037.杉並区でくすぶってた頃のおれとは違うんだ
そこかしこの窓から、西日がオレンジ色のナイフのように射し込むトラッパ邸の大広間。
こんな時間までおれとアデルは書物庫をあさり続け、つい先ほどある仮説にたどり着いた。
「ダンジョン内で催眠状態になり、迷い込んだ者たちが互いをゴブリンだと誤認し、攻撃し合ってる可能性があります」
長方形の巨大なテーブルには、ここ三百年間で遺体としてダンジョンの外に放り出された冒険者たちの検視、解剖にまつわる書類や証拠品がぶちまけられている。
「ダンジョンには本物のゴブリンと、ゴブリンに偽装されてしまった普通の人間とが存在する」
「どういうことだね」
ドナルドをはじめとして、その従者や衛兵たちが一同に集い驚愕の表情を浮かべる。
「冒険者たちの中に、絶命寸前まで日記をつけていた者が複数います。どんなゴブリンをどんな方法で倒したとか、どんなゴブリンに致命傷を負わされ自分はもうすぐ死ぬだとか…。たとえば、これです」
おれは冒険者A、冒険者Cの遺体が所持していた日記を左右の手でつかみ、説明を続けた。
「たとえば冒険者Aは…とあるゴブリンに、右わき腹に二度の斬撃を加え、右前腕を斬り落としたのち、棍棒で頭上から攻撃、絶命させた。そのあとゴブリンの遺体は白く輝き、消滅したと日記に記していますが、ダンジョンの外で発見された冒険者Bの遺体にはそれと同じ攻撃を受けた痕があった。もちろん彼はゴブリンなんかじゃありません。また冒険者Aも…日記がここにあるということは絶命しダンジョンの外に放り出されたわけですが…」
おれは冒険者Aの遺体の状況が書かれた書類を皆に見せる。
「冒険者Aは、巨人に似た大柄なゴブリンに左足を切断され、右肺を貫かれ致命傷を負いながら身を隠し、最期の日記を書きました」
そして冒険者Cの日記を開く。
「僕が言いたいのは、冒険者Aはゴブリンに転化したわけではなく、最期まで人間だったということです。そして、ここで見てほしいのが冒険者Cの日記。彼はジャイアント族の冒険者であり、もちろん日記を書いているということはゴブリンなんかじゃないわけですが…この冒険者Cが、とあるゴブリンを殺した状況を鮮明に書いていました。それが…」
「冒険者Aの遺体の負傷と符合すると言うことか」
領主、ドナルド・トラッパは飲み込みが早い。
「はい。冒険者A、冒険者Cは、それぞれ人間であるにも関わらず、互いをゴブリンと認識し刃を交えた。結果、冒険者Aは、自らが冒険者Bを殺したときのように、冒険者Cにゴブリンと誤認されながら殺された」
「なんてことだ…そんな仮説だれひとり立てたことがなかった」
ドナルドは頭を抱える。
「彼らの死の因果関係を発見できずとも無理はないです。ここにある日記のスタート日時から推測するに冒険者A、冒険者B,冒険者Cはほぼ同時期にダンジョンへ潜ったにも関わらず、彼らの遺体が発見された時期には開きがあったのですから」
このダンジョンのもう一つのカラクリについて、おれは説明しなければならない。
「百年前、五十年前の失踪者がダンジョンに潜ったときと、さほど変わらぬ外見のまま遺体で戻ってきた話はご存じですよね」
「ああ。だが、そんなもの検分役の勘違いだと片づけていた。また、顔が判別できた遺体など数少なく、すべてがそうだとは言い難い」
嘆息。ドナルドの、巨人特有の台風みたいな鼻息。
「ぼくは確証を得ています。冒険者Aと冒険者Cの日記がそれを示してくれました」
おれは双方の日記の日付を照らし合わせ、一枚ずつページをめくる。
「彼らが懐中時計を所持し、正確な時間を把握していた前提での話です。ジャアント族の冒険者Cの最期の日記。彼が絶命したのは…冒険者Aの死から二十三日後のことでした」
冒険者Cの最期のページは血で固まっている。
「ですが、ダンジョン外で冒険者Aの遺体が発見された日と、冒険者Cの遺体が発見された日には二百三十日の開きがありました」
一同がざわめく。
衛兵たち、中でもグレゴリーは兄貴をダンジョンに奪われたままの状態で、身を乗り出すようにしておれの情報に食いついている。
「つまり…ダンジョン内部は、この地上の百分の一の早さで時間が流れていると。そういうことか」
ドナルドは分厚い手のひらで口元を覆い隠した。
「百年前の失踪者が、一年かそこらしか老けていないのも頷けるはずです。食料さえ確保し…悪魔からの誘惑に負けずにいれば、若いままの姿で遺体として発見される」
「悪魔からの誘惑?」
「ダンジョンから出たくば契約し、悪魔憑きになれと…これも冒険者たちの日記にありました」
「悪魔が誘惑するのは、自ら契約目的でダンジョンへ潜った輩だけではないのか」
「悪魔が人間の身体をのっとるために必要なのは人間からの感謝。ダンジョン内で逃げまどう冒険者たちは何を望むでしょうか」
おれは次にいうべき推論を口の中で溶かすようにして、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「死ぬ前に家族に一目だけでも会いたい。どうせ死ぬのなら悪魔憑きになってでも外に出たい」
「なんということだ」
「また、死ねば遺体としてダンジョンの外に出される。なぜだか分かりますか。悪魔は死んだ人間の身体を乗っ取ることはできません。ダンジョン内で怯え、契約を結ぶ生きた人間にしか用はないわけです…つまり」
ドナルドは分厚い右手でおれを制止し、眉間にしわを寄せながら答え合わせをはじめた。
「そうか、創司くん。分かったぞ。あのダンジョンは魔族が冒険者をわざと怯えさせ契約を結ぶ、悪魔による自作自演の迷宮であると。それをはねのけ命を落としていった冒険者たちの遺体には意味がない…。つまり何か願いがあり潜った者、または心弱き者は悪魔憑きとして外に出され、その一方、勇敢な者はダンジョンで戦い、死して戻ってきたのだと。そういうことか」
「ええ。しかしどんなダンジョンにも攻略法があるように、ここにも穴はあります」
ドナルドは顎に手をあて考える仕草をする。
「死を偽装すればいい」
「なに」
「そう、仮死状態にすればいい。ドナルドさん、あなたの屋敷には大陸戦争時に使われた沢山の魔薬があると聞いています」
「たしかに死を偽装する魔薬の生成方法なら我が家に伝わっている。敵を欺くため開発されたものだ。それだけじゃない。三秒先が見えるようになる薬、分厚い壁を透視することができるようになる薬…あとは恐怖を感じなくなる薬なんかもあるぞ。戦場を前に怖じ気づいた兵士たちの気休めの薬だ」
へぇ。そんな薬まであるのか。
アデルがいつか言ってたっけ。魔法の属性は二つか三つしか保持できないから、何か場面によって特殊な能力を使いたい場合は魔薬…こういった魔法の薬が重宝されるのだと。麻薬ではなく、魔薬ね。
読み方は「マジック・タブレット」
どれだけ飲んでも、併用しても副作用はないらしい。まぁ効果が続く時間も短いらしいが。有名な魔法学校を出てるエリートはこの魔薬を「魔法もろくに使えない能なしの気休め」と鼻で笑うらしい。
おれはドナルドにある提案をする。
「仮死薬でダンジョンの外へ脱出できるかの確証はありません。ダンジョン側が、死と仮死状態の区別ができるとしたら、その薬は意味がありませんからね」
「よし!ならば今日、死刑になる予定だった我が町の罪人をダンジョンに潜らせよう。そして仮死薬でやつが戻ってくれば無罪放免。もちろん悪さをできないように呪縛魔法を身体中に刻印するがね」
ドナルドはガハハと笑う。おれは異論を唱えはしないものの、そこでは笑わない。悪人にだって人権はあるという世界から、おれはやってきたのだから。
◆
一時間後ーー。
元・死刑囚はダンジョンに潜らされた。
少ししてダンジョン付近の木々のそばに白く光るものがあり、そこに現れたのは、仮死状態で白目をむいたその男だった。
男は数十秒して息を吹き返した。心臓が停止して脳味噌がダメになるか、ならないかギリギリのタイミングで蘇生したってわけ。
「はじめてこのダンジョンから人間のまま生きて帰ってきたのが、こんな連続殺人犯だとはな」
成り行きを見守ってた衛兵長ヤムキンがつばを吐く。
まぁとりあえず、おれの仮説は正しかった。
「あんなところ、二度と行きたくねぇ」
元・死刑囚は森の中へと逃げていった。誰も追うものもなかった。やつがまた悪さをしようとすれば、呪縛魔法でやつの身体は爆発するからだ。
「ところで創司くん」
ドナルドが気まずそうに何かを言い出そうとする。
「君の探していたエルフの娘…クレアというのか。彼女がこのダンジョンに潜っている可能性が非常に高い」
ドナルドは洞窟の前でぶち破られた木製の扉の破片を指さす。どうやらこれをやったのはドナルドたちじゃないらしい。
「私が聞いたところによると、ギルドにも彼女が現れたらしい。つい数日前のことだ」
どうやら、おれも四の五の言わず、この洞窟に潜らなきゃならないらしい。いろいろ安全策をとってから行きたかったんだが…あのエルフのおっさんと約束しちまったもんな。娘の病を治すため悪魔憑きになり、町でメチャクチャやったとはいえ、死に際は善人だったし。
「今から潜ります。そして生きた人間は全員つれもどします」
言った。言っちまった。
生きた人間を全員つれもどすーー。
ダンジョンの「核」をぶっ潰すか、中で迷う冒険者たち全員に「仮死薬」を配らなければ達成できない。
だが、やってやる。やってみせる。平和な東京、杉並区でくすぶってた頃のおれとは違うんだと、おれをこの異世界に飛ばした何者かに見せつけてやりたい。
心配そうなアデル。おれの左腕をつかんで話さない。胸を押しつけるなって。おれの鼻息は荒くなる。




