013.町の英雄になってしまったんだが
何気なしに表の商店街をチラっと見たら、人波がモーゼのなんちゃらみたいに引いていくのが見えた。
「どけどけ、どけい!衛兵さまのお通りだぁ!!!」
「町を魔族から守ってるのは俺たちだ!もっと感謝しろ!」
「町民ども!図が高いぞぉ!ひれ伏せ、ひれ伏せぇ!がははは!」
「そこのエルフの姉ちゃん~可愛いねぇ?遊ぼうよぉ」
真っ黒な鉄の塊をくりぬいて造ったような甲冑を纏った大小の男たち。
ヒューマン族もいればエルフ、ドワーフ、ジャイアントなんかもいた。人数は六人。年齢は三十代から四十代前半くらい。背丈や体格はてんでチグハグのくせに目つきだけは同じだった。なんていうか濁ってやがる。そして張り付いた薄ら笑い。
「領主さま直属の衛兵であるオレたちが、特別税を徴収しにきたぞ!」
先頭にいる黒髪オールバックで左目に眼帯をしたヒューマン族の衛兵が、さきほどおれたちが買い物をした串焼き屋のオヤジに詰め寄った。
「税は毎月、領主さまに納めています…衛兵さまにも、と…特別税を先週きちんとお渡ししたはずじゃ…」
エルフのおやじは薄くなった金髪をさげる。
「特別税はなぁ、オレらが来たとき毎回払うんだよぉ!!!前回からその日までの店の売り上げの八十パーだぁ!」
眼帯の衛兵が串焼きの屋台を、右手にもった斧で吹き飛ばす。おやじは頭を抱えるようにして怯えた。
「オレはなぁ、この町を魔物から守るため、三年前この左目を失ったんだ」
眼帯野郎は、おやじになおも詰め寄る。
「数ヶ月前、町に悪魔憑きのゴブリンが現れたとき、お前らはどうしたぁ?」
悪魔憑き…おれはあのハゲマッチョを思い出した。魔族とは、悪魔や悪魔憑きの総称らしい。
「逃げるしかできねぇお前らを、この町を守ったのはオレら衛兵なんだぞ、こら」
眼帯野郎はそう言いおえると、斧を繋いだ鎖をぶんぶん振り回し、おやじの屋台だけでなく建物そのものをめちゃめちゃにしはじめた。がしゃんがしゃんとあちらこちらに食い込む斧の刃先。
「オレに逆らうやつはこうして、こうして、こうしてやる!!!」
「すいません…すいません!それ以上はご勘弁を!この店は亡くなった家内と一緒に守ってきた店で…」
おやじが言い終えるより先に、おれの身体は動いていた。
「衛兵とやら!話は全部聞いてたが、権力を振りかざしてなにしてやがる!」
おれは背中の鞘から抜いた四神剣の刃先を、眼帯野郎の顎へと突き出した。おれの中で正義センサーが鳴り響いて止まない。
「店の弁償をすれば見逃してやる…さっさとここから消えろ」
このおやじに受けた串焼き二個サービスの恩義を忘れない。おやじは震えながらおれと衛兵の成り行きを見守っていた。
「なんだキサマは?見ない顔だな。よそ者か」
愉快そうに口を歪める眼帯野郎。
「いいから立ち去れ。このおれが雷神に変わる前に…」
雷属性の魔法が使えるわけじゃないのに、おれは「改造戦士サンダルガー」のセリフを唱えた。
さぁ、正義の時間だ。
◆
「でしゃばるよそ者は、捕らえるぞ」
眼帯野郎はおれに刃先を向けた。
「これ、もう正当防衛だよな」
おれは四神剣を左手に持ち替え、右手の拳を思い切り顔面へとめり込ませた。
「ぅぼごべっ!」
ぶっと鼻血を拭き、眼帯野郎の眼帯が、額のほうへズレる。
「ぶっ、んなっ、なにすんだ、こら!おれはこの町の衛兵長だぞ!」
倒れないように踏みとどまった眼帯野郎。そしてズレた眼帯。今まで隠れてた左目がパチクリしながらおれを睨んでいる。
「お前、左目あるじゃないか」
とんでもない詐欺師野郎だ、こいつ。町民たちがざわめき始めた。
「くそっ、キサマ、このオレを誰だ…」
そう言いかけた眼帯野郎の顎に、おれは飛び膝蹴りをくらわす。
「ぶごっ!」
血しぶき。吹っ飛ぶ眼帯野郎。
「衛兵長になにをする!てめぇ!」
すかさずエルフの衛兵がおれに斬りかかる。遅い。おれは軽々と避けた。そしてそのエルフの鼻を右拳でぶち折ってやった。
「んぶぐむっ!」
失神。ちなみにこいつ、さっき道端で彼氏もちのエルフの姉ちゃんを脅しながらナンパしてた野郎。
「こんにゃろう!」
小柄なドワーフがおれの足元に絡みつく。おれは蹴り飛ばした。やつは三メートル吹っ飛んだ。
「ぎゃへっ!」
失神。年齢は三十過ぎの髭もじゃドワーフだが、ガキを痛めつけたような錯覚がして少しイヤな気分になった。
「こいつを捕らえろ!手足を斬ってもいいからひっ捕らえろ!!」
眼帯野郎の号令でヒューマン族の衛兵二名が、刃先に何らかの魔力を纏わせ、でたらめに斬りかかってくる。
おれに剣の知識はないが、武道の心得は多少あった。すぐに独学に切り替えたけど、まぁそれはいい。おれからすると、こいつらの剣筋にはムダがあった。素振りだけ繰り返したような剣。樹に向かって一方的に刃先を叩きつけてきただけの剣。
「うりゃ!!!!うりゃぁぁぁ!!!」
掛け声と共に剣を振り回せば、勝手に敵が倒れるだろうと思い込んでるのだろうか。魔族と戦った経験などないだろう。あっても遁走して終わり。じゃなきゃこいつらがこうやって、今も元気におれの前にバカ面をぶら下げていられるはずがない。
おれは双方の剣をかわし、商店街を縦横無尽に飛び回った。人々が衛兵を恐れて道をあけてくれていたおかげだ。
「そんなんじゃ当たらないぞ!この二流剣士め」
やつらの剣先に纏わりつく魔力の軌跡がむなしく空を切る。おれは挑発をやめ、右足を前に、左足を後ろに踏ん張った。二人が突進してくる。
「ソードアタック!!!!!」
おれはとっさに思いついた技名を叫び、四神剣の透明な刀身を横向きに構えた。
そして剣の平たい部分を二人の衛兵の顔面に同時に叩き込んだ。双子のように一気に飛びかかってきてくれたおかげで両者同時に吹っ飛ぶ。ゴォン。
「ぶごふっ!」
失神。そう、車は急に止まれない。飛び散った歯のかけら。
さて、残るはジャイアント族の衛兵。
身長四メートル。特大サイズの甲冑。金髪のロン毛。逞しい顎に凛々しい眉目、ちょっとハリウッド映画のラスボスチックな色男巨人。手には象でも真っ二つにできそうな大剣が握られていた。
「かかって来い!巨人!」
おれはワクワクしはじめた。巨人狩りの時間だ。いきなりハゲマッチョレベルの魔族を相手取るのは難しいが、こうやって各人種の男たちと手合わせするうちにスキルがあがっていくに違いない。おれは巨人野郎に好戦的な笑みを見せた。
「おれの剣がうなるぜ!こいよ、巨人!」
巨人野郎は大剣を構えたまま動かない。そして、次第に震え始めた。
「ぼく…暴力キライなんです。いつも皆の荷物もちだったし」
巨人野郎はそう言うと剣を腰の鞘に収め、気絶した四人の仲間を担ぎ出した。
岩山のように大きなやつの背中に干し肉みたいに乗っけられた四人の衛兵たち。黒い鉄の甲冑がガシャガシャと互いにぶつかり合い、なんだか持ち主の情けなさを嘆いてるみたいに見える。
「おい!命令だぞ!あのガキを捕まえろ!」
眼帯野郎はわめき散らす。
巨人野郎はのっしのっしと、おれがいる方と逆方向へ去っていく。やがて遠近法で、眼帯野郎と向こうにいる巨人野郎の身体のサイズが同等に見えた。
「くそ!ただじゃおかんぞ!顔は覚えた!」
眼帯野郎は、額にへばりついてた黒い眼帯を地面に放り投げると巨人野郎の後を追っていった。お前もう隻眼キャラ卒業な。
「いつでも来いよ、おれがこの町にいる限りうけて立つぞ!おれの名は大黒創司!この世界で名を挙げる英雄だ!覚えておけ!」
そう、おれは英雄になる男。名ばかりの勇者でなく本物のヒーローになる男なのだ。
◆
「あの傍若無人な衛兵六人を相手に、魔法も使わず勝つとはな!」
「いつも私たちは耐えてたのよ!」
衛兵たちが見えなくなったあと、商店街中から拍手が起こった。気持ちいい。
「いいぞ、兄ちゃん!どこかの剣士か?」
「見ない顔だ、冒険者か?」
「兄ちゃん、ギルドに所属してんのか?」
「あいつら、いつもいい気になってたからスっと気が晴れたぜ!」
あっという間におれは異世界の住人に取り囲まれ、ピアニストにでもなったように喝采を浴び続ける。
そういや串焼き屋の器物損壊を弁償させるの忘れた!と思いながらも、おれはヒーローらしく逃げてった衛兵たちを遠く睨むようなポーズをとり、
「あんたたち、ケガはなかったか」と町民を気遣うようなセリフを吐いた。
これはずっと誰かに言いたかったセリフ。でも杉並区に住んでたころは一度も言う機会がなかったセリフ。もうちょっと敵と苦戦した末に言ったら気持ちよかっただろうに、多少体温はあがったもののおれの身体には余力がくすぶってる。
「しかし変わった剣だなぁ」
「これは聖剣エクスカリバー。真の英雄しか所持できない伝説の剣だ。コーエンジの森にある洞窟から抜いてきた」
おれは嘘をついた。この剣の本当の名は四神剣。勇者しか所持できないもので抜いた場所はどこかの納屋。ちなみにコーエンジの森ってのはおれの地元、高円寺からとった架空の森。
おれは現在「召喚されてきた称号だけの勇者」っていう事実とは別口で「英雄の大黒創司」を目指してる。だから剣の名前と逸話、剣を抜いた場所をちょっと変えるくらいは許してほしい。おれってば重度の召喚勇者コンプレックス。
「大丈夫か、おっさん」
串焼き屋のエルフのおっさんにおれは手を差し伸べる。
「ああ、ありがとうよ。これじゃ今日は店じまいだがな」
「店ならおれが直してやるよ。この兄ちゃんに免じてタダでな」
どこかで気のいいドワーフの青年が言った。ターバンを巻いてて青いガウンを着こなしてる彼の職業はなんだろう。大工かな。店を直すってのが魔法でなのか、手作業なのかは分からないが、提案された串焼き屋のおっさんは助かるよと言ってた。
「副隊長…かっこいい」
昆虫ヘルメットのチビっこ二十人がおれの足元にまとわりつく。
「ここいらで、こいつらを腹いっぱいにさせてやれる、安くて美味いメシ屋を知らないか」
おれは誰にともなく言った。
「だったらウチ来な!寿司はキライかい?」
ロバか馬かの獣耳を持つ顔の長いネイチャー族のおっさんだった。
腕まくりした白い肌着のうえに白いエプロン。日本人からすると割烹着じゃないのが不自然だけど、寿司屋さんなんだね。おれはめっそうもないと首を振った。
あ、値段。
「タダでいいよ!その代わり今度またあいつらが来たときも追っ払ってくれ!公務以外でこうやって暴れまわって、アンタにやっつけられてさ。あいつらだって領主さまには知られたくないだろうからな。俺らは報復が怖くて領主さまに直訴すらできなかったし、あいつらが魔族から町を守ってくれるからと耐えていた。だけどもうそんなのはどうでもいい。あんたが、あんたがこの町を守ってくれさえすればな」
マジか。でもおれ、旅を続けて強くなっていく予定なんだよなぁ。一箇所に留まるとか、おれの物語が広がらないし、ちょっと…。おれは目を閉じてぶつぶつ独り言をつぶやく。数十秒、数分。
「どんどん食え!チビたち」
昆虫ヘルメットのチビっこたち二十人は、おれの目と鼻の先にある赤いレンガ造りの大きなガラス張りの店にさっさと入って、カウンターに出された寿司をばかばかと食い始めてた。うんめー、うんめー言いながら。あいつらおれが考え事をしてるうちに。寿司屋の右隣にある酒屋店主はそれを見て笑ってた。
いいよ、食え。食い尽くせ。あとのことは、後で考える。




