014.生きて帰れないダンジョンの話
「しっかし、強かったな兄ちゃん。創司って呼んでいいか?ニホンなんて国きいたことないが…おそらく他大陸なんだろ?すげぇや」
カウンターごしにおやじが目を細めて寿司を握り続ける。おれも昆虫ヘルメットのチビっこたちもたくさんの寿司を食わせてもらったが、まだまだ帰してもらえないようだ。
この世界の寿司は日本のものと変わらない形と味だったが、しょうゆの味がちょっと甘かったかな。美味かったけど日本人としてそこだけ気になった。
「ああ。好きに呼んでくれ」
おやじの名はダニエルといったが、おれは彼をおやっさんと呼んでいる。
「創司にい、ぼくにも拳法おしえてくれよ」
カブトムシのチビ、ツーノンが言う。ほかのチビたちも「おれも、おいらも、あたちも」なんて食いついてくる。参ったな、こりゃ。
「俺も教えてもらうかな。衛兵たちが嫌がらせしてきたときのためによ」
おやじまで乗り気だ。白いエプロンの寿司屋。馬の耳をもつネイチャー族のおっさん。
「おやっさん、この町の衛兵は何人いるんだ?」
「二十人さ。ああやって町人をいじめてるのはさっきの六人だけ。残りの十四人はまじめに衛兵やってるが、衛兵長に頭があがらず見て見ぬふりさ。駐屯地からはあの六人が昼間から酒をかっくらって騒ぐ声が漏れてきて、いい迷惑だよ」
たしかこの町の人口は三万人だったはずだ。アデルがいってた。
おれの住んでた東京では人口一万人につき約三十五人の警察官が配備されている。衛兵はこの町において領主によって置かれた警察官のようなものだ。三万人いる町の治安を維持するには百人前後の衛兵が必要といえる。それが二十人。そのうち六人は汚職警官、いやチンピラ以下。これまずいよな。
「二十…実質、十四人。少なすぎないか」
「元々はもっといたさ。だが悪魔憑きが異常発生しはじめてな、少し前に町外れの村にあるダンジョンまで、たくさんの衛兵たちが魔族や魔獣の制圧に駆り出されたのさ」
悪魔憑き。
悪魔と契約を結び莫大な魔力を得たものをいう。悪魔憑きのジャイアント、悪魔憑きのエルフ、悪魔憑きのオーク、などさまざま。そして悪魔憑きの人間は魔族または魔人、動物は魔物または魔獣と呼ぶらしい。ああ、よみがえるハゲマッチョに襲われたトラウマ。やつは悪魔憑きのオークだっけ。
「でも、そういった厄介な仕事はギルドに依頼するか冒険者に頼んだ方がいいんじゃないのか」
おれは追加で出されたイカ寿司をほおばり、おやじの答えを待った。
「実はな…この十年ギルド案件から外されているんだよ。昔はいろんな理由で潜ってったやつらも多かったみたいだが。まぁ難易度も高いから値が張るし、ここの領主さまはケチでな。またそのダンジョンを攻略したやつは今まで誰一人としていないわけで、町の有志が金を集めギルドに依頼し高額賞金を出したところで、冒険者は行かないだろうって話しに落ち着いてる。冒険者たち自身、怪談話としてそのダンジョンについて語るくらいだからな」
冒険者が怖がるダンジョンね。費用節約のためそこへ派遣された衛兵たちの恐怖はいかほどか。
「どんなダンジョンなんだい」
「それが分からないのさ」
「なぜ」
「生きて戻ってきたやつが一人としていないからだ。潜って悪魔憑きになって出てきたやつらはともかく、まともな人間のまま生きて戻ったやつはいない」
「攻略したやつが誰一人いないって、帰ってきたやつが誰一人いないって意味か。それじゃ意味が重くなってくるな」
おれの言葉におやじが頷いた。
冒険者のほとんどが武功のためでなく自身の生活のためにダンジョンに潜るのだろうから「未攻略」「未達成」「未到達」ならまだしも「生還者ゼロ」じゃ忌避するのもムリはない。そう、冒険者は勇者ではないのだ。
「またそのダンジョンがある村では、大昔から奇怪な事件が起きてる」
おやじは、まだまだ腹ペコのチビたちに寿司ではなく海鮮丼をつくってやったようだ。チビたちは狂喜乱舞する。どこの保育園だ。ほかに客がいないから、まぁいいか。
「奇怪な事件?」
「大昔にダンジョンに潜った冒険者たちが、当時のままの姿でダンジョンの外で死体として発見されることが、たびたびあった。百年前、五十年前の失踪者が二十歳そこそこのまま死体で地上に戻ってきたんだぞ」
おかしいだろ?とおやじが促し、おれは頷く。
「ダンジョンの中が時空を超越するつくりになってるとか」
おれは名探偵モードになった。
「さぁな。まぁ、さっきも言ったが戻ってきたやつらはみんな死体だから何の手がかりもない。潜って行方不明になったやつらの家族の心中たるや、やるせないだろうよ…」
おやじはツーノンらストリートチルドレンに目をやった。ぱくぱく海鮮丼を頬張るチビたち。
「…そいつらの家族も悪魔憑きにやられたか、町を守るためタンジョンに潜ったやつらが大半だ。駆り出された衛兵たちも、おそらく今頃もう…」
そういうことだったのか。何か手を打たなくてはならないよな。
「ギルドに登録しなくても潜れるんだよな」
「おい、創司」
「おれはこの世界で英雄として名をあげるんだ」
おれは英雄なのだから悪魔憑きなど恐れるに足りない。そう暗示をかけながらおれは握りこぶしに力を入れる。
「たしかに、お前は腕っ節は強いが…魔族や魔獣とやりあったことはあんのか?」
「ある」
ある。だがやつを倒してはいない。思い出すだけで背筋が凍る。
「あの六人の衛兵とはわけが違うぞ。俺は創司と戦うやつらを見て悟った。やつらが悪魔憑きの退治なんてしてないってことにな。おそらく町民を非難させたあと、自分たちも逃げてたんじゃないのかな」
「あの六人はまだしも、このおれでも悪魔憑きと戦うのは無謀か?」
おれは真剣におやじの答えを待った。
おやじは何もいわない。時として人の優しさに傷つくことがある。今がまさにそうだった。
「そういや、創司にぃはジシス兄ちゃんを探してるんだよね?」
空気を読んだのか、たまたまかは知らないがツーノンが別の話題をふってきた。口の周りは米だらけ。おれはそれをカウンターのティッシュでふいてやった。
「ああ、やつはおれの友達の大事なものを奪った可能性がある」
「ジシスかぁ、やつはまだそんなことやってんのか」
おやじが口をはさむ。
「ジシス兄ちゃんを衛兵に引き渡したりしない?」
「ああ。さっきのやつらの態度を見たらなおさらだ。衛兵なんざクソくらえだ」
カブトムシのツーノンのテカテカの頭を撫でながら、おれはいった。
「そうだよ!兄ちゃんはぼくらの味方なんだ。貴族なんてクソくらえ、領主も衛兵もクソくらえ」
そういや路地裏でも同じこと言ってたな、こいつ。
「どういう意味だい」
「ジシス兄ちゃんは貴族や金持ちが嫌いなんだ。ついでに悪魔憑きもね。きっと創司にぃの友達も貴族かなにかでしょ?」
アデルが貴族。考えたこともなかった。でもまぁ国王陛下に仕える魔法使い一族だからキルシュタイン家は名家なんだろうよ。
「かもな」
「ジシス兄ちゃんは、裕福なやつらからモノを盗んで、ぼくらストリートチルドレンや貧しい人たちに還元してるんだよ」
いわゆる義賊ってやつか。筋肉むきむきのライオン耳のネイチャー族で義賊。キャロルもそこに惚れたか。
おれは店のおやじの方を見た。腕組みしながら頷いている。おやじ自身、ツーノンたちにメシの残りや賄を食わせてやってるといい、町ぐるみでジシスを密かに応援しているフシがあるのではないか。
「盗みは許せないが、情けのあるやつは嫌いじゃない。人は殺してないか?」
「悪魔憑きなら殺したことあるみたいだけど、盗むための殺しはしないって言ってた」
ヒーローは清濁併せ呑まなければならない場合がある。
おれの好きな漫画の主人公も、盗賊や、ワルと仲間になることが多々あったが、そいつらは皆、根は悪人ではなかった。
「なるほど。窃盗のための殺しはしてないんだな」
これは何かのフラグかもしれない。ジシスとやらの性格がおれに合えばの話だが、やつとパーティーを組めばおれの英雄譚にもハクがつくのではないか。いいじゃないか、盗賊稼業。
「ジシスに会わせてくれ」
おれは言った。チビたちはそれを聞きキャッキャとはしゃぐ。ツーノンは頷いた。
言ったあと「はっ」と思いジーンズの前ポケットから懐中時計を出した。アデルとの約束の時間まであと五分だ!やばい!




