005.納屋と国王さまと勇者
「さぁ、これに乗ってリンゴン王国の国王陛下の元まで向かいましょう、勇者さま」
アデルはたしかに言った。
どこぞのヴェルサイユ宮殿に連れていかれると思いきや、グリフォンが着陸しアデルに案内されたのは辺境の地。
おいおい、どういうことだ?困惑って言葉がおれの頭でかけめぐる。国王に会うなら宮殿だろ。
宮殿などない。だたっぴろい草原にぽつんと納屋が建っていた。
「勇者さま、こちらです」
風にのって甘い香りが漂う。アデルは可愛い。だが、おれは不機嫌になりつつあった。かの偉大なイエス・キリストや聖徳太子が納屋だったか馬小屋でうまれたからといって、召喚されてきた勇者を納屋に案内ってどんなシステムよ。
おまけに中に入ったら高い絵画や壷を買わされるんじゃないかって心配までしなきゃならない。
アデルが納屋の引き戸をあける。
「さぁ、どうぞ」
広さはインディーズバンドが出演するライブハウスくらい。
「おじゃまします」
お行儀がいいな、おれ。
納屋の中には、黒い布を被せられた「何か」が置かれ、その後ろで灰色のローブにフードをかぶった老人が椅子に座り、彼を警護するかのように四人の若者がいた。
四人の若者のうち三人は中世ヨーロッパ風の甲冑を着用。彼らの一歩前に出て、横柄に腕組みをした赤髪に紅眼の青年は、左右の襟に銀細工の紋章をあしらった白い革のロングコートを着てた。その下は白シャツにいわゆるジャボとよばれるスカーフを巻いててオシャレ。顔もイケてたが口元に薄笑いを浮かべてて、何かイヤなやつに見える。あと追加情報。四人とも皆、帯剣していた。
「おお、きみが予言の書の…」
そういいながら老人は咳をした。
老人はフードを脱ぐ。銀色の長い髪に立派な髭。そして白く濁りかかっているが知性を感じさせる碧眼。間違いなくこの老人が国王さまだ。
「大黒創司といいます…勇者かどうかはちょっとまだ自信ないですが」
おれはお辞儀をして頭を下げる。これでいいのかな?あと国王さまを呼ぶときは「陛下」と呼ばなきゃいけないよな。
数秒して、おれはミスに気づいた。思わずでてしまったヒーローもとい勇者らしからぬ弱気な発言。だがアデルは謙遜と捉えたのか笑顔でおれを見ていた。セーフ。
「創司くんというのか。こんなとこで出迎えてすまない。本来なら宮殿で君を迎え入れたかった。しかし勇者召喚の儀は内密であり、また君が本物である証明をこの場所でしてもらわねばならない…だから…」
ふたたび咳き込む。おれは胸が痛くなった。国王さまは何かしらの事情で病身を押してこの場所までやってきたのだろう。おれは父方、母方の祖父を思い出した。年齢は彼らと同じくらいか。八十ちかく。
「間違いありません。彼はきちんと時間通りに現れました。あと、私と一緒にそれを目撃した山の領主の息子たちの記憶は魔法で消してあります」
アデルが緊張した面持ちでいった。
「アデル。君はエリーザの若かりし頃にそっくりだ。君に勇者召喚を任せたエリーザの判断は正しかった」
そういえばさっき「今日ここに来るのだって私の祖母が来るはずだったのをムリいって私にしてもらったんです!」とかいってたっけ。エリーザとはアデルの祖母で、国王さま御用達の大魔法使いと見た。
「わたしも祖母を尊敬しています」
「そうだろう。リンゴン王国で数名しかいない一級魔法使いなのだから。またエリーザに限らず君の家系は代々優秀で、王家によく尽くしてくれている」
やはりね。エリーザ大魔法使い説、的中。アデルの血統はとてつもなく優秀らしい。
「陛下。さっそくですが召喚されてきた彼に、あれをやってもらいましょう」
白い革のロングコートの、あのイヤなやつにジトっとした目で見られた。
口元にはまだ薄笑い。なんというか。いるよな、こういうやつ。おれの身近にもいた。同じ高校のクラス一イケメンのお坊ちゃま。おれが体育の授業のバスケでいい成績をあげたとき「きみ、不相応な喜び方するんじゃないよ。人生における総合得点じゃぼくに敵わないんだからさ」ってな具合にこっちを見てたあの目。あれに似てる。こいつ嫌いだ。
「どうも、勇者さま。私はダリオ・ブラッドフィールド。リンゴン王国が国王の聖騎士をつとめております。あちらの三名はただの近衛兵ですが、私が育てた手練れの者たちといえましょう。勇者さまが本物であれば彼らの一人を護衛につけます。どうぞお見知りおきを」
はぁ、聖騎士っぽい面してるもんな、こいつ。おまけにいい匂いがする。歌舞伎町でホストでもやっててくれ。
ダリオは薄笑いを浮かべたまま、黒い布を被せられた「何か」のもとへ歩み寄り、サッと布をはずした。
現れたのは正方形の黒い石碑に突き刺さった剣だった。
鍔の左右は百合の花弁を思わせる優雅な曲線が描かれその中央部分はポッカリと穴が開いていた。また柄には白い布が巻かれていて、柄頭はまるでドングリの実。敵を殴殺できるよう工夫されている。
だが、なによりも目を引いたのはその刃。それは鉄や鋼によるものではなく水晶のような刀身だった。剣の向こう側にいる甲冑の兵士たちが透けて見えるくらい透明度が高い。
「創司くん。これを…伝説の四神剣を、君に抜いて欲しい。召喚された勇者にしかできないと我が国に伝わる予言の書にあった」
国王さまはおれに言った。多少、迷いが感じられる。おれが勇者じゃなければ彼は落胆するだろう。そしてダリオは鼻で笑うだろう。
やるしかないと思った。おれはアーサー王だ。聖剣エクスカリバーを抜いてやる。
おれは四神剣が突き刺さった黒い石碑に近づいた。埋まってる刀身は三分の一ほどか。そして石碑に顔を近づけてみる。それ自体はおそらく五十センチほどの高さで、およそ刃渡り九十センチほどの剣の柄をつかむ為には、埋まってる三十センチ分も計算して自分の胸の辺りで柄をつかまなければならないことになる。ちなみにおれの身長は百七十二センチだ。ちょっと力をこめにくいといったら言い訳になるだろうか。
石碑にはなにやら文字が刻まれてる。どれどれ。
「勇者さま、これを抜いてください。安心してください、抜けますよ」
おれは石碑に刻まれた文字を声に出して読んだ。なんだ日本語じゃん。とにかく軽いノリの石碑。
「まっ、まさか」
国王さまが椅子から立ち上がった。ダリオや近衛兵、アデルまでもが飛び上がりそうになっていた。
「勇者さま…その文字が読めるのですか?」
アデルは震えていた。
「え?だって日本語じゃん、これ」
「この国の…いや大陸一の考古学者でさえ、勇者さま、これを…までしか読めなかったというのに…創司くん、君は始祖のヒューマン族が話していたとされる六千年前の古代文字が読めるのか」
国王さまも震えている。
すかした聖騎士のダリオもすっごいビビってる。これはいい。
「っていうか、ぼくたちが話してる言葉も日本語ですよね?」
無反応。どうやら違うらしい。
しかし日本語が古代文字って。おれは未来にでも来たのか?まぁそんなことはどうでもいい。おいおい謎は解けるだろ。
「じゃあ、抜きますよ」
おれの言葉に国王さまはコクンと頷いた。
おれは両手で柄を握る。いざ伝説の四神剣とやらに触れると緊張で額から汗が滲み出てきた。もし抜けなかったらどうしよう。いや抜けるはず。おれは召喚された勇者だもんな。
力を込める。年に一度の身体測定のときのように。力を込める。そして…