008.おれは異世界で正義をおこなう
「それは予言の書について…ですか?」
アデルは藤色の瞳を見開いた。
「それ以外にも…この世界のすべてをアデルの知る限り教えてもらえないか」
おれは本音をいう。アデルはうつむいた。頷きともとれるし目を伏せたのだともとれる。しばらくしてアデルは口を開いた。
「予言の書は私の祖母であるエリーザ・キルシュタインとリンゴン王国が王族の一部の人間しか読めない状況にあります。ただ…私は勇者さま召喚前に特例で祖母と共にすこしだけ読む機会があったのですが、勇者さまがあの納屋で四神剣を抜くという記述以降は虫食いがひどく、また破られたページもあって…」
魔法使いらしい帽子をなおしつつアデルは言葉を中断させた。真夜中の森の静けさに彼女の言葉が吸い取られないように、おれは続きの言葉を待つ。
「…つまりこれから未来に起こりうることは一切わかりません。世界を救うため勇者さまたちが四神剣をつかい何かをする、ということだけは確実なのですが…何をするのかは虫食い状態になる前の予言の書をお読みになられたリンゴン王国が国王ウィリアム六世さまと私の祖母にしか分かりません」
驚愕の事実。勇者さまたち。
「ちょっと待ってくれ。勇者さまたち?おれだけが勇者じゃないのか」
おれは当然の疑問を投げかける。
「世界には四つの大陸があり、各大陸にひとりずつ勇者さまがいます。創司さまはこの東の大陸、マテラ大陸における勇者ということになります」
「なぜ納屋に四神剣を持ち込み、おれをそこに招待したんだい」
四つの大陸?ここは未来の地球じゃなかったんかい!と心の中でつっこみつつ、おれは質問を重ねる。あとアデルがはじめて勇者さまではなく、創司さまと名前で呼んでくれたけどあえてそこに触れず、おれは回答を待った。
「リンゴン王国の一部の人間とキルシュタイン家しか知らない事実ですが…納屋に四神剣を持ち込んだのではなく、数年前、四神剣が現れた場所に納屋を建てたのです」
「四神剣が現れた?」
「もともとその四神剣はバラモーン帝国が皇帝キビノス十三世さまの持ち物でしたが、数年前のある日、鍔にはめられた宝玉と四神剣が二つに分離し、四神剣だけが遥か遠い地リンゴン王国へ飛んできたのです。事情を察したリンゴン王国はバラモーン帝国の衛星国であるにも関わらずこの事実を伏せ、国王陛下は石碑に刺さった状態の四神剣を隠すように納屋を建てあそこを下級農地に仕立て上げたのです」
鍔にはめられた宝玉と四神剣が二つに分離って…そうか。この四神剣の鍔の中央にあいた丸い穴には宝玉が填まってたんか。まぁそれはいい。それよりも…。
「なぜそんなことに?なぜ事実を伏せたんだ」
「勇者の定義は四神剣を扱える者であり、基本的には各大陸を治める帝国の皇帝一族がその継承者となります。ですが四神剣がバラモーン帝国から消失したという事実は、剣が皇帝キビノス十三世さまに対して勇者としての資質を見限ったということになり、そのようなことを私たちが公で口にできるわけありません。また四神剣は世界の調和を保つ神器であり、リンゴン王国は、キビノス十三世さまの手元を離れた四神剣があの草原まで飛んできた事実を重く深く受け止めました。もちろん我が国に伝わる予言の書にも、皇帝の四神剣喪失と真の勇者を異世界より召喚という記述がありましたが、それが現実のものとなった以上、国王陛下は世界のために今日のこの日まであの納屋を聖騎士ダリオさまに死守させたのです」
アデルは黒い枝が絡み合う樹木の天井をみた。おれもつられて天を仰ぐ。この惑星にも月はある。太陽系の惑星で地球以外にも月が綺麗なところってあったのか。感心してる場合じゃない。おれは物事のしくみに興味を持ち始めた幼児のように質問を矢継ぎ早にする。
「なるほど。つまりリンゴン王国は立場の弱い王国にも関わらず、勇者として認められなかったバラモーン帝国の皇帝から四神剣を隠した。そして勇者の資質がない皇帝に代わり、異世界人であるこのおれを勇者としてあの森に召喚したと。しかしいったいなんの役に立つ剣なんだろうか」
「四神剣の具体的な役割などは私にも分かりません。始祖のヒューマン族の飛来から続く六千年の歴史と神話は、私の祖母…いえ、それ以上に古い世代によって封印されてきました。また事実を隠すかのように様々な偽りの歴史と伝説もまことしやかに流布され、虚実が混ざり合いどれが本当か分からない状態となっています」
アデルもまた、いやなそぶりもせず質問に答えてくれた。
四神剣の刺さっていた黒い石碑に刻まれた「始祖のヒューマン族の古代文字」とやらが日本語だった件をおれは思い出す。「勇者さま、これを抜いてください。安心してください、抜けますよ」だっけ。とにかく軽いノリの石碑。おれがそれを読めて国王さま、アデルをはじめとする納屋にいた一同は驚いていた。
「始祖のヒューマン族って日本語をつかってたやつらだろ」
アデルの大きな瞳がさらに見開かれた。
「はい。あの石碑に刻まれた古代文字のことですね?私たちヒューマン族の祖先であり、のちに四大陸を治めたキビノス一世さま、ハヌマ一世さま、サーベラ一世さま、ポイニ一世さまの王朝の礎を築いた方々でもあります」
「というとアデルは日本人なのか」
「私が日本人という種族の末裔かは分かりませんが、残念ながら純血種のヒューマン族ではありません。六千年前に飛来した始祖のヒューマン族はそれほど多くなく、四大陸の先住民である亜人種たちと交わり続けてきました。私などはエルフ族やネイチャー族などの血も混ざっています」
「ふぅん、だからそんなに綺麗なのか」
おれは思ったままを口にした。学校でアイドルの話をする感覚で。
「創司さま」
しまった目の前に本人がいるじゃないか。
「あ、いやいや!違うって!そんなんじゃない!ところで話は変わるが、リンゴン王国の王都はさっきのハゲマッチョみたいなやつらの襲撃に耐えられるのか」
おれは話題をそらそうとするが、慌てて口をついた質問もまた重要な質問だった。おれが聞きたかったことベストファイブに入るような質問。
「悪魔憑きのことですね?先ほどの悪魔憑きのオーク族はおそらく下級の部類に入るでしょう。彼らの目的は勇者の抹殺、妨害です。近年、悪魔憑き…魔族の数は増えていく一方で王国軍がどこまで耐えられるかはわかりませんが…」
なるほど。
「よし、決めたぞ!おれは王都にはいかない」
おれは腹をきめた。
「創司さま!」
アデルが焦る。
「おれが王都にいると知られたら魔族が王都を襲撃にくるかもしれない。世界を守るはずの勇者が原因で王国がつぶれたら元も子もないだろ」
「勇者である創司さまになにかあれば、それこそ元も子もありませんよ!お願いです!王都にいきましょう。あそこにはダリオさまをはじめとする聖騎士や名高い戦士たちがいます」
「もう一度確認させてくれ。おれが森に現れ、あの納屋で四神剣を抜くというところまでは予言の書にあったんだよな」
「はい」
アデルの同意を引き出し、おれは核心をつく。
「予言の書に魔族であるハゲマッチョが襲撃にくるということは?」
「虫に食われていて分かりませんでした」
「今となっては確認できないとはいえ予言の書が本物なら、勇者を失わないためそこだけはきっちり予言されていたはずだ」
「そうかもしれません」
「だが、予言の書にこのおれ、勇者を納屋に向かわせてはならないという記述はなく、聖騎士を多数配備せよとの忠告もなかった。あの場にダリオ以外の聖騎士がいたならば状況は変わっていたはずだからな。予言の書はアデルの祖先が書いたものであって、最悪の状況を予知していたのならばそれを予防する手立てを予言の書に記していたとしても不思議はない」
「まさか…」
ようやく気づいてくれたかアデル。そう、おれの言いたいことは…。
「このおれがあのハゲに拉致されかけ、のちに脱出し、今こうしてこういう結論に辿り付いていることも運命のひとつなんじゃないのか」
「たしかに予言の書は未来を良くするために記されたものであって、してはいけないことを予言し、過去に何度か国や大陸の危機を救ったことがありました。とはいえすべての災厄が予言の書によって救われたわけではないですが…」
よし、もう一押し。
「おれはこのまま王都へは向かわず、この国…いや大陸中を巡ってみたい。もちろん勇者であることを伏せ、ただの大黒創司として腕を磨くため正義をおこなっていくんだ」
「正義?」
「いつか勇者として世界を救うその日に、四神剣を抜いたから勇者なのではなく、正義を行う勇者であるから四神剣に選ばれたのだと皆にいわせてやる。王都にかくまわれ聖騎士に守られるだけの男に何ができる?弱者を救えない勇者に世界を救えるか?ちがうだろ」
「創司さま…それは本気ですか?」
「ああ、そしてこのおれが召喚された理由をおれ自身が証明してみせるさ。いつか魔族が震え上がるほどの勇者になってな。おれは自分の足で大陸を歩きこの目にうつった弱者をすべて救う。そしてレベルアップして世界も救う。問題ないだろ?止められたっておれはいくぜ」
言ってやった。おれの本音。元の世界でできなかったこと。この異世界でやりたかったけど、あやうくやれなさそうだったこと。おれは英雄になりたいんだ、この世界で。勇者として。
アデルは俯く。長いまつげが藤色の瞳にかかる。深夜の森のどこぞで梟みたいな鳴き声がする。木々が風に揺られ愛を語らう。
おれたちだけが無言でなんていられない。
「創司さまのお気持ちはわかりました。どうしてもというならば…私もお供させてください。いつか世界が四神剣を必要とするとき私が創司さまを王都まで送り届けます。あと道中で私が危険と判断したらすぐに王都へ引き返していただけますか?」
アデルは考えたのち決心した表情で言った。この世界における保護者としておれの我侭についてきてくれるということだ。
「もちろんだ。世界を救うときと危ないときは、すぐに王都へ引き返すさ。おれを信じてくれてありがとう、アデル」
彼女はまだ何か言いたそうだったが、方向性決定の既成事実をつくるべくおれは右手を差し出し、アデルと握手を促す。握手という西洋の習慣がこの世界にもあるらしくアデルは無言で手を握ってくれた。
「では創司さまのお気持ちを国王陛下に報せます。その返事がくるまで私とこの場所にとどまっていただけますか?」
ああ。ここまで来てやっぱりあくまで国王さま次第ってことか?まぁ王国に仕えてるアデルが勝手に事後報告できるはずもなくムリはない。おれはとりあえず頷いた。だがダメだって返事がきても、おれを止めることはできないぜ?
アデルはマントの懐から出した紙に、ペン先を自らの唾液で濡らし文字を書き出しそれを炎で燃やす。燃え尽きたところでその手紙はあちらへ届いてるという。これが携帯メールに代わるこの世界の情報伝達手段らしい。
名称は魔法手紙。そのまんまだな。
アデルはその紙をおれにもくれた。唾液か血液で文字を書けば自分である証明ができ、燃やす際に相手のことをつよくイメージすればフルネームや所在地が分からずとも届くという。これでおれが迷子になっても大丈夫だ。
ここからおれの英雄としての物語がはじまる。漫画、アニメ、映画や史実のヒーローに負けない壮大な英雄譚だ。おれは心の中でガッツポーズをした。