プロローグ・老人の過去語り
この物語は、剣と魔法と――悪党の物語。
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ここはとある地方の、とある港。そこの積み荷が降ろされる倉庫街。
無数の煉瓦で組み上げられた、巨大な岩の町の一角がいま真紅の炎に包まれていた。
言うまでもなく火災。それもかなり火の回りが早く、恐らくは誰かが広げたものと思われた。
だが、そこでは消火活動が一切行われていなかった。
なぜか? 答えは簡単だ。
「くそっ、くそっ! なんだよ、幹部の奴ら……あんな不良のガキどもにあっさり負けやがって!!」
その倉庫の番をしている人間たちも、今現在命を狙われた襲撃を受けているからだ。火を消している場合ではない。
転がるように倉庫街を逃げ回っていた小柄な男は、数時間前まで自分の日常だった倉庫街が、まるで地獄のような姿に変貌していることに愕然としながら、必死に足を動かす。
辺り一帯には漆黒の装束に包んだ、明らかに一般人ではない人間の死体が転がり、それを踏みつけながら佇むド派手な服のコーディネートを行った若者たちが不敵に笑う。
そんな地獄を潜り抜け、たどり着いた先には、
「おっと、取り逃がしが一人いたか」
「ひっ!?」
いかにも大物と言わんばかりの太った巨漢の男を踏みつけて笑う、一人の青年が佇んでいた。
踏みつけられている男は動かない。その側頭部にはすでに弾丸による風穴があいており、そこから流れ出る血が、男……自分たちの長、ドン・カルカノの死を示していた。
「お、お前らっ!! ここはカルカノファミリーが支配している倉庫街だぞ!! バックには王都に巣食う大麻薬組織……ティルロッチファミリーだってついてんだ!! こんなことしてタダで済むと思ってんのかっ!!」
逃げられない。自分たちの首領であるカルカノの無様な死にざまに、ようやくそのことを悟った男は、最後の抵抗と言わんばかりに上ずる声でそう叫んだ。が、
「おいおい、なんだそのちんけな脅し文句は? 麻薬王と呼ばれた化物がバックについているって聞いたからどの程度のもんかと思えば、くだらねぇ……。ただの虎の威を借る狐かよ」
青年は一向に意に介した様子もなく、男の脅しを鼻で笑う。そして、
「っ!?」
ドン・カルカノを踏みつけていた足をのけ、男に向かって近づいてきた。
その体からは不可視の迫力がにじみ出ているような気がして、男は思わず尻餅をつき、無様に這うように逃げようとする。
「大体この倉庫がいつからお前らの支配下に置かれた? この町、この一帯、ここの人間は、全部俺らルキアーノファミリーの傘下なんだよ。勝手に支配主張して、勝手に人様の所有物に麻薬ばらまくなんざ、躾がなってねぇぞ野良犬」
ミラーレンズのサングラスをかけた、周囲で燃え盛る炎のような真っ赤な髪をした青年は、そんな男の姿をあざ笑いながらその足を踏みつけ逃走を封じた。そして、
「さぁ、覚悟はできたか?」
「や、やめろ……やめろぉおおおおおおおおおおおおお!!」
青年は唾を吐きかける。世界最大勢力を誇る麻薬組織に。
青年は喧嘩を売る。自分の町に手を出した愚か者に。
青年はフリントロック式の拳銃を持った右手を掲げる。この組織を立ち上げる際に誓った誓いを示す、装飾が施された弾丸の入れ墨を見せつけるために。
「いいか、この町のすべては俺様……バラトーガ・ルキアーノ様のモンなんだよ! 物も人も酒も金も女も! 全部だ!! 前部ら俺様のもんだ!! それにお前らは無断で手を出した!! どうなるかは無論理解しているよなっ!!」
刺青の模様は《装飾された弾丸》。その弾丸はあらゆる壁をぶち抜き、巨大な風穴を開けている。
後に世界中にその名をとどろかせるルキアーノファミリーの徽章を右手に刻んだ青年は、
「ルキアーノファミリーの名において、この町に手ぇ出した輩は粛清する」
手に握る銃を、必死に虚勢を張っていた、この倉庫街最後の警備員に向ける。
「や、やめろっ! ま、まてっ!? か、金をやろう!! お前たちタダの不良のガキには一生手に入れることができないほどの金だ!! お、お前らだって本当はシャブの売り上げの利益がほしくて」
瞬間、男の額に風穴があいた。
「ガキじゃねぇ。悪党の星だ」
――これが名だたるマフィアの最後かよ。と、あまりにあっけない終わりに拍子抜けしながら、青年は吐き捨てた。
「俺の町にそのきたねぇ手で触れたこと……地獄の底で後悔しな」
こうして、とある国のとある港町――レヴィエル王国の最南端の港街に根を張るギャング組織と、王都の闇に潜む大麻薬組織《ティルロッチファミリー》とのあくなき闘争の日々が始まった。
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「というわけで、わしはさらに八面六臂の戦いをつづけ、あふれ出る若さと腕っぷしでティロッチファミリーを殲滅。レヴィエル王国にその名を知らぬ者はいない大ギャング組織のドンとして君臨することになったわけよ!!」
そんな眉唾物すぎる自分の武勇伝を、ルキアーノファミリーが経営する酒場である《お食事処・魔弾の射手》で飲んだくれながら語る祖父に、祖父から受け継いだミラーレンズのサングラスを頭に乗せた5歳ぐらいの少年は一言。
「爺ちゃん、朝から飲んだくれてないで、仕事してよ」
今や見る影もない、世界にその名をとどろかせたギャングスターのなれの果てに、少年は小さくため息を漏らした。