015.駆け出し勇者はマジで焦りはじめた
おれは女の子とデートなんてしたことがないし、ましてや「待ったぁ?」なんて待ち合わせ場所で言った経験もない。つまりはじめての経験。
「待ったか?すまないアデル」
頭をかいて俯くおれに、
「謝らないでください!むしろ時間オーバーするまで探してくださって感謝してます。創司さんお優しいんですね。ぜんぶ私のミスなのに…」
藤色の瞳や髪の毛が春の風でさらさらと揺れる。おれは言うべきことがあるのに数秒間それに見とれていた。
目と目が合う。
はっ、おれを見る瞳が潤んでいる。なんていうか、それはおれが知る限りどんな宝石よりも眩い輝きを秘めている。
「泣きそうな顔をするなよ!おれ、手がかりをつかんだんだぜ」
あえてカラっと言ってみせた。宝石のカラットとかけてるわけじゃない。ヒーローは美少女を前にしても、同性の友達に接するように話しかけなければならないのだ。そう、おれは鈍感系ヒーローを演じている。
「手がかり?」
あらら。どんな太陽よりもまぶしいよ。
「この辺の山を荒らしてる盗賊がいるらしい。そいつとつながるパイプを見つけた」
おれはキャロルが描いてくれたジシスの似顔絵をアデルに渡す。
ツーノンをはじめとする昆虫ネイチャー族のチビっこたちとはいったん別れて、ジシスを見つけたら「魔法手紙」をおれに送るように言ってある。ツバか血で文字を書いて燃やすと相手に届くあれね。この世界での手早い連絡手段。
コトの顛末と事情説明を、うんうんと潤んだ目でアデルは聞いていた。魔法使いの立派な帽子が頷くたびに噴水のある広場の石畳に大きな影を落とす。
「では、その子たちの連絡待ちですね」
「アデルのほうでは何か収穫あったのかい」
アデルは俯く。
「盗賊関連の情報は一切得られませんでした…」
俯いたまま。ふがいない自分を恥じてるとかそういう様子というわけではない。なんだろう。衛兵らの汚職とかいわくつきのダンジョンの話とか、この町の暗い部分でも耳に入れてしまったんだろうか。
行動を共にしてまだ一日に満たないが、アデルは自分の不幸よりも他者の不幸に心を痛めるタイプだ。
「この町のことで思うところがあるのか?」
アデルはこくりと頷いた。
「悪魔憑き…魔族が町外れの荒野をうろついているようです。魔族を見たという方が道行く人に注意を呼びかけても町民の過半数が魔族に慣れてしまい、いつも通りに生活しています。魔族が町に出たらそのときに逃げればいいだろう。駆けつけた衛兵が何とかしてくれるだろうと」
魔族がリアルタイムでうろついてるってのは初耳だが、たしかにここの町民は何事もないように普通に生活をしていた。少なくともこの三時間で出会った人々からはそんな危機感など微塵も読み取れなかった。
それもこれも、あの六人の衛兵たちを一応は信頼し、常に自分たちを魔族から守ってくれているはずと安心しているからか。
おれの住んでた日本でもたびたび話題になっていた。思い込みこそ、安全保障の観点からすると一番の危機なのだと。
六人の衛兵は幻想だ。ご立派なことに町の心の安心として正当に機能している。当人たちの実力以上に。あんな横暴が許されてきたのもそれが一番大きい。
おれに無残に倒された衛兵たちの姿を見た町人は一握り。噂に聞いたとしても何人が信じるだろうか。やはり衛兵が魔族を何とかしてくれると思い込んでる町人がほとんどだろう。
見せかけの英雄はやっかいだ。
「魔族はそう遠くない場所にいるんだな」
「ここから荒野まで徒歩で半日の距離。魔族が発見されたのは昨日の深夜だそうです。そのまま荒野をうろついているならいいのですが、町に向かって進み始めたならば姿を現しても不思議ではない頃合でしょう」
おれは拳を握り締める。レベルアップしてから魔族に挑むようじゃ人命救助に間に合わない。コトが起きてから対処していたら意味がない。失われた命は戻ってこない。ならば…。
おれが倒す、と言いかけてやめた。
寿司屋のおやじの態度が胸にひっかかる。おれを傷つけないように言葉には出さなかったが、あきらかにおれでは魔族の相手は務まらないと言いたげだった。
衛兵六人は、おれのいた世界でいうチンピラレベル。言ってしまえば格闘技の心得があるやつなら誰でも倒せるほどの力量だ。
魔族はわけが違う。そういうことだ。
寿司屋のおやじに言われずともおれ自身が気づいていた。ハゲマッチョのときおれは震えたが、衛兵らの前では余裕だった。本能レベルで分かる。今のおれでは魔族を倒せない。自覚したくないがそれが事実。
「アデルは倒せるのか」
情けない質問。だが、大魔法使いの家系である彼女の戦闘力を確認しておきたかった。
「人が持てる魔力の属性は二つ…しかし例外的に、特殊な血統により三つ保持できるものたちがいるとお話しましたよね」
アデルは俯き言葉を呑み込む。
「ああ、覚えてる」
昨夜、野宿したときに、地と雷、理の三属性を持つアデルは人間では例外中の例外で、キルシュタイン家の血統が関係すると話してたのを思い出す。
「キルシュタイン家の血をひく私の場合、魔力を魔法の杖に預けている状態なのです。そして…」
「ということは、魔法の杖がない今では、おれと同じ二つの魔力属性しか持っていないということか?」
なんとなくの単純な引き算。おれはアデルがなにか言いかける前に質問をした。
「それならば、どれだけ良かったことか…私の一族…S級魔法使い、別の言い方をすれば魔女の血統であるキルシュタイン一族は、通常の人間よりもマナの果実から膨大な魔力を吸収する体質である代わりに、その汚染被害も受けやすいという特徴も持ち合わせているのです。だから…」
話の流れでわかった。特殊な血統を持つとはいえ悪魔憑きでもない普通の人間が三つの属性を保持できる代わりの代償。
「つまりあの魔法の杖に、三つの魔力属性の大半を吸わせているってことか」
アデルは頷く。
「大半というよりは全てです。通常の人間が自らの身体を魔力の器として使うのに対し、私たちキルシュタイン家は魔導具である杖を器として使っているのです。そして杖を失った私の身体にオマケていど残されていた唯一の魔力も、この町へ移動するための魔法の絨毯として使い切ってしまいました。つまり私は魔力ゼロの状態ということになります」
「じゃあ、杖を持たないアデルが、昨日のおれのようにマナの果実を食べたとしよう。そしたらどうなるんだ」
「夥しい量の魔力をマナの果実から摂取した私は、それをコントロールできず肉体と精神をマナに汚染されて…」
汚染されて?どうなるんだ?考えたくないが…
「悪魔憑きになるとか?」
おれは最悪の予想を口に出す。
「いいえ。悪魔憑き…魔族になるものは悪魔と契約し、自らの意思で悪魔と融合したものたちです。私がマナに汚染された場合、悪魔と融合など考えられませんから苦しみながら死に至るまでです」
「回復職の連中に、魔力を回復させてもらっても意味がないのか」
なにか問題解決の糸口はないかと、おれはでたらめに質問を続ける。
「先ほどお話したとおり、私の魔法使いとしての根幹となる三つの属性の魔力はすべて杖に移してあります。空の器である私の身体に回復魔法をかけても、肉体的疲労が元の数値まで戻るくらいで魔力が元に戻るわけではありません。空の器なのですから…」
なるほど。杖を失ったアデルはマナの果実で魔力を補給することも、魔力を元の数値に戻すこともできない。唯一、残像のように身体に残っていた魔力も今朝の魔法の絨毯で消費してしまった。
これはまずい。杖を取り戻さないとまずい。単純かつ絶対的な一つの結論。
何の危機感もない人々が行き交う町で、魔法をまともに扱えない駆け出し勇者と、魔力のない魔法使いの少女が、クソ怖ろしい魔族と鉢合わせしたらどうする。逃げる?町民はどうするんだ。町民を引き連れて一緒に逃げる。おれとしては恥だがそれもいいだろう。
だが逃げきれない場合はどうする?なによりも町民の命が優先だ。足止めをするため多少、おれとアデルが肉弾戦で根性を見せたとしよう。それでも一時間、いや数十分、あるいは数分でボロカスに殺されるのは明らかだ。そして、おれらが死んだあと逃げ惑う町民たちにも魔の手が及ぶ。
誰一人、救えない。全滅。最悪の結末。そんな言葉がおれの中でぐるぐると回る。
「ジシスから魔法の杖を返してもらわなければ」
一刻も早く。おれはあのチビたちからの連絡は、まだかと焦った。




