032.混濁する世界の上空で
夢の中で何度も何度も死にかけた。というか死んだ。
繰り返される天変地異の中でおれはひたすら魔法詠唱を繰り返し、四神剣を振り回し、防御や脱出を試みた。
信じられるものは自分だけ。おれはひたすら身を守る術を試行錯誤した。
「迎えにきたわ」
混濁する世界の上空。
ふたりの女たちがおれの頭上まで降りてきた。
「ま、初日はこんなもんかしらね」
アデルの母イザベルが幼女らしからぬ口調で呟く。
「そうね。勇者の資質があれば毎晩これに耐えられるはず。今日はこの辺にしておきましょう。アデルももうじき目を覚ますわ」
アデルの祖母エリーザは艶やかな微笑みでおれを見下ろしている。
おれは水面に浮かぶ岩礁に腰をおろし、あたりを見渡す。先ほどまで荒れ狂っていた景色が一変し、静寂が世界を支配する。
やがてミルク色の濃霧も晴れてきた。
アデルを介して創られたこの夢世界も彼女の覚醒とともに終焉を迎える時がきたようだ。
「それじゃまたね。勇者候補さん」
正解か不正解かも分からないまま、エリーザとイザベルによって夢の世界から解放されたおれが目を覚ましたのは明け方。
◆
カーテンから微かに陽光が射し込むベッドの上でアデルの寝顔を発見し、ぎょっとしたまま距離をとった。
「おはようございます。創司さま」
目をこすりながら純真な魔女ーー、アデルがおれに微笑みかける。
藤色の髪に寝癖がついててシルクのパジャマ。魔法の杖は相変わらずその小さな手に握られたままだ。
「おう、おはよう。よく眠れたか」
「なんだか懐かしい夢を見ました。祖母と母が出てきて」
おれは、ああ、とだけ返事をしてまだ何か言いたそうなアデルを残してベッドを出た。
アデルの身体と精神を介して、彼女たちに魔法の特訓を受けてる事実は口止めされているため言えなかった。
なにやらアデルの心に影響が出てしまうと、夢世界の構築が曖昧となり特訓自体がおじゃんになってしまうから、らしい。
「おれは…なれると思うか」
おれは話題を変えるようにしてアデルに問う。
「なにがですか?」
「勇者にだよ」
おれは振り返ることなく、アデルの返答を待った。
「もちろんですよ」
鈴を鳴らすような声。
「がんばるよ」
おれははじめてアデルの方を振り返った。アホ毛じみた寝癖とあどけない美少女の笑顔。心臓を鷲掴みにされた気分になった。
「おれは…」
おれは小さく呟いた。
勇者になってみせる。
この誓いに嘘はない。この世界を救い、勇者として名を轟かせてみせる。
おれが異世界に召還された理由など求めない。おれ自身が存在証明をするのだ。
「おれは勇者だ」
今度は大きく、アデルにも聞こえるようにおれは言った。
ベッドの傍らに置いてあった四神剣が鞘の中で静かに共鳴したような高い金属音を鳴らせている、ような気がした。




