fool
僕は目標を視界にとらえて、人混みに紛れていた。
ナイフで首を掻き切ろうとした時、直感で離れた。
その瞬間、僕がさっきまでいたところを高速で飛来する何かが通り過ぎた。
それの入射角から狙撃手の位置を予想し、居場所に目処をつける。
それで見つかるような奴だとは思えないけど、第二射を撃とうとしてるかもしれないからね。
見つかったと少しでも思えば、すぐに逃走を図るだろう。
僕ならそうするしね。
そこでふと周りを見渡す。
飛来した弾丸に騒ぎが起きていた。
…第二射は来ないみたいだし、今のうちに片付けちゃおう。
僕は目標の首を切ろうと、近づきながらナイフを取り出して……引っ込めた。
どうせなら狙撃手の仕業に見せようと思ったんだ。
狙撃位置はだいたいわかってるから、あとは角度を調整してやればいい。
僕はちょうどいい位置まで移動して、口径の大きい銃を取り出す。
僕が引き金を引いて目標を消すと、騒ぎはさらに大きくなった。
この混乱に乗じて退散しないと…。
あの狙撃手はまだ僕を狙ってるのかな…なんてことを考えながら歩いていると、つい最近も会った懐かしい顔を見つけた。
僕が泣かした少女だ。
暴力を振るったわけでもなければ、嘘をついたわけでもない。
脅したなんてこともないし、悪いことはしていない。
ただ真実を、思ったままのことを伝えただけだ。
そもそも僕は「優しい嘘」や「他人のためのいい嘘」なんてものは認めない。
真実だけを伝えればいいとは思わないけれど、だからと言ってそういう言葉で嘘をついたことに正当性を持たせようとするのは違うと思うんだ。
自己満足、自慰的行為みたいだとすら思う。
だから僕は気に入った人には、必ず真実を告げる。
そのせいかもしれないけれど、僕には愚者という二つ名がある。
まさにその通りだと思う。
間違った選択をしているとは思わないけど、やっている行為が相手にとっても自分にとっても良いことでないとしても止められない。
まさに愚者の所業だろう。
あの時、僕は嘘でも彼女の気持ち・願いに応えてあげるべきだったんだと、頭ではわかっている。
でも僕の心情が、信念が、本能がそれを許さなかった。
ああ、本当に僕は|愚者(fool)という名が相応しい。