表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界厨二病少年~S O U J I~ぶっ殺すべき悪者さがして異世界へ  作者: 実時 彰良
前編≪異世界召喚された英雄厨編≫(第1話~第30話:116.765文字)
1/50

001.英雄厨、平和な世界で吼える

 壁掛け時計は午前零時を示していた。


 四畳半に所狭しと並べられたヒーローフィギュア。部屋の主は少年マンガやアニメに傾倒しているらしい。


 秒針が刻む音に合わせるかのように、全裸で腕立て伏せをする人物がいた。


 大黒(だいこく)創司(そうじ)、十七歳の高校二年生である。


 汗の雫がフローリングに玉のような水滴をつくる。百九十八、百九十九、二百…と数え終わると、胡坐をかいて、ふぅと息を吐いた。


 長めの髪と端正な顔立ちは一見少女のようだが、首より下の筋肉の発達具合はどこぞの若い傭兵を連想させる。創司は立ち上がった。


「そろそろパトロールの時間だな」


 タオルで汗を拭い、ねずみ色のパーカーとジーンズに着替える。東京の春先とはいえまだまだ寒いが、厚手のダウンジャケットでは動きが鈍るおそれがある。


 ホームレスを襲撃する半グレや、うら若き女性に乱暴狼藉をはたらく暴力団と大立ち回りをするには、肌感覚に近い服装が一番だ。


「このおれに敵うと思ってるのか?おれの拳は稲妻よりも速い。貴様に避ける暇はない。さっさと立ち去れ。このおれが雷神に変わる前に」


 セリフは幼稚園のころ観ていた特撮ヒーロー「改造戦士サンダルガー」の受け売りだった。創司は刃物を持ったチンピラから美人OLを助ける妄想をしながら、鏡に向かって呟く。


「助けていただいて、ありがとうございます。あの…お名前は?」


「ただの通りすがりです。二度目にあなたを助けたときに名乗りましょう」


 妄想に微笑がこぼれて止まらない。


 吊るされたサンドバックをタコ殴りにする。ドスンドスンという音と共に揺れ動くサンドバックの表面は擦り切れ、クタクタになっていた。


「また暴れてるのかい!勉強しな!」一階から母親の怒号が聞こえてくる。


「母さん…おれはね。仕事にかまけて家庭すら守れなかった父さんみたいにはなりたくない。おれは世界も母さんも守れる男になりたいんだ」


 創司は、家族を蔑ろにし権力闘争を勝ちあがった末、脳科学の学会で名を馳せている父親を倦厭していた。


「よし、いくか!!!」パーカーのフードをかぶり、創司は気合を入れる。



 自転車を走らせる。ただ、ひたすら走らせる。


 大通りを抜け高円寺のPAL商店街を走る。土曜の深夜とはいえ不景気の煽りからか、酔っ払いは少なかった。


「リーマンどもは毎月税金納めてるのに、土曜に遊ぶ金もないってか。世の中腐ってやがる」ひっそりとした飲み屋の連なりを一瞥し、創司は苦笑いを浮かべた。


 駅へ向かう若い女たちをちらほら見かけたが、彼女たちを襲う不届き者はなく唇を噛みしめる。


「ならば路地裏を抜けて公園へ行こう」そう思った。


 数週間前に不良少年が季節はずれの花火に興じていたのを、何度か見かけたことがある。浮浪者が夜な夜な酒盛りをするガード下からも近く、トラブルの匂いがする一帯だ。


「多数を相手にする場合は、公園の砂で目潰しだな。宮本武蔵センセイの編み出した戦術を使おう。兵法家ならば全てのモノを武器とし、柔軟な作戦を用いて勝利するのみ」と、ひとりごちた。



 思ったとおりだった。


 ガード下では浮浪者が酒盛りをしていて、公園では不良少年五、六名がたむろしている。


「不良たちめ…女の子も二人いるじゃないか…」


 創司は拳を固く握り締め両者を睨む。少年たちはホームレスには興味がないらしく、駄話で大笑いしていた。


「あいつらが本性を出すまで待ってるか」と創司は公園の外にあるガードレールに腰をおろし監視を始めることにした。


 やがてグループの中で一番ひ弱そうなメガネの少年が、大柄な金髪の不良少年にヘッドロックをかけられ「やめて!やめてくれよぉ」と叫び始めた。


「よし!行くか!」創司は右拳を左手の平にパンパンと打ちつけた。


 そう、今こそがヒーローになる瞬間なのだ。創司は不敵な笑みを浮かべながら彼らの方へと近づく。



「おい!弱い者いじめはやめろ!」


 創司の声に、少年たちが振り返る。


「その少年を離せ!おれが相手だ!雷神パワーをお見舞いしてやる!」


 ヘッドロックをかけられたメガネの少年が「え?」と目を丸くしていた。


「おれの拳は稲妻よりも速い!」


 創司は大柄な金髪少年のもとまでズイと近寄ると、右拳を思い切り腹部へめり込ませた。


「ぶっ」


 飛び出る胃液。


「その痛みは、彼の痛みだ!」


 金髪少年は、百九十センチ近い巨大を折り曲げ蹲った。


「なんだよっ、いきなり何しやがるっ!」


 創司は残りの連中の攻撃に備え、左右の拳を握り構えた。もちろんパーカーの右ポケットには砂が入っている。


「くるならこいっ、悪党ども!」


「おい!大丈夫か、タツヤ!」


 不良少年たち数名が金髪少年のもとへ駆け寄る。連れの少女の悲鳴。創司に攻撃してくる者はいなかった。


「なんだ。誰もかかってこないのか。見せかけだけの悪党め」


 創司はいじめられていたメガネの少年のもとへ歩み寄った。


「おいキミ…大丈夫か。もう安心していいぞ」


「違うんです!」メガネの少年が創司に叫ぶ。「ぼくらは、ただ…ふざけてただけで…タツヤとは幼馴染みなんです」少年は「勘違いさせてごめんなさい」と土下座をはじめた。


「え…?」


「なんだぁ、お前ら~トラブルか~?警察よぶか?」


 戸惑う創司をよそに、ホームレスが酒の匂いをさせながら近寄ってきた。その手にはスマホが握られている。


「ゲンさん!タツヤがこの男に急に殴られて…警察よんでください!」不良少年の誰かがホームレスに叫んだ。両者は知り合いらしい。


 創司はいよいよ居心地が悪くなり、後ずさりをはじめた。


「キミたち、すまなかった!そんなつもりじゃなかったんだ!あと君たち!余計なお世話かもしれないが、勘違いされるから髪を黒く染めもう少しマジメそうにした方がいいぞ!」


「あ!暴行犯が逃げるぞ!つかまえろ!」


 創司は公園の傍に置いていた自転車に跨り、来た道を爆走。


「なんて日だ…くそっ」


 目には涙が滲んでいた。



「この世界には…おれのようなヒーローは必要ないのか」


 汗でぐっしょり濡れた上着を脱ぎ捨て、創司は頭を抱えた。


「そんなはずはないよな…今日はたまたまだ」


 涙を拭く。鏡の向こう、鍛え上げた筋肉は活躍の場を失っていた。



 翌日も翌々日も、フードをかぶって夜な夜な自転車を走らせた。


 ある日は不審者に間違えられ、巡回中の警察官に呼び止められた。またある日は十字路の横断歩道で深夜の配送トラックに跳ね飛ばされそうにもなった。考え事をするあまり不注意で信号が赤なのに気づかなかったのは創司の方だ。溜息を堪え横断歩道を渡りきったところで、今度は黒猫に横切られ急ブレーキをかけた。


 天を仰ぎ、自分の居場所を問いただす。


「なんでこんなにも平和すぎるんだよ!世界はもっと事件や危険で溢れてるはずだろ!?」


 茫然自失の中、それでもただ、ひらすら自転車を漕いだ。



「おれは、ただヒーローになりたいだけなんだ!」


 創司は商店街のど真ん中で自転車を停め、泣きながら叫ぶ。ネオン街は冷たく静まり返っていた。


 酔いどれのサラリーマンに、ふらふらと寄りかかられ、ゲロを吐かれそうになる。「くそ」と叫び、創司は自転車に跨った。


「ヒーローが必要ないのなら、こんな平和な世界なんてクソくらえ!」


 涙は頬をしょっぱく伝わっていくだけ。


 春先の風が冷たく鼻腔を刺激する。大通りを立ち漕ぎしながら澄み渡った都会の夜空を見つめた。


「な…なんだよ、あれ…」


 空…があるはずだった。


 しかし、そこには巨大な(サークル)が浮かんでいた。内部はグルグル渦を巻き、黒だか濃紺だか分からない暗色が広がる。そして時折みえるキラキラした点滅。


「円盤か?」


 目を凝らすととそれは物体ではなく、まるで壁に開いた穴のようなものだと気づいた。だが、それはおかしい。ここは空間である。物質でなく、空間に穴が開くのは腑に落ちない。


「ワームホール?」


 いや、ワームホールは宇宙空間に現れる現象であって、地球上の空間に現れるはずなどない。


 上空を覆う穴が、大きく拡大されてゆく。


 鼓膜を震わす重低音と共に、いよいよ創司の頭上に迫った。やがてそれはビルや、歩道橋、町全体を覆い始める。


「わ」


 渦に体の一部が触れた途端、創司の身体は強力な磁力で吸い込まれていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ