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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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閑話 幼女鹿精霊の愉快な日々

「分かるぞ。我輩ですら大空あれの前ではちっぽけな存在へと成り果てる」

「え?」


 これが少女とベルクハイルの出会いだった。

 少女は訳も分からず、突然現れたベルクハイルを目の端で見つめる。


「ただの殺し合いなら水を差さなんだが……癪だ、我輩の前で命を遊びに使うでない」


 この男は見るからに強い、強すぎる。

 少女はホワイトウルフの存在を忘れてしまうほどに畏縮する。


「失せろ、命は取らん」

「クゥ!?」


 ホワイトウルフの子供はベルクハイルの覇気に怯み、少女を置いてそそくさと逃げる。

 この場に残ったのは、ベルクハイルと倒れる少女のみ。

 少女は傷付いた体を庇いながらゆっくりと立ち上がり、助けてくれたベルクハイルへと礼を送る。


「あ、ありが……えぇ!?」


 しかし少女が礼を言い切る前に、ベルクハイルは背を向けて歩きだした。


「ま、まって!」

「ヌ?」


 当然、今命が助かったとはいえ、これから先も少女が無事でいられる保証などあるはずがない。

 少女はない知恵を絞って、生き伸びるための方法を考える。


「どうかわたしも、つれていってください! わたしにできることなら、なんでもやりますから!」


 結果、少女は従属することに決めた。

 するとベルクハイルは少女の懇願を耳にして、頭をぼりぼりと掻いた。


「ムゥ……そうなるか」


 こうなることくらい、ベルクハイルにも予想はできていた。 

 しかし自ら手を差し延べ保護しても、少女は強者に甘えて生きることになるとして突き放した。

 大切なのは、生きたいと願う心であり、生きようとする行動力である。

 その点で少女はベルクハイルの眼鏡にかなった。


「まあよい、好きにせい」

「うん!」


 ベルクハイルのぶっきらぼうな答えを聞いて、少女は力強く歩き出した。




「という風にして、わたしとベルクハイルは出会いました」


 マナーの屋敷の大広間にて。

 未だ様付けを抜け切れていないルオットチョジクは、慈しむようにして己の過去を語る。

 セカイとクリスタルはダンジョン攻略に向けて、最たる敵のベルクハイルを倒す糸口を探しに、まずは人となりや能力をルオットチョジクの昔話から理解しようとしていた。


「くぅー、ロリオットさんからのスタートとか無理ゲーかよぉ、泣けるぜ」

「ろり、おっと?」

「無視してもよろしいかと。それでベルクハイルは何をしていたのでしょうか?」

「は、はい」


 ルオットチョジクは気を取り直して咳払いすると、ゆっくりと話の続きを語り始める。



◇◆


「どこ、いくの?」

「人間の所だったが、先ずはお前の正体を聞きに友の所へ寄ることにした」

「わたしは、ようせいです」

「ヌ、だから何の妖精種だ?」

「…………しか、だとおもう」

「そのちっこいのは鹿角だったのか。たんこぶかと思ってたわい」

「むー、しかだもん」


 誕生して間もない少女は、自身の種族名すらも分からない。

 どのような種族特性や能力を備わっているかを知るためにも、ベルクハイルは旧友のホワイトアッシュトレントのアッシュに聞くことにした。

 博識の彼ならば、少女を連れて人里に下りられるのか、はたは少女をアッシュに預けるべきかの判断を仰げるはずである。

 二人の出会いから六日後、少女の世界はさらに広がることになる。



「ほぉ、こいつは女鹿精霊(ルオットチョジク)じゃよ。トナカイへの変身能力を持つはずじゃぞ」


 アッシュの元へと到着したベルクハイルは、ボロ布の上から少女の脇を持ち上げて、くまなくアッシュへ見せつける。


「ルオットチョジク? 知らんな。我輩の時代には、そんな妖精種はおらなんだぞ」

「素の見た目が人間種にそっくりじゃろ? 恐らくじゃが、それを模して生まれたのだろう。珍しいことに妖精種でも歳を取るぞ」


 年々妖精種の姿が、人に近づく傾向があった。

 それは妖精種が世界の鏡であり、人が着々とこの世界に根付いている証拠であった。


「そうか、礼を言う。今日からお前はルオットだ!」

「……ルオットです。アッシュさま、よろしくおねがいします」


 少女は体を持ち上げられながら、頭で丁寧なお辞儀をする。


「ウム、しっかりしておるな」


 アッシュは孫の行儀良さを嬉しく思う老人のような笑顔を見せ、少女の知能の高さに感心する。

 しかしその態度こそが勘に障る者もいた。


「カッ、こんな使えない赤子は御二方に迷惑を掛けるだけですぞッ」

「ひぁっ!?」


 アッシュの樹木の裏からカリアッハが突如と現れる。

 それを見て驚いた少女は体をビクリと動かすと、ベルクハイルの腕からするりと落ちては雪の地面にお尻をつく。

 カリアッハは老婆ではあるが、人間種へ擬態したベルクハイルを越える身長に、能面のような奇妙な面を付けている。


「あわ、わわ、わた、わ、ごめんなさい!」


 そんなカリアッハの姿を見て、怯えないでいられるほど少女の人生経験は豊富ではない。

 人間換算で5歳にも満たない少女は、ただ目に涙を堪えて夢中で謝罪を繰り返した。


「グッハッハッ、どうやらカリアッハの面が苦手なようだな。カリアッハには今度新しい面を作ってやろうか……すまないがルオットのことは我慢しておくれ」

「ハハッ、滅相もございません!」

「ルオットも縮まっとらんで前を向け」

「は、はい……うぅ」


 しかし少女は体に力が入らず、立ち上がろうとしても立てなかった。

 少女は何でもすると言って連れられた手前、立ち上がることすらできないとは、嫌われてしまうと不安に苛まれる。


「仕方ない……ほれ」

「っ!?」


 しかし少女の不安は、最高の形で払拭される。


「わぁぁ!」


 ベルクハイルは少女を持ち上げると、肩へと座らせたのだ。

 そうすると少女の視界はあっと広がり、何よりカリアッハの頭上を超えていた。


「それではな、我輩たちは行く」

「いってきます!」

「うむ、達者でな」


 ベルクハイルは年端の行かない少女をカリアッハの傍に置くよりは、自身と行動を共にする方がよいと考えた。

 それは悠久の孤独の中、穢れを知らない少女の清らかな心に、巨人の心が少しだけ絆された形でもあるかもしれない。

 ベルクハイルは少女を担ぎながら人の棲む都市へと向かい始めた。




「マジかよ、ベルクハイルはロリコンだったのかよ……いやでもその気持ちは分かるな、うんうん。俺もロリコンでいいや、ロリオットちゃん可愛い、ぐへへへへへぇ」

「ろり、こん?」

「それも無視してくださって結構です!」

「痛っ、ごめんっ、目が覚めたから、痛っ、もう許してっ!」

「は、はあ……」


 ルオットチョジクはクリスタルに頬を抓られるセカイに困惑しながらも、話を続けることにした。



◇◆


 少女にとってベルクハイルこそが世界だった。

 命を助けられ、自己の正体を知らされ、名を授かることにもなった。

 自分の知らないことは何でも知っている。

 自分のできないことは何でも出来ている。


「きれい」


 アッシュと別れてから三日目。

 ベルクハイルの移動速度となって、すでに下層の雑木林の中を移動していた。

 その頃にはベルクハイルの肩に乗ることに慣れた少女の視界は、はるか地平線を捉え、上を見上げることしかできなかった少女に、下を眺める余裕と知識が出来上がっていた。

 不安に駆られ、ただ恐怖していた自然の景色も、今では少女の記憶に色彩を与える祝福である。

 

「……すき」

「ォン?」

「わたし、ここがすき。うーうん、ちがうの!」

「お、おい」


 そういって少女は肩から飛び降りる。

 雪の下に腐葉土が埋まり、シャキシャキと踏む音は心地がいい。

 少女は、自分が何のために生まれてきたのかを、ベルクハイルを通して意義を見出していた。


「わたしは、このすてきなせかいが、だいすきなの!」

「ムゥ……これからはルオットの判断と責任で行動していけ」


 しかしそれはベルクハイルとは真逆の考えであった。

 それでもベルクハイルは、初めて出会った頃よりも随分と明るくなったものだなと、別の思考へと逸らすことにした。

 子供の価値観など、簡単に変わりやすいものである。

 その時のベルクハイルには、芽生え始めた少女の価値観に深く考えてもいなかった。


「むー、よくわかんないけど、そーするー、あははははー」

「ったくのう……」


 何が楽しい物なのかと、無邪気に笑いながら走る少女に嘆息をもらす。

 しかし少女にとっては、ただ自分を見てくれるだけで嬉しかったのである。

 そうして少女の旅は、ついに目的地へと到着する。




「今思えば、あの頃から既にわたしはベルクハイル様のお心と離れていたのかもしれませんね」

「……ベルクはそれでもお前を傍に置いていたんだろ。一つの価値観が対照的であったにせよ、その時の思い出までを否定することはない」

「ありがとうございます」


 ルオットチョジクは今でもベルクハイルを父として愛している。

 その想いは敵対してでも変わらない。

 そのことを今一度自分の中で受け入れることで、昔話を再開する。


◇◆


「ムゥ、中に入れんとは何事か?」


 少女とベルクハイルは仲良く並んで、人の棲む都市へと到着した。

 山麓の都市、そこはまだ学術都市へと発展していない小さな交易都市であった。

 今回のベルクハイルの目的は情報収集と……嗜好品(さけ)の獲得である。

 アッシュからもたらされた情報にも限度があり、これまでの世界の歴史や人の発展など、自らの手で調べる必要があった。

 それとは他に、彼は人を見定める必要も当然であったのである。


「?? どうしたのー?」


 しかし門が閉まって中に入れない。ベルクハイルが大声で呼んでも反応はない。

 ベルクハイルの擬態は完璧であり、少女も鹿角が生えて来たばかりのため人獣種の有角族と違いはない。

 見る者が見ても、先ず魔物だと想像するよりも珍しい人種だなと感じる程度である。


「そこのお人や」

「ヌ?」


 すると同じく城壁の外をたむろしている老婆に、話を掛けられる。


「今すぐそこを、離れない。災害じゃよ」


 老婆は丁寧にこれまでのいきさつを説明する。


「……なるほどの、つまりは人身御供か」

「??」


 老婆の話を聞いて、ベルクハイルは納得と憤りを覚える。

 この時代には未だ冒険者ギルドが存在していない。

 魔物災害に出会ったならば、その地域の領主が抱える常備兵と都市の男手、国から派遣される兵士で対処することが通例であった。

 もしそれでも厳しそうでなら、穀潰しの老人や奴隷を生贄として城外へと置き去りにする。

 つまりは刺激を与えず易々と食べさせることによって魔物が引き返すのを待つか、国の兵士が来るまでの時間稼ぎをさせることが多かったのである。


「……仕方のないことです」


 老婆からしても、それは納得せざるをえないことであった。

 それは老婆が若かった頃から何度と繰り返されてきた。

 犠牲なくしては抗えない、どうしようもない災害であったからだ。


「戦士が弱き民を守らずして何のためとなる! 見たかルオットよ、これが人だ!!」

「ひっ」


 この時少女は初めて、ベルクハイルの憤怒の形相を目の当たりにする。

 その顔を少女は鮮烈に記憶することになるが、少女はまた心も読める。

 少女が繋いだ手からは、胸が締め付けられるほどの深い哀しみを受けたのだ。


『来たぞーーー!!』


 小さな鐘が鳴り響き、魔物災害が到来は知らされる。

 その数は四〇〇。

 雪大熊を主にした魔物の群である。

 この時代では小都市ならば陥落してもおかしくはないほどの、十分に脅威となる魔物の群であった。

 地響きと血に餓えた魔物の鳴く音が、人々の嘆く声を押し殺す。


「安心せい、ルオット」

「あ、い、いえ……」


 少女が怖れているものは、魔物災害ではない。そのことを理解していないベルクハイルは、怒気を沈めて少女の頭を撫でた。


「我輩の傍こそが、最も安全な場所だ」

「はい」


 その者は災害を超える、天災である。

 ベルクハイルは少女を担ぐと、魔物災害へと向かって走り出した。


「我輩の名はベルクハイルッ! 氷斧(アイスバイル)ッ」


 魔物の群に対して片手で少女の体を守り、もう片方の手には氷斧を持つ。


「我が親娘おやこの前に立ち塞がる者は、その飢えた腸に溶けぬ氷を食らわすまでだ!!」

「ととさまがんばってー!」


 ここは城下であり人里へと下りた二人は、身分を詐称することを忘れない。

 背中に都市の人々、目前には魔物の群に挟まれながら、人の姿をした魔物は己の目的のために災害へと飛び込んだ。




「という感じで、ベルクハイル様は単独で魔物災害を撃破しました。子供を抱え、一人果敢に戦い勝利したベルクハイル様は、一躍都市の英雄となり人々の支持を集めました」

「ライトノベルの主人公かよっ!?」

「ら、いとのべる?」

「娯楽小説のことです」


 その後のベルクハイルと少女は、擬態の限界が来るまでの数年を、都市に留まることになった。

 少女——ルオットチョジクにとっては出会いから始まった激動の数年間は、今でも鮮明に思い出せる宝物である。


「それでベルクハイルの都市での生活ぶりは? 何か面白いことはなかったのか?」

「そうですね、話せることは沢山ありますよ。ベルクハイル様が領主と酒を交わしたこと、わたしが人攫いにあったこと、聖蛇フラウの討伐隊隊長になったこと、冒険者ギルドの創設者と出会ったこと、学術都市への発展に貢献したことなどなど……」

「やべー何気にこの二人、人類史に無視できないほどの影響を与えてたんじゃねーのか」

「聞かなければならないことが、いくつも有りそうですね」

「そうですか? それでは先ずは————」


 そしてルオットチョジクの思い出話は、まだまだ続いた。

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