006.伝説の勇者になったようです
結論。あっけなく四神剣は抜けた。
豆腐にさした箸を抜くように。力なんてまったく必要としなかった。
重みはそれなりにある。一キログラムほどか。水晶みたいな刀身を覗いていたら、刃越しに驚愕した顔の国王さまと聖騎士ダリオ、甲冑姿の騎士がびっくりポーズをするのがみえた。そしてうれしそうに微笑む魔法使いのアデル。可愛い、アデルすごく可愛いよ。
「抜けました」
おれは興奮をおさえぎみにしていった。
先ほどの「勇者かどうかはちょっとまだ自信ないですが」って発言を挽回すべく、堂々といった。おれは自分のミスはいつまでも覚えてて後悔するタイプだからそこにはこだわった。いずれにせよおれは勇者。さぁ、ダンジョン攻略、魔王討伐、なんでもいってくれ。国王さまよ。
「これは驚いた…いや、予言の書が外れたことなどないのだから、当然といえば当然なのだが」
国王さまは咳き込みながらも目は笑っている。
「勇者であるぼくは何をすればいいですか。こう見えて腕には自信あるんですよ」
半分本音で半分嘘。おれがさっき山中で逃げ回ってたハゲマッチョの変態連続殺人鬼は覚えているだろう。あれはマジで怖かった。まぁいずれ腕を上げてあいつくらい倒せるようになってやるが。
「何もせずともよい。これから王都へいき、そこで数ヶ月…あるいは数年を王宮内で暮らしてもらう」
「へ?」
「数ヶ月か数年なのかはっきりしないのは、予言の書のその部分が虫にくわれていてな。だがすべきことはもうわかっている。安心してよい」
「いやいや、そうじゃなくて。勇者ってダンジョン攻略したり村人を救ったり、魔王を退治したり…」
「きみが活躍する場はもう決まっておる。それはきわめて単純な…いまの段階ではそのような危険を伴うようなものではない。だからその日まで王宮でゆっくりしてくれればいい」
おい、おいちょ、ちょ待てよ!
おれはそんなロングバケーションのぞんでないって。勇者っていったら剣に魔法に、パーティーにギルドに、モンスター退治にバトルの末に敵が仲間になったり、魔王を倒して世界を守ったりしてさ。おれがいた杉並区高円寺じゃ味わえない冒険をする職業じゃないんかい。
「きみには貴族のなかでも公爵、いや大公なみの領地と待遇をあたえよう。称号は勇者のままでよいだろう。それはどの貴族よりも尊く崇高なものだからな」
「…」
「なにか不満か?」
いや。勇者にたいする待遇や環境に不満はないよ。おれだって広い領地をもってさ、馬を走らせて駆け抜けてみたいさ。毎日うまいもん食って寝て。可愛い貴族のご婦人をはべらしてウハウハするのも悪くはないだろう。まぁアデルが本命だけどね。
でも、おれがなりたいのは貴族じゃなくてヒーロー。ファンタジー世界でいうところの国や大陸を、世界を救う勇者。そう命をかける勇者なんだよなぁ。
国王さまはおれの顔色を伺ってあたふたしている。アデルもあたふたしはじめた。聖騎士のダリオは「きみ、それで不満なの?」みたいな目つきになってるし。甲冑の騎士三人の表情はわからないけど、きっと気まずいんだろうなぁ。
「そうですか…わかりました」
ものわかりいいな、おれ。
何年か前、うちの母親がおれの頼んでたゲームと名前の似てるエロゲーを間違えて買ってきたクリスマスの夜を思い出す。ほしいのはそれじゃない。とはいえまぁ、それはそれで楽しいんだろうなって。
でもため息がでた。この世界もおれというヒーローを必要としていなかったわけで。
◆
「では創司くん。その四神剣をこの鞘におさめて、さっそく王都へ向かおう。勇者のすべきことやこの世界の成り立ちなど、その他もろもろは王宮で話そう」
国王さま直々に革でできた鞘をもらった。
「ありがとうございます」
たぶん牛革。色はキャメル。鞘の要所は金属のプレートが打ちつけられていて右肩から剣を背負えるようにベルトもついてる。
宮廷御用達の職人がつくったものなのだろう。聖騎士ダリオの腰から下げられた鞘も似たようなつくりだった。色は彼の髪や瞳の色と同じく赤。
四神剣の刀身はみごと鞘におさまり、おれは剣を背負った。見た目は勇者なんだがなぁ。
あと、追加情報。剣が刺さってた黒い石碑は消滅していた。剣が抜けたら用済みってことかい。日本語がかかれてる石碑だったから消えちゃったのは少し寂しいが。
そんなときだった。
ズズ…ズズ…ってな低重音。
納屋の入り口付近に「黒い渦」があらわれた。
あれのでっかいバージョンを数日前、杉並区上空で見た。なに、おれに帰れってことか。
渦は直径二メートルほどくらいまで拡大し、そこから現れたのは…そう。「やつ」だった。嬉しくない再会。なんでやつが。おれが叫ぶより先に国王さまが注意を喚起した。
「いかん!悪魔憑きのオーク族だ!」
国王さまは立場を捨てておれを守るようにしてやつの前に立ちふさがる。
やつは醜悪な声で笑った。鮫みたいな細かい牙を剥き出しにして。
身長二メートルでボロキレをまとった灰色の肌のハゲマッチョ・サイコキラー。ベルト代わりの革の腰紐にぶらさがってたウサギは一羽までに減ってた。
動かなきゃ。
おれは手に入れたばかりの四神剣を抜いていた。
瞬間、おれと国王さまの前に影がよこぎった。聖騎士ダリオだった。俊敏な動きで腰元の剣をぬきハゲマッチョに斬撃を食らわす。
金属音。ハゲマッチョの体は金属みたいに刃を跳ね返す。ハゲマッチョは素手で聖騎士ダリオを弾く。ダリは吹っ飛んだ。納屋に大きなをあけてめりこんだ。
「くそハゲ、てめぇ!」
叫びは虚勢だった。おれは四神剣をふりかざす。国王さまがそれを止める。
アデルが雷属性の魔法攻撃をくわえる。ハゲマッチョも何やら魔法詠唱をしてそれを防ぐ。
轟音。納屋の天井をぶち抜きそうな轟音だった。魔力と魔力の拮抗。灰色の煙と焦げた匂い。
ハゲマッチョは再び魔法を詠唱。金属音みたいな声。見たこともない眩いエネルギーの筋が走る。
今度はそれをアデルが防ぐ。轟音。さっきより過剰な魔力の衝突。衝撃に吹っ飛ばされそうで、おれも国王さまもその場で踏ん張った。今度は本当に納屋の天井の一部に穴が開いた。
ダリオが体勢を整え、ハゲマッチョに斬撃。なにがしかの魔法をのっけて詠唱とともにハゲマッチョの肩を狙う。醜い悲鳴。ハゲマッチョは紫色の血を飛び散らせた。
ハゲマッチョはおれの前にいた国王さまを狙った。
しなやかな動き、背骨にバネが入ってるようだった。その鋭い爪は一本一本が刃のように剥き出され、国王さまの心臓に突き立てようとハゲマッチョは右手を振り下ろす。
「陛下!!!!」
風のようにダリオが現れ、剣でそれを防ぐ。鼓膜を震わす甲高い金属音。ハゲマッチョの右手中指と薬指の隙間にダリオの刃が食い込み、両者ともに力比べをする。
ダリオは国王の聖騎士だ。主君を守るのがさだめ。
それが一瞬の隙をうんだ。ハゲマッチョの巨体がダリオの前からふっと消える。再びハゲマッチョが姿を見せたのはおれの目の前。そう、狙いは国王さまではなくおれだった。
ハゲマッチョは爬虫類みたいな笑みを浮かべ、四神剣を構えたまま震えてるだけの情けないおれの身体を、空の段ボール箱みたいに軽々しく抱える。
「だめ!!!」
アデルがおれのパーカーの背中を握った。魔法詠唱の時間もないまま、アデルはおれのオマケみたいにくっついてくる。
国王さまとダリオが「しまった」という顔をした。甲冑を着た三人の近衛兵は板に打ち付けられた釘みたいに、納屋の向こうで立ったまま、役に立たない。
渦が閉じかけている。
おれとアデルはハゲマッチョに引っ張られ、身体を屈めたやつと一緒に渦の中へ巻き込まれた。
剣を構えたダリオが渦の手前まですっ飛んでくる。だが渦の扉は完全に閉ざされた。
視界が黒く染まった。闇にしてはきれいだった。砂金をぶちまけたような幾千のきらめき。渦の中で重力を失いながらも、おれはアデルがパーカーをひっぱる感触とハゲマッチョの強引な力のはざまでもがいていた。
「おれをどこに連れていく気だ!」
答えはなかった。今のおれを誰が勇者と呼ぶだろうか。