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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第四章 大天使の聖骸神殿
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92話 ティアル事件

「あの天使がぁぁぁぁああああ!」


 目が覚めると、ベッドから勢いよく起き上がっていた。

 見るとここはどうやら屋敷の私室だな。

 まったくルシナの奴め、いきなり突き落とすのは心臓に悪いから止めてくれ。


「セカイ様っ!?」

「クリスタルか?……おはよう」

「お早うございます!」


 クリスタルがすぐ側にいてくれた。

 相変わらず右腕が失っていて、半身からは魔力を感じられない。

 これでは能力が大幅低下中だな、冥途の館を攻略する前に戻った気分だ。

 しかし腕がないのに、痛みは虫歯程度のズキズキ感しかない……そこは人間止めてて良かった。


「本当に、お目覚めになられてよかったです」


 自分の状態を確認していると、クリスタルがまるで目に涙を浮かべているような顔をしていた。


「俺ってどれくらい寝てたの? 三日くらい?」

「十日です」

「……マジで?」

「本当です」


 ベルクハイルとの死闘を終えて、俺は十日間も寝ていたのか。

 絶対にルシナが原因だ、さすがに十日も眠り続けるほどの負傷はしていない。

 しかし皆に心配をさせ、クリスタルには迷惑をいっぱい掛けたのは事実である。 

 俺は残った左手でクリスタルの頬を撫でる。


「心配させたな」

「いえ、こうして目覚めてくだされば、私たちは何も問題ございません」


 クリスタルもその手を握ってくれる。

 俺無しでクリスタル達が十日でやったこと、俺とルシナが面会したこと、これからの事について話し合おうではないか。


「お前の母親に会ってきたぞ」

「はぃ?」


 何となくだが、そう言うことにした。



 俺が眠っていた間に、クリスタルはベルクハイルが作った氷河洞窟を掌握した。

 決着後に戦えた者はクリスタルとメアだけであったものの、大将を失った敵の戦意は低く、直ぐに撤退か玉砕覚悟の特攻をしてきたとか。

 それもクリスタルの前では無意味で、メアによって死体の山ならぬ、アンデッドの山を築かれるまでであった。


 メアのアンデッド化には、メアの魔力供給が切れた後にもアンデッドであり続けるか、潔く昇天するかの選択肢が、殺された本人に与えられる。

 今回新たにメアの眷属となったアンデッドを合計すると二〇〇〇を超えるらしいが、生前よりも階級が一つ下がるため全員下級である。それでも十分な戦力を揃えることができたと思う。

 さらに元からいたアンデッドの二十数名は、対トレント戦の戦闘経験もあってか、中級クラスへの上位進化が可能になっている。


「早く進化させてやらないとな」

「ですがその前に、みんなに無事だと顔合わせをなさってくださいね」

「そうだな」


 今回他に進化可能なのは、バル、リンネル、アカリヤ、ミカの四名である。

 上級の席はアカリヤの物と決めていたためミカは保留として、バルとリンネルがそれぞれ上級中位になる。


 そしてベルクハイルを討伐したことで、合計が三十万を超えるDPと上級眷属の枠も二つ増えた。

 これで第三階層の雪原エリアを任せられる上級眷属を新たに召喚することができる。

 というか、そいつを召喚して凍らされた魔力が元通りになるのかを診てもらわないといけない。それでも着々とダンジョンが完成していく状況に、マスターとして喜ばずにはいられない。

 俺とクリスタルは心を弾ませて、眷属の待つ大広間への扉を開けた。



『ーーーーーーーーーっ!!』



 開けた瞬間、各々が好き勝手に言葉を送るため、俺は一つも聞き取ることができなかった。

 だがそこには誰一人として欠けることのない大切な家族はいた。


「みんな、待たせたな」



◇◆◇◆


「はい、えーと、みんなご苦労様です! 今日は飲もう! 騒ごう! そして祝おう!」

「「「「「乾杯~っ!!」」」」」


 ダンジョン攻略で最も負傷したのが、ダンジョンマスターの俺だと不甲斐ない名誉を背負って音頭を取る。

 そのまま数時間後に大広間を出て、祝勝会と論功行賞を兼ねたパーティーを芝生の生えた庭で行った。

 そこには色とりどりの料理とおやつ、大量に入手した肉と酒がある。

 酒が入り(リンネル等のジュニア組以下はジュース)、場の空気にも慣れて和気藹々としてきた所で、本来の目的を開始する。


「今回のダンジョン攻略は俺のエゴだ! よってここにいる全員には報償として10DPを贈呈するっ!」

「「「わぁ~~」」」


 これは誰も考えてもなかった報酬のためか、一同が顔を喜ばせる。

 10DPは少ないようで、俺がマスターとして日夜努力をしているため、意外とできることは多い。

 先ずこの国の通貨で換算すると、四万エンスが妥当ではないだろうか。

 高級品で無ければ何でも買える。

 好きにはさせないが、魔物だって召喚が可能である。

 そんなちょっとしたお小遣いではあるが、競争意識と自立心を植え付けさせるため、このような形でDPを贈ることにした。

 それが結果的に、喧嘩やいざこざに発展しようとも、彼らの成長に繋がると信じている。


「しかしルオットチョジクに100DP、ルビカに50DP、ミ=ゴウにそれぞれ20DPを、代わりに贈呈する」

「「「お~~」」」


 こいつらは戦術面で、多大な活躍をした。

 遠征組もそうなのだが、それが彼らの仕事であり、遠征組という名誉職と光属性クエストなどの特別報酬の機会に恵まれることから、彼らは納得している。


「次は進化だ! バルとリンネルは前へ!」


 アカリヤは療養中なので持越しとして、二人を上座である俺の席まで呼ぶ。


「ハッ」

「はいっ」


 左右から二人が現れると、俺の前へと並んで膝を曲げる。

 バルはスヴリーの撃破、リンネルは同階級の雪大将猿の単独撃破と砲撃班での活躍をした。

 その戦闘経験と実績が、彼らを次の位階へと成長できる強さを獲得したのだ。


「これからも精進するようにな」

「当然でございます。俺はダンジョン一の個人戦闘力を目指していますから!」

「あたしは農園を、みんなを守れるくらいには強くなりますっ!」


 これをやるのが久しぶりで、酒宴の肴のようにみんながまじまじと注目して、尚且つ左腕しかないため俺も緊張してきた。

 最下層の始まりの部屋のダンジョンコアに意識を集中して、上級は一人一位階につき1000DPも払うことになっている。

 割と馬鹿にならない数値だが、それだけ貴重な戦力なのは変わりない。


眷属進化(エイヴォル)ッ!!」


 それぞれが魔物召喚された時と同じ色をした魔法陣に包まれて、進化が終わった。


「「「おめでとう〜」」」


 すると満開の拍手が二人に送られる。


「はは、みんなありがとう」

「えへへ~、ありがとうございます」


 見た目は変わらないが、全体的に性能が上がっている感じだ。

 バルの方も成長を確かめたくてうずうずしている。

 リンネルの方も中位へと進化したんだ、早く俺に蜜を出してくれ……酔いを言い訳に襲ってやろうかな、グヘヘ。


「ん?……セカイ様、何か邪なことでも?」

「いえ、何もないっす!」


 クリスタルが目を光らせているため撤回だ。クリスタルと意思疎通をしあってから、心の中まで読まれている気がしてならない。

 俺は疑惑から逃れるようにして、最後の用事を済ませる。


「最後にルオットチョジク!」

「はい、よろしくお願いします、セカイさん」


 これが今回の目玉である。

 ルオットチョジクを眷属にする。

 彼女には過去の柵を断ち切り、ここで新たな一歩を踏み出して欲しい。

 二人と入れ替わるようにして前へ出たルオットチョジクと向かい合う。


「ベルクハイルとの最後はどうだった?」

「っ!」


 俺はそれを知らない。

 ルオットチョジクの口から聞かなければ、ベルクハイルに対する見方が変わる。


「べル、ベルクハイル、様は……」


 ルオットチョジクは俯いて、なんと言えばいいのか黙考する。

 一瞬まさか失敗したのかと慌てふためきそうになったが、見上げたルオットチョジクの顔は幸せを噛みしめる少女の顔をしていた。


「ベルクハイル様は! 最後に……わたしに……歌が上手だと褒めてくれました……辛い思いをさせたって、悪くもないのに……誤ってもくれました……自分みたいに過去に囚われ、死にたがるなって……強く生きろと……応援もしてひぐっ、くれました!」


 ルオットチョジクの声は震え、目に涙を浮かべる。


「そして、最後にぃ、わたしを最愛の娘だと、言ってくっ……ましたぁぁ!うぅわぁぁぁん」


 今までの鬱憤を纏めて洗い流すように、大声で泣き出した。

 俺はルオットチョジクを抱きしめて眷属化を行った。


「……そうか、良かったな」

「はいっ!」


 眷属の繋がりが切れても、思いを断ち切ることは誰にもできない。

 この死ぬまで不器用だった親娘の絆を、俺は生涯忘れることはできないだろう。

 二度も記憶を失わせない。 

 男の約束を胸に閉まって将来の糧とする。


『……見事ッ!』

『っしゃ!!』

『ルオットを、任せたぞ』

『(当然だ!)』


 それがベルクハイルと俺が最後に交わした言葉だった。

 そのあと直ぐに俺は地面に激突して気を失ったが、最後は言葉ではなく顔で当然だとベルクハイルへ送ったつもりだ。


「ルオットチョジク、お前は今日から、ティアル=ルオットだ。ルオットの性は残しておくといい。それで改めてよろしくな、ティアル」

「大切な宝物を、ありがとうございます」


 ルオットチョジク改め、ティアル=ルオットは、俺たちの眷属(かぞく)の一員に加わった。

 しかしそれがすぐに、ティアル事件へと発展することになる。



 俺のやることも終え、あとは皆で朝まで飲んだり騒いだりをしている時である。


「ご主人さま~~」

「うわ、臭っ、馬鹿かお前! また飲んでいやがる!」

「いいですよ、いいですよ、これはですね、あたしの成長祝いなんですっ!」


 泥酔したリンネルが、俺とメアの間へと無理矢理ダイブしてきた。

 若干メアは苛立ちながらも、ここは大人しくすることで、相対的にリンネルの評価を下げることに出る。


「リンネル、反抗期。私は生涯、親離れしない良い子だよ」

「……それはそれで困るのだが」


 今までメアはずっと俺の隣を陣取っては、酌注ぎをしてくれていた。

 幼女に酒を注がせる俺にも問題はあったが、お手伝いすると意固地になったメアに、何か都合のいい理由も思いつかなかったため、好きにやらせた。


「そんで、リンネルは何のようで来た?」

「何でしたっけ?」

「知るかっ……ておい!?」


 酔ったリンネルはとことんウザい。

 またも俺の胡座(あぐら)の上へと、断りもなくズケズケと座ってきた。

 リンネルが美少女でなければ、ブン殴っていたほどの暴挙である。


「む、ずるい」

「先手必勝、速戦即決、豪快奔放で~すよ~」


 ここには独占欲が人一倍強いメアもいるのだ。

 わざわざそんな厄介ごとを持ち込まんでくれよ。

 とか言いながら、俺もリンネルとの親睦を深める。


「つまりメアがぐずぐずしている隙に、一番美味しい所を奪ってやったと?」

「そんな感じです〜きゃはははは」

「殺すッ! 薄汚いアンデッドにしてやるッ!」

「おい、メアも止めろ馬鹿っ!」


 メアの魔本はメアの家に置いて来ているので殴り合いには勃発しないが、珍しく声を大きくしているメアに、たじろいでしまう。

 幼女恐い。


「メア落ち着いてください〜、真に羨む相手はあたしでは有りませ〜んっ!」

「ん? それは誰?」

「この馬鹿は何を言うか……」


 しかしこれを言いたくて、ここに来たのは理解できる。

 リンネルが酔って本音を語る相手に些か興味をあるのも隠せない。


「それはですね〜」


 ゴクリ。

 俺とメアはリンネルの言葉に固唾を呑む。


「ティアルです! ティアル=ルオットですよっ!」

「え? わたしですか?」


 近場で耳の良いルオットチョジク改めティアルは、リンネルのまさかの指摘に口をぽかんと開ける。

 ティアルはティアルでリンネルに悪意の感情がないことを読み取って、純粋な疑問として興味を示す。


「そうなんですっ! ティアルは名前が二つもあるなんてズルいですっ!」

「んー!?」

「……ああ」

「なるほど」


 メアが雷に打たれたように固まり、俺とティアルは一応の納得はする。

 眷属でただ一人、ティアルだけが名前を二つ持つ。


「そんな羨ましい物なのかティアル?」

「多すぎるのも大変ですが、人並み(・・・)に頂ける物なら嬉しいのでは?」


 それはまるで称号や地位、自分だけの物を人よりも貰える名誉に近いものだろうか。


「メアは欲しいか?」

「わた、わわ、わたわた、私は、とと、父様から頂いたメアメントで、じゅ十分、です!」


 うん、スゲー欲しがっているな。

 そんなに名前って重要なものなのかよ。

 でも名前? 苗字? どっちか違いが分からないけど、新しく考えるこっちの身にもなれば迷惑極まりない。

 ティアルの場合は、ベルクハイルという例外あっての事だしな。


「……うーん」


 リンネルとメアの二人が唾を飲む。

 リンネル=○○、メアメント=△△。

 今すぐには思い付かないし、与えれば与えたで他の眷属にも不満が出るだろう。


「決めた。お前たちが天災級になれたら、与えてやろう!」

「それがよろしいでしょうね」

「うわっ、クリスタル! 見ていたのか?」


 背後から突然、クリスタルの声が聞こえた。いるならいるで、もっと早い段階で現れてくれればいいのにな。


「はい、ここはダンジョンですから。お二人ともティアルに見苦しい嫉妬をなさらないで、ご自身を磨くよう精進なさってくださいね」

「「はぁーい」」


 やや不満が残っているようではあるが、これにてティアル事件は終息した。

 それにしても苗字か。

 俺にも昔は有ったんだろうな。

 結局ルシナに聞いても分からなかった前世の記憶に、俺としてもいい加減けじめをつけなければならないのだろうかと、酒を一杯また一杯と酔い痴れようと口にする。



 人型移動式ダンジョン"クリスタル"

 DP:328,942→326,162

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