039.ダンジョンで仲間の一人が…
おれは嘘をつくのが嫌いだし、約束を破るのはもっと嫌いだった。
あの日、悪魔憑きになったエルフのおっさんに約束したことーー、娘のクレアをダンジョンから連れ戻さなければならない。
ドナルドは現場をおれに一任してくれた。統制のとれた衛兵たちを引き連れ、魔薬ーー「仮死薬」を奴らに配り、数十分もしないうちにその洞窟へと飛び込んでいた。
「いいか、ゴブリンと幻覚ゴブリンの違いは背格好や服装だ。幻覚ゴブリンの正体は皆、冒険者だ。彼らを見つけたら魔薬ーー仮死薬をその血管へぶち込め。方法は何でもいい。各々の魔法攻撃に任せる」
ある者は光魔法の針を飛ばし、それを注入。ある者は闇魔法のナイフの切っ先にそれを仕込み致命傷にならぬ程度にそれで切りつける。
仮死薬を与えられた幻覚ゴブリンーー冒険者たちは、ダンジョンから「死人」と判断され洞窟の外へと放り出されーー、結果、解放される。
そう。ダンジョンの狙いは生きた人間が悪魔と契約し、悪魔憑きを生み出すこと。死人には用がないのだ。ならば死を偽装し、捕らわれた者たちを死人としてダンジョンから排除してもらおうというのが、おれの作戦。
おれは自分の名探偵ぶりに鼻を鳴らすが、暗闇に包まれた洞窟内でアデルが心配そうにおれの腕にしがみつく。
気味の悪い、薄紅の花弁をまとった目玉みたいな魔草がこっちをジロジロ見てやがる。さすが魔法の世界。おれの地元でいえばタンポポみたいなものなのかもしれないが、行く先々でわんさかと、それを見ればイヤでもそれのことばかり考えてしまう。
「あのギョロ目の花。やばい魔草なのか」
「ハッピー草の亜種でしょうが、詳しいことは…」
アデルも、目玉草を気味悪く思ってるのだろう、顔が歪んでる。先頭の衛兵長ヤムキンが向こうで何かを叫んだが、アデルは説明を続けた。
「ハッピー草は周囲の人間を幸福な気持ちにさせる花粉をとばす花で、これによく似ていますが、花の中心部が目玉ではなく笑った女性の唇の形をしています」
はあ、人をハッピーにさせる花粉ね。ならばあのギョロ目草は人をどんな気持ちにさせる花粉をまき散らすのか。
「ゴブリンが襲撃してくるぞ」
ヤムキンが一層、大きな声を張り上げる。隊列が乱れ、洞窟の岩場のそこかしこから緑色の肌をした小柄な化け物が襲いかかってきた。
「本物のゴブリンだ、躊躇なく殺せ」
衛兵のバザロフが煌めく剣を抜き皆を鼓舞する。兄をダンジョンに捕らわれたままのジャイアントの衛兵グレゴリーはトゲが突き出た鉄球を振り回しゴブリンを一蹴した。
「うわぁぁ」
と、衛兵の一人が叫んだ。襲いかかってきた本物のゴブリンたちは蹴散らされたにも関わらず、その男は怯え始めた。
「お前ら、お前ら、マジか」
そう叫ぶ衛兵。
「待て、俺たちがゴブリンに見えてるならそれは幻覚だ!散々、説明しただろう!」
衛兵長ヤムキンが向こうで叫ぶが、その衛兵ーーおそらく新人で下っ端のその男は、近くにいる仲間たちにやたらめったらに斬りかかった。
「仕方ない」
衛兵グリドフが「仮死薬」を仕込んだレイピアでその衛兵の左手の甲を素早く突き刺す。やがて衛兵の身体は眩く発光し消滅した。
「これでこの仮死薬の有効性が証明された」
グリドフは何事もなかったかのように鞘を揺らし、隊列の乱れを正した。
やるじゃん。グリドフ。ヒューマンの衛兵。町でチンピラやってたときと明らかに変わってる。おれの視線を感じた奴はふん、と鼻を鳴らし笑って見せた。




