族と殺し合いを演じていた勇者。

 両者の間には絶望的なまでの戦闘経験の差が横たわっている。

「お前だってわかっているんだろう。無策のまま突っ込んでも、仇討なんぞできないと。特に冷静さを欠いた今のお前じゃ無駄死にするのがオチだ」

「……じゃぁ、どうすればいいというんだっ!」

 そんなことは言われずともわかっていたのだろう。自分が勇者に挑んだところで、一矢報いることもできずに殺されると。だが、わかっていても心情では納得できないこともある。

「勝てないことくらい知っている! たとえあの時剣を合わせなくても、相手はあの勇者だぞっ! 勝てる可能性なんて万に一つもない相手だ。だから父さんも殺された……。戦おうなんて考えちゃいけない……人類の最高戦力。だが、だとしたら父さんを殺された恨みはいったいどこにぶつければいい!」

 瞳から透明な滴を流しながら、プリスは俺に咬みついた。

 今のこいつには、そうすることしかできなかった。

「相手が強いから泣き寝入りしろとでもいうのかっ! 自分が殺されてしまうから、戦うなとでもいうのかっ!! 父さんも、帰るべき家も、すべてを奪われたというのに、自分の命だけは無事だったからよかったと……へらへら笑って生きて行けとでもいうのかっ!!」

 ひび割れた絶叫が部屋の中に響いた。

「できない……そんなことはできないよ、エルンスト。そんなことをしてしまっては、私は壊れてしまう。父さんの無念も晴らせないまま、ただのうのうと生きていくなんて、私には……耐えられない」

――誇り高い女だ。と、俺はその言葉を聞いて思う。

 同時に、誇り高すぎて視野が狭くなる女だとも思った。

 だってそうだろう? よくよく考えればわかるはずだ。俺だって爺さんがあんな目にあわされている。俺の祖父であり、ファミリーの長であった爺さんがだ。

 そんな俺が……復讐を企まないわけがないだろうに……。こいつはそのことをすっかり忘れてしまっていた。

 だから俺ははっきりと声に出して言ってやる。

「なら、俺達を頼れよ!」

「え?」

 ピタリと、プリスの涙が止まった。 

 そんな間抜けな彼女の姿に思わず苦笑をうかべながら、俺はカリカリと頭をかいた。

 できるだけ視野狭窄に陥っているプリスに、わかりやすく説明をしてやろうと必死に頭を悩ませながら、

「爺さんがさぁ、俺達をここに逃がす時に俺に言ったんだよ。お前を守ってやれって。お前はもう俺達のファミリーだって。正直言うと兄妹盃も交わしてないような奴をファミリーにするのはどうかと思うが、爺さんが言うんだ仕方ねぇ。俺もお前のことをファミリーだと思っている。そして、ギャングはファミリーを傷つけた奴を許さない。いかなる手段を使ってでも確実にその不届きものに必ず報いをうけさせる。必ずだ」

 だからさぁ。と、そういった後俺は思わず言いよどんだ。

 何せこれからいうセリフは俺であっても赤面せずにはいられない恥ずかしい言葉だったからだ。

 とはいえ、女を落とすのはそう言った言葉だと知っている以上、言わねばならない。

 プリスに少しでも希望を与えるために。

「お前の怒り、お前の悲しみ、お前の復讐、俺達がともに背負ってやる。だから抱え込むな。一人で泣くなプリス。俺達はファミリーになったんだ。だからそんなお前が泣いている姿なんて、俺は見たくないんだよ」

 そう言って俺はできるだけ優しく笑いながら、プリスの目じりからこぼれた涙を指先で拭った。

「お前には泣き顔なんて似合わない。いつものように凛々しくて、傲慢なほど自信家で、自分の敗北が許せないような頑固者な……笑顔のお前になってくれ」

「あ、うぁ」

 俺のきざったらしいセリフにプリスの涙がピタリと止まる。

 そしてプリスはしばらくの間ぱくぱくと口を動かした後、

「……顔を赤くしていなかったら満点だったよエルンスト」

「うるせぇ」

 生意気にも俺の表情にダメ出ししてきやがった!

 クソッ。やっぱり慣れないことを言うもんじゃない!

 そんな風に赤面する俺をしり目に、プリスはクスリと笑った後、

「エルンスト……」

「なんだ?」

「父さんの無念を……私と一緒に晴らしてくれ」

 今度は顔を見られないように顔を俯けながら、プリスはそう言った。

「その言葉が聞きたかったんだよ」

 先ほどまでの復讐に狂った声とは違う、こちらを頼った情けない声。

 きっとまた泣いているのだろう。声は震えてしまっていた。

「笑えって言ったのに、仕方ない奴だな」

「う、うるさい」

「だがまぁ、今回だけは見逃してやる」

 そう言って俺はプリスを縛り付けていた縄を斬り、

「今だけは、全部吐き出すために精一杯泣け」

「う、うぅ……うぁああああああああああああ! 父さん、おとうさあああああああああああああああああああああん! なんで、どうしてっ!!」

 世の中の理不尽を嘆きながら、死に目にも会えなかった父の死を悲しみながら、プリスは俺にもたれかかりながら、声よ嗄れよといわんばかりに泣き叫んだ。

 俺は意外なほど華奢な背中を抱きしめながら、自分の胸を貸してやる。

 いつも喧嘩を売ってくる生意気な少女にではなく、父親を知らぬ間に失ってしまい途方に暮れた迷子の子供をあやすように。

■■■

 そして、時刻は深夜。

 勇者が拠点としている無駄に豪華なカルトック教会の前に、この町の治安維持を担う青い制服の武装部隊――《警備隊》が集い礼状を片手に勇者ロードランと問答を繰り返していた。

「ロードラン殿っ! このようにこちらには捜査令状があり、そちらを公的に拘束する権限が与えられていますっ! アクト狩りの真相解明のためにご協力をっ! もしも反抗されるとおっしゃられるのでしたら、こちらは武力による拘束も辞さない所存です」

「おやおや……教会がうまく隠蔽してくれているはずなのですがね?」

 どこでばれたのでしょう? 悪びれもなくそう言ってくるロードランに、部隊を率いる隊長を任されたリベレットは、怒りのあまり自身の奥歯が噛み砕けるのではないかと思うほどに歯を食いしばった。

――こんな男が勇者だと? こんな……人を殺したことに何の呵責も持ち合わせないような男がっ!

 義憤に燃えるリベレット。だがしかし、いまの彼女の仕事はこの場でロードランを断罪することではなく、彼を拘束し司法の名のもとに正式な裁きを受けさせることだ。

――もうこれ以上犠牲者を出させはしない。

 血まみれの祖父を担いで、切羽詰まった顔で必死に医者を呼ぶように叫んでいた知り合いの顔を思い出しながら、リベレットは固く決意する。

 だが、このリベレットの行動は本来ならば止められていたことだ。

 彼女の父親が一応取り寄せていたこの捜査令状も、勇者には手を出せないとあきらめ執務机の奥底にしまわれていた物。

 リベレットはその礼状を勝手に拝借し、この場に持ち込んだに過ぎない。

 ではなぜ、正式な逮捕一歩手前までの手続きをしながら彼女の父親は勇者を逮捕しようとしなかったのか。

 答えは簡単だ。

「仕方ありません」

「ご同行を願えますか?」

「いいえ、隠蔽に失敗した教会のしりぬぐいをしようかと?」

「は?」

「とりあえずこの場にいる全員を殺して……礼状を出した人たちもさかのぼって殺していきましょう。あぁ、それもちょっと面倒ですからいっそのことこの町ごと消し飛ばしてしまいましょうか?」

「なっ!」

 勇者と戦って、勝てるわけがないからだ。

「なにをいって!」

「これ以上教会の権威を落とさないために今回の件は教会主導で秘密裏に行われてきました。いくら神の名のもとに行ったとはいえ、これほどの人死にを出した案件です。バレれればそれ相応の不利益が教会に及びます。それがバレてしまったとあっては口封じを行おうとするのは妥当なことでしょう?」

「っ!」

――この男、本気だっ! 本気でこの町ごと、アクト狩りの裏を知る人間を消し去るつもりだっ!

 ゆっくりと開かれたロードランの瞳。そこには何も映されておらず、何も見てはいなかった。

 ただ真っ黒な闇のような信仰が彼の瞳に映っていただけ。この殺人が本当に神のためになると……そう信じて疑わない絶望的な狂信に、リベレットの膝が思わず震えた。

「何より御嬢さん、私を拘束するとさきほど仰いましたが、本気でそれができると思っていたのですか?」

「きょ、教会からの圧力のことを言っているのかっ! 我々警備隊はそのような権力の横暴には屈しない!」

「いえいえ、そういう権力的な理由ではなく……本気で勇者相手に武力行使を行って勝てると、思っていたのですか?」

「っ!」

 ロードランがそう告げると同時に、ロードランの背後にあった教会の窓が砕け散り、中から無数の黒装束たちが飛び出してきた。

「なっ! こいつらっ!!」

「教会の処刑騎士っ!」

 突如自分たちを包囲した黒装束たち――カルトック教会お抱えの暗殺者集団に警備隊の面々は慌てて円陣を組む。

 そんな彼らを胡乱げな目で見つめたロードランは、自分の傍らに降り立った黒装束に視線を向け、

「なんのつもりです?」

「このような些事に勇者様の御手を煩わせる必要はないかと。隠蔽の方もこちらにお任せください。勇者殿にはごゆるりと、コッレンテ流の奥義アクト到着をお待ちいただきたく」

「ふむ、さすがに町一つ消し飛ばすのは看過できないから、後始末はそちらに任せろと?」

「そのように受け取っていただいても……」

 男の言葉にロードランはフムと一つ頷いたのち、

「まぁいいでしょう。こちらも進んで人殺しをしたいわけではありませんし」

「ご理解いただき感謝いたします」

 そう言って教会の中へと戻っていく勇者を見送りながら、黒装束のリーダーと思しき男は、無言で右手を上げ、それをするりと振り下した。

 それを皮切りに、警備隊を囲んでいた黒装束たちが一斉に距離を詰め、警備隊たちを斬り殺そうと黒塗りの剣を抜刀する。

「隊長お下がりくださいっ!」

「あんたになんかあったら総隊長に顔向けできねぇ!」

「バカっ! 何を言っているのですか! 私も戦いますっ!!」

 絶体絶命。そんな状況に警備隊の面々が、自分の隊長であるリベレットを円陣中央で守ろうとしていた時だった。

『ロォオオオオオオオオオオオオオドラァアアアアアアアアアアアンくぅうううううううううううううううううううううん!! あっそびましょぉおおおおおおおおおおおおおお!!』

 突如、宿の警備を万全にするために設置された、巨大な鉄の門扉の向こうからけたたましい、ふざけきった呼びかけが聞こえてきたのは。

 その呼びかけのあんまりの内容に、警備隊や彼らを殺そうとしていた処刑騎士たちの動きが止まる。

 だが、その声に聞き覚えがあるリベレットだけは、

「エルンスト! 御爺さんは……って、まずい! そんな心配をしている場合ではありません!」

 これから始まるであろう無茶苦茶な事態を長年の経験から予想し、慌てて部下たちに指示を出した。

「伏せなさいっ! エルンストがカチコミにきましたっ!」

『っ!』

 リベレットのその言葉に、警備隊の面々は一気に顔を青くしてその場に伏せる。

 突如として行われた戦意喪失といっていい警備隊の態度に、処刑騎士たちが一瞬首をかしげた瞬間だった。

「ケイドロやろうぜ、勇者ぁ! 俺が警備隊でお前が泥棒なっ! 取りあえず泥棒は心臓ぶち抜かれたら捕獲ってことにしようぜぇ! そんなわけで殺れお前らっ! あぁ? 警備隊が中にいるらしい? 知らねぇよバカ。巻き込まれたら、巻き込まれた雑魚が悪い」

「え、エルンストォオオオオオオオオオオオオオ!!」

 門扉の向こうから聞こえてくる無茶苦茶な超理論に、リベレットは思わず悲鳴を上げる。

 同時に発生したのは鉄の門扉や大理石の柱を瞬く間に風穴だらけにする、フルメタルジャケット弾丸の暴風であった。

 夜の闇を引き裂く、空気摩擦によって白熱した弾丸は、警備隊を殺そうとたたずんでいた処刑騎士たちを瞬く間に穴だらけにし、容赦なく沈黙させていく。

 それから数分後。弾切れになったらしい銃に弾丸のリロードを行いながら、

「さてお前ら、せいぜい暴れな!」

 穴だらけになった門扉を蹴り飛ばし、ひとりの青年が豪華な教会の敷地内へと侵入した。

 紅の髪をオールバックに固め、瞳を隠すのは祖父譲りのミラーサングラス。当主の証である赤いロングコートをはためかせ、青年は堂々宣言する。

「ロードランくぅん! ルキアーノファミリーのカチコミの御届で~す! 着払いだから早くサイン書きにこいやぁっ! 代金はテメェの命だっ!」

 まだ息があった処刑騎士の額に風穴をあけながら、青年――エルンスト・ルキアーノは颯爽と肩で風を切り、人類最高戦力に喧嘩を売った!


遅くなってスイマセン……久々の投稿にしてようやくクライマックスです。

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