002.覚醒したら、山の中だった
おれが目覚めたのは、鬱蒼と木々が覆い茂る森の中だった。
見上げる空を覆い尽くす緑の世界。風になびいた枝葉の隙間から陽光が射す。おれは眩しさのあまり両手を翳し、立ち上がった。
「どこだよ、ここ」
おれがいたのは高円寺。東京の杉並区だった。しかも真夜中。だが、あの黒い渦に吸い込まれて気を失い、気がつけばここにいる。
いったい何時間前からここに?これは夢か。それとも…
「宇宙人によるエイリアン・アブダクションか」
いや、それは違うよ。と心の中で誰かにつっこまれる。つっこんできたのは、おれ自身の声だった。
「悪人に誘拐されて、山の中に棄てられたか」
それが一番現実的だった。パーカーをめくり身体をまさぐってみたが内臓を抜き取られた形跡はない。
「卑劣な犯罪組織がのさばっているのか…おれの地元で」
もう誰もつっこまない。心の中のおれは無言で同意したようだ。そうだ、その可能性も捨てきれないぞ、と。
というか、どこだここ?何県の山だ?おれは注意深く辺りを観察する。
丈高い木々の樹皮は黒っぽく仄かに甘い香りがした。そしてどの樹も例外なく数本ずつ枝が捻れて絡まり天に延びている。葉は何の変哲のない広葉で、目を凝らすと黒い林檎に似た果実が生っていた。見る人によってはおぞましい、と評するであろう樹木。
どの地域に分布する植物かは分からないが、見たことのないものだった。
「電車賃いくらかかると思ってんだよっ」
とりあえず歩いてみた。ただひたすらに。山歩きは得意だった。母が田舎の出だったので夏と冬は毎年、長野県の祖父母に会いに行き家族で山登りしたものだ。おれが小さかった頃、父と母が離婚する前の話だ。
いや、そんなことはどうでもいい。
今はとにかく日が沈む前に山を下りて、交番か民家を目指し助けを求めなければならない。おれは冷静になってもう一度、木々に遮られた天を仰ぐ。太陽はど真ん中にあった。南だ。
「ということは今は昼か。六時間以内に山を下りなければ」
おれは家にスマホを置いてきたことを後悔した。正義の活動をするにあたり壊れやすい電子機器は持ち歩かないようにしていたのだ。所持品といえば財布。中身は五千いくらか。それとキーケースだけ。
「くそ、交通費いくらかかるんだよっ」
さきほどと同じセリフを呟いた。
そしておれはいつからか、ここが埼玉県か千葉県あたりの山だったらいいなと思い始めた。それなら金を使わず根性で歩いて帰れるかもしれないからだ。できることなら母親には頼りたくない。父親にはもっと頼りたくない。公衆電話で「数日後に帰る」とだけいって歩いて帰ればいい。そう思った。
「ここはきっと山の麓で、すぐに道路に出るはずだ。野生動物とかもいなさそうだし」
いやいや、望みを抱かない方が、現実を知ったときのショックが少なく済むぞ。これは心の中にいるおれからのアドバイスだった。
「戦場にしても、災害にしても、遭難にしても生き残れたのは最悪の想定をしてきたものだけだ。希望的観測は油断を生み出し死へと繋がる。気を張っていくしかない!」
これは週刊少年ステップに連載中してる漫画「要塞学園アメイジング・ウォーリアーズ」の主人公、有働努が、宇宙海賊メクソリンダス率いるダーク・ウォーリアーズと人類の生き残りをかけて戦う際、クラスメイトにいったセリフだ。
物事を迷ったとき、いつも漫画、アニメ、映画や史実のヒーローのセリフが、おれの中で蘇る。おれはなぜかサバイバルする前提でものを考えていた。
そしてここが埼玉県や千葉県などではなく、九州のどこかの山かもしれない、しかもエベレストより高い山だ、へこたれず下山しなければ死ぬぞとムリヤリ思い込むことにした。
「過酷だぜ」
神様によって背中に重い土嚢袋を乗せられたような気分だった。だが生存本能を刺激され足取りは徐々に早くなっていった。
「生きてここを出るぞ」
おれはなぜかワクワクしていた。